双氷の剣舞
「ここが、第11アリーナか……」
「おっきいねぇ~」
歩き始めてから数十分後。
一行は指定された場所へと到着していた。
「この先に、レイティア先輩が……」
「うん、レイティア先輩が待ってるねぇ~」
「ええ、行きましょう」
3人は躊躇うことなく足を踏み入れる。
そして、その時は直ぐに訪れた。
「フィオ、シア、あれぇ~」
リューネが視線を向ける先、試合場を見下ろす位置に彼女は居た。
こちらを見るなり、笑顔で手を振り試合場へと降りてくる。
「良かった。てっきり怖気づいちゃったのかと思った」
「……姉様」
「ん、ハクアちゃんも来たの?ハクアちゃんは呼んでないよ?」
「おねえちゃ――――――」
「――――――1つ良いか?レイティア先輩」
ハクアの言葉を遮り、フィデスが前へと歩み出る。
「レイティアで良いよ」
「分かった。それじゃあ、レイティア……」
「ん、何?」
「もし俺とリューネが勝ったら、一度で良い、シアと話し合ってくれないか?」
「……ふーん」
レイティアがハクアを睨む。
恐らく、ハクアが何かを話したと思ったのだろう。
一瞬の停滞の後。
「まあ、別に良いけど」
そっけなく呟く。
だが、次の瞬間。
「私に勝てたらね?」
二人を特大の風の刃が襲った。
「……!!」
「……まずっ!!」
突然の攻撃に、二人は大きく横跳びで躱すと、レイティアへ向けて走り出す。
それが、戦闘開始の合図だった。
「「風乗り!!」
二人の前方に風の道が形成される。
風乗り、物体を加速させる風属性の初位級魔法だ。
「合わせてくれ……!!」
「まっかせてぇ~!!」
ほとんど同時に飛び出した二人は、レイティアを挟み込むように接近すると、それぞれのメイヴを振るう。
「良い連携だね。でも……」
それだけだ。
「周円防御、風旋刃」
レイティアは向かってくる刃を球体上の防壁で弾くと、そのまま流れるように風の刃を一閃。
刃を振るった後で体勢を戻しきれていない二人は咄嗟に剣を盾にするも威力を相殺しきれず、身体が浮き上がる感覚を感じた。
「くっ……!!」
強い。分かってはいたが、こうして相対すると改めてその強さを実感させられる。
(いきなり二重詠唱か……)
2つの魔法を同時に組み上げ、展開する高等技術。
一見魔法を同時に展開すればいいように思えるが、魔法を同時に展開すると、魔法同士反作用が起き、互いの魔力を阻害し合ってしまうため、消費魔力は通常詠唱の2倍では済まない。
そのため、基本的に魔法師は余程の事が無い限り二重詠唱は使用しないのだが。
「強者の余裕か、嫌になるな……」
「何か言った……?」
レイティアの問いにフィデスは首を振る。
「いや、どう勝とうかと思ってさ……」
「……ふふっ、良いね。色々やってみると良いよ。全て叩き潰してあげる」
フィデスの言葉に、レイティアは妖しく微笑むと、嵐帝神滅杖を向ける。
(とはいえ、どう戦ったものか……)
フィデスの頭に数刻前のハクアの言葉が甦る。
『まず、姉様と戦うにあたって注意すべきなのは能力』
『能力……?』
『ええ。姉様の持つアーティファクト、嵐帝神滅杖の固有能力は、物理魔法の完全反射……』
『完全反射……?』
『ええ。実体を伴った魔法攻撃は姉様の周りに張られている障壁に全て跳ね返されるわ』
『何か対抗策はないのか?』
『ないわ。少なくとも、私は知らない。でも……』
「紅閃」
「纏氷双刃」
二人の武器を紅い光と氷が覆う。
物理魔法は効かないが、実態を伴わない付与魔法は通る。
二人は間合いを取ったまま合流すると、今度は同時に剣を構えた。
「なるほど。あのハクアちゃんから何か聞いたね……」
そして、二人の様子を見たレイティアも何かに気付いたのか、今度は嵐帝神滅杖を構えたまま一つの魔法陣を展開する。
「風刃形成」
レイティアの武器を暴風が覆う。
それは、小さな竜巻であり、嵐。
「付与魔法……か?」
フィデスが知っている付与魔法とは規模も威力も明らかに違うが、恐らく、魔法の分類では付与魔法に入るのだろう。
二人がその異質な雰囲気に警戒を強めた瞬間。
「……耐えてみて?」
そんな二人の努力を嘲笑うかのように、極大の風の斬撃が、剣を構えている二人を試合場の端まで吹き飛ばした。
「なっ!!」
警戒はしていた。もし彼女の方から攻撃を仕掛けてきても対応できるよう、武器も構えていた。
だが、ここでフィデスはようやく気付いた。
(これが1位か‥‥‥)
敵うか、敵わないかではない。
どれだけ二人が耐えられるか、だったのだ。
「……っ、痛え」
痛む背中を抑え、フィデスは地面へ降り立つと、近くに吹き飛ばされたはずのリューネを探す。
「リューネ!」
ほどなくして、近くの地面に座り込んでいるリューネを見つけ、走り寄って行くフィデス。
「あ、フィオ~」
「大丈夫か?」
「……うん。少しだけ痛いけどぉ~」
そう言って立ち上がろうとするリューネに、フィデスは咄嗟に手を伸ばす。
だが、その時ふと、フィデスの左耳に風を切り裂く音が聞こえた気がした。
「っ、紅閃!」
フィデスは咄嗟に、霧散しかけていた紅閃の魔法陣を組みなおすと、感覚に任せ、音の聞こえた方へ剣を振る。
紅き魔力の一撃は、飛来した風の刃を周辺の土煙ごと吹き飛ばした。
「……レイティア」
「おっ、凄い威力だね。今のがフィデス君の奥の手かな?」
晴れた視界の中、前方に立つレイティアが呟く。
「さぁ、どうだと思う?」
「ふぅ~ん。まぁ、別にどっちでも……っ!!」
レイティアの姿が掻き消える。
直後、背後に気配を感じた。
「……っ、ルミナ――――――」
「――――――ちょっと遅いかな」
レイティアが嵐帝神滅杖を薙ぐ。
フィデスも咄嗟に剣を滑り込ませるが、速度が違い過ぎる。
「くっ!!」
フィデスは、一瞬後に襲い来るであろう痛みに歯を食いしばり。
「纏氷双刃!!」
背後で、双剣が煌めいた。
「……やるね」
「私を忘れないで欲しいなぁ~」
嵐帝神滅杖の一撃を弾いたリューネは、続けざまに双剣を振るい、無数の斬撃を繰り出していく。
基本的に双剣を使うことのメリットは手数だ。
通常の剣と比べ、剣身を短く、軽く、することで、一撃の威力を下げる代わりに、驚異的な連撃速度を生み出すことが出来る。
リューネの連撃は正にその真骨頂と言えるだろう。
「フィオ!!」
「ああ」
リューネの叫びにフィデスが走り出す。
思わず見惚れてしまう程の攻撃だったが、フィデスも負けてはいられない。
「凍土平原」
巨大な魔法陣がリューネの足元に出現する。
それはリューネを起点に放射状に広がり、半径数十メートルを氷の大地へと変えた。
「わわっ、滑る!!」
双剣による連撃を捌きながら、レイティアが足をもたつかせる。
凍土平原はその名の通り指定範囲の地面を凍らせ、相手を滑らせる氷属性の中位級魔法だ。
戦闘師に対しては効果的だが、対策手段を持つ魔法師相手にはあまり効果的な魔法とは言えない。
だが、それも魔法を発動できる状況下であれば、だ。
「はぁっ!!」
「これはちょっと……!!」
上下から、左右から、無数に襲い来る斬撃に、レイティアはじりじりと後退していく。
通常であれば、一度吹き飛ばして後退させることも可能だが、地面が凍っているせいで地面を踏みしめることが出来ず、力を込められない。
「……っ、サークル――――――」
「――――――させないよぉ~、氷針の茨」
地面から無数の氷の棘が出現する。
双剣を防ぎながらでは魔法の構築が間に合わなかったレイティアは、仕方なく大きく地面を蹴り後方へと後退する。
だが、二人がその隙を見逃すはずもなかった。
「フィオ~」
「任せろ!」
空中を浮遊するレイティアの元へ、フィデスが高速で接近する。
身体能力強化に魔力を無理やりつぎ込み、威力を上げた影響か、余剰に出た魔力が、走った軌跡を示すようにキラキラと煌めいている。
「良い連携だね」
「ハクアに約束したからな」
フィデスはそのまま接近しレイティアの着地点に回り込むと、剣を構える。
剣を覆う紅い光が、銀光と混ざりまるで一つの星の様に輝く。
「……防げな――――――!!」
「――――――紅閃!」
刹那、試合場全てを揺らすような衝撃が走り抜けた。
「やったか……?」
「う~ん、どうだろぉ~?」
荒れ果てた試合場。
巨大な衝突音が鳴り響いた方へ視線を向けたまま、二人は呟く。
「でも、少なくとも1位があれで終わりってことはないと思うよぉ~」
「……まぁ、それはそうだろうけど」
それよりも、とフィデスは口を開く。
「ほとんど流されるように始まったけど、この模擬戦ってどうやったら勝ちなんだ?」
「う~ん。結界も起動してないって言ってたけどぉ~、死ぬまでだったりしてぇ~?」
「……ありそうで怖いな」
全身を襲う脱力感を感じながら、フィデスは剣を握り締める。
(後1、2回くらいか……?)
剣自体はまだ振れるが、全力の魔力加速に加えて、紅閃を使った為、魔力の消費が激しい。
だが、それはリューネも同じだろう。
「……ん、どうしたのぉ~?」
「いや、ティリュがここまで強いとは思わなかった」
「えっへん。見直したぁ~?」
「元々見損なってなんかないよ……」
そう言うと、フィデスは自然にリューネの頭を撫でてしまう。
「……フィオ?」
「……あ、悪い。何か、ティリュを見てたらつい……」
(おかしいな。俺には姉さんしか居なかったはずなのに)
子供のころ、よく姉に撫でてもらっていたせいで、影響が出てしまったのか、
フィデスは微かな違和感を覚え、首を傾げる。
すると、次の瞬間。
フィデスの手が何者かに掴まれた。
「ティリュ?」
「えへへ、もっと、撫でてぇ~」
リューネはフィデスの手を取ると、自身の頭へと誘導する。
柔らかな髪が、手の甲をくすぐった。
「……あ、ああ」
「……んふふ~。やっぱり人に撫でてもらうのは良いよねぇ~」
言われるがまま、フィデスが頭を撫でると、リューネが嬉しそうな声を上げる。
何故だろうか。自分は撫でている側の筈なのに、気分が和らいだ気がした。
「悪いな。ありがとう」
「ん~、何でフィオがお礼を言うのぉ~?」
「いや、何となくだよ……」
「ふふっ、そっかぁ~」
リューネが嬉しそうに離れていく。
フィデスは気を使わせてしまったことに心の中で謝りながらも、再度、レイティアが居るであろう方へと向き直る。
その時、土煙の中から声がした。
「ようやく、終わった?」
二人がその声に武器を構えなおすのも柄の間、砂煙の中から現れたレイティアの姿に二人は息を呑む。
「……えぇ~」
「無傷か……」
「うーん、悪くはないんだけど、もう少しかな……」
嵐帝神滅杖を構えたまま歩み出るレイティアは、二人の表情を見るなり、首を傾げる。
「ん、もしかして、本当に勝てると思ってたの?」
「……反則だろう」
(不味いな。もう打つ手がない……)
今の一撃で魔力の半分以上を使い果たしてしまった。
とてもじゃないが、もう一度レイティアに届くほどの攻撃をすることは出来ないだろう。
正確に言えば、今の一撃も届いていなかった訳だが。
「どうしたの?もう終わり?」
「……くっ」
どうすればいい。
一か八かもう一度突撃する?否、さっきの二の舞になるだけだ。
諦めて降伏する?否、それはハクアを裏切ってしまう事に等しい。
フィデスはどうしたものかと、思考を巡らせていると、ふと、レイティアが構えを解いた。
「……?」
「ああ、もう時間か……」
レイティアはこれまでのどの表情とも違う、少し物憂げな表情を浮かべると、二人の方へと再度杖を向ける。
「ごめんね。もう少し相手してあげたいんだけど、私この後予定が会ってさ……」
「逃げるのか?」
「うん。逃げるよ。でも、折角だから――――――」
レイティアは両手で嵐帝神滅杖を握り、自身の前に掲げるように構えた。
「能力開放」