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目覚め

「君は……誰だ……?」


不思議な感覚だった。

見覚えはない筈なのに、心地が良く、妙に懐かしい。


「ここは……」


フィデスが体を起こすと、視界に映ったのは既に見慣れた純白の部屋。


「医務室か……」

(そうか。あの時、俺は……)


傷口を覗き込んだフィデスは、自分がレイティアに敗北したことを理解する。

それも、一撃すら与えることも出来なかった完全敗北。


(俺もまだまだだな……)

「んっ……んぅ……」


その時、ふとフィデスの耳に小さな息遣いが聞こえた。


「……シア?」


見ると、フィデスの身体を枕にするように、すやすやと眠る銀髪の少女が一人。

時折たてる気持ちよさそうな寝息から、余程疲れていたであろうことが伺える。

恐らく、ほとんど休む暇なくずっと、看病してくれていたのだろう。


「……ありがとう、シア」


フィデスはハクアに小さな声でお礼を言い、周りを見渡す。


(相変わらず……と言っても二回目だけど、本当に何もない部屋だな……)


治癒魔法の効果量は、魔力の純度によって決まる。

基本的にこの世界にある全てのものは大なり小なり魔力を帯びている。

メイヴであれば使用した人の魔力が、家具であれば使った者達の魔力の残滓が、それぞれ宿っている。

だからこそ、医務室には常に魔力を浄化する結界が張られており、治療室から魔力を纏ってしまう可能性のある“物”は極力排除されている。

余談だが、部屋全体を白くしているのは光魔法の効果量を上げるためだ、と言われているが、実際の所、何となく白い部屋の方が治癒魔法が効きそう、というだけらしい。


「……ん、フィオ?」


その時、ハクアが薄らと眠たげな眼を開く。

綺麗で燃える様な深紅の瞳がフィデスの顔をぼーっ、と見つめる。

何事かと思ったフィデスだったが、次の瞬間、フィデスの身体に強い衝撃が走った。


「……シア?」

「フィオっ、貴方は馬鹿よ……本当に馬鹿……」

「……ああ、悪い」


どうやら、相当心配をかけてしまったらしい。

強く、力いっぱい抱き締めるハクアに、フィデスは若干の申し訳なさを感じながら頬を掻く。


(まあ、今回は仕方ないか……)


フィデスはされるがままハクアが落ち着くのを待っていると。


「……ごめんなさい」


ふと、ハクアが呟いた。


「私が、私がフィオに頼らなければ……」

「……」


「私がフィオの、二人の力を借りなくても戦えるほど強ければ……」

「……シア」


恐らく、彼女はずっと自責していたのだろう。

姉に、レイティアに敵わない自分に。

友人を、フィデスやリューネを頼らねば何もできない自分に。


「ごめんなさい……本当に……ごめんなさい……」

「……ああ」


フィデスの胸がチクリと痛む

果たして、曖昧なその言葉は何に対する返事だったのか。

ハクアの願いを叶えてあげられなかったことへの儀噴か。

それとも……


『あらあら、貴方が全ての力を使って差し上げれば、彼女の悲願も果たされていたかもしれませんのに……』


耳障りな声が響く。

今までよりも鮮明で高らかで、癇に障る声。

それでも、全てが事実だと、フィデス自身が一番分かっていた。

同時に、何を秤にかけ、誰を犠牲にしようとその選択肢を選ぶことはないこともまた。

だが、否、だからこそ……


「今度は……今度は、一緒に戦おう……」


フィデスはそっと、涙を流すハクアの背へ手を回した。






「ごめんなさい。もう大丈夫よ……」

「そうか……」


数分後。

ようやく落ち着いたのかハクアが締め付けていた手を話す。

未だ頬に涙の跡が残っているが、その顔にはもう憂いの色はない。


「それじゃあ、少し待ってて」


ハクアはそう言うと、突然、ゆっくりとしゃがみ込む。

フィデスは何事かと、ハクアを追うように視線を下げると。


「……ティリュ?」


何故かベッドの下にはブランケットのようなものをかけ、横になっている一人の少女の姿があった。どういう訳か、ぐっすり眠っているが。


「……これは?」

「えっと、話すと長くなるんだけど――――――」


そこからハクアはこれまでの経緯を説明する。

要約すると、魔法の発動時間が終わり、気絶したフィデスを傍目にハクアがレイティアを捕らえようとするも逃亡。その後、ハクアがイディスに連絡し起きたリューネと共にフィデスをここまで搬送し、どちらが看護するかという話になり、もし夜中に起きても大丈夫なように交代で寝ながら看病することにした、という事らしい。


「それにしても、何故床で……?」

「……え、ええっと、それは」


フィオの事が心配だったからよ。

ハクアは誰にも聞こえない程の声でそう言うと、話題を変えるかのように眠っているリューネの身体を優しく揺する。


「……んぅ」

「ほら、ティリュ。フィオが起きたわよ」

「……ん、ふぃぉ?」


リューネがゆっくりと閉じていた目を開く。

それは決していいとは言えない寝起きだったが、リューネは眠たげな瞳でフィデスの顔を認識するなり、ぽつりと呟いた。


「……フィオ?」

「ああ。おはよう、ティリュ」


フィデスの言葉に、リューネは眠たげな眼をぱちくりと瞬かせる。

どうやら、今度はハクアのようなことはないらしい。

そうフィデスが心の中で安堵の息を漏らした瞬間。


「……!!」


リューネの細腕が、フィデスの顔を引き寄せた。


「……ん、捕まえた」

「ああ。捕まったな」


左右異色の視線がフィデスを射抜く。

余りに綺麗なその瞳に、一瞬引き込まれそうになるフィデスだったが、直ぐに、自分の今の体勢を思い出す。

そして、ベッドの上から顔を覗かせている相手を引き寄せようとすれば、必然的に相手を引っ張らなければならず。


「ちょ、まずっ!!」


力が入らない状態での無理な体勢にバランスを崩したフィデスは、身体を支え切れず、ベッドから落下してしまった。


「……痛たっ、リューネ大丈……夫……」


視線が合う。

堕ちる直前、咄嗟にリューネにぶつからないよう手をと伸ばしたフィデスだったが、それは結果としてリューネを押し倒したような体勢になってしまった。


「す、すまん。今退く……っ!!」


だが、立ち上がろうとしたフィデスの腕を激痛が襲う。

どうやら、今ので傷口が開いてしまったらしい。


「フィオっ!」


包帯に滲み始める血を見たハクアが慌てて駆け寄ってくる。

少し過敏すぎる気もするが、そもそも今回の件ここまで心配をかけてしまったのはフィデスのせいなのだ。

フィデスは、「大丈夫だ」とハクアを落ち着かせようとして。


「……私の痛みが分かった?」


リューネの言葉に目を見開いた。


「ティリュの‥‥‥痛み?」

「うん。勝手に気絶させられて、守られていることも知らないで守られる痛み……」

「……!!」

「ねぇ、フィオ……私、そんな弱くないよ?」

「……ああ」


リューネの言葉にフィデスが小さく頷く。

失うのは辛い。

でもそれは、守る方だけでなく守られる方も同じなのだ。

自分の知らない所で相手が自分の為にと傷つき、居なくなる。

フィデスはそれを誰よりも知っていたはずなのに。


「……ごめん。もう二度としないよ」

「うん」


リューネが嬉しそうに微笑む。

彼女の対色の瞳は既に眠たげに揺れていたが、その顔はどこか満足そうだ。

フィデスは今度こそリューネの上から身体をどけると、ハクアへ視線を向ける。

だが、その瞬間。


「……うわっ!!」


フィデスの身体が後ろに引かれたかと思うと、リューネがフィデスの身体を抱きしめた。


「ティリュ?」

「そういえば、言い忘れてたことが有ったからぁ~」


そう言うと、抱きしめる力を強めるリューネ。


「リューネ、その……当たってるんだが……」

「ん、当ててるんだよぉ~」


どうやらわざとらしい。

リューネの発達した胸がフィデスの背中に押し付けられる。

フィデスも男だ。

背中に感じる柔らかな感触に何とも言えない感情が沸き上がって来るが、そんなフィデスの心情を読んだかのように、ハクアが大声を上げる。


「ちょ、ちょっとティリュ!そんな大胆な……!!」

「ええ~、シアも同じようなことしてたでしょ~?」

「し、してないわ……!!」

(いや、してたよ……)


心の中で呟くフィデス。

顔を見られないため分からないが、口調からして鋭いリューネにはバレているだろう。


「で、でも急にどうしたんだ?」


口調が変にならないように気を付けながら、フィデスは背中にいるであろうリューネへ問いかける。

それは半ば大した答えが返ってこないと分かったうえでの、反射的な行動と言ってもいいようなものだったが。


「う~ん、それはね……」


リューネが顔を近づける。

吐息が耳をくすぐり、顔を向ければ唇が触れてしまいそうな程の至近距離。

フィデスは女性特有の甘い香りに微かに心臓が跳ねるのを感じた。


「……リュ、リューネ?」

「フィオ……守ってくれてありがとう~……」


リューネは耳元でそう呟くと、ようやく腕の拘束を解く。

少しだけ名残惜しいと思ってしまうのは男のサガなのだろう。


「んふふ、フィオ、顔真っ赤ぁ~」

「ティ、ティリュ……!!」


フィデスは、紅くなる頬を隠しながら、話を切り替えるべく小さく咳払いをする。

だが、その直後、医務室の扉が開いた。


「ディー……」

「フィデス君、お見舞いに来たのだけれど、今は大丈夫?」


イディスの微笑に、フィデスは一瞬躊躇うも「あ、ああ、勿論」とイディスを迎えるべく立ち上がる。

まだ会って初日である以上慣れないのも当然なのだが、何度話してもこんなに綺麗な先輩が自分の幼馴染だという実感が湧かない。


「えぇっ!!」


そして、そんなフィデスの思考と同調したのか、ハクアが驚いたような叫びをあげる。

イディスのファンであるハクアはこの状況を理解しきれなかったのだろう。

もっとも幼馴染であるフィデス本人が理解しきれないのだから仕方のない事ではあるが。


「な、な、何でフィオのお見舞いにイディス先輩が来るのよ!?」

「いや、それは――――――」

「私とフィデス君は幼馴染だからよ」


言い淀むフィデスに、躊躇うことなく即答するイディス。

ここまで即答されると若干恥ずかしい気もするが、イディスの言葉に迷いはない。


「ど、どういう事よフィオ!!」

「い、いやだからそのまんまだって……」


フィデスだって今日言われたばかりでまだ受け入れられていないのだ。

どういう事かと聞かれてもこちらが聞きたい。


「ええ、そういうことだから、ハクアさんやリューネさんも、私の事は気軽にイディス、と呼んでくれて構わないわ」

「えぇっ、そ、そんな……イディス先輩を呼び捨てだなんて恐れ多いわ……!!」

「うう~ん、私もちょっと~」


躊躇いを見せる二人。

とはいえそれもそうだろう。

フィデスは幼馴染でありイディスにごり押しされたからそう呼んでいるが、本来、雑誌に特集までされ、全生徒の憧れである先輩を許可されたとはいえ、呼び捨てになど出来るはずもない。


「そう。私は呼び方など構わないのだけれど」

「……ディーほど貴族然とした人もいないからな」


余談だが、結局少しの思考の末、呼び方はハクアがイディス先輩、リューネがイディスさんになったらしい。

ハクアに至っては最初と変わってもいない気もするが、本人曰く私の憧れであるイディス様をさん付けや呼び捨てなど私には出来ない、という事らしい。


「でも、相当な大怪我を負ったと聞いたのだけれど、大丈夫なの?」

「あ、ああ、全快には数日かかるらしいけど、講義自体は明日から出ていいって言われてるし、問題ないよ」

「そう。でももし何か必要なことが有れば遠慮せず私を呼んで欲しいわ」


顔をのぞき込んだまま心配そうな視線を向けるイディスに、一瞬ドキッとしてしまうフィデス。

傍目に見ればあざといと思うであろう仕草も、イディスがやると綺麗に見えてしまうから不思議である。


「おぉ、ラブラブだね~、フィオ~」

「み、認めないわこんな……」

「勘弁してくれ……」


二人の呟きに、フィデスが降参するように両手を上げる。

それからイディスが話題を切り替えるまでの少しの間、医務室内は和やかな雰囲気に包まれていた。






「き、貴様。我々を誰だと思って……!!」

「知らなーい」


その頃、夜闇の降りた広場の中で、剣を持った男の胸元を刃が切り裂く。

恐らく致命傷であろうその一撃は、威圧感のある男を悲鳴を上げさせる間もなく沈黙させると、そのまま流れるように次々に居並ぶ男たちの手を、脚を、切り裂いていく。


「さて、これで全部かな~?」


やがて、複数人の男たちを切り裂いた女子生徒は、愉快そうにステップを踏むと、地面に広がる血の上を跳ねるように進んでいく。

だが、そんな女子生徒の歩みを妨げるように、目の前に一人の男が現れた。


「あれ、まだ一人残ってた」

「覚悟しろ。レイティア・リーフェンシア!!」


男は剣を構えると、女子生徒、レイティアに向けて一直線に走り寄る。

踏み込みが深く、重心もぶれていない。


「動きは悪くないね。でも……」


相手が悪かった。

レイティアは振り下ろされる剣を弾くと、男が剣を斬り返すより早く、杖に風を纏わせ、男の身体を一閃する。

それは、決して男が遅いという訳ではない。

レイティアが早すぎるのだ。


「く……そ……」


男が血溜まりに沈む。

しかし、レイティアはさしたる興味もなく、その場を後にすると、噴水の側を回る様に歩いていく。

そして、足を踏み出した瞬間。


「んっ?」


突然、片方の足が力を失ったかのように頽れる。


「これは……」


身体の酷使による反動。

最近ろくに休息を取ってはいなかったが、まさか、自分の体の不調に気づかないなんて。

レイティアは、自身の身体をここまで消耗させたであろう原因、先刻の模擬戦を思い出すと。


「さあ、どうなるかな……」


これから先、訪れる未来を憂うかのように、暗雲に覆われた夜空を見上げ、呟いた。

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