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テミスの葛藤

11月30日に漫画版『冒険家になろう!4巻』が、

12月9日に漫画版『劣等人の魔剣使い』がそれぞれ発売となります!

どうぞ、宜しくお願いいたしますm(_ _)m

 ステータスに新しく職業欄が追加された。

 その話を聞いて、テミスは即座に鑑定に向かった。


 テミスはこれまで、剣士として自らを鍛え上げてきた。

 だから最低でも剣士だ。上手く行けば、もっと良い職業になっているだろう。

 そう期待に胸を膨らませて行った鑑定の結果は、最低を突き抜けるものだった。


 剣士ではない。戦士ですらない。

 ましてや、無職ですらなかった。


 自らの鑑定結果を見て、テミスは怒りに震えた。

 これが、努力を続けた者への褒美というのなら、神はよほど性格が悪い。


 そこからのテミスは、荒れに荒れた。

 これまでの努力を完全に無視し、あまつさえテミスの神経を逆撫でするような職業だったためだ。


 テミスは真剣に、Cランクを目指していた。

 強くなるために、仲間を捨てた。家も捨てた。

 これまで培ったものも、大切な思い出さえも捨てた。

 安定を捨て、保証を捨て、自らをどんどん追い込んでいった。


 そうすることでしか強くなれないと、テミスは真剣に考えていた。


 しかし、今回望む鑑定結果が得られなかった。

 テミスはまるで、これまで捨ててきたものたちに、背中から刺されたような気がした。


「強くなるために、いろんなものを捨ててきたオレは、間違ってたのか……」


 じっとしていられず、テミスはふらふらとクロノスの街の中を歩く。

 行く当てなどなかった。

 ただ、歩いていれば気は少しだけ紛れた。


 そんな折りだった。


「テミスさーん!」


 いま、一番耳にしたくない奴の声が聞こえた。

 チッとテミスは大きく舌打ちをする。


 声の主は、クロノスで最弱と呼ばれていた、ゴミ漁りのユートだった。

 その彼が、挨拶をするなり唐突にパンを取り出した。


(……意味がわからん)


 彼の思考回路が、さっぱり理解出来ない。

 そんなに腹を空かせていそうに見えたのか。

 しかし現在テミスはちっともお腹が減っていない。


 昨日からなにも食べていなかったが、テミスのお腹はいつまでも減らなかった。


 この男は、常にテミスの慮外にいる。


 レベルが1から上がらないというのに、実らない努力を何年も続けていた。

 努力で成果が上がらなくても、誰に当たり散らすことも、冒険者を辞めることもなかった。

 仲間を捨てることもなければ、自分の信念を曲げることもなかった。


 毎日冒険者にこき使われても、不当な扱いを受けても、彼は愚痴一つ漏らしたことがなかった。(少なくとも愚痴を零しているという噂を、テミスは聞いたことがない)


 テミスがユートの立場なら、どこかでブツンと切れている。


 努力が実らなければ絶対に愚痴を言うし、誰かに当たり散らしているし、冒険者を辞めていたかもしれない。

 また他の冒険者に不当な扱いを受ければ、間違いなく喧嘩になる。


 ――そして、現在の彼の手だ。


 彼の手は、マメが潰れてぐちゃぐちゃになっていた。

 かなり長時間素振りをしなければこうはならない。だが、普通ならば手がぐちゃぐちゃになる前に素振りを辞めている。


 どうしてそこまで、彼は純粋に努力だけを続けられたのか……。


 さらに、ユートはどれほど喧嘩をふっかけられても、決して喧嘩を買わない。

 テミスが絡んでも、ユートはひらりと躱してしまう。

 ――笑顔でパンを差し出しながら。


 そして極めつけは、これだ。


「テミスさんは、精神統一のやり方を知ってますか?」


 質問があるというから、聞いてみればこれである。

 テミスはてっきり、職業について聞かれるものと思っていた。

 もし職業について口にすれば、テミスはユートを殴っていただろう。


 身構えたテミスに対しての質問が、精神統一のやり方である。


(さっぱりわからん!)


 何故それをテミスに聞こうと思ったのか、まるで想像も出来ない。

 そもそもテミスはユートと仲が良いわけではない。


 むしろ、テミスにとってユートへの心証は、険悪といって良い。

 なんたってユートは、テミスが一方的に絡み、決闘をしかけた上で、完敗した相手なのだから。


 普通の人ならば、そんな関係の相手に尋ねようとは思わない話である。

 自分ではなく、仲の良い冒険者に尋ねれば良い。


 そうは思ったが、テミスはこの予想外の質問で、完全に毒気を抜かれてしまっていた。


「……はあ。その程度なら教えてやってもいいぜ」

「やった!」


 答えると同時に、ぱっと表情が輝いた。

 一切の邪気がない笑顔に、テミスはつい呆けてしまった。


「……せ、精神統一のやり方は単純だ。まずは呼吸。短く早く吸い込んで、長くゆっくり吐き出す。これを繰返す」


 一度テミスがお手本を示すと、まるでアヒルの親子のようにユートがテミスの真似をした。


 すーっ!

 ふ~…………っ。


「目を瞑って、この呼吸を繰り返しながら、意識を一点に集中させる。そうすっと、他のなんも考えられなくなる。何も考えない状態になったら、精神統一成功だ」

「…………ん、ん? なにも考えないって、難しくないですか?」

「慣れだよ慣れ。出来るようになれば簡単だ」

「テミスさんは出来るんですか?」

「まあ、な」


 テミスは、様々な修行方法を知っている。

 今はもういない親は、テミスが望めばなんでも与えてくれたから……。


『良いかいテミス。お前の名は牙族に伝わる昔の言葉で〝不変なる慈愛〟という意味があるんだ。その名の通りお前はこれからも――』


 不意に父からの言葉が蘇り、テミスは即座に記憶を打ち消した。

 苦い気分になったテミスとは打って変わって、ユートが目を輝かせる。


「テミスさん、凄い!」

「……べつに、凄かねぇよ。精神統一が出来たからって、全然凄くねえ」

「いいえ。僕に出来ないことが出来るんですから、テミスさんは僕より凄いです!」


 ユートが真剣な眼差しをテミスに向けた。

 彼の言葉は建前ではない。本気でテミスを凄いと思っているようだ。


 冒険者の経歴もランクも、現在はユートの方が上だ。

 にも拘わらず、ユートは格下のテミスに尊敬の眼差しを向けている。


(なんでだよ……)

(どう考えても、お前の方が凄いだろ)


 ユートはEランクからたった数週間でCランクに昇格した。

 戦闘力でも、テミスはユートに手も足も出なかった。


 そのユートが、慰めや同情や謙遜や機嫌取りではなく、真剣に凄いと口にしている。

 ましてや〝格下の冒険者としては〟という枕詞を入れている節もない。


 そのことに、テミスは驚いた。


 先ほど感じた苦いものが、きれいさっぱり無くなった。

 それどころか、テミスの胸を埋め尽くしていた絶望感さえ、今はもう感じない。


(……不思議な奴だな)


 ここへ来て、テミスは初めてユートに興味を持った。

 どうしてそこまで純粋に、相手を褒めることが出来るのか……。

 テミスは一度、ユートに喧嘩を売っているのだ。にも拘わらず彼はまるで過去をけろっと忘れたかのように、テミスと接している。


 テミスは戦闘力とは別の意味で、ユートが強いと思った。

 その〝強さ〟の秘密が、気になった。


「……なあユート。一つ聞いても良いか?」


 テミスは勇気を振り絞り、優斗に質問をぶつけた。

マガポケで連載中の「劣等人の魔剣使い」が木曜日に更新されました。

そちらも合せてご覧下さいませ。

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新作「『√悪役貴族 処刑回避から始まる覇王道』 を宜しくお願いいたします!
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