封魔の魔眼
「目標、討伐しましたの」
同時刻。
断崖の森の決闘場の更地と化した森の中で、リィナが画面を開き、何者かと話していた。
「死体は近くにありますけれど……持って帰った方が良いんですの?」
死体は重いから嫌なんですの、と面倒くさそうに拗ねる様な表情をするリィナ。
「駄目だ。直ぐに、死体をもって帰投しろ。レイティアの死体はこれから必要になる……」
「……はぁ、仕方ないですの」
通信相手からの言葉に、ため息を吐きながらも小さく頷くリィナ。
少し不機嫌なのか、指示を聞くなり直ぐに通信を切ると、再度小さなため息を吐く。
「つまらないですの……リィナはもっとっ、人間をっ、切りたいんですのにっ!!」
消化不良です、とでも言うように、大鎌を振り回し、周辺の木々をなぎ倒すリィナ。
小さな台風の様なその姿は正に見境の無い狂気の嵐。
「はぁ、物足りないですの……帰ったらアルフとエイトに相手してもらいますの……」
やがて、しばらく周辺の木々をなぎ倒していたリィナは、満足したのか大鎌を虚空に仕舞うと、レイティアの死体があるであろう方へと身体を反転させる。
だが、そこでリィナは気づく。
「あれれ、レイティア様の死体はどこに行きましたの?」
まさか、生きていますの?と一人で問答をしながら、切り倒した森の周囲を見回すリィナ。
そしてその直後。
「颶風転身」
上空から、飛矢の如く巨大な一条の閃光が飛来した。
「ここが、断崖の決闘場》か……!」
その頃、目的地である断崖の決闘場へ到着したフィデス達は魔力濃度図を頼りにレイティア達を探していた。
「シア、レイティア達がどの辺りにいるか分かるか?」
「いいえ、分からない。お姉ちゃんが魔力を発しすぎているんだわ。断崖の決闘場全域に濃い魔力反応……」
「そうか……」
断崖の決闘場は全長10キロにも及ぶ高所エリアだ。周辺の森を含めると、探す範囲は余りにも多い。
「よし、ここからは分担して――――――!!」
その時、凄まじい轟音と共に、遠くで巨大な土煙が立ち上る。
場所は、ここから数キロ、断崖の決闘場の中央近く、森の中。
「……フィオ、今の!!」
「ああ、間違いない。行こう!!」
4人は、偶然と言うには余りにタイミングの良すぎる衝撃波の中心目掛け、走り出した。
「あれ、レイティア様生きていましたの?」
リィナが不思議そうな顔で首を傾げる。
視界の外、上空から攻撃を喰らったにも関わらず、その身体に傷は無い。
「うるさい……私達の道を阻むものは全員殺す」
一方のレイティアは杖を構えたままリィナを睨むと、膨大な魔力を放つ。
腹部を染める紅とは反対に、圧倒的なまでの威容はまるで小さな台風のよう。
「あは、つまらない任務だと思っていましたけど、心臓を突き抜けるようなこの殺気、気持ちいですの、心地いいですの、好きになってしまいそうですの……!!」
そう言うとリィナはうっとりとした表情で手元に取り出した大鎌へと頬を擦りつける。
既に昂っているのか、彼女の左目には紫色の魔法陣が映し出されている。
「今度は丁寧に遊びますから、簡単に壊れないで欲しいですの」
「黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!お前みたいなのが居るから私達は……!!」
刹那、レイティアが大地を蹴る。
十メートル程有った距離は一瞬で詰められ、リィナが気づいた時には既に嵐帝神滅杖が眼前に迫っていた。
「あはっ、無駄ですの!!」
だが、封魔の魔眼によって守られているリィナは、迫る刃に対して守りの体勢すら取らず、大鎌を振るう。
とはいえ、速度で言えばリィナの大鎌はレイティアに及ぶべくもなく、リィナの大鎌が空を切る度、無数の剣閃がリィナの身体へと衝突する。
「ああ……もっと……もっとですの!!」
「煩い……嵐帝神滅杖……!!」
直後、一歩下がったレイティアの持つ嵐帝神滅杖に魔法陣が出現する。
顕現するのは嵐。全てを切り刻む暴風の一撃。
「吹き飛ばせ、風刃形成!!」
「あはっ、死滅の一撃!!」
その瞬間、風と闇の一撃が衝突する。
周辺に土埃が舞い、膨大な魔力の残滓が舞う。
威力は同じ。
しかし、魔力暴走状態のレイティアの方が速度も展開速度も速い。
「暴圧砲!!」
魔法が相殺した直後、数舜の時も空けずリィナの後方へ移動したレイティアが巨大な風の砲撃を発射する。
魔力暴走の影響か、その大きさは通常の暴圧砲の二倍は下らない。
「良いですの良いですの!!律閃の大鎌!!」
だが、対するリィナは、微塵も臆することなく砲撃に向かい大鎌を投擲する。
メイヴはあくまで魔力を刻む中継器として存在しているだけのもの。
当然実体のない魔法に対してメイヴなどをぶつけた所で相殺できるはずもないが。
「甘いですの」
リィナが小さく笑うのと同時、風の砲撃と衝突した大鎌が、エネルギーの塊であるはずの砲撃を断ち割った。
「……!!」
「あはっ、私のメイヴに両断できないものは有りませんの!!」
同時に、リィナは地面を蹴ると、反転して戻って来た律閃の大鎌を掴み、レイティアへと振り下ろす。
「宵の螺旋」
律閃の大鎌の左右、出現したのは二重の円月輪。
高速で回転する刃はリィナを追撃するように回転し、レイティアへと迫るが
「荒天破撃!!」
刹那、レイティアの叫びと共に発生した無数の巨大な嵐の槍によって、リィナは魔法諸共吹き飛ばされ、切り倒した木々の更に奥、後方の大木へと衝突する。
距離にして数十メートル。
衝撃までは変換できなかったのか、リィナは小さく咳き込むと、少量の血を吐き出す。
微かにダメージは通ったように見えたが、その表情には未だ狂気的な笑みが浮かんでいる。
「……ああ、楽しい……楽しいですの……!!」
「……煩い!!」
リィナとレイティアがほどんど同時に大地を蹴る。
交差するのは一瞬、小細工なしの正面衝突。
「祀ろわぬ死よ、終わらぬ苦しも与えたもう――――――」
「射貫く狂風、乱れ散る森羅の威を示せ――――――」
二人の足元と大鎌にそれぞれ魔法陣が出現する。
完全詠唱で発現された魔法は、レイティアの身体を風の閃光と化し、リィナの大鎌に死神の加護を授ける。
恐らく、これまでで最大規模の魔法の衝突。
二人の視線は互いを離さぬまま交錯し。
「我、迷い子を導く揺蕩いの星――――――」
直後、新たに聞こえた詠唱に、二人の視線が重なった。
「ののっ、新手ですの?」
「っ、面倒な‥‥‥!!」
リィナとレイティアは即座に新たな魔法を組み上げる。
だが、二人が魔法を一度中断した時点で、間に合う術は無い。
「祈りを捧げよ、泡沫の海を鮮やかに染めろ、水泡世界」
刹那、詠唱の完了と共にレイティアとリィナの間を巨大な水が隔てる。
壁、否、膜と言うべきなのだろう。
リィナが新たに現れた人影に気づいたのは、周囲が完全に水に包まれた後だった。
「あららっ、今日は随分いっぱいの人と会う日なの」
「女の子ぉ?随分可愛らしい子だねぇ~」
「リューネさん、油断しないほうがいいわ。彼女の眼、普通じゃないわ……」
(魔眼‥‥‥また珍しいものを‥‥‥)
これまで、魔力が高い者は数多見てきた。
戦技に秀でた者、魔法に秀でた者。
中には自分より上の者も居たが、魔眼保持者に限ってはイディスはこれまで一度しか戦ったことがない。
それだけ魔眼保持者というのは貴重な存在であり、特異なのだ。
「手加減は出来ないけれど、許してちょうだいね?」
「あはっ、そんな目で見ないで欲しいの!貴女も殺したくなっちゃうから!!」
その言葉と同時、リューネも含めた三人はほぼ同時に魔法陣を展開した。
一方、反対側。
イディス達を背後に、レイティアとフィデス、ハクアが対峙していた。
「……また来たの?今度は手加減しないって言ったよね?」
「絶対にあきらめないとも言っただろ」
「またそんな……っ!!」
痛みに耐えるように頭を抱えるレイティアに、ハクアが叫ぶ。
「姉様お願い!目を覚まして!!」
「うっ、ああ……う、うるさい!うるさいうるさいうるさいうるさい!!ハクアちゃんに何が出来るの!?黙って私に守られていてよ!!」
レイティアが叫ぶ。
周囲を渦巻く魔力が膨張し、拒絶の嵐が辺りを覆う。
「レイティア……っ!!目を覚ましてくれ!!」
「うるさい!!弱いくせに、何もできないくせに!!これ以上私を惑わせないで!!」
その瞬間、レイティアの足元に魔法陣が出現した。
「シア!!」
「ええ!!」
颶風転身は脅威だが既に対策は立ててきた。
フィデスの合図でハクアは即座に魔法陣を組み上げる。
「颶風転身」
「競り立つ土壁!!」
風の閃光が巨大な土壁に衝突する。
勝ったのは当然、前者。
創られたばかりの分厚い壁はまるでぺら紙の様に穴を穿たれ、崩壊する。
だが、破られるのは想定済み。
壁の目的はあくまで侵攻を止めることではなく、弱めること。
「紅閃」
フィデスが迫るレイティアに合わせ、紅剣を振り下ろす。
赤緑の魔力が交差し、一瞬の停滞の後、赤の魔力が風を吹き飛ばす。
同時に、既にハクアは新たな術式を組み上げていた。
「振り下ろせ、巨人の戦槌」
刹那、レイティアの頭上から巨大な戦槌が振り下ろされる。
昼の戦闘でも使用したハクアの上位級魔法。
前回はどう防がれたのか種を暴くことさえ出来なかったが。
「嘘ッ!!」
突然、ハクアが叫ぶ。
同時に、振り下ろされた戦槌がレイティアの魔力を纏った腕に止められ、砕かれた。
「やっぱり、この程度じゃない」
レイティアの落胆するような声が響く。
同時に、巨大な魔法陣がフィデスとハクアの足元に出現した。
「能力開放。切り裂け、臨界を裂く開闢の刃」
嵐が吹き荒れる。
放たれたのはかつて模擬戦の時、フィデスを敗北に追い込んだ魔法。
暴走の影響なのだろう。
無詠唱にも関わらず、その規模は前の時よりも大きく見える。
(でも、今回だけは負けるわけにはいかない)
レイティアはハクアに何が出来るの、と言った。
レイティアはフィデスに惑わせないで、と言った。
心の中の矛盾、守りたいのに守られたいという相反する欲望。
(もう少し……あと少しのはずだ……!)
「シア俺が一瞬だけ道を作る。だからその間に――――――」
「――――――いいえ、それじゃあ駄目」
だが、フィデスの言葉は不思議と落ち着いているハクアの言葉に遮られた。
一方フィデス達の先頭から少し離れた森林の中。
ここでは二人の女子生徒が一人の少女と火花を散らしていた。
「あはっ、宵の螺旋!」
リィナが大鎌を振りかぶる。
左右には二対の巨大な円月輪。
狙いは弓を持ち、明らかに近接戦闘が不得手に見えるイディス。
「真っ二つにしてあげるの!」
「ええ、判断は間違っていないわ」
その瞬間、イディスが素早く矢が番えられていない弓を放つ。
同時に、巨大な二本の水の矢がリィナの背後から二つの円月輪を打ち砕いた。
「あらら、変な方向から跳んでくる矢ですの」
「面白いでしょう?もう終わりだけれど」
不敵な笑みと共にイディスが再度弦を引き絞り、放つ。
今度はリィナの頭上に出現した水の矢が、的確に彼女の心臓を狙い撃ち‥‥‥弾かれた。
「――――――!!」
「のの、今度はそっちですの?」
微かに衝撃を感じたのか、リィナが攻撃を受けた背中を確認するように、その場でくるくると回ってみせる。
イディスの予測とは裏腹に、その肌には傷はおろか、僅かな跡さえ残っていなかった。
「どうにも普通じゃないわね‥‥‥」
(今のは完璧に入っていたはず。魔眼の力かしらね)
魔眼の持つ能力は一種類につき一つのみ。
ならば、彼女の魔眼は防御用と考えるべきか。
「纏氷双刃」
その刹那、二人の間を氷の刃が駆ける。
氷を纏った双剣は、未だ大鎌を地面に突き刺しているリィナの身体に直撃し。
「魔法陣?」
紫色の歪に回る魔法陣に防がれた。
「あはは、無駄ですの。私の封魔の魔眼にはどんな攻撃も通用しませんの」
リィナが地面に突き刺している大鎌に手を掛ける。
同時に、イディスの叫び声が響いた。
「リューネさん下がって!!」
「遅いですの!!」
リィナが大鎌を振るう。
華奢な見た目とは裏腹に、地面ごと抉るように放たれた一撃は、武器を手放していたことで油断していたリューネの意表をつき。
「――――――」
その姿が僅かにぶれた。
「ののっ!?」
「水蓮の星」
直後、上空から巨大な一筋の矢が飛来する。
リィナは咄嗟に大鎌を振りぬいて迎撃するも、その瞬間、水の矢が爆発し、リィナの身体を吹き飛ばした。
「くぅっ、面倒ですの!!」
「リューネさん、大丈夫?」
「うん。ありがとうございます~」
イディスの手を取って立ち上がるリューネ。
幸いにも紙一重で当たらなかったらしい。
「でも、あの防御硬いよ~」
「ええ、四大貴族も厄介なのを抱えてるわね」
そう言うと、イディスはリィナの柴銀に光る左目を見る。
覗き込めば覗き込む程に感じる、膨大な魔力圧。
魔力量だけで見ればイディス、否レイティアよりも上だろうか。
(世界は広いものね……)
微かに弓を握る手に力が入る。
上位になってからは久しく感じていなかった感覚。
「――――――ん、むぅ、分かりましたの」
だがその直後、目の前のリィナが大鎌を背負いあげた。
「どうしたのかしら?」
「帰るの」
そう言うと、リィナは不機嫌そうにイディスたちに背を向け、彼女を逃がさないように張られている水の膜へと歩み寄って行く。
「あら、そう簡単に逃がしてくれるとでも?」
「死滅の一撃」
リィナが再び大鎌を振り下ろす。
闇の閃光が轟音と共に弾け、水の壁を吹き飛ばした。
「それじゃあ、さよならですの」
その言葉を最後に、リィナは森の中へと歩いていく。
追撃を警戒していないのか、否、追撃など取るに足らないと思っているのだろう、その足取りはとても緩やかで隙だらけに見える。
「追わないのぉ?イディスさん~」
「ええ、止めておきましょう。恐らくそう遠くないうちにまた会うことになるでしょうし、あくまで今回の目的は彼女だもの」
イディスは周辺に展開していた水の膜を解くと、フィデス達が戦っているであろう方向へと視線を向ける。
しかしその直後、異変は起こった。
「イディスさん。あの嵐って~」
「あれは、ティアの天穿魔法!」
言葉を言い終えるより早く同時に走り出す二人。
幸いにも戦闘していた場所はそう遠くなく、直ぐに二人は嵐の壁とその中央にいる二人の男女を見つける。
「あれは不味いかも~、早く助けに――――――」
「――――――いえ、その必要はないわ」
だがリューネの焦りとは裏腹に、イディスの表情は微かな笑みを湛えていた。
去っていくリィナと暴走するレイティア。
激化する戦闘の中、ハクアの見つけた答えは――――――




