葛藤
優斗はすぐさま、頭を切り替える。
「テミスさん、カオススライムにダメージを与えられる冒険者が来るまで、頑張って耐えましょう!」
「っち、それしかねぇか」
優斗の申し出に、テミスが渋々頷いた。
一瞬の接触で、彼我の差を思い知ったのだ。
それは優斗も同じだ。
こちらにダメージを与えられる手段がない戦いは、絶望的だった。
「ユート――ッ!」
「ユートさん――ッ!」
そのとき、優斗の下にダナンとエリスが合流した。
息を切らせた二人は、カオススライムを見て一瞬息を止めた。
「ダナンさん。攻撃を食らわないように気配を消しながら、針を飛ばしてください!」
「わ、わかった」
「エリス、適宜回復をお願い」
「わかりました、です!」
固まった二人に、優斗は指示を飛ばす。
その声で、二人ははっとして動きを取り戻した。
「ピノ、エリスの所にいって。エリスを守ってくれる?」
「(みょんみょん)」
わかったよ! というように、ピノが体を伸ばした。
優斗の掌からぽよんと地面に降りて、ぽんぽん跳びながらエリスに近づいていく。
「エリス。ピノをそっちに向かわせたから、守ってもらって」
「はい、えっ? は……えっ?」
優斗の指示に、エリスが目を白黒させた。
それも無理はない。
ピノは無害かつ最弱の魔物である。
優斗はそのピノを「守って」ではなく「守ってもらって」と口にしたのだ。
誰しもが間違いだと思うはずだ。
しかし、優斗は指示を間違えたわけではない。
ピノは現在、かなりレベルが上がっている。
具体的には不明だが、スキルボードでパーティ登録したため、大量の経験値がピノに流れ込んでいる。
ピノがレベルアップしたおかげか、テイムによるピノの感情が、よりハッキリと伝わるようになっていた。
レベルがあがって、ピノの意識が明確になったのだ。
ピノはスライムであるため、魔術以外の攻撃に対する抵抗力が非常に高い。
カオススライムの攻撃も、ある程度防げるものと優斗は予測している。
エリスは回復術師で、防御力には不安がある。
パーティのヒーラーが万一攻撃を受ければ、戦線が崩壊してしまう。
いわば、パーティの急所である。
そこに優斗は、打突斬攻撃に強いピノを配置して、急所をカバーしたのだ。
実際にこの作戦が上手くいくかは不明だが、やらないよりもやった方が良い。
冒険者とは勝利するため、生き残るために、なんでも用いるものだ。
それを優斗は、クラトスとの戦闘で学んだのだ。
(あとは……)
「――ライトニング!」
優斗は上空に向けて魔術を放った。
閃光が、天高く舞い上がる。
(よし。これで誰かしら冒険者が気づいて、この場に駆けつけてくれるはず……)
優斗は刀を両手で握り、カオススライムと対峙したのだった。
○
カオススライムを回り込みながら、ダナンはもう何十度目かになる攻撃を繰り出した。
「はぁ……はぁ……」
ダナンはダンジョンの宝箱から排出されたナイアス・グローブを装備している。
一見するとただの手袋だが、この装備は装着者の意のままに針を生み出せる魔武器だ。
針は魔力さえあれば無尽蔵に生み出せる。
戦闘では投擲をメインに行うダナンにとって、ナイアス・グローブは非常に相性の良い武器だった。
しかし、攻撃する度に僅かではあるが、魔力を消費してしまう。
数回程度ならば問題ないが、数十回にのぼる攻撃は、ダナンを魔力欠乏寸前まで追い込んでいた。
「まだ……来ねぇのかよ……」
戦闘を開始してから、かなりの時間が経過している。
それでもまだ、救援が訪れない。
街の至る所で、戦闘音が聞こえてくる。
他の冒険者もまだ、戦闘が終わらないのだ。
幸いにして、体力だけは充分だ。
エリスが適宜、スタミナチャージを飛ばしてくれているからだ。
(すげぇ奴だぜ……)
エリスの判断は、恐ろしいほど完璧だった。
スラムで診察し続けた経験があるからか、決まって疲労が動きを阻害する寸前に、スタミナチャージが跳んでくるのだ。
それも、彼女はダナンだけに気を配っているわけではない。
この場にいる全員の状態を、逐一把握しているというのだから驚きだ。
(下町の聖女の名は伊達じゃねぇなこりゃ……)
エリスはまだまだ幼い。
だから冒険者としては、ユートにおんぶに抱っこかと思ったこともあった。
普段はユートが魔物を迅速に処理してしまい、エリスが活躍する機会がなかったから、ダナンにはそう見えていたのだ。
しかし、その考えは誤りだった。
実際に活躍する機会が現われた瞬間、エリスは恐るべき輝きを放ち始めた。
彼女は間違いなく、ダナンが知る最高の回復術師だった。
カオススライムの攻撃は、ユートとテミスがほとんど防いでいる。
もしこの二人が崩れれば、カオススライムはこの水源を離れ、街に甚大な被害をもたらすだろう。
(こいつにタクムが、殺されるかもしれない……ッ!)
最悪の未来を想像すると、ダナンは魔力欠乏寸前だろうと、動かずにはいられなかった。
一般的に、スライムには魔術が通じる。
魔力で生み出したダナンの針は、魔術攻撃の性質を帯びている。
それで攻撃しているのだが、カオススライムにはちっともダメージが与えられない。
ダナンの魔力が、低すぎるのだ。
(せめて、もう少しオレの魔力が高ければ……)
ダナンはナイアス・グローブの性能を、いまだ十全に引き出せていない。
グローブに魔力を込めても、『まだ入る』という気配を感じるのだ。
魔力が豊富にあれば、もっと大量に込められる。
もし魔力を大量に込めれば、このスライムにもダメージが与えられる可能性がある。
(……やってみるか?)
この状態で魔力を大量に失えば、ダナンはいよいよ魔力欠乏で倒れるはずだ。
しかし、戦況はじり貧だ。
体力は問題なくとも、戦闘によってじわじわ精神が削られて、いつか重大なミスを犯す。
その前に、ダナンはこの状況を打開したかった。
ダナンが奥歯を食いしばり、グローブに魔力を注ぎ込んでいるときだった。
「ダナンさん、テミスさん」
ここまでカオススライムの攻撃をじっと耐え忍んできたユートが声を上げた。
「僕に10秒ください!」
先日マガポケにて、漫画版劣等人の魔剣使い3話が公開されました。
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次回更新は7月16日ですので、そちらもどうぞ宜しくお願いいたします。