守るものがある憧れ
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テミスの体が二メートルほど宙を舞い、石の塀にぶつかり停止した。
「くっ……!」
鬼の攻撃が、まったく目で追えなかった。
それもそのはず。鬼はBランクの魔物である。
Dランクのテミスでは、逆立ちしても太刀打ち出来ない相手だった。
Bランクの魔物には、決して勝てない。
それを、カオススライム戦でテミスは嫌というほど思い知った。
カオススライムはそれまで、テミスが抱いていた『たとえ格上の魔物であろうとも気合があれば倒せるはずだ』という自信を、呆気なく打ち砕いた相手だった。
「くそっ! どうする……」
テミスは血を吐くように呟いた。
テミスの理性が、一般市民を守るために最後まで立ち向かうべきだと言っている。
しかし感情は、リタを助けることに専念すべきだと叫んでいた。
これまでのテミスでは、葛藤するなどあり得ない。
問答無用で市民を助けるべく動いていたはずだった。
市民を救うべきか、リタと逃げるべきか……。
葛藤するテミスの瞳が、塀に取り付けられたプレートを捕らえた。
その瞬間、テミスの心が、決まった。
「〝タウント〟!!」
盾に力を込めて、渾身の挑発を行う。
挑発を食らった鬼が牙を剥き、テミスに襲いかかる。
その攻撃を、テミスは受け流す。
「ぐっ……!!」
テミスの腕がミチミチと嫌な音を立てた。
危うく鬼の攻撃で、ガードした腕が折れるところだった。
テミスは場所を移動しながら、鬼の攻撃を防いでいく。
鬼を少しでもこの場から、遠ざけたかった。
――ガゴンッ!!
「ガッ――!!」
――ズンッ!!
「グッ――!!」
苛烈な鬼の攻撃を受ける度に、テミスの盾がみるみる変形していった。
腕は折れてさえいないものの、鬼の衝撃により紫色に変色している。
「お、お嬢様――ッ!!」
「うっせぇ、お嬢様って言うんじゃねぇ! ってかさっさと逃げろ馬鹿野郎!!」
リタの声に、テミスが悲鳴のような怒声を上げた。
声が荒くなったのは、リタが自分をお嬢様と呼んだからではない。
怒声を上げなければ、鬼のターゲットがリタに向かってしまいかねないためだ。
(オレはあと、何回攻撃に耐えられる……!?)
このまま耐えても、どうにもならないことくらい、テミスはわかっている。
盾士であるテミスには、Bランクの魔物を倒す殲滅力はないのだ。
このまま盾で凌いでも、すり潰される未来しかない。
だが、テミスはこの命尽きるときまで、粘ると決めた。
それはこの建物が、孤児院きぼうだと知ってしまったからだ。
『なあ、一つ聞きいていいか?』
以前、夜の町を歩いていた時に、テミスはユートに質問をした。
『お前は、なんで冒険者になったんだ? 働き口なんて、いっぱいあったろ。どうして冒険者を選んだんだ?』
テミスが冒険者になったのは、実家を継ぐためだった。
実家を継ぐために、それ相応の実力が必要だった。
領主自らの手で、魔物の脅威から住民を守らなくてはならない。
だから、冒険者になった。
冒険者になって、テミスはガロウ家領を守る力を得ようとした。
だが冒険者になってから一年後、ガロウ家領は壊滅した。
――スタンピードが発生したのだ。
スタンピードが発生した時、テミスは実家の地下室に押し込められていた。
父がテミスを、家人と共に閉じ込めたのだ。
『良いかいテミス。お前の名は牙族に伝わる昔の言葉で〝不変なる慈愛〟という意味があるんだ。その名の通りお前はこれからも、民を守る慈愛の盾であれ。……いいな?』
『な、なにをおっしゃっているのですか父上。まるで今生の別れみたいではありませんか……。オレはもうDランクの冒険者なんです。父上と共に戦いますよ!』
『……リタ。あとは頼んだ』
『……はっ。旦那様、行ってらっしゃいませ』
『ま、まって――リタ、離せ! 父上、オレも戦う! だから離せ、リタ! 父上ぇッ!!』
抵抗空しく、テミスはリタを含めた家人たちに取り押さえられ、出陣の機会を奪われた。
一人スタンピードに立ち向かったテミスの父は、呆気なく魔物の群れに押しつぶされた。
スタンピードの後。地下室を出たテミスの目に映ったのは、まっさらになったガロウ領だけだった。
テミスは父から民を守る強さを教わった。
冒険者になってから、たった1年でDランクになった。
盾士として立派に成長していたはずだった。
なのにテミスは地下室で、惨めに膝を抱えることしか許されなかった。
テミスは誰も守れなかった。
戦うことさえ許されなかった。
『なにが民を守る慈愛の盾であれ、だ。もう、守るべき領民なんていないじゃないか!! 家族さえ守ることが許されなかったオレは、一体これからなにをすればいいんだ……』
『お嬢様……』
『……そうか。オレが盾士だったからダメだったんだ。もし剣士だったら、オレはきっと、父上と共にガロウ家を守るために戦うことが出来たんだ』
ただの盾士でなければ、テミスはその手で魔物を倒せた。
剣士であれば、一人でも多くの人を守ることが出来たかもしれない。
――殲滅力がなかったから、オレは地下室に閉じ込められたんだ!
テミスはそう思い込んだ。
一人でも戦い抜ける力を手に入れるために、テミスはそれまでのパーティを脱退した。
殲滅力の乏しい盾士を捨て、剣士になった。
人と関わる時間を捨てて、すべてを鍛錬に当てた。
それでもテミスは、未だに自分が望む力を手に入れることが出来なかった。
さらには職業が、かつて捨てたはずの盾士になっていた。
『これほど力を求めているのに、どうして神はオレを、盾士なんて職業に就かせたんだ!!』
テミスは自らを盾士にした神を呪った。
嫌がらせで盾士にしたようにしか、思えなかった。
やけになっているところに、ユートが現われた。
ユートはテミスよりも強い剣士である。
どこか抜けた様子でちっとも強そうに見えないのに、剣を持った瞬間、背筋がぞっとするほどの雰囲気を放つ。
その男が、自らの手がぐちゃぐちゃになるまで鍛錬していた。
素振りのしすぎで手のマメが潰れたのだ。
どうやったらこれほどまで強くなれるのか。
どういう思いがあれば、これほどの努力を行えるのか。
この男の力の根源がどこにあるか、テミスは無性に気になった。
だからテミスは尋ねた。
どうして冒険者になったのか? と。
『僕は孤児院で育ったんだ。僕の下には沢山弟たち、妹たちがいた。みんな僕の言うことは聞かなかったけど、一つだけ、みんなが僕を尊敬することがあったんだ』
『……なんだよそれは』
『おっきな蜘蛛が出たんだ』
『蜘蛛?』
『そう。虫の蜘蛛。みんな逃げ出して、にいちゃーん、にいちゃーんって僕を呼んだ。僕がその蜘蛛を倒したとき、みんなが僕に尊敬の眼差しを向けてくれた。その経験からかな、僕が冒険者になろうと思ったのは』
『なんだよそれ……』
その程度か。
テミスがため息を吐いた。
がっかりした。
だが、
『僕は子どもたちを守る、ヒーローになりたかった。孤児院のみんなを、危険から守ってあげたかったんだ。これが、僕が冒険者を目指した理由、みたいなものかな』
はにかんだユートに、テミスは言い得ぬ強さを感じた。
それに、テミスの背筋が震えた。
『そんなに、子どもが大切なのかよ』
『子どももそうだけど、院長が立てたこの孤児院全部が大切だよ。いまも、こっそり仕送りしてるんだ。きっとこの孤児院がなくなっちゃったら、僕は冒険者として戦う理由がなくなるかも……。それくらい、大切に思ってる』
彼にはいまも、守りたいものがある。
けれどテミスは守るべきものを、失ってしまった。
だからテミスは、羨ましかった。
守りたいものがある、ユートのことが……。