ココアとコーヒー
「風刃形成」
レイティアの杖を嵐が覆う。
あれは模擬戦の時にも見た魔法だが、能力開放をしている今はあの時よりも威力が高い。
「シア、防御魔法を頼む!!」
「ええ、任せて」
ハクアは魔導書を開くと、土色の魔法陣を展開する。
「阻め、地壁結界!!」
現れたのは巨大な土の防壁。
周囲を覆い全ての攻撃を阻むその姿はまるで城塞。
しかし、フィデスは分かっていた。
「嘘!!一撃っ!?」
刹那、土の壁が破砕する。
堅牢そうに見えたその要塞はレイティアの放った嵐の一閃によってあっさりと崩され魔力へと還っていく。
そして、次の瞬間。
フィデスは反射的に防御魔法を使っていた。
「っ、重層守護結界!!」
「颶風転身」
直後、結界を巨大な衝撃が襲う。
見ると、視線の先には杖を結界へと薙ぐレイティアの姿。
(後一瞬遅かったら……)
フィデスの背中を冷や汗が伝う。
だが、安心している暇はない。
「守ってるだけじゃ勝てない、よっ!!」
初撃を防がれたレイティアが再度杖を振るう。
その威力はさっきよりも強く、速い。
フィデスは、無数に浴びせられる剣閃に、結界が長く持たないのを悟り、ハクアへ視線を向ける。
「――――――」
「――――――っ、分かったわ!」
ハクアが、魔導書を捲る。
と、同時にガラスが割れたような音が響いた。
「おっ、ようやく破れた」
レイティアは満足そうに杖を構えなおすと、地面を蹴る。
だが、その瞬間。
「奈落へ落ちよ、崩落する大地」
レイティアの足元が崩落した
土葬の倉の上位魔法、指定した範囲に巨大な落とし穴を創る土属性の魔法だ。
「んー、結構深く作ったね」
20メートルくらいかな、と落下しながらレイティアが呟く。
(でも、これで私を倒せるとは思っていないはず。出た後に何か仕掛けたかな……?)
まぁ、何でもいいか、とレイティアは心の中で呟き空中に風の魔法陣を展開する。
「颶風転身」
どんな魔法が来ようと関係ない。
例え何を仕掛けようとしていても、展開する前に抜けだしてしまえばいい。
レイティアは、勢いよく魔法陣を蹴り上げると、落ちてきた穴を僅か一秒足らずで抜け出していく。
「さて、二人は……」
やがて、空中に飛び出したレイティアは上空から二人の姿を探そうと辺りを見渡す。
幸いにも、その姿は直ぐに見つかった。
「ん、あれは……」
(無属性の魔法陣……視覚強化……?)
確かあの魔法は基礎中の基礎。
身体能力強化と並んで、初位級魔法の代表格であり、主に戦闘師が使う視覚を強化するだけの魔法。
当然初位級なだけあって効果量もそれほど強くなく、発動した状態でもレイティアの速度を視認することは出来ないだろう。
とはいえ、落とし穴に落ちた時も何もしてこなかったのだ。
余りにもきな臭い。
まるで、レイティアを誘っているかのような。
「まぁ、いっか……」
レイティアは浮遊したまま杖を構えると、風属性の魔法陣を展開する。
考えても分からないのならば当たってみるしかない。
それに、《《時間をかけすぎた》》。
「颶風転身」
レイティアは再度空中の魔法陣を勢いよく蹴り上げる。
その速度は一瞬の内に視認が不可能なほどに達し、数十メートル程あった二者の距離を刹那の間に詰める。
「……くっ!!」
「何を考えてるか分からないけど、これで……!!」
一拍遅れて剣を構えるフィデスに、レイティアが杖を薙ぐ。
恐らく一撃目は防がれるが、次撃で首を狙って気絶させて終わりだ。
レイティアは勝利を確信し、フィデスの胸元へと一撃目を振りかぶる。
そしてフィデスは……剣を捨てた。
「なっ……!!」
突然の奇行に思わず、レイティアが動揺したような表情を向ける。
だが、今更止めることは出来ない。
「避けて!!」
咄嗟の叫びも虚しく、レイティアの杖はそのままフィデスの腹部を半ばまで貫き。
「……捕まえた」
フィデスの腕が、レイティアの杖を力強くつかんだ。
「……っ!!」
「無駄だよ。加速が無くなった状態なら俺の方が力は強い」
フィデスがそう言った瞬間、レイティアの上空に巨大な土の魔法陣が出現する。
「シア、後は頼んだ」
「ええ。でもフィオは後でお説教だから……」
ハクアは魔法書のページをめくる。
同時に、上空の魔法陣が回転を始め、巨大な槌を象った。
「……っ!!これはまず……!!」
「振り下ろせ、巨人の戦槌!!」
レイティアは咄嗟に杖を手放すもすでに遅く、刹那、レイティアの頭上から巨大な大槌が放たれた。
「やったか……?」
「分からないわ。でも、確実にダメージは入ってるはず……」
大量の砂煙の中、二人が言葉を交わす。
「魔法が破られた感覚はなかったわ。でも……」
「ああ、分かってる。相手は一位だ。油断はしない」
フィデスはそう言うと、杖を乱雑に引き抜く。
「ちょ、ちょっとフィオ!?」
「大丈夫だよ、後から治療してもらうから」
「そういう問題じゃないわ……」
滅茶苦茶な言い分に、呆れるように溜息をつくハクア。
とはいえ、これで恐らく勝負は決まっただろう。
フィデスが小さく安堵のため息を吐いた、その直後。
「何だっ!!」
突然杖が発行したかと思うと、フィデスの手から弾かれるように宙を舞った。
「フィオ、どうしたの?」
「……いや、何でもない」
(はぁ、あいつか……?)
今度はフィデスが小さくため息を吐くと、頭の中に声が響く。
『あら、私を疑うなんて酷いですわ』
「……心を読むな」
『あはっ、何を今更。私と貴方は一心同体ですのに……』
昨日久しぶりに話した影響か、いつもより饒舌なダーインスレイヴにフィデスが頭を押さえる。
「なぁ、八帝神滅武具って仲悪いのか?」
『心外ですわ。私たちが仲悪いように見えまして?』
「……弾かれたんだが?」
『知りませんわ。今回はまだ話してすらいませんもの』
それは多分嫌われているんだと思うぞ。
フィデスは頭の中でそう言うと、再度、弾かれた嵐帝神滅杖の方を見る。
だがそこには、嵐帝神滅杖の姿はなかった。
(なにっ……!)
まさかっ、フィデスの頭を嫌な予感が過る。
そして、その瞬間にフィデスは声を上げていた。
「シア、防御を……!!」
刹那、剣を構えたフィデスに特大の風の刃が襲いかかる。
間一髪のところでその一撃を防いだフィデスだったが。
既に自分の身体は戦えないことを分かっていた。
「これでも駄目か……」
フィデスは力の入らない腕を握り締めると、前方、土煙の中から歩み出てくる人影に呟く。
「いやいや、とっても良かったよ。まさか視覚強化で反撃すると見せかけて、攻撃を自分の身体で止めるなんて。フィデス君は狂ってるよ」
土煙の中から歩み出た少女、レイティアは嵐帝神滅杖を持ったままフィデスに近寄って行く。
その身体には負傷はおろか、僅かな傷さえついていない。
「強いな……」
「ふふっ、ありがとう。でも……」
これで終わりだよ、とレイティアが杖を振り上げる。
後方を見ると、既にハクアが倒れている。
恐らく、フィデスがハクアと会話をした直後に、土煙に紛れて気絶させたのだろう。
本当に、次元が違う。
「くそっ、俺は諦めないからな……」
「ふふっ、その言葉だけで十分だよ」
――――――ありがとう。
レイティアが刃を振り下ろす。
そして、次の瞬間。
「……やっぱり来たね」
虚空を裂くように、突如現れた三射の矢がレイティアの元へ飛来した。
「……!!」
「甘いよ」
だが、突然の襲撃にもレイティアの対応は早かった。
顔色一つ変えず、振り下ろしかけた嵐帝神滅杖の方向を変えると、刹那の間に迫ってくる三対の矢の軌道上を一閃。
しかし、レイティアの手は確かな違和感を捉えていた。
「……ん?」
矢を弾いたにもかかわらず、弾いた感触が無い。
直後……レイティアの頬に一筋の線が走った。
「……!!」
その頃、フィデスは目の前で巻き起こった驚きの光景に目を見開いていた。
(何が起きた……?)
突如飛来した半透明の矢をレイティアが弾いた直後、レイティアの頬が切り裂かれた。
まるで、矢がレイティアの防御を通り抜けたかのように。
(防げなかった?いや、防がなかったのか……?)
いずれにせよ確かなのは、初めてレイティアが傷を負ったという事。
そして、それほどの手練れが味方という事だ。
「助かったよ……ディー」
フィデスは申し訳なさそうに苦笑すると、弓を構えたままレイティアと対峙する青髪の女子生徒、イディスへお礼を告げる。
「ええ、間に合ったようで良かったわ」
対するイディスは、フィデスに対して小さく微笑むと、直ぐに視線をレイティアに戻す。
切り替わる口調と急激に高まるイディスの魔力が、戦闘の開始を予感していた。
「イディス、ここは引いてくれない?」
「勿論、構わないわよ。ここ最近貴女が引き起こしている数々の暴行事件に対して、私が納得できる位の正当な理由があることを証明できれば、だけれど」
「う~ん、それはちょっと無理かなぁ」
「なら、こちらも要求を呑むのは無理というものよ」
イディスが弓を引き絞る。
その先端には小さな魔法陣が展開されていた。
「レイティア・リーフェンシア。天空都市治安維持法、並びにアリシディア学園風紀法に基づき、貴女をこの場で捕縛するわ」
イディスが引いていた弦を放す。
同時に、抑えられていた矢が高速で射出され、魔法陣の中に消えた。
「ん、何を……?」
怪訝そうに眉を顰めるレイティア。
その直後、レイティアの足元に巨大な水色の魔法陣が出現した。
「水牢球」
魔法陣から大量の水が溢れ出る。
それらはレイティアを捉えようと渦を巻くように巨大な水球を創り出していくが。
「ん~、悪くはないけど、遅くない?」
自らの危機を即座に察知したレイティアは、余裕な表情を崩さないまま、水球が完成するより前に上空へと飛び上がる。
だが、その瞬間にふと、レイティアの頭を疑問が過る。
――――――彼女が、態々逃げ道を残すだろうか。
戦闘能力だけで言えば、レイティアは一位だ。
しかしそれは孤独であると共に、最も注目され対策をされやすい順位でもある。
だからこそ、レイティアの戦闘スタイルは恐らくこの学園に在籍している全ての生徒が知っているだろう。
加えて、イディスは一度レイティアに敗北を喫している。
全校生徒を束ねる代表、生徒会長である彼女が一度敗北した相手に対策をしてこないとは思えなかった。
「鎌鼬」
レイティアが杖を振る。
それは唯の予感でしかなかったが、この予感が外れるとは思わなかった。
「水蓮の星」
刹那、一筋の青き閃光が瞬く。
場所は浮遊しているレイティアよりさらに上。
昼間であることも相まって完全に視認することは出来なかったが、一条の閃光となって降り注いだ矢は、風の刃と衝突すると、巨大な爆風を巻き起こす。
しかしその直後に、レイティアは自分の判断ミスを悟った。
「……っ!!」
高威力の二つの魔法の衝突に、暴風が吹き荒れ、浮遊するレイティアを水球の中へと叩き落とす。
そしてその瞬間に、脳内を最悪の想定が過った。
「……波動の封澪!!」
刹那、水の中に一つの小さな球体が出現する 。
小さな卵の様なその物体は、僅かに水中を漂い……突如、猛烈な風と共に爆発し、レイティアごと、水球の魔法の構成を吹き飛ばした。
「……なっ!?」
イディスが驚愕の声を上げる。
それは彼女にあるまじき動揺の声音。
だが、レイティアはそんなイディスの声音に微かな違和感を感じていた。
「レイ、逃がしませんよ」
「ごめん。もう少し戦っていたいところなんだけど、この後は先約が入ってるから……」
レイティアは足元に風色の魔法陣を展開する。
イディスも急いで弓を放つが、間に合わない。
「それじゃあね……」
直後、レイティアの姿はまるで煙の様に僅かな痕跡すら残さずに消えていた。
――――――それは、何時の事だったか。
「……皆寝ちゃったね」
「ええ、3人共相当頑張っていたもの……」
数年前の何でもない一日。
その日は、綺麗な十六夜の月だった。
「むにゃ……お姉ちゃん……」
「うぅ……もう食べられないぞ……」
「シルぅ……うるさいです……もう少し静かに……」
部屋の片隅に置かれているベッドから可愛らしい眠り姫達の呟きが響く。
余程疲れているのだろう、普段であればレイティアが起きていれば即座に跳び起きてくるハクアや、元気頭であるキラサイトやシルヘイトが起きる気配すらない。
「でも、今日も訓練はハードだったね~」
「ふふっ、ティアは余裕でこなしてたじゃない」
「ええ~、それを言うならエリ―だって、今日は随分余裕があるように見えたけど?」
「あはは、バレてたんだ……」
二人は何時もの様に他愛のない会話を交わすと、それぞれカップに入った飲み物を口元に運ぶ。
レイティアは甘いココアを、エーリサイドは苦いコーヒーを飲むのが何時もの日課だった。
「ねぇ、ティア……」
「……何、エリ―?」
「私達が今日の訓練で斬った相手も……同じだったのかな……?」
「……多分ね」
同じ、とはどういう意味なのか。
それは二人にしか分からなかったが、気付けば二人の間には沈黙が流れていた。
「……ココア、もう一杯要る?」
「うん、お願い……」
やがて、飲み物がなくなった頃にエーリサイドが立ち上がり、キッチンへと向かう。
暫くの間、薄暗い部屋に飲み物を注ぐ音だけが響くが、レイティアはこの時間が嫌いではなかった。
「……お待たせ」
「良い香り……ありがと、エリ―」
数分後、目の前に置かれるカップに、小さく笑顔を浮かべるレイティア。
エーリサイドは相変わらず苦そうなブラックコーヒー。
だが、自分ではあまり呑まないにも関わらず、これだけ美味しいココアを入れることが出来る辺りエーリサイドは良いお嫁さんになれるのだろう、とレイティアは思う。
「ティア、私達はいつまで……こうして皆で過ごしていられるかな……?」
「どうだろう。もしかしたら……今日までかもよ……?」
「ふふっ……笑えないよ……ティア……」
レイティアの言葉に、エーリサイドは小さく微笑むと、二人は揃って空を向く。
自分が風であったならどれだけ自由だっただろうかと、いつも思う。
高い身体能力など要らない。魔法など使えなくていい。
ただ、沢山の姉妹に囲まれながら穏やかに暮らしていられれば……それだけで。
「エリ―……絶対……5人で生き残ろうね……」
レイティアの呟きに、エーリサイドが小さく首肯する。
二人の進む先を照らすように差し込む月光の道に、微かな雲がかかっていた。
かつての夜に誓った願い。
その願いは終ぞ敵わず――――――
――――――
銀の姉妹編、第11話。
次話から更に物語は進んでいきますが、また一週間後に更新する予定ですので楽しんで頂ければ幸いです。




