ダナンの仕事
翌日。
優斗は神殿前広場に佇み、仲間を待つ傍らスキルボードをチェックしていた。
今日はダンジョンの11階に向かう。
いまあるベースクエストは5つ。うち、本日クリアする目標にしているのが『各種モンスターを100匹倒せ』『ベースダンジョン15階に向かえ』の2つだ。
15階に向かえのクエストは、終了後にチェインが予想される。
出来ればこれらをクリアしたいと、優斗は考えていた。
「でも11階からは罠があるからなあ」
優斗は冒険者が罠を解除する様子を見たことがない。
罠の解除にどれくらいの時間がかかるのか、わからなかった。
罠解除の時間によっては、いずれかのクエスト攻略を諦めねばならなくなるかもしれない。
「上手くクリア出来れば良いんだけど……」
クエスト攻略は、優斗の成長に欠かせない。
なるべくなら、優斗はこれら2つのクエストをクリアしておきたかった。
クエスト一覧をチェックし終えた優斗は、次にインベントを表示させた。
インベントリには、ダンジョン攻略に必要なアイテムが揃っている。
特に食料は豊富だ。
パン屋からの依頼を達成したことで50ガルドパンを大量に手に入れたためである。
それらの中には、先日『攻撃を100回受けるor躱せ』クエストを攻略したときの報酬も、手つかずのまま入れられている。
優斗は初めそれを見た時『なんでこんなものが?』と思ったが、よくよく考えて見れば当然の報酬である。
なんせ攻撃を受けるか躱すクエストだったのだ。
防御や回避が失敗したときのために、この報酬が用意されていたのだ。
優斗が神殿前広場で待っていると、ダナンが姿を現わした。
その姿を見て、優斗はほっと胸をなで下ろす。
あんな状況でパーティの打診をしたため、断られるのではないかと考えていたのだ。
「おはようございますダナンさん」
「おう。パーティって……まさか、お前と二人だけじゃないだろうな?」
「いえ。あと一人、回復術師が来ますよ」
ダナンと話をしていると、すぐにエリスが合流した。
「ユートさん。おはようございます、です」
「おはようエリス」
「エリス……? エリスって、下町の聖女か」
ダナンが僅かに目を見開いた。
そんなダナンを見て、エリスが首を傾げる。
「……あれ、そちらの方は?」
「ダナンさん。臨時の斥候として雇ったんだ。11階からは罠が出現するからね」
「そうなんですね。ダナンさん、よろしく、です」
「ああ」
「……ダナン、さん?」
挨拶をしたエリスが、再びこてんと首を傾げた。
まるで記憶を探るように、人差し指を顎に当て、斜め上を見上げる。
「――あっ、思い出しました、です」
エリスがぽん、と手を叩いた。
「もしかして、知り合い?」
「はい。以前、一度だけ会ったことがある、です。そのぅ、弟さんは、大丈夫です?」
「……ああ、なんとか、な」
「そう、ですか……」
エリスが痛みを堪えるように眉根を寄せた。
エリスが口にした弟とは、昨日パンを盗んだタクムだろうと優斗は感づいた。
しかし、大丈夫とは?
気になって、優斗は口を開く。
「弟さんって、タクムさんですよね? なにかあったんですか?」
「ご病気、なんです」
「病気……」
エリスの言葉に、優斗ははっと息を飲む。
昨日、路地裏を走っていたタクムの姿から、優斗は彼が病気であることはまるで想像出来なかった。
「エリスが知ってるっていうことは、ヒールで治癒したの?」
「……」
エリスが無言で、首を振った。
彼女のヒールでは、治せなかったのだ。
「あの、ダナンさん。タクムさんは――」
「やめようぜ、朝からしみったれた話はよ。早いとこ、ダンジョンに行こうぜ?」
「あ、はい」
話を打ち切られ、優斗はタクムについて尋ねるチャンスを失ってしまったのだった。
ダンジョンの11階に降り立った優斗は、こっそりスキルボードを取り出した。
パーティ結成の画面を開き、考える。
(ダナンさんは臨時要員だし、パーティに入れるのはどうだろう……)
スキルボードのパーティ機能を使えば、戦闘に加わらないメンバーでも経験値を取得出来る。
経験値の分配は、これまでの冒険の常識を覆すシステムだった。
それを臨時のメンバーに使うのは、少々危険だと優斗は考えた。
もしこの情報が漏れた場合、大変な騒ぎになことが容易に想像出来る。
(しばらくは様子を見るか……)
優斗はスキルボードによる、ダナンのパーティ加入を見送った。
その代わり、優斗は〝とある仲間〟をパーティに加入させた。
その仲間とは、
(まさか、テイムした魔物まで登録出来るとは思わなかった……!)
優斗が先日テイムした、スライムのピノである。
ピノは現在優斗の鞄の中で、すやすや眠っていた。
ダンジョンに連れてくるのはどうかと考えたのだが、優斗の部屋に一人置き去りには出来ない。
ピノは優斗が初めて飼育した仲間である。
おまけに、ピノは同じ50ガルドパン愛好者だ。
そのため、優斗はピノをすっかり溺愛してしまっていた。
目に入れたって、ちっとも痛くない。
そんなピノが、万が一部屋から脱出して行方不明になろうものなら、優斗は後悔してもしきれない。
一緒にいれば行方不明になる心配はないし、優斗の傍にいれば、守り切れる。
そのため優斗はピノを鞄に詰めて、ダンジョンに連れてきたのだった。
そのピノが、優斗はまさかパーティ登録出来るなどとは思わなかった。
(可愛いピノが、その上強くなったら…………最強かな?)
そんな思いから、優斗はピノをパーティに加入させたのだった。
ピノをパーティに加入させてから、優斗はダナンに合図を送った。
その合図をきっかけにして、ダナンがダンジョンの奥に向かって歩き出した。
ダナンは、普段通りにダンジョンを歩いている。
傍目からはちっとも魔物も罠も警戒していないように見える。
しかしダナンはきっちり、己の仕事を行っている。
それが優斗にははっきりと感じられた。
「ちょっと待ってくれ」
「はい」
「はい、です」
ダナンの合図で、優斗らは足を止めた。
ダナンは既に腰を下ろして、地面に針を差し込んでいる。
ダナンが手にしている針は、彼が填めている手袋から魔法のように飛び出した。
優斗の目には、突如出現したようにしか見えなかった。
(あれは、どういう仕組みなんだろう?)
優斗が考察しながら眺めていると、
「おう、もう良いぞ」
「あっ、はい」
ダナンがあっさり罠を解除した。
罠を解除するまでにかかった時間は、たったの20秒ほどだった。
これならば、かなり楽にダンジョンを攻略出来る。
優斗が立てた目標に届く可能性は十分ある。
優斗がほっと胸をなで下ろした、その時だった。
「ユート、来たぞ!」
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