天穿魔法
「能力開放」
嵐が巻き起こる。
翡翠色の宝石を中心に、浸食するように杖全体に広がった光の線は、その威光を示すように妖しく輝きを放ち、レイティアの腕をも覆っていく。
『姉様と戦う上で一番危険なのは、天穿魔法よ』
『天穿魔法ぉ~?』
『ええ。この天穿魔法こそがメイヴ・オリジンが最強と言われる所以であり、それまでの戦局を一撃で覆すことが出来る魔法』
『それは、やばそうだな』
『ええ。だから発動の前兆である『能力開放』の言葉が聞こえてきたら、直ぐに使える限りの防御魔法を展開して。姉様の天穿魔法は……』
「切り刻め、臨界を裂く開闢の刃!!」
「防げ、重装守護結界!!」
「防いで、結晶壁!」
3人が魔法を発動したのはほとんど同時だった。
誤算があったとすれば、その規模だろう。
二人の防御魔法は上位級だ。
レイティアが習得していた円周防御よりも上。
防御魔法の中で言えば最上位ではないにしろ、相当な威力を持っている。
だが、それは余りに規模が違い過ぎた。
「……あらら、これはちょっとぉ~」
「……ああ、不味いな」
二人は試合場全体を覆うように荒れ狂う巨大な竜巻に息を呑む。
それはまるで。
「狂嵐の巫女、か……」
「少し本気を出すけど、死なないでね?」
レイティアが微笑むのと同時、巨大な竜巻が縮小を始める。
小さな台風が迫って来るようなその威容に、二人は展開している防御魔法に魔力を込め、強度を上げるが。
「破られる!!」
「……っ、こっちもぉ!!」
二つの上位級魔法はまるでぺら紙の様にあっさりと破られ、魔力へと還って行く。
そもそもの次元が違うのだ。
「……フィオ、どうするのぉ~?」
「ああ、どうしようか」
竜巻の中心で背中合わせに二人が言葉を交わす。
既に嵐の壁はすぐそこまで迫っている。
恐らく、このままでは二人共嵐に巻き込まれ身体中をズタズタに引き裂かれてしまうだろう。
ならば、フィデスの取るべき選択は……?
『あら、そんなもの決まっているんじゃありませんこと?』
「……」
「……フィオ?」
突然、無言になったフィデスにリューネが視線を向ける。
その直後だった。
「……ごめん」
「えっ……」
背後にいたフィデスの声が聞こえたかと思うと、突如リューネの身体が力を失い倒れ伏した。
「フィオ……な、んで……」
「……悪い、少し待っててくれ」
フィデスは、リューネを一瞥し背中を向けると、魔法陣を展開する。
「守の護法」
「フィオ、止めて……!!」
リューネがフィデスの目的に気づき、叫ぶ。
だが、既に遅い。
「大丈夫だよ。必ず耐えて見せる」
魔法は魔力を込めるほど威力が高まる。
より高位の魔法を覚えている場合そちらの方が効率が良いが、覚えてない場合、通常の数倍数十倍の魔力を消費することで上位の魔法と同程度の威力を与えることが出来る。
勿論、相手が天穿魔法である以上、気休め程度にしかならないだろうが少なくともダメージは減らせるはずだ。
「……フィ……オ」
声が途切れる。意識を失ったのだろう。
「さて、どうするか……」
既に嵐の壁は迫り、とてつもない圧力の風と刃がフィデスの体中を乱し、切り裂いている。
それでも、リューネに張った防壁は無事に発動した。
後は、迫りくる嵐を乗り切るだけ。
「魔法は……無理だな……」
魔力が既に枯渇寸前。
加えて、嵐の壁は例え一部分を破ろうと、実体が存在しないため、直ぐに修復されてしまうだろう。
やはり、耐えきるしかない。
『あらあら、死んでしまうかもしれませんわね』
頭の中に不快な声が響く。
愉快で享楽的な、神経を逆なでする声。
対してフィデスの答えは簡潔だった。
「……俺は絶対に死なないよ」
復讐を果たすまでは……姉を殺したあの男をこの手で殺すまでは……
「……どんな痛みでも耐えてみせるさ」
フィデスの言葉と同時、嵐がフィデスの身体を切り刻む。
「くっ……!」
予想以上に、一撃一撃が深い。
このままでは魔法の解除までフィデスの身体が持たない。
「……っ、紅閃!」
フィデスは体中を襲う痛みに耐えながら、無我夢中で剣に赤い魔力を込めて振りぬく。
だが、嵐の壁は一瞬揺らぎを見せるのみで僅かにも効いている気配はない。
(不味いな……もう痛みを感じなくなってきた……)
過度な失血に加え、急激な魔力の過剰消費に意識が揺らぐ。
それでも、ここでフィデスが倒れれば、リューネにかけた防御魔法が解け、気絶までさせた意味がなくなってしまう。
(どうすればいい……どうすれば……!!)
途切れかける意識の中、フィデスは打開策を探る。
しかし、次の瞬間。
無情にも一陣の風がフィデスの胸を通り抜け。
「……がっ!!」
僅かな所で繋ぎ止めていたフィデスの意識を刈り取った。
「‥‥‥ご‥‥‥めん‥‥‥ティリュ」
意識を失う直前。フィデスの黒瞳に映ったのは、嵐の向こうから嬉しそうにこちらに手を振るレイティアの姿だった。
「フィオ!!ティリュ!!」
観客席から、一人の少女が飛び降りる。
銀色の髪に赤いリボン。
二人の友人であり、二人が戦っていたレイティアの妹であるハクアだ。
「しっかりして、フィオ!!」
ハクアは観客席から降りるなり、フィデスの元へ駆け寄ると、フィデスの身体を揺する。
既に、身体中は傷だらけで、周辺には血だまりが出来上がっている。
「酷いわ……どうしてこんな……」
ハクアはそう呟くと、止血をしようとハンカチをフィデスの胸に当て、強く抑えつける。
「姉様、これで満足ですか?」
「ん、何が?」
「とぼけないで!!あの魔法、止めようと思えば止められたはずよ!!」
「でも、そしたらあの二人の限界が図れないじゃない」
悪びれることも無く話すレイティアに、ハクアは激高する。
「限界って……一歩間違えたら死んでいたわ!!」
「そしたら、二人達の運命がそれまでだったってことじゃない?」
レイティアの身勝手な言い分に、ハクアは何かが切れるのを感じた。
「……にして」
「……何?」
ハクアの言葉に、レイティアが顔を近づける。
そして、次の瞬間。
レイティアの足元に土色の魔法陣が出現した。
「……もう、いい加減にして!!」
ハクア叫びと共に、レイティアの足元に大きな穴が開く。
土葬の倉、土属性の中位級魔法だ。
突然開いた大穴は、その場に立っていたレイティアを呑み込まんとその口を開くが。
「……遅いね」
中位級程度の魔法が、1位であるレイティアに当たるはずもなく、あっさりと後方に跳び躱されてしまう。
だが、着地したレイティアを多数の魔法陣が取り囲んだ。
「おおっ、これは……」
「私に何の恨みがあるのよ!!」
発射されるのは土の槍。
それは至近距離からレイティアを捉え、その身体を貫かんと迫るが。
「私には効かないよ」
レイティアが手を向けるのと同時、全ての土槍が何かに弾かれたかのように砕け散る。
風帝神滅杖の能力、魔法の反射だ。
「そんなこと、分かってるわ!!」
しかし、次の瞬間。ハクアがレイティアの前方へ接近する。
ハクアのメイヴは魔導書型だ。
魔導書型と杖型は双方共に近接戦闘が不得手なことが多いためこの両者の戦いの際は基本的に近接戦闘は発生しない。
だからこそなのだろう。
「……嘘ッ!!」
レイティアの反応が一瞬遅れる。
そして、それだけで十分だった。
「はぁっ!!」
ハクアがメイヴを振り下ろす。
書物と言えど硬化魔法が掛けられている為、直接接触すれば骨折は免れないが。
「……なんてね」
突然レイティアの前方に魔法陣が出現したかと思うと、そこから膨大な風が吹き荒れ、ハクアの身体を勢いよく吹き飛ばした。
「くっ……!!」
「あはっ、まだ耐えるんだ。凄い凄い」
数メートル吹き飛ばされたのち、何とか勢いをいなして着地したハクアにレイティアが心無い勝算を送る。
そんなレイティアに対して、ハクアは苛立ちを隠すように睨みつける。
「そうやって、また私を馬鹿にして……」
「おおっ、怖い怖い。それじゃあお姉ちゃんはもう退散しようかな」
すると、レイティアが先ほどまでと一転、突然身を翻すとハクアに向けて大きく手を振る。
「……待って!!」
ハクアは即座に捕まえようと走り、手を伸ばすも、既にレイティアの姿は無くなっていた。
「……姉様、どうして」
静寂な空間に、残ったのはハクアの悲愴な残響のみだった。
「部隊は?」
「全滅したようです」
どこかの空間。
灯り一つなく僅かな月明かりの身が照らすこの空間で二人の人物が言葉を交わしていた。
「何だと?あいつらは去年の新入生の中でも指折りの実力者揃いだったはずだ」
「やったのは、今の1位ですよ、《《当主様》》」
「ちっ、そうだったな」
当主様と呼ばれた者は舌打ちをすると、画面を開く。
映っていたのは大量の文字列。
そして、画面の一番上には小さくハクア・リーフェンシアと書かれていた。
「フィー君、次あのお店行こ!」
「うん、ユーちゃん」
二人の少年と少女は街の中を駆け抜けていく。どこにでもある様な街並み。夕日は沈みかけ、時間を知らせるように鳥の鳴き声が鳴り響いている。
二人はあまり人がいない静かな商店街を駆けていく。
周りの景色とは隔絶された様な綺麗な白髪を靡かせた少年は鮮やかな黒髪の少女の手に引っ張られるように駆けていく。
そして、お菓子屋さんなどを何軒か回ったころ、少女がなにかに気づいたように時計を見た。
「フィー君、もうこんな時間だから、いつもの公園に行こ!」
それだけ言うと少年の手を離し、駆け足で走っていった。
「ユ、ユーちゃん、ちょっと待ってよー」
「ほら、時間なくなっちゃうよー」
一拍遅れて気づいた少年は走り出そうとするが、それより早く少女は少年のもとに駆け戻ると少年の手を握って走り出した。
二人は商店街を駆け抜けて行き、夕日が沈み終わる頃、二人は街が一望できる公園に到着した。
「はぁ、はぁ、はぁ……なんとか間に合ったね」
「はぁ……うん、この公園の夕日を二人で必ず毎日見ようって約束したもんね」
少年は息を切らしながらもしっかりと立ち上がり沈みかけている夕日を眺めた。夕日は既に殆ど沈んでおり、夕日と言えるのかも微妙な所だったが二人にとっては、どうでもいいようだった。
「じゃあ、んっ!」
そう言って少女は唇を少年の方へ向ける。少年は何を意図しているのかを直ぐに理解し、一瞬顔を赤らめるも、そっと少女の方に歩み寄り軽く唇をあてた。
「んっ、キスってあったかいね」
少女は余韻に浸るように自分の唇に触れた。
「きっと僕とユーちゃんがコイビトだからだよ」
少年も頬を染めたまま、嬉しそうに微笑んだ。
少女はその言葉が嬉しかったのか少年に思いっきり抱きついた。
「フィー君……大好き!!」
「僕も大好きだよ、ユーちゃん」