己の信念、守り抜く強さ
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「――かはっ!?」
テミスは水面から顔を出すように、止まっていた呼吸を再開した。
鬼からの攻撃を受けて、僅かなあいだ意識が飛んでいた。
鬼の攻撃で、全身が悲鳴を上げている。
一番酷いのは、左腕だ。もう上がらない。
「はぁ……はぁ……」
あまりの激痛に、足がガクガク震える。
一度膝が折れれば、二度と立ち上がれないかもしれない。
「ふぅ……はぁ……」
それでも、テミスは鬼を睨めつけ続ける。
ここにはユートが、守りたいものがある。
四年前のスタンピードで、テミスが守れなかったものだ。
テミスの意識の中で、孤児院と実家が重なっていた。
鬼を好き勝手に暴れさせれば、大切なものば失われてしまう。
(オレはもう二度と、同じ思いを、したくねぇ……!!)
だからテミスは奥歯を食いしばり、鬼の攻撃を耐え抜いた。
ここでまた、守るべきものを破壊されればきっと、テミスは冒険者として活動出来なくなりそうだったから……。
――ズンッ!!
「カハッ!!」
もう何十度目かの攻撃を受けて、テミスは口から血を吐き出した。
盾で受け流しても、衝撃で体の中がボロボロになっていく。
それでもテミスは、決して諦めなかった。
(守るんだ……なんとしてでも、オレが、守り抜くんだ!!)
なにも守れなかった時の絶望と失望は、もう二度と味わいたくない。
だから、テミスは奥歯を食いしばる。
(あの頃のオレじゃ、戦場に立つことさえ許されなかった……)
崩れ落ちた領主邸の前で、立ち尽くしていた頃のテミスでは届かない。
けれど、いまのテミスは違う。
(変わったんだ……。オレは、変われるんだッ!!)
思い出されるのは、ぐしゃぐしゃになったユートの掌。
その努力の証と、彼の著しい成長が、テミスは希望だった。
努力は決して、嘘を吐かない。
諦めたのは、限界を決めていたのは、いつだって自分なのだ。
だから、だからこそ――どれほど地面を舐めようと、立ち上がり続ければきっと、どんなに分厚い壁だって超えられる!
「うおぉぉぉおお!!」
獣のような雄叫びを上げ、テミスは何度も何度も立ち上がる。
(くそっ! 酸素が足りねぇ……)
酸素が足りない。
頭がぼぅっとする。
攻撃を受けすぎて、目が霞んできた。
外側から徐々に、視界がぼやけてきた。
「すーっ! ふぅ~~……」
だがぼやけたのは外側だけ。
鬼の姿は、やけにはっきりと浮かび上がって見えた。
「すーっ! ふぅ~~……」
気がつくとテミスの世界には、自分と鬼しかいなかった。
苦しかった呼吸も、いまでは楽に行える。
世界が、スローモーションになった。
鬼が、右手を振り上げた。
それをテミスは盾を掲げて待ち構える。
――もう二度と、腕が動かなくなっても良いッ!!
そんな覚悟で臨んだテミスの脳裡に、
『そうじゃない。角度を付けろ!!』
今は亡き、父の声が響いた気がした。
瞬間。
テミスは右足を僅かに引いた。
テミスのスタンスががらりと変わった。
そのテミスに、鬼の拳が届く。
盾が拳に接触。
鬼の拳が、盾の上をつるりと滑った。
その光景に、テミスは目を見開いた。
この盾の使い方が、テミスの父親のものとそっくりだったためだ。
――聖騎士の構え。
(オレは、すべてを捨てたと思ってた。けど、最後の最後まで、残ってたんだ。一番とびきり大切なもんが……残っててくれたんだ……)
森で狩りをしてからずっと感じていたなにかを、テミスは今ここで、やっと掴んだ気がした。
>>職業:盾士→聖騎士
>>剣術Lv3(-)→(+)
テミスの盾で、鬼が態勢を崩した。
この期に、初めてテミスは反撃を行う。
しかし、持ち上げた剣が、手から落下した。
それと同時に、テミスの膝がガクンと折れた。
「あ……れ……」
テミスの体は、既に限界だったのだ。
限界を通り越して、テミスは意地だけで動いていた。
その意地も、ここまでだった。
膝が折れたテミスは、ふんばりが効かずにぺたんと尻餅をついた。
戦闘中のテミスにとって、致命的な態勢だった。
目の前の鬼が、にやり口を曲げた。
「――お嬢様ッ!!」
リタの声が、テミスはやけにハッキリと届いた。
目の前で、鬼が再び拳を持ち上げる。
振りかぶった拳がテミスの顔面に打ち込まれる。
その直前に、
「ライトニング――」
まばゆい閃光が、テミスの視界で瞬いた。
「――スラッシュ」
ちりん、と鍔が小気味よく鳴いた。
次の瞬間、鬼の首がころんと落下した。
「…………遅ぇじゃねぇかよ」
「すみませんテミスさん。遅くなりました」
鬼の首を落としたのは誰あろう、元最弱たるユートその人だった。
ユートに向けて、テミスは拳を持ち上げた。
その仕草に、ユートが目を丸くした。
しかしすぐにユートも拳を持ち上げる。
テミスの拳に、ユートの拳がこつんとぶつかった。
こうした馴れ合いをするのは、四年ぶりである。
もう他の冒険者となれ合うつもりはないと、テミスは考えていた。
だが今だけは、馴れ合うのも悪くないなと思うのだった。
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