終わらない青春
疲れた手で家の扉を開ける。
埃っぽい部屋の床に散らばる、雑誌や、脱ぎ散らした衣類。
それらを足でどかし、人間一人が座るだけのスペースを作る。
ノートパソコンを立ち上げ、まとめサイトや、動画投稿サイトに目を通す。
別に見たいわけじゃない。興味がそそられるものもあるわけじゃない。
やることもなければ、何かをやる気もしないから、ただ見ているだけ。
これまでの人生において、相当時間、インターネットに費やしてきたはずだが、特に記憶に残っているものなどはなかった。
自炊はしない。食事は仕事帰りにいつものチェーン店で食べてきた。
洗濯もしない。洗濯ものがたまればコインランドリーに持って行く。
趣味もないので、こうしてダラダラとネットをして時間をつぶす。
なんとなくタバコに火を付け、なんとなく吹かす。
これまで何度か、思いついたように禁煙をしたことがあるが、いずれも一か月持たなかった。
そもそも独り身で、趣味もないの禁煙をする意義が見いだせない。
冷蔵庫から発泡酒を取り出し、飲む。
そのうち酔いが回ってきて、自然に眠るのだ・・・
彼はとりわけ善人というわけではないが、悪人でもなかった。
病的なほど無気力というわけでもなく、日常生活に支障をきたすほど堕落しているわけではない。
仕事先での勤務態度も普通である。
給与もそれに見合ったもので、普通。健康状態も運動不足と肥満と偏食から、良いとは言えぬが、年相応程度。
贅沢は出来ないが、借金してまで豪遊する気もないため、貯金はないが、生活には困っていない。
なんとなくダラダラとしていたら、気が付けば50歳も目前になっていた。
彼には、親友と呼べる人間も、恋人もいない。
悪い人間ではないのだが、いかんせん魅力に乏しい。自分について、何が好きで、何が嫌いで、目標も、趣味も、語れることがなかった。
そんな彼でも、数年前に結婚相談所に登録してみたこともある。
プロフィール的には(年齢はともかく)中の下程度であるため、同程度レベルの女性であれば、うまくいきそうになり、実際その一人とは結納直前まで行った。
だが、他人と同じ家に暮らす、給料も自由に使えない、相手の両親との問題・・・そのような面倒な現実と向き合うこととなって、結局相手側との折り合いもつかなかったこともあり、破断してしまった。
だからこそ、独り身でも、さみしくて胸を掻きむしるほどの孤独感を感じるほどではなかった。
彼にとって、強制的にいろんなことをやらされていた学生時代こそが、もっとも光り輝いていた時代だった。
当時は嫌で、めんどうで仕方なかったはずだが、あの登校風景も、授業も、体育祭などのイベントも、全てが一点の穢れもなく、キラキラと輝いて思い出される・・・
彼はウトウトとしながら、今年何度目かの文化祭を思い浮かべた。
彼が全校生徒の前で、バンドのメインボーカルとして熱唱していた。
全校生徒が彼の歌声を聞いて熱狂する。
次の瞬間、彼はギターのソロパートとして演奏していた。
そして次の瞬間には、ドラムソロとして超絶なテクニックを披露する。
すべてのメインとなる場面になる度、彼が主役となっていた---
昨日の夜は、彼は修学旅行に出かけていた。
学生時代には話しかけられなかった初恋の相手と抜け出し、二人っきりで観光地を巡った。
その前は、体育祭にて大活躍した。
ある日は、皆が俺をもてはやし、芸能界デビューもしてしまう。
ある日の学生生活ではどこか影のある生徒として、授業はさぼり、屋上で昼寝し、美人な委員長に説教させる。
ある日の学生生活では、侵入してきたテロリストたちを一網打尽にする。
何度も運動会に参加し、何度も文化祭を盛り上げ、何度も修学旅行に行き、何度も女生徒たちと恋仲に落ちた。
彼は、学校を卒業してからこの年になるまで、現実にはあり得なかった学校生活を妄想し続けていた。
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深夜、目を覚ました。
いつものことだが、変な態勢で寝ていたので首が痛い。
何とか体を起こすと、マウスに手が触れ、スリープモードだったノートパソコンが立ち上がる。
真っ暗な部屋で、ギラギラとしたモニター明かりが、スポットライトのように彼を照らした。
モニターには、最後にクリックしたまとめサイトの、昔懐かしい広告を集めた記事が映し出されている。
寝落ちしていたため、内容を覚えていない。
なんとなく画面を下げていき、昭和から平成初期の雑誌広告画像を眺める。
ちょうど彼の青春時代に相当する時間だ。
あの時は良かった。友人がいて、後輩もいて、女子と机を並べ、可能性に満ち溢れていた。
青空、桜、夕暮れに染まる校舎、部活動の声、突然の雨に走る生徒・・・
家に帰れば、母が食事を作って待ってくれて、父とゲームをして遊び、姉がテープにコピーした流行歌を借りて聞く。
何気ない日常の全てが宝石のようで、尊い日々だった。
ふと、彼の手が止まった。
一枚の画像から目を離せない。
あるファッション雑誌の特集記事のページだろうか、白い砂浜に、笑顔の男女のグループが映し出されていた。
そこに、大きくキャッチフレーズが書かれている。
「終わらない夏~青春は永遠に~」
昔、よく目にしたフレーズである。
気になったのはそこじゃない。男女の顔である。
どいつもこいつも、おじさんとおばさんなのである。
やっていることは若者向けなのに、モデルは中年。
いや、おかしいのはそれだけじゃない。
どこかで見たことのある顔だ。
・・・そうだ!こいつら、俺が通っていた学校の生徒たちだ!あいつも、こいつも、中学や高校の時のクラスメイト達だ!
だいぶ面影も無くしていたが、薄っすらと記憶の糸を頼りに思い出していく。
こいつは一人で本を読んでいた。こいつは部活もすぐにやめて、成績も最下位だった。
このおばさんは、漫画ばかり描いていた。彼女はクラスメイトからはぶられていた・・・
共通するのは、到底明るいとは言えない学生生活でなかった連中である。
(ふん。なにが俺たちの青春は永遠だよ。お前たちの青春などろくでもなかったじゃないか)
彼は鼻で笑い、一人一人の顔を眺める。
その時、背筋に氷を押し付けられたような感覚に陥った。
写真に写る連中の一人に、よく見知った顔の男がいた。
それは、まさに彼自身。
生まれてこの方、こんな写真なんて撮った記憶などない。
こいつは、ただ俺と顔が似ているだけの別人だ。
と彼は思った。
逃げるように、急いで画面をスクロールすると、次に現れた画像にはギターを持つ彼の姿。
次の画像は、運動会で走る彼。
次の画像は、屋上と思わしき場所で寝ている彼・・・・
やめてくれ!もうたくさんだ!
そうだ、これは俺だ。
そして、一緒に写っている連中も、俺と同じなんだ!
連中も、今を生きていない!心を学生時代に置いてきたままなんだ!
きっと10年後も、20年後も・・・そして死ぬまで、ありえなかった青春を何度もやり直し、何度も追体験し、何度も入学と卒業を繰り返す!
そして死ぬときに、ようやく俺の、俺たちの心は肉体と一体化して、それまでの長い長い時間を、何も生み出さなかったことに後悔しながら、死んでいくのだ!
それならそれで、別に構わない。構わなかったのに、俺は客観視してしまい、現実の俺を知ってしまった!
俺の青春はろくでもなかった。
今の俺と同じく、目の前のことに集中しなかった。
部活も、学業も、友人関係も、全て手を抜いた。
何も熱狂せず、何も打ち込まず、侮辱されてもヘラヘラとやり過ごし、苦労からは逃げ、プレッシャーを避け、無難にやり過ごしていた。
ただ、ライトノベルを読みあさり、ここにはなかったファンタジー世界に没頭していた。
輝いていた青春など、どこにもなかった!
そんなものは、俺の・・・いや、俺たちの妄想の中にしか存在しない!
あぁ、これからは現実を直視し、生きていかなければならない。
精神的引きこもりだった俺が、無理やり外に出されたような恐怖。どうしていいのか全く分からない・・・
彼は布団にくるまり、一晩中泣き続けた。
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数日後、彼は相変わらず散らかった部屋でモニターを眺めていた。
今日も、無料の小説投稿サイトを読み漁る。
輝く異世界での冒険活劇。
彼はぼんやりと思った。
俺の安らぎはここではないどこかにある。
異世界にどうやったら行けるのか。トラックに轢かれるのは無理。
異世界からの突然美少女がやってきて、俺を連れ去ってはくれないだろうか。




