クラトスの思い
「…………はい。負けました」
クラトスが寸止めをしてくれたのだ。
それがわかり、優斗はほっと胸をなで下ろした。
「ゆ、ユートさん、大丈夫、です!?」
ぱたたっ! とエリスが慌ててユートに駆け寄ってきた。
彼女が優斗の腕に手を当てると、優斗の体を苛んでいた重苦しさが一気に消えていく。
エリスがスタミナチャージを使ってくれたのだ。
「ありがとう、エリス」
「はい、です。怪我は、してないです?」
「大丈夫だよ」
エリスに答えながら、優斗は内心で『負けた』と思っていた。
圧倒的な敗北だった。
クラトスは千刃を使った。
しかし、まだまだ手を隠している雰囲気を優斗は感じた。
優斗ではクラトスに、実力を引き出させる力がなかったのだ。
「はあ……」
優斗の口から、ため息が漏れた。
Aランクの冒険者に、勝てるはずがない。
頭ではそう考えていたけれど、負けるとそれはそれで悔しかった。
優斗が悔しさを感じるのは、久しぶりだった。
まるで、レベルが上がらない頃に戻った気分だった。
(そういえば、あの頃もこんな気持ちを感じ続けてたなあ……)
優斗は他の冒険者が魔物と戦う様子を眺めながら、ずっと悔しさを感じ続けていた。
それは、他の冒険者に自分が負けているからじゃない。
自分が弱すぎるからだ。
今回の負けも、優斗はクラトスを前にして、自らの弱さを嫌というほど実感した。
それこそ、最弱だった頃のように……。
「おう坊主。テメェ、オレを相手にレベルとスキルだけでごり押し出来ると思ってただろ」
「…………」
クラトスの言葉に、優斗は息を飲んだ。
たしかに、その通りだ。
優斗はスキルボードで力を得た。
その力は、いままで最弱だった優斗をCランクにまで押し上げるほどのものだった。
その力に、優斗は頼り切りになっていた。
――いや。
優斗は内心首を振る。
今日だけじゃない。
力を手に入れてから、優斗はこれまで培った経験を、一切用いようとはしなかった。
その力が、レベルやスキルと比べて取るに足らないものだと思っていたから……。
「冒険者の力は、レベルやスキルだけじゃねぇ。経験、知識、ものの見方、それこそステータスにすら現われねぇようなこと、全部が戦う力だ。ステータスに出ねぇからって、下らねぇって決めつけは今後、一切通用しないぜ」
「……はい」
優斗はまるで、クラトスに内心を言い当てられた気分だった。
冒険者としての経験や知識は、ステータスに現われない。
また、生まれながらの体の個性も、ステータスには無関係だ。
しかし、ステータスに現われない事柄も、冒険者として大切なことなのだ。
それを無視することは、たとえば恵体でありながら魔術師を目指すようなものである。
自分の肉体や経験・知識などの個性を無視して戦っても、決してダンジョンでは通用しない。
そんなことは、冒険者になってからの10年で優斗はよくよく理解していたはずなのだ。
これまでは少しでも強くなるために、色々な力を生かそうとしていた。
だが、優斗は忘れてしまっていた。
強くなっていくステータスに目が囚われて、見えなくなったのだ……。
また、Cランクの冒険者になって、少し慢心もしていた。
自分は強くなったんだ! と。
(僕は、まだまだ弱いんだな……)
それに気がついて、優斗はがくりと肩を落とした。
落胆する優斗の頭に、クラトスがぽんと手を置いた。
「弱かった頃の自分を否定したい気持ちはわかる。あれは間違ってたんだってな。だがな、そんな過去の自分が、今の自分を作ってくれたんだ。もっと大切にしてやれ」
「……はい。ありがとうございます」
優斗はクラトスにお礼を言って、その場を辞去した。
今回の戦いで、優斗はこれまで未経験だった対人戦が、経験出来た。
またAランクの冒険者が、どれほど強いかも体感出来た。
自分が重要でないと考えていた力が、大切だったこともわかった。
得たものは、非常に多かった。
(もっと、もっと、強くならないと……!)
優斗は再び決心する。
だがその『強く』は、これまでとは少し違っていた。
漠然とした強さではないなにかが、朧気ながらも優斗の中で輪郭を表し始めていたのだった。
○
二人の冒険者の後ろ姿を見送った後。クラトスは一人草原に佇み、これまでのことを瞼の裏に思い浮かべていた。
孤狼のテミスと、ゴミ漁りのユート。
テミスの方は、『Cランクに上がること』しか見えていなかった。
冒険者のランクは、強くなった結果として、後に付いてくるものだ。
それがわかるまでは、決してCランクに上がれない。
何故なら昇格は、〝お受験〟じゃないからだ。
ギルドは決して無能集団ではない。
本人が大切なものに気づかない限り、どんな対策を取っても決して昇格などさせない。
『Cランクになる奴は、それ相応の理由がきちんと存在する』
テミスはそれが、今回の対人戦で理解出来たはずだ。
いまはまだまだ無理だが、そう遠くない未来に、テミスはCランクに到達出来るだろう。そう、クラトスは予想している。
こんな風に、クラトスは暇があれば、ついつい新人冒険者の世話を焼いている。
無論、世話を焼きたくなるような者に限られる。
尻から殻が取れない者、良い力を持っているのに生かし切れない者などだ。
そういう者を見るとうずうずして、声をかけずにはいられなくなる。
お節介だと煙たがられることもあるが、最終的には本人のためになるはずだとクラトスは信じている。
実際、クラトスが世話を焼いた者はほとんど、クロノスで名の知れた強い冒険者になっている。
クラトスは冒険者としての嗅覚が、それだけ優れているのだ。
テミスもまた、努力を怠らなければ良いところまで上ってくる才能を抱えている。
クラトスはそんな匂いを、テミスから感じ取っていた。
問題だったのは、ユートだ。
『テミスに圧勝したくらいでいい気になんなよ!』
『冒険者ってのは、上には上がいるんだからな!!』
実のところクラトスは、そんなノリでユートに戦いを挑んだ。
他の冒険者に圧勝すると、大抵の者は自惚れる。
その自惚れが、冒険者の命を奪うのだ。
だからクラトスは、勝利したユートの気を引き締めようと考えた。
しかし、戦闘が開始されてからすぐに、クラトスは自分の考えが間違っていたことに気がついた。
(こいつ、ちっとも慢心してねぇ……!)
ユートの動きには、慢心もなければ、気が大きくなっている雰囲気もなかった。
それころか、Aランクのクラトスが武器を振るっているというのに、まるで物怖じせずにかかってくるではないか。
(あっ、やべっ……)
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