第6話:屋上
風が心地よく髪をなでた。その度に静かに揺れる。気持ちが良い。
鉄柵に背を預けながら空を仰ぐ。真っ青な空だった。
「あ、あの〜」
「ん?あぁ、ごめんごめん。で、なんだっけ?」
仰いでいた顔を少女に向ける。
少女は俺の横に座っていた。
「さっきは邪魔が入ったんで、ちゃんと言えなかったんですが」
近くに置いてあった物を手に取り、真っ赤な顔で差し出してきた。
「わわわ、私と一緒に、お、お弁当を食べてくれませんか!!??」
俺は弁当をまじまじと見る。
「ご迷惑だったでしょうか?」
「……いや、助かったよ。」
「え?」
俺は胸を撫で下ろし、ボソッと呟く。少女が訳が分からず首を傾げる。
「あぁ、今のはこっちの話。ありがとう、有り難くもらうよ」
「ほ、本当ですか!!」
「ああ」
少女は満面の笑みで、差し出してきた弁当を両手で渡す。
俺は弁当を受け取る。弁当は四角い形をした容器に入っており、周りを青色の布で綺麗に包まれていた。布をほどき中身を見てみる。シンプルな弁当ようだった。
肉に魚やサラダ、タコさんウィンナーにりんごのうさぎもある。
最初の部分なら問題はないが、最後のほうがちょっと。
弁当の定番といえば定番なんだろうが、少々、恥ずかしい。実際、食べるとなると躊躇してしまう。
弁当の可愛い系部門のおかずを食べようか食べまいか葛藤する。
まぁ、ここは食わないという選択肢は本当の所ないのだが、やっぱり羞恥する。自分のプライドが邪魔をしていた。
「どうしました?」
少女が一向に手を付けようとしない弁当を見てたずねる。
思わず震えていた箸を置いた。
「え?ま、まさか、お気に召しませんでしたか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど………ちょっとね」
苦笑いを浮かべた。
だが、苦笑いの方向には弁当がある。少女から見たら、誤解を招かざる負えない。
途端に少女は顔を暗くし、落ち込む。
「そうですか、ハァ。すみません、私が食べたくも無い弁当を無理やりに…………」
「いや、本当に食べたくない訳じゃないんだって」
少女の言葉を遮り、俺は弁解をするが通用しない。
つまり、俺に残された道は唯一つ。このタコさんとうさぎを食べなければならない。
まさか俺が、こんな愛らしい二匹に躊躇するとは、中学校の頃の俺は考えも付かなかっただろう。
だが、それは過去の話にしか過ぎなかった。俺は今を生きている。普通の日常を生きようとしているのだ。
まさに、これは試練といっても過言ではないのだろう。普通の日常を手にする最初の試練。
タコさんウィンナーにりんごのうさぎ。
俺は意を決し、箸を手にする。
そして、先ほどまでの震えはどこにもなく、しっかりと箸を手に固定していた。
箸先はタコさんウィンナーの場所へ運び、落とさぬようにしっかりと掴む。それからゆっくりと持ち上げた。
宙に浮いたタコさんウィンナーを口元へと運ぶ。
一瞬、箸はすぐ近くの口元で止まる。
だが、次の瞬間、開け放たれた口に入れ噛んだ。カリッと良いと音を立てた。
口の中でモグモグと食べているのを機に、次々と弁当の中身を平らげていく。
それを見た少女は笑顔を取り戻し、静かに笑った。
そして、最後にりんごのうさぎが残る。これが始まりの最後の試練。
箸を器用に扱い、りんごのうさぎを取る。
俺にはもう迷いなどなかった。勿論、後悔もない。自分のプライドも捨ててまで、この子の笑顔を取った。それだけだった。
だけど俺は、ただ単に誰かが笑う顔が好きだったのかも知れない。だから、落ち込む顔を見て弁当を食う決心を固めた。
だが、今となってはもうどうでも良いことになっていた。
何故なら俺は―――――――――。
「ふぅ、食った食った。ありがとうな、お世辞抜きでうまかったぞ」
空っぽになった弁当を不器用ながらも包み、少女に感謝も込めて返した。
「いえ、美味しかったんなら良かったです」
笑顔で弁当を受け取る少女。
こんな天使みたいな子がウチの学校はにいたんだな〜と思うが、一つ疑問が浮かぶ。
だけど、アレ?なんでこんな子が、俺なんかに弁当を食わせるのだろうか?ふと、そんなことを思う。
だが、腹いっぱいになった満足感で、別に良いや〜などと一蹴りで終わった。
何故なら俺は弁当が美味しかったので万事OKだったのである。
「あぁ、そういえば名前とか聞いてなかったな」
空を仰ぎながら聞く。雲がゆっくりと流れていた。
「あ!そうでした。すっかり忘れていました」
あちゃ〜と少女は苦笑いを浮かべた。
少女はスッと軽く立ち上がると、俺の前に立ち、クルリと体をこちらに向ける。
「初めまして。私、あなたと同じクラスの平宮実玖って言います。今後ともよろしくお願いします。クロトさん」
同じクラスメートらしい平宮実玖に深々と頭を下げられる。
マジでか?同学年だとは分かっていたが、クラスまで同じだったとは、全然気付かなかった。
まぁ、今日が初日だしな。しょうがないだろう。
自己暗示を掛けた。
上を見上げれば空、周りを見渡すと家々が立ち並ぶのが一望できる。俺と平宮実玖は屋上にいた。
俺達が来たのはついさっき。
それまでは、ここは不良共の集まりだった。
だが、俺達の姿を確認するな否や、ガラにも合わず女性の悲鳴に近いものを発した不良共。そんで四方に散らばり震えていた。
俺達は誰もいない場所に足を運ばせ、そこに座る。
刹那、猛獣に追われた小動物が逃げるが如く不良共は逃げ出した。それも死に物狂いでだ。
まぁ、静かになったので別に良いが………無性にやりきれない気持ちだった。
俺がここを選んだ理由は特別にない。
単に風に当たりたかった、それだけだった。
だが、それは正解だったようだ。
風は心地よく、俺と平宮実玖以外はいないこの静かな空間。何より美味しかった弁当。
そして、その弁当の中身を食す場面を見られなかったこと。
色々な意味で良かった。
俺は空を眺めながら、ふと疑問を感じる。
こうやって普通の日常を送るのが幸福か、或いは変化し続ける日常が幸福なのか。
今の俺は知るはずも無く、ただ今を幸福として過ごしていた
まだ風邪気味です。
全く、しつこい病原菌です。




