後日談
スタンピードが終結した後。優斗はまる一日身動きが取れなくなってしまった。
原因は魔力の使いすぎである。
極度の魔力欠乏に陥ったため、極度の筋肉痛に罹ったように体中が激しく痛んだ。
その間、優斗の部屋には入れ替わり立ち替わり、エリスとマリーが現われた。
二人が甲斐甲斐しくフォローしてくれたため、体が動かなくとも優斗は一切不自由を感じなかった。
(大きな借りが出来ちゃったな……)
健康になったら、なにかお返しをしなければ。
優斗はそう、心に誓った。
まる一日経過した頃には、ずいぶんと痛みが和らいだ。しかしまだ狩りに行けるほどの体調までは回復しなかった。
優斗の魔力欠乏は、それほど重篤だったのだ。
「お早うユート。もう起き上がれるのね」
「マリー、お早う。まだ本調子じゃないけどね」
ベッドから起き上がりストレッチをしていると、マリーが優斗の部屋を訪れた。
マリーの手には、紙袋が携えられていた。
そこから、優斗もよく知る匂いが漂ってくる。
「お腹、減ってるでしょう? これ、ゴールドロックの朝食ね。一人で食べられる? な、なんならアタシが食べさせてあげても――」
「ストーップです!」
突如、扉がビターンと勢いよく開かれた。
目をつり上げたエリスが、マリーから紙袋を奪取する。
「マリーさん、もう仕事の時間です! あとはわたしがやるです!」
「え、エリス!?」
「まだ大丈夫よ。っていうかエリス。アタシたちが取り決めた時間よりも、ずいぶん早いお出ましだけど、どういうつもりかしら?」
「取り決め?」
「妙なことをしないか、監視してたです!」
「監視ッ!?」
優斗を差し置いて、マリーとエリスの二人がバチバチと火花を飛ばしながら、しばしにらみ合う。
「二人は仲が良いなあ……」などと思いながら、優斗は巻き添えを食らわぬよう、ゴールドロックの朝食を静かに食べ進めるのだった。
看病に訪れたマリーとエリスが部屋からいなくなった後、優斗の部屋に再び来客があった。
孤狼のテミスだ。
現在のテミスは、まるで憑き物が落ちたようにすっきりした顔をしていた。
このような顔になったのは、スタンピードが終結してからだった。
一体彼女の心境にどのような変化があったかは定かではない。だが優斗は表情の変化が、とても好ましく思えた。
「もう、体は良いのか?」
「ええ。ずいぶん動けるようになりました。あと二・三日もすれば、狩りに行けると思います」
「そうか」
そこで一度テミスが俯き黙った。
そしてすぐ、彼女は意を決したように尻尾をぴんと延ばした。
「……パーティじゃ、悪かった」
「ええと? 謝られるようなこと、ありましたっけ?」
「初日に、仲間のエリスを危険にさらした。あれは、盾士失格だった」
「別に良いですよ。誰だって、初めての立ち回りは上手くいかないものですからね」
「初めてじゃねぇんだよ。冒険者になる前から、オレは盾士だったんだ」
テミスが領主の娘だったこと。その父親から、盾士として育てられたこと。
力を付けるために冒険者になったこと。
そして、四年前のスタンピードで彼女がすべてを失ったこと……。
優斗はテミスの自分の身の上話を聞いた。
四年前のスタンピードについては、優斗も知っている。
地方の領地が一つ、壊滅したというものだ。
だがまさか、テミスがその被害に遭っていて、さらに領主の娘だったとは、優斗は思いもしなかった。
「そう……なんですね」
「ああ。だから、初めから盾士として立ち回ることが出来たんだ。だが、オレはそれをしなかった。お前への対抗心に目が曇って、盾士なのに、剣士として動き続けたんだ。……あれは、完全にオレが悪かった。すまなかった」
「いえ、いいですよ別に。それも含めて、僕はなんとも思ってませんから」
「でも、それじゃあオレの気がすまねぇんだ!」
テミスが声を荒げ、スツールから勢いよく立ち上がった。
「出来ないから出来なかった。それは仕方ないと思ってる。だが、オレは出来るのにやらなかったんだ! それでエリスを、守るべき人を、オレは危険にさらしたんだよ! マジ……最低な盾士だろ……」
最後はか細い声で呟き、力無くスツールに腰を落とした。
そんなテミスに、優斗は笑いかける。
「もう、自分を傷付けるのはやめましょう。どんなに過去を振り返ったって、そこには誰もいません。今の自分を傷付けるだけです。それよりも、これからなにが出来るかを考えましょう!」
そう言って、優斗は居住まいを正し、テミスをまっすぐ見つめる。
「テミスさん。盾士として、僕のパーティに入っていただけませんか?」
「……おいユート。いまのオレの話を聞いてたのか? オレは最低の盾士だから――」
「聞いてましたよ。けど、そんなのは関係ないんです。僕は過去のテミスさんじゃなくて、いまのテミスさんとパーティを組みたい。いまのテミスさんと一緒に、みんなで、出来ることを増やしていきたいんです。だから盾士として、僕らのパーティメンバーになってください!」
「…………」
優斗の言葉に、テミスはしばし目を瞬かせた。
そして、以前のような少し意地悪な表情を浮かべて、テミスが口を開く。
「悪い。オレは、お前のパーティの盾士にゃなれねぇ」
「……えっ。どうして……」
優斗の頭から、さっと血液が流れ落ちた。
そんな優斗に、テミスが悠然と尻尾を振りながら宣言した。
「もうオレは盾士じゃねぇからだよ。オレは今、聖騎士なんだ」
「せい……きし……。もしかして職業、変わったんですか?」
「ああ。ところでユート。お前のパーティに、聖騎士は必要か?」
その言葉に、優斗は満面の笑みを浮かべて頷くのだった。
○
テミスが帰ったあと。一眠りした優斗は、スキルボードを取り出した。
前回のスタンピードで、緊急クエストをクリアしていた。
だが体がまったく動かなかったせいで、報酬の確認が出来なかった。
「さてさて……。どんな塩梅になってるかなあ」
スキルボードを取り出した優斗は、
>>レベル39→43
>>スキルポイント:0→36
「す……すごい。めちゃくちゃ増えてるッ!!」
驚きに声を震わせた。
レベルもスキルポイントも、これまでクリアしてきた中でダントツの上がり方であった。
なかでもスキルポイントが大量だ。これだけあれば、どんなスキルにも振り放題である。
「緊急クエストだけでこんなに貰えたなんて、それだけスタンピードが危ないクエストだったんだな……」
無論、スタンピードの危険度はかなり高かった。
しかしこれほどの報酬が貰えたのは、他のクエストも同時にクリアしていたためだ。
緊急クエストが終了した後、EXクエストが出現した。
また魔物の各種討伐クエスト、各ランク毎に魔物を千匹倒すリピートクエストもあった。
これらを一度にクリアしたために、優斗は大量の報酬を獲得出来たのだ。
「そういえばEXクエストって、クリア目標が設定されてなかったよなあ。あれって、クリアされたのかな?」
優斗はクエスト画面を表示する。
当然のように、クエスト一覧にEXクエストの表示はなかった。
スタンピードの終了とともに消えてしまったのだ。
次に、優斗はインベントリをチェックする。
するとインベントリの中に、見覚えのない麻袋を見つけた。
その麻袋をタップすると、『EXクエスト報酬(三千匹)』という文言が浮かび上がった。
「おおっ、EXクエストの報酬だ! 三千匹ってあるのは、もっと多く倒せば、それ用の報酬が手に入ったかもしれないってこと……かな?」
それに気づいた優斗が、頭を抱えて「うわぁぁぁ」と声を漏らした。
「ああ……魔力欠乏なんて起こしている場合じゃなかった……。もっと、沢山魔物を倒していればッ!!」
別のアイテムが入手出来た可能性がある。
優斗はもっと魔物を倒して、最高の報酬を入手したかった。
「特殊クエストクリアの時点でいっぱい魔物を倒したから、スキルポイントもそれなりに貯まってたはずだし、それを途中で魔術系のスキル割り振れば、もっと沢山倒せたかもしれないなあ……はあ」
優斗は大きなため息を吐いた。
過ぎたことを悔やんでも仕方がない。
これは現時点の優斗が手に入れられる、最高の報酬だったのだ。
「もし次に同じようなクエストが発生したら、もっとちゃんと考えて動こう!」
そう心に決めながら、優斗はクエスト報酬を取り出した。
インベントリから出て来た麻袋の中には、一枚のスクロールが入っていた。
魔術書や、就職書と同じタイプのスクロールである。
一体、どんな内容が書かれているのか……。
ゴクリと唾を飲み込み、優斗はスクロールを開いた。
そのスクロールは、就職書だった。
書いてある文字のほとんどが読めないが、文様は前に見た剣士や魔術士と同じ形式である。
その文字で唯一読める文字を見た優斗は、掠れた声で呟いた。
「就職希望……英雄……?」
以上で3章が終了です。
今後についてですが、現在諸々の作業で非常に忙しいため、更新はしばらく停止いたします。
ご迷惑をおかけ致しますが、何卒ご容赦をお願いいたしますm(_ _)m