表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/96

守るものがある憧れ

「生き返った冒険者のクエスト攻略生活」がドラゴンノベルスから、絶賛発売中です!

是非、ご購入をよろしくお願いしますm(_ _)m

 テミスの体が二メートルほど宙を舞い、石の塀にぶつかり停止した。


「くっ……!」


 鬼の攻撃が、まったく目で追えなかった。

 それもそのはず。鬼はBランクの魔物である。

 Dランクのテミスでは、逆立ちしても太刀打ち出来ない相手だった。


 Bランクの魔物には、決して勝てない。

 それを、カオススライム戦でテミスは嫌というほど思い知った。


 カオススライムはそれまで、テミスが抱いていた『たとえ格上の魔物であろうとも気合があれば倒せるはずだ』という自信を、呆気なく打ち砕いた相手だった。


「くそっ! どうする……」


 テミスは血を吐くように呟いた。


 テミスの理性が、一般市民を守るために最後まで立ち向かうべきだと言っている。

 しかし感情は、リタを助けることに専念すべきだと叫んでいた。


 これまでのテミスでは、葛藤するなどあり得ない。

 問答無用で市民を助けるべく動いていたはずだった。


 市民を救うべきか、リタと逃げるべきか……。


 葛藤するテミスの瞳が、塀に取り付けられたプレートを捕らえた。

 その瞬間、テミスの心が、決まった。


「〝タウント〟!!」


 盾に力を込めて、渾身の挑発を行う。

 挑発を食らった鬼が牙を剥き、テミスに襲いかかる。


 その攻撃を、テミスは受け流す。


「ぐっ……!!」


 テミスの腕がミチミチと嫌な音を立てた。

 危うく鬼の攻撃で、ガードした腕が折れるところだった。


 テミスは場所を移動しながら、鬼の攻撃を防いでいく。

 鬼を少しでもこの場から、遠ざけたかった。


 ――ガゴンッ!!


「ガッ――!!」


 ――ズンッ!!


「グッ――!!」


 苛烈な鬼の攻撃を受ける度に、テミスの盾がみるみる変形していった。

 腕は折れてさえいないものの、鬼の衝撃により紫色に変色している。


「お、お嬢様――ッ!!」

「うっせぇ、お嬢様って言うんじゃねぇ! ってかさっさと逃げろ馬鹿野郎!!」


 リタの声に、テミスが悲鳴のような怒声を上げた。

 声が荒くなったのは、リタが自分をお嬢様と呼んだからではない。

 怒声を上げなければ、鬼のターゲットがリタに向かってしまいかねないためだ。


(オレはあと、何回攻撃に耐えられる……!?)


 このまま耐えても、どうにもならないことくらい、テミスはわかっている。

 盾士であるテミスには、Bランクの魔物を倒す殲滅力はないのだ。

 このまま盾で凌いでも、すり潰される未来しかない。


 だが、テミスはこの命尽きるときまで、粘ると決めた。


 それはこの建物が、孤児院きぼうだと知ってしまったからだ。



『なあ、一つ聞きいていいか?』


 以前、夜の町を歩いていた時に、テミスはユートに質問をした。


『お前は、なんで冒険者になったんだ? 働き口なんて、いっぱいあったろ。どうして冒険者を選んだんだ?』


 テミスが冒険者になったのは、実家を継ぐためだった。

 実家を継ぐために、それ相応の実力が必要だった。

 領主自らの手で、魔物の脅威から住民を守らなくてはならない。


 だから、冒険者になった。

 冒険者になって、テミスはガロウ家領を守る力を得ようとした。


 だが冒険者になってから一年後、ガロウ家領は壊滅した。

 ――スタンピードが発生したのだ。


 スタンピードが発生した時、テミスは実家の地下室に押し込められていた。

 父がテミスを、家人と共に閉じ込めたのだ。


『良いかいテミス。お前の名は牙族に伝わる昔の言葉で〝不変なる慈愛〟という意味があるんだ。その名の通りお前はこれからも、民を守る慈愛の盾であれ。……いいな?』

『な、なにをおっしゃっているのですか父上。まるで今生の別れみたいではありませんか……。オレはもうDランクの冒険者なんです。父上と共に戦いますよ!』

『……リタ。あとは頼んだ』

『……はっ。旦那様、行ってらっしゃいませ』

『ま、まって――リタ、離せ! 父上、オレも戦う! だから離せ、リタ! 父上ぇッ!!』


 抵抗空しく、テミスはリタを含めた家人たちに取り押さえられ、出陣の機会を奪われた。

 一人スタンピードに立ち向かったテミスの父は、呆気なく魔物の群れに押しつぶされた。


 スタンピードの後。地下室を出たテミスの目に映ったのは、まっさらになったガロウ領だけだった。


 テミスは父から民を守る強さを教わった。

 冒険者になってから、たった1年でDランクになった。

 盾士として立派に成長していたはずだった。


 なのにテミスは地下室で、惨めに膝を抱えることしか許されなかった。


 テミスは誰も守れなかった。

 戦うことさえ許されなかった。


『なにが民を守る慈愛の盾であれ、だ。もう、守るべき領民なんていないじゃないか!! 家族さえ守ることが許されなかったオレは、一体これからなにをすればいいんだ……』

『お嬢様……』

『……そうか。オレが盾士だったからダメだったんだ。もし剣士だったら、オレはきっと、父上と共にガロウ家を守るために戦うことが出来たんだ』


 ただの盾士でなければ、テミスはその手で魔物を倒せた。

 剣士であれば、一人でも多くの人を守ることが出来たかもしれない。


 ――殲滅力がなかったから、オレは地下室に閉じ込められたんだ!

 テミスはそう思い込んだ。


 一人でも戦い抜ける力を手に入れるために、テミスはそれまでのパーティを脱退した。

 殲滅力の乏しい盾士を捨て、剣士になった。

 人と関わる時間を捨てて、すべてを鍛錬に当てた。


 それでもテミスは、未だに自分が望む力を手に入れることが出来なかった。

 さらには職業が、かつて捨てたはずの盾士になっていた。


『これほど力を求めているのに、どうして神はオレを、盾士なんて職業に就かせたんだ!!』


 テミスは自らを盾士にした神を呪った。

 嫌がらせで盾士にしたようにしか、思えなかった。


 やけになっているところに、ユートが現われた。

 ユートはテミスよりも強い剣士である。


 どこか抜けた様子でちっとも強そうに見えないのに、剣を持った瞬間、背筋がぞっとするほどの雰囲気を放つ。


 その男が、自らの手がぐちゃぐちゃになるまで鍛錬していた。

 素振りのしすぎで手のマメが潰れたのだ。


 どうやったらこれほどまで強くなれるのか。

 どういう思いがあれば、これほどの努力を行えるのか。


 この男の力の根源がどこにあるか、テミスは無性に気になった。


 だからテミスは尋ねた。

 どうして冒険者になったのか? と。


『僕は孤児院で育ったんだ。僕の下には沢山弟たち、妹たちがいた。みんな僕の言うことは聞かなかったけど、一つだけ、みんなが僕を尊敬することがあったんだ』

『……なんだよそれは』

『おっきな蜘蛛が出たんだ』

『蜘蛛?』

『そう。虫の蜘蛛。みんな逃げ出して、にいちゃーん、にいちゃーんって僕を呼んだ。僕がその蜘蛛を倒したとき、みんなが僕に尊敬の眼差しを向けてくれた。その経験からかな、僕が冒険者になろうと思ったのは』

『なんだよそれ……』


 その程度か。

 テミスがため息を吐いた。

 がっかりした。

 だが、


『僕は子どもたちを守る、ヒーローになりたかった。孤児院のみんなを、危険から守ってあげたかったんだ。これが、僕が冒険者を目指した理由、みたいなものかな』


 はにかんだユートに、テミスは言い得ぬ強さを感じた。

 それに、テミスの背筋が震えた。


『そんなに、子どもが大切なのかよ』

『子どももそうだけど、院長が立てたこの孤児院全部が大切だよ。いまも、こっそり仕送りしてるんだ。きっとこの孤児院がなくなっちゃったら、僕は冒険者として戦う理由がなくなるかも……。それくらい、大切に思ってる』


 彼にはいまも、守りたいものがある。

 けれどテミスは守るべきものを、失ってしまった。


 だからテミスは、羨ましかった。

 守りたいものがある、ユートのことが……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作「『√悪役貴族 処刑回避から始まる覇王道』 を宜しくお願いいたします!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ