再会
「生き返った冒険者のクエスト攻略生活」
本日発売です!
ユートのパーティと合流するため、テミスが南門に向かって歩いていた時だった。
南門のてっぺんから、緊急時の鐘の音が聞こえてきた。
「……なんだ?」
鐘の音を聞きいて、テミスは眉根を寄せた。
鐘の音は決して、クロノスの存立危機にのみ鳴らされるわけではない。
小さな火事でも、聞こえてくる程度のものである。
だがテミスはその音を聞いて、胸騒ぎを覚えた。
テミスには予兆を感じるスキルはない。
胸騒ぎを覚えるのは単純に、鐘の音を聞く度に昔の苦い記憶が蘇るためだ。
今日はギルドからの指名依頼の最終日だ。
テミスはこのパーティへの臨時加入で、なにかが掴めそうな所まで来ていた。
盾士としてではなく、冒険者テミスとして、とても大切ななにか……。
それにもうすぐ手が届くのではないか。
そう思っていた矢先に、鐘の音である。
「……チッ」
今日の狩りにケチが付いた気がして、テミスは大きく舌打ちをした。
その時だった。
「……テミス、様?」
不意に、聞き覚えのある声がして、テミスははっと息を飲んだ。
恐る恐る振り返ると、
「……リタ、なのか?」
幼い頃から知っている、リタの姿がそこにあった。
テミスの記憶にあるリタとは違い、現在の彼女はみすぼらしい衣服を身に纏っていた。
だが凜とした佇まいや、強い意思を宿した瞳などは、以前とまったく同じだった。
リタが佇んでいるのは、ボロボロの建物の前だった。
(……リタは、この建物に住んでんのか?)
テミスの心が、チクリと痛む。
まるで自分のせいでリタが没落したかのように感じられた。
「まさか、テミス様にこんな所でお会い出来るとは、思ってもみませんでした」
「様付けは辞めてくれ。オレはもう、ただのテミスだ」
「ですが貴女は間違いなくガロウ族の――」
「無くなった家の名を、どういう面して名乗れって言うんだよ」
「…………」
テミスの言葉に、リタがまつげを伏せた。
テミスは、小さな町の領主ガロウ家に生まれた。
幼い頃から英才教育を施され、一流の領主となるよう育てられた。
リタと出会ったのは、六歳になった頃だ。
テミスの世話役として、リタは下人としてガロウ家に雇われた。
年齢が近かったこともあり、テミスはすぐにリタと仲良くなった。
テミスの両親も、我が子の友人となってくれることを願い、リタを雇ったのだった。
テミスが12歳になる頃、リタは下人から使用人に格上げされた。
リタもまたテミスと同様に、執事長から英才教育が施されていた。
いずれテミスが領主となった時に、リタがその片腕となれるように……。
ガロウが修める町は小さく、クロノスのように巨大な外壁が存在しない。
町は度々魔物の襲撃を受けていたが、その都度ガロウ家が先頭に立って、魔物の脅威を退けてきた。
ガロウ家の領地を治めるには、頭だけが良くてもいけない。
魔物を退ける力も必要なのだ。
『魔物と戦うのは、力あるものの務めである』
14歳になった頃、テミスは自らの力を高めるために冒険者になった。
クロノスで修業をして、領主にとって相応しい力を身につけるつもりだった。
テミスはこのまま自分がガロウ家を継ぐのだと、信じて疑わなかった。
今から丁度四年前に、ガロウの領地が壊滅するまでは……。
「……チッ。うっせーな。なんだよさっきから」
ひっきりなしに響く鐘の音に、テミスが渋面となる。
甲高い音が耳に痛い。
「……お嬢様。言葉遣いが悪いですよ」
「ひっ!? や、辞めろよその呼び方は。第一オレはもう19だぜ? お嬢様って柄じゃねーっての」
リタが幼い頃の呼び方を用いたことで、テミスの肌にわささっと鳥肌が立った。
そんな様子に、リタがほくそ笑む。
(こいつ、知っててわざとやってやがるな……)
リタの態度に、テミスが内心毒づいた。
その時だった。
大通りからなにやら怒号と悲鳴が聞こえてきた。
「――ッ!?」
尋常ならざる人の声に、テミスが即座に戦闘態勢となった。
なにがあったのかはわからないが、なにがあっても良いように盾を構えた。
大通りの向こう側。南側を見ると、蜘蛛の子を散らしたように人が逃げ惑っている。
その奥にある南門が、閉ざされていた。
「ん……なんで門が閉じてるんだ?」
門が閉ざされていることを、テミスは奇妙に感じた。
クロノスから外に通じる巨大な門は、日が昇ると開かれ、日が落ちると閉ざされる。
現在は日が昇っているため、門は開いているのが普通である。
(門が閉まってるってことは……)
テミスが答えに近づいた時。
テミスは前方に、二つのツノを持つ魔物の姿を捕らえた。
――鬼だ。
鬼が、目の前の人間目がけて拳を振り上げた。
その光景を見た瞬間、テミスは盾に力を込めた。
(――くそっ、間に合え!!)
「〝挑発〟!!」
盾から気迫があふれ出し、鬼の注意を引きつけた。
ギロリ。鬼がテミスを睨めつけた。
ただ睨まれた。それだけなのに、テミスの背筋がかつてないほど震えた。
「り、リタッ! 下がってろ!!」
「えっ……?」
「早くッ!!」
リタに視線を向け、テミスは再び前を見た。
「――ッ!?」
たった一瞬、目を離しただけだった。
にも拘らず目と鼻の先に、鬼がいた。
(馬鹿なッ!? まだかなり距離があったは――)
思考の途中で、テミスの視界がぶれた。
続けて盾を持つ左手に鈍い痛みが走る。
――ガンッ!!
激しい音が響くと同時に、テミスは真横に吹き飛んだ。