狂嵐の巫女
「私はリグレット・エステル。これから一年間、このクラスの担任を務める者だ」
静まり返った教室。
多くの人が中心に置かれているモニターへと視線を向ける中、一人の教師が生徒達に向かって、言葉を発していた。
「それでは、今からこの学校の制度を説明する」
その直後、リグレットの頭上に映っているモニターの画面が切り替わる。
映し出されたのは所々が空白になった順位表。
「まず最初だが、この学園にはランキング制度がある。このモニターに映し出されているのはその最高位、【深層に至りし者たち】の順位表だ。名前が書かれていない場所は去年の3年生が卒業したことにより生まれた【空き順位】。基本的に空き順位に入りたければ、その一つ下の順位の者をランク戦で倒せばいい。埋まらなかった場合は1か月で繰り上げとなる。ちなみに、新入生の諸君らはランキング外であり、順位を上げる方法はただ2つ。年に3回のランキング変動戦、いわゆるランク戦で勝利する。又は双方の合意の元で行われるランク変動戦で勝利することだ」
エステルがそう言った瞬間。空白の順位の一つに突如名前が出現する。
「おや、丁度一つの順位が決まったようだな。魔法ランクの9位、埋めたのは13位だった【反砂の帳】だな」
その言葉に生徒たちの各所からざわめきが立つ。
やはり、上位の生徒ともなればある程度有名なのだろう。
「さて、話を戻すが、この数万の学生が居るアリシディア学園では、魔法、戦技共にランキング100位から11位に達した者達を強さの象徴として【境界を越えし者たち】、そしてここに映し出されている者達、そのさらに上の10位から1位の者達を学園、引いては所属する国の強さの象徴として深層に至りし者たちと呼んでいる。ここに入る為には血の滲む様な努力が必要となるが、諸君らにはぜひここを目指してもらいたい。ちなみにだが……」
エステルは言葉を切る。
切り替わった画面に映し出されたのは大量の文字だった。
「魔法か戦技、どちらかでも境界を越えし者たち以上にランクインしている全ての生徒は年に3度あるランク戦の内一度以上参加しなければならない。但し、学園の生徒の数は膨大だ。とてもじゃないが、志願者すべてと戦うことは出来ない。だからこそ、その順位に在籍する者は戦闘方法を選ぶことが出来る。挑戦者と順位保持者を含めた全員でアリーナを貸し切って行われる乱打戦。事前に挑戦者たちが乱打戦をしたうえでその勝者と1対1で戦う勝ち上がり戦。教師が挑戦者たちの大会成績などを見て対戦者を決める個人戦。主になるのはこの3つだな」
「一つ、質問を宜しいでしょうか?」
「ん、何だ?」
「先ほど、主に、とおっしゃいましたが他にもあるという事でしょうか?」
後方の方で立ち上がった生徒に、エステルは小さく頷く。
「ああ、君の言う通り確かにあるにはある。だが、今は時間が無いからな。ランク戦のルールブックや戦闘形式は一通り君の校章にインストールされているからそこで見るといい」
「分かりました。ありがとうございます」
質問を終えた男子生徒は満足そうに再度席に着席すると、画面と睨めっこを始める。
エステルはその様子を見届けると、画面を切り替える。
次に映し出されたのは6つの画面だった。
「それでは次に、この天空魔法都市最大のイベント、覇天祭について説明しておこう。先ず、覇天祭というのはペンタグラムで毎年年度末に開催されている学園都市の最強を決める魔帝杯及びその予選となる5学園主催の対校祭の総称であり、この覇天祭で優勝した者には、真魔の指輪、五芒星同盟評議会へ挑戦する権利など様々なものが与えられる。ちなみにだが、魔法か戦技いずれか、又はどちらも10位以内にランクインしたことのある生徒はこの、覇天祭に3年間のうち1度以上は出場しなければならない。そして、それぞれの特色だが……」
エステルが説明を始めようとした瞬間、終礼を知らせるアラームが鳴る。
「むっ、もうそんな時間か。質問がある者はこの後聞きに来い。それでは、解散……!」
エステルの号令と共に、生徒たちは散り散りになっていった。
「ん、もう終わりなのか……?」
終礼の合図を聞いたフィデスはモニターから視線を外すと、徐々に居なくなっていく生徒達を一瞥したのち、横で説明を聞いていた二人の方へと体を向ける。
「ふぃ~、終わったぁ~」
「ええ。でも、面白い規則が多くて退屈しなかったわ」
二人は画面を閉じると、楽しそうに感想を言い合っている。
「それにしても、二人はこの後どうするんだ?」
「この後ぉ……?」
「ああ。まだ昼過ぎだし、帰るにはまだ早いだろ……?」
「おお~、確かにそうかもぉ~」
リューネがそう言うと、ハクアが何か思いついたかの様に再度画面を開く。
映し出されたのは巨大な地図。
「そうだ。それなら、ここに行ってみない?」
ハクアの言葉に二人が画面をのぞき込む。
彼女が指を指した先は、この天空都市の中心だった。
「おお、良いね~。商業区~!!」
「商業区、確か幻星祭が開催されるところだったよな?」
幻星祭は一年に一度開催される、五学園合同で開始される祭典であり、生徒の家族や一般の人が唯一天空都市に入ることが出来る機会でもある。
「珍しいねぇ、フィオが幻星祭を知ってるなんて~。来たことあるのぉ?」
「ああ、何度かな」
幻星祭は血縁が入学していなくても、お金さえ払えばどんな人でも見学可能だ。
正確に言うと、実はフィデスの場合はまた例外なのだが。
「それじゃあ、行きましょ!」
「おお~!」
「そうだな」
三人は端末をしまい、それぞれ立ち上がって教室を出ていった。
「そういえば、二人は覇天祭は出るのか?」
ステラの商業区リニス。噴水の近くにあるカフェについた一行は、それぞれの飲み物を買って(お金はフィデス)屋外テーブルに座り、3人はそれぞれ雑談に興じていた。
「覇天祭?フィオは出るつもりなの?」
「ああ。折角入学したんだし一年生の内に一度位体験しておきたいと思って」
「それはいい考えだと思うけど、五星杯の内のどれに出るの?」
「うーん、そうだな……」
ここ数年、対校際においてのアリシディア学園の戦績は芳しくない。
毎年魔帝杯でも上位には居るものの、優勝をすることはほとんどない。
ヴァルキュローズ戦技学園の主催する、戦技と付与、強化魔法のみを使って己の武を競い合うシャリオールソード。
サリヴィエット魔法学園の主催する、自身の持つ魔法の全てをぶつけ合うフォリスヒートマギ。
フェリミオス学園の主催する、魔法や戦技だけでなく戦術や連携、仲間との絆など、個の力を超えたチームの力がぶつかり合うフェリシエントシエテ。
インヴィリオ学園の主催する、魔法、戦技、全てを使い、学園都市一の覇を競い合うティルシヤントブレッド。
アリシディア学園の主催する、戦闘力のみでなく、地形への対応力や探知力など第三世代として必要なあらゆる技能が試されるイルディエンスコード。
「取り敢えず、俺はシャリオールソードとフォリスヒートマギ、それかイルディエンスコードかな」
可能であれば魔帝杯にも一度出場しレベルを確かめてみたくはあるが、入学して直ぐにそれは、余りに傲慢が過ぎるだろう。
フィデスの言葉に二人が嬉しそうな声を上げる。
「あ、私も私もぉ~」
「偶然ね、私もだわ」
「ん、二人も出るのか?」
フィデスの問いに、またしても同時に頷く二人。
「うん。私はシャリオールソード~」
「私はフォリスヒートマギよ!」
「と、いうことはその二つに出たら二人と戦うことになるのか……」
入学試験ではフィデスが勝ったが、それは飽くまで書類上だけだ。
例え数百、数千位差が有ろうと、実際の戦闘ではそれらは簡単に覆る。
「もし戦うことになったら手加減しないよぉ~!」
「例えフィオが相手でも全力で叩き潰すわ!!」
「ははっ、お手柔らかに頼むよ……」
息巻く二人に、フィデスが苦笑いをしていると。
「ちょっと、やめてください!!」
突如、三人の耳に女性の叫び声が響き渡る。
「……何だ?」
「女の人だね~」
天空都市は揉め事が多い。
それは自身の武力を競い合うというこの天空都市特有のものなのだろうが、風紀委員が居たとしても、街中で唐突に戦闘が始まることも珍しくない。
フィデス達が気になり視線を向けると、そこには一人の女子生徒を取り囲む複数の男子生徒の姿があった。
「あれ、不味いよねぇ~」
見た所、男たちの柄の悪い雰囲気もあってか、見ているばかりで誰も助けに入ろうとしない。
「……あれは」
ハクアの呟きに、フィデス達が頷く。
「助けに行こう」
「もっちろん~!」
二人が立ち上がる。
相手の数は五人程だが、見た所魔力量はそれほどでもない、戦闘になっても十分に勝てるだろう。
フィデスはハクアとリューネに一瞬視線を向けると、地面を蹴り、男たちの元へ走り出す。
「きゃぁっ!話してください!」
「おいおい、ぶつかってきておいてそれはねえだろ、ねえちゃん」
「そんな、私は何も……!」
「うるせぇ、少し痛い目見てもらうぜ!」
男子生徒がメイヴを抜く。
全員剣型、形状から見ても汎用型だ。
「……フィオ」
「ああ、少し強引かもしれないけど力尽くで止めるぞ!」
二人は男子生徒たちが一線を越えてしまったことを確信し、それぞれ、メイヴを召喚する。
男子生徒達には悪いが、一度制圧してしまった方が良いだろう。
彼我の距離は既に数メートル。
そこでようやく男たちも気づき。
「な、何だてめえら!!」
咄嗟に振り返るも、遅い。
「はぁっ!!」
フィデスは男の剣を弾き飛ばし、そのまま男を殴りつけようとする。
だが、その瞬間。
「フィオ、ティリュ避けて!!」
ハクアの叫びを掻き消すように、噴水の中央から巨大な暴風が吹き荒れた。
「フィオ、ティリュ!!」
自分の考えが甘かった。
否、きっと無意識に考えないようにしていたのだろう。
座っていた状態からでもほとんど確信はしていたはずなのに。
「【土投網】!」
ハクアが吹き飛ばされていく二人を土の網で受け止める。
放たれたのは風属性の中位級魔法、一定範囲を吹き飛ばすだけの比較的殺傷性が低いものだが、当然攻性魔法である以上対応を誤れば重度のダメージを負う可能性がある。
きっと目の前に居る彼女は何とも思っていないのだろうが。
「お久しぶりですね、姉様」
陽光の注ぐ広場の中、噴水の水面には二人の向かい合う銀髪の少女が映っていた。
「何だっ!」
戦っている最中、突然吹き飛ばされたフィデスは、魔法で出現したであろう網から飛び降り周辺を見回していた。
「ここは……」
見た所、恐らくハクアであろう土網のおかげか、まだ広場の近くだろう。
さっきの風によって土埃が舞っている事もあって多少視界が悪いがこの程度ならば、二人を探すのに問題は無い。
フィデスは、その場を駆けだし、音を頼りに先ほど見た噴水を目指す。
幸いにも、場所は直ぐに見つかった。
「シア!!」
砂煙の中一人で佇むハクアに、フィデスは大声を上げるが、反応が無い。
「あ、フィオ~!」
そこへ、一緒に吹き飛ばされたはずのリューネがフィデスの元へ走って来る。
どうやら、こっちも土網のおかげで大した傷はないらしい。
二人は、一瞬視線を交わし、頷くと、近くに見えるハクアの方へ走り出す。
だが、そんな二人の目に映ったのは、ハクアと対峙するもう一人の銀髪の少女だった。
「姉様、これはどういうつもりですか?」
「んー、何が?」
「ふざけないでください!!」
姉様と呼ばれた長い銀髪の少女の言葉に、ハクアが激高する。
ここまで怒っているハクアは初めて見るが、今はそれどころではないだろう。
「シア、大丈夫か!」
フィデスと、リューネはハクアの元へ駆け寄ると、女子生徒から視線を外さず、ハクアへ声をかける。
「……!!フィオ、ティリュ」
そこでハクアもようやく気付いたのか、二人の言葉に反応すると、無事だったことに安心したのか安堵の息を漏らす。
しかし、そうゆっくりと話してはいられないらしい。
「初めまして、フィデス・オービット君にリューネ・ティレッタちゃん」
突然、銀髪の少女が二人の名前を呼ぶ。
その表情はさっきハクアと話していた時とは一転、笑顔に染まっていたが、フィデスはその視線に奇妙な感覚を覚えていた。
「どういう関係だ?」
フィデスがハクアへ問う。
銀色の髪に燃える様な紅い瞳。
まさかとは思ったが、答えは以外な方から返ってきた。
「もしかして……【狂嵐の巫女】?」
「ティリュ、知ってるのか?」
「うん……知ってるよ。でもぉ~……」
リューネがハクアに視線を向ける。
自分が言うべきなのかどうか迷ったのだろう。
彼女の視線に、ハクアはゆっくりと頷くと口を開いた。
「……二人には紹介していなかったわね。彼女はレイティア・リーフェンシア。【狂乱の巫女】の二つ名を持つ、この学園の深層へ至りし第一者、私の姉様よ」
「深層へ至りし第一者!?それに……姉様って……」
フィデスの言葉に、隣に立っていたハクアが頷く。
姉に会えたというのに嬉しそうな表情ではないのは、二人がフィデスの知る姉妹とは違う関係であるという事なのだろう。
「それで姉様、何の御用でしょうか?」
「ふふっ、そんな怖い顔しないでよ。折角多忙な姉が、入学してきた妹を祝いに来てあげたんだから」
そう言って、動かないハクアの頭を撫でるレイティア。
優しく丁寧な手つきは、まるでお気に入りの玩具を愛でているかのよう。
だが、フィデスは見逃さなかった。
彼女の手のひらに一瞬魔力が籠ったのを。
「……!!」
フィデスがレイティアの腕を掴む。
強引に引きはがすことが出来たのはほとんど同時にリューネがハクアの身体を引いたからだろう。
魔法陣が霧散するのと共に、レイティアが愉快そうに笑う。
「あはは、良い反応速度だね」
「レイティア先輩、流石にやり過ぎじゃないですか?」
「ふふ、大げさだなぁ。こんなの妹との軽いスキンシップじゃない」
そう言うと、レイティアはフィデスの腕を弾き、ハクアへ笑いかける。
「ねえ、ハクアちゃん?」
「……はい」
リューネの腕の中、ハクアが小さく頷く。
どうやらハクアは、初めから分かっていて防ごうとしなかったらしい。
「どうして、こんなことするんだ?」
「どうして?そんなの私が選ばれた人で、ハクアちゃんが出来損ないだからだよ」
そう言うと、レイティアが杖を召喚する。
二対の翼を模したような長杖。
まさかここで戦闘を始めるつもりなのか。
フィデスとリューネも自然と剣を握る力が強まるが。
「――――――姉様……もうやめてください……」
直後、フィデスがその言葉を言い終えるより先に、レイティアの袖を一人の少女が掴んだ。
「……シア」
「何?ハクアちゃん。私今二人と話しているんだけど?」
レイティアが睨む。
妹を見ているとは思えないその冷徹な視線は、話を邪魔された苛立ちからくるものだろうか。
唐突に向けられる膨大な威圧、殺気ともとれるほどの気配に、ハクアは直ぐに袖を放してしまう。
「そう、それで良いの」
「……は、い」
再び頭を撫でられ押し黙るハクア。
これは依存、否洗脳に近いのだろう。
抗おうと思っても抗えない、歪で不条理な心の牢獄。
「……ねぇ、フィオ」
「ああ」
リューネの言葉にフィデスが頷く。
恐らく、それは二人の意思が完全に共通した瞬間だったのだろう。
フィデスは剣を、リューネは双剣をほとんど同時に持ち上げると……レイティアの胸元に突き付けた。
「……フィオ……ティリュ?」
「……二人共、どういうつもり?」
武器の刃先を向ける、それは魔法師や戦闘師にとって挑発行為、並びに決闘を仕掛けるという合図だ。
学園に入学したばかりの無垢な者達が学園の頂点、深層へ至りし第一者へ勝負を挑む。
きっと、これを知らない人が見たら誰もが頭がおかしくなったと言うだろう。
「私に決闘を挑むなんて、無謀だよ?」
「もちろんわかってるさ。それでも友達を泣かされたままでは引けないだろ」
「うん、私のルームメイトを泣かせたお返しぃ~!」
勝ち目がないことは分かってる。
それでも、勝てない事と立ち向かわないことは決してイコールではない。
「フィオ、ティリュ止めて!!」
ハクアが叫ぶ。
心配が怯えを上回ったのだろう、彼女の表情には少しだけ元気が戻ったように見えるが、フィデス達はもう止まらない。
「レイティア先輩、俺(私)と戦え(って)!!」
そして二人は、学園最強へ挑戦状を突き付けた。