過日の記憶
「馬鹿ッ!!」
数分後。
人の居なくなった広場の一角にハクアの叫び声が響く。
「大丈夫だって、唯の模擬戦だ」
「もぉ~、シアは心配性だなぁ~」
「そういう問題じゃないわ!!」
ハクアは、未だ目元を腫らしたまま、二人へ訴えかける。
「二人共、何でこんなこと……」
遡ること数分。
『俺(私)と勝負しろ(して)!!』
腕を掴んだまま言い放つ二人。
先ほどの消極的な姿勢から一転、突然勝負を挑んできた二人に。
『あはっ、良いね。私も丁度二人と戦ってみたいと思ってたんだ……!』
レイティアは嬉しそうな笑顔を浮かべると、噴水の淵から立ち上がる。
『待って姉様!二人は何も関係ないわ……!!だから……!!』
そこで、ようやく二人の言葉の意味を理解したハクアが去って行くレイティアを止めようとするが。
『それじゃあ、私は第11アリーナで待ってるから……』
次の瞬間。
その場にいた筈のレイティアの姿はどこにもなかった。
「相手は私のお姉ちゃん、この学園の1位なのよ!?いくらフィオとティリュが強くたって勝ち目はないわ!!それに……」
ハクアが言葉を切る。口に出すのを憚ったのだろう。
だが、フィデスは気が付いていた。
レイティアの視線。ハクアの言葉の続きに。
「なあ、シア。この天空都市で人を殺す方法っていうのは幾つぐらいあるんだ?」
「四つ、いえ三つよ。結界魔法で置換されない魔力の通っていない武器や刃物で心臓を貫くか、大量の血を流させての失血死、毒物を投与しての毒殺。禁忌魔法っていう手もあるとは思うけど、禁忌魔法目録は一般に公開されていないから考えなくて良いと思うわ」
「そうか」
この中で最も現実的な殺害方法を考えるとすれば、魔鉱石以外の武器による殺害だろうか。
当然天空都市内での殺人は犯罪行為だが、あの時レイティアから感じた殺気にも近い視線、あれは目的のためなら人を殺すことも厭わない人間のものだった。
「シア、二人は何でそんなに仲が悪いんだ?」
「……!!それはっ……!」
ハクアがばつが悪そうに、俯く。
恐らく迷っているのだろう。
「言いたくないのなら構わないよ。俺達はまだ知り合って数日程度だし、信用できない部分もあると思う。でも、これだけは覚えておいてくれ」
フィデスは言葉を切る。
その言葉を繋いだのは隣に立つリューネだった。
「私達は何があってもずっとシアの味方、でしょ?フィオ~」
「ああ」
「……!!そ、うね……」
ハクアが黙り込む。
それは一瞬にも過ぎないものだったが、ハクアは顔を上げると先ほどまでレイティアが座っていた噴水の淵へ腰かける。
そして、深く深呼吸をすると、自分の首元から一つのハート形のペンダントを取り出した。
「それは?」
「……このペンダントは、父様が初めて私達5人に買ってくれたもの」
ハクアは歩み寄ってきた二人へペンダントを開くと首から外し、手渡す。
中に映っていたのは瓜二つの5人の銀髪の少女、そして二人の男性だった。
「映っているのは私、ハクア・リーフェンシアと姉様、レイティア・リーフェンシア。そして、仲の良かった3人の姉妹、エーリサイド、キラサイト、シルヘイト。それに、父様であるサイラスと執事であるレクトよ」
「ああ、思い出したぁ~。リーフェンシアって4大貴族の……」
「4大貴族?」
「うん。確かぁ――――――」
「ダルセイト、クレミット、フロデュエス、そしてリーフェンシア。貴族国家であるアリシディア公国の中で最高権力を持っている筆頭貴族の四家よ」
「シア、貴族だったのか?」
「ええ。でも……」
ハクアは悲しげな声を上げる。
周囲の魔力が乱れ、その瞳には涙が溜まっていた。
「私は、私は貴族になんてなりたくなかった……」
「……シア?」
突然の涙に、二人が駆け寄ってくる。
だが、それをハクアが手で制した。
「ごめんなさい。取り乱したわ。もう大丈夫よ」
「本当か?辛いなら別の時にしても……」
「……ううん。今話すわ」
「そうか」
本人が話すというのであればフィデスに遮る理由はない。
フィデスは再度、ハクアの言葉に耳を傾ける。
「まず、私達の関係についてだけど……」
「レイティアお姉ちゃん、早いよー」
「ハクアちゃん、こっちだよー」
一面の銀世界を、二人の銀髪の少女が走る。
「レイ、ハク。転ばないように前見て歩きなさい」
更に、少女達の後ろには一人の妙齢の女性。
「大丈夫だよ、お母さん!!」
「うん!!転ばないように気を付けてる……うわわっ!!」
言っている側から、紅いリボンを着ける銀髪の少女、ハクアが転ぶ。
「ハクアちゃん、大丈夫?」
「うん」
長い銀髪の少女、レイティアに起こされ立ち上がると、膝に着いた雪を払う。
すると、その直後。
「ハクアちゃんハクアちゃん。えいっ!!」
立ち上がったハクアの鼻先に小さな雪玉が当たる。
「わぶっ!!」
「あははっ、ハクアちゃん顔真っ赤ー!」
「もう、お姉ちゃん!!」
立ち上がる時に投げるなんて卑怯よ、と叫ぶハクア。
「ふっふっふ~、これが私の戦略……」
「むぅ、それなら……!!」
直後、雪玉を二つ作るハクア。
レイティアが一つならハクアは二つという事だろう。
「でも、私には当たらないよ~!!」
「ふん、目にもの見せるんだから!!」
そう言うと、ハクアは二つの雪玉を投擲する。
だが、二つ同時に投げると、狙いも甘くなるもので。
「雪玉は数持てば良いってものじゃないんだよ!」
宙に舞った二つの雪玉は、レイティアに当たることなく、横の地面に落ちていく。
しかし、レイティアが「私の勝ちだね」と言いかけた次の瞬間。
「わわっ!!」
突如、後頭部に冷たい衝撃が走り、レイティアが前のめりに雪の道に落ちた。
「ふふっ、お姉ちゃん雪まみれ!」
「ハクアちゃん、魔法使ったねー!!」
レイティアの言葉にハクアが小さくをそっぽを向く。
だが、既に遅い。
「ハクアちゃんも巻き添えだー!!」
立ち上がるのと同時、レイティアがハクアに飛びかかる。
不意の一撃に躱せなかったハクアはレイティアと共に雪にダイブし。
「「ぷふっ、あはははっ!!」」
何がおかしかったのか、互いの顔を見つめ合ったまま嬉しそうに笑い始めた。
銀世界についた二人の足跡は、いつの間にか雪によって覆い隠されていた。
「昔、私と姉様は小さな民家の子供として暮らしていたわ」
「貴族じゃなかったのか……?」
「そう。私もそう思ってたわ。あの時までは……」
「この家にハクア・リーフェンシアとレイティア・リーフェンシアは居るか?」
「……ま、待ってください!!」
ハクアが眠りにつく直前。
突如、玄関から男の人の声が聞こえてくる。
よく聞くと、母の声も混じっている。
「規定だ。ハクア・リーフェンシアとレイティア・リーフェンシアの二人は基準をクリアした。これより本家に預からせてもらう」
「そ、そんな……お願いします。あと少しだけ……」
「……貴様、逆らうのか?」
刹那、何かで叩いたような強烈な音が響く。
男たちが何を言っているのかは分からなかったが、二人が飛び出すのにはそれだけで十分だった。
「「お母さんを虐めないで!!」
二人は扉を勢いよく開くと、それぞれの持つ杖と魔法書に魔法を出現させる。
「風の礫!」
「岩の砲台!」
二人の元から巨大な岩と風の刃が現れ、玄関に立つ複数の男を強襲する。
完璧なタイミング。
例え頑丈な男達であろうと、二人の魔法の直撃を受ければ只では済まない。
誤算があったとすれば、男たちが魔法師であることを念頭に入れていなかったことだろう。
「……見つけたぞ」
刹那。男が掻き消える。
そして、次の瞬間。
「……そ……んな……」
ハクアとレイティアの身体は、首に走った衝撃と共に地に伏していた。
「止めて、止めてください……!!」
「煩い、黙れ……!!」
薄れゆく意識の中、最後に見えたのは祈るように涙を流す母の姿だった。
「連れていかれたのか?」
「ええ。姉様と一緒にね」
「お母さんとはぁ~?」
「……分からないわ。あの日以来一度も会っていないから」
「……そうか」
フィデスが黙り込む。
何と声をかけるべきか悩んでいるのか。
いずれにせよ、まだ話は前半部分
「そして、そこで私と姉様は、父であるサイラス、そして執事のレクトと私達の姉妹である3人エーリサイド、キルサイト、シルヘイトと出会ったわ……」
「会うのは初めてだな。私はサイラス・リーフェンシア。お前達の実の父親だ」
大きな広間のような部屋。5人の子供を集め突如実の父親だと名乗り始めた銀髪の男にハクアはどうすれば良いのか分からずにいた。
「ひっ、怖いよぉ……」
ポニーテールの少女が呟く。
どうやら、彼女も二人と同じく無理やり連れてこられたようだ。
「ねえねえ、シル~。見て見て~、ちょうちょなのだ!!」
「違いますよキラ。それはちょうちょじゃなくてただの葉っぱなのです」
そして、もう片方の隅には、何やら絵を描いて遊んでいる、銀色の髪を右と左でそれぞれ一本に纏めて括っている瓜二つの少女。ハクア達よりも少し幼いが、双子だろうか。
「見ての通り、と言ってもお前達は他の子供達を知らないな。簡潔に言う。お前達は数いる子供たちの中でトップクラスの魔力を持っている。そこでお前達には次期当主候補として魔力を高める訓練をこなしてもらう」
「お母さんは……?」
「悪いが、もう会うことは出来ない。だが……」
サイラスは言葉を切る。
恐らくそれでは幼い子供たちの心を納得させることは出来ないと思ったのだろう。
「ここにいるレイティア、ハクア、エーリサイド、キルサイト、シルヘイトの誰かが次期当主になったその時には、全てが自由だ。それ以降はいつどこで何をしようとこちらからは干渉しない。当主としての仕事は果たしてもらうがな」
「なれなかった人は?」
「さあな。それは次の当主次第だ」
「その次期当主は、いつ決まるの?」
レイティアが聞く。
連れてこられた不安もあるはずだが、その立ち振る舞いに一切の脅えは感じられない。
「この家の当主選定は8年周期。次は約5年後だ」
「……分かった」
レイティアが頷く。
恐らく、この時にレイティアは全てを理解していたのだろう。
脅えて、姉にしがみつくハクアをレイティアはそっと撫でる。
「大丈夫。お母さんとはすぐにまた会える」
「……うん」
ハクアはいつもと変わらない優しい姉の声色にようやく落ち着きを取り戻し、離れていく。
「ふん、今日は無理か……おい、レクト」
「かしこまりました」
男の合図で、後方に居る男が前に歩み出る。
「それでは、御息女様方。これよりお部屋へ案内させて頂きますので……」
レクトの言葉に、双子の少女が走って並ぶ。
少し前に親から引き離されたばかりだというのに、たくましい限りだ。
「私達も行こっか?」
「……うん!!」
そして、レイティアに手を引かれ、ハクアも立ち上がる。
だが、その時、後方からふとすすり泣く声が聞こえた。
「……あの子」
見ると、そこに居たのはハクア達と共に連れてこられた一人の少女。
余程怖かったのだろう。
未だ泣き止む気配はなく、延々と一人で泣き続けている。
「……お姉ちゃん」
「うん」
ハクアには姉が居た。そして恐らく先に走っていた彼女たちにも姉妹が居た。
一人ではなかった。
「君、大丈夫?」
「う、うん」
「置いて行かれちゃうし、行こ?」
二人は駆け寄り、少女の手を取って立ち上がらせると、先に歩いて行ったレクトを追いかけ走っていった。
「私達はそこで始めて出会った」
「でも、ハクアの話だと」
「ええ、もういないわ」
「……それは、レイティア先輩が?」
「いいえ、それは別……」