新しい仲間
優斗が次に選んだのは、『魔物をテイムせよ』というクエストだ。
魔物をテイムして戦力にする調教師は、非常に少ないながらもクロノスに存在する。
昔、優斗も『自分が強くならないなら魔物を仲間にしたらどうか?』と、テイムを試みた経験がある。
このクエストならば今の時間からでも、問題なくチャレンジ可能だ。
「けど、テイムしろっていわれてもなあ……」
かつてテイムにチャレンジしたことはあるが、テイムに成功した試しはない。
テイムスキルがないのだから、当然だ。
「スキルなしに、テイム出来るのかなあ?」
首を捻るがこればかりは、やってみないとわからない。
少なくとも、スキルボードに表示されているのだ。決してクリア出来ないクエストではないはずである。
「まあ、試してみるかっ!」
優斗は早速、部屋を飛び出した。
途中、魔物のテイム用にと屋台で食材を購入する。
串焼き、野菜、そして優斗が普段食べているパンだ。
「これで成功しなかったら、がっかりだな……」
予定外の出費に涙目になりながら、優斗はダンジョンへと向かった。
ダンジョンの地下一階に降り立って、優斗はすぐに魔物を探す。
といっても、当然ながらゴブリンを探しているわけではない。
「……おっいたいた」
優斗が探していたのは、壁にへばりついているスライムだ。
スライムならば、人間にほとんど害をなさない。
地上でも、普通に飼育されているほどである。
この魔物であれば、反撃に備えることなく、テイムにのみ集中出来る。
「じゃあ、まずは野菜から……」
そう呟いて、優斗はインベントリから野菜を取り出した。
野菜は1本30ガルドのニンジンである。
甘くて瑞々しくて、お腹もそこそこ膨れる。
優斗にとって人参は、非常に優秀な食材である。
それをスライムの前に差し出すけれど、スライムは反応しない。
「……ダメか。うーん、スライムって生野菜は苦手なわけじゃないんだけどなあ」
ゴールドロックで飼育されている、残飯処理用のスライムは、きちんと生野菜も平らげている。
このスライムが生野菜に反応しないのは、好みでないからだ。
スライムは、食べ物とあればなんでも食べる魔物ではない。
人間に食べ物の好き嫌いがあるように、スライムにも食べ物の好き嫌いが存在するのだ。
「じゃあ次は、串焼きを……」
インベントリから串焼きを取り出した。
甘辛いタレの香りが、優斗の食欲をかき立てる。
これ1本で、100ガルドだ。
なんと、優斗にとって二回分の食事代に相当する。
なのに分量は少なく、優斗はこれ一本ではお腹がいっぱいにならない。
お腹いっぱい食べるには、一体何百ガルド必要になるか……。
優斗にとって串焼きは、非常に贅沢な食べ物だった。
それを優斗は『もったいない!』と思いつつ、スライムの前に掲げた。
まるでネコを誘うように先端を上下させる。
しかし、スライムはまったく反応しない。
「くっ! 高級品を前にしても、動かない……だとっ!? なんて贅沢なスライムなんだ……!!」
スライムが食べないとみるや、優斗はすぐさま串焼きを頬張った。
もぐもぐと咀嚼すると、炭の香りと甘辛いタレが、一気に口の中に広がった。
「うーむ。こんなに美味しいのになあ……」
串焼きをあっさり平らげて、優斗は最後の食べ物を取り出した。
「これがダメなら、また買い出しからか……」
インベントリから、普段食べているパンを取り出した。
1個50ガルドのパンは、一つ食べればお腹いっぱいになるほどボリュームがある。
優斗は昔からこのお店を愛顧し続けているが、残念ながら他のクロノスの住民にはあまり人気がない。
優斗はそのお店の客足が少ない理由が、いまだにわからなかった。
「安くてお腹いっぱいになるパンを販売しているのになあ……」
首を傾げつつ、優斗はパンをスライムの前にかざした。
その時だった。
「――おっ!」
スライムが、ぴくりと反応した。
これまでまるで興味を示さなかったスライムが、パンに近づき、恐る恐る体を延ばした。
体を薄く引き延ばしながら、スライムがパンを呑み込んでいく。
「おー!」
スライムの食事風景に、優斗は感動の声を上げた。
まさか串焼きよりも、1個50ガルドのパンを好むとは思ってもみなかった。
「この子は……良いスライムだ!」
感極まって、優斗はスライムを抱きしめる。
これまで優斗は、様々な人に50ガルドパンを勧めてきた。
だが、誰一人パンを好んでくれる者はいなかった。
スライムが初めてだ。
初めて、優斗が好きで薦めたパンを食べてくれたのだ!
がしっと抱きしめながら、優斗はスライムの頭部らしき曲線を撫でる。
「よぉし、良い子だなあ……」
ニマニマと眺めながら、スライムがパンを消化するのを見守る。
パンを消化し終えたスライムが、優斗の体を登る。
まるでそこが定位置だと言うかのように、スライムは優斗の肩で停止した。
「……これは、もしかして」
優斗はさっそくスキルボードを取り出した。
すると、
>>スキルポイント:0→1
>>テイムLv0 NEW
「テイムが出たっ!!」
『魔物をテイムせよ』をクリアし、テイムスキルが出現していた。
優斗はガッツポーズを掲げた。
早速取得したポイントを、テイムに割り振る。
>>スキルポイント:1→0
>>テイムLv0→Lv1
「これで、どうだろう。なにか変わったかな?」
優斗は試しに、スライムに語りかける。
「これからよろしくね」
すると、スライムが言葉に反応するように、体をみょんみょんと縦に伸ばした。
「おー!」
その様子に、優斗は感動した。
テイムは魔物と通じ合うスキルだ。
クロノスに存在する、数少ない調教師たちも、皆テイムした魔物と通じ合っていた。
しかしまさか、スライムと通じ合える日が来るなど、優斗は考えもしなかった。
優斗は満足いくまで、スライムの頭を撫でる。
「……よし、じゃあ家に帰ろうか!」
これから一緒に暮らす家だよお。
そうスライムに語りかけながら、優斗は軽やかな足取りでボロアパートに戻っていくのだった。
○
ダンジョンから戻った翌日。
エリスは広場でユートと落ち合った。
「ユートさん! おはようございます、です」
「おはよう、エリス」
ユートと共に、エリスは神殿へと向かう。
今日は久しぶりの、ステータスの確認だ。
「ユートさんは、お休みのあいだなにをしてた、です?」
「ああ、それなんだけど……」
そういって、ユートが冒険者用のポシェットから、ぷにぷにした物体を取り出した。
「このスライムを仲間に……って、あれ、どうしたの?」
「い、いえ」
突然、ユートがスライムを取り出したため、エリスは思わず引いてしまった。
スライムは、残飯処理用の魔物として有名である。
そんなものを、鞄から無造作に取り出されればエリスでなくても引いてしまう。
しかし、エリスはすぐに我を取り戻し首を傾げた。
「……仲間、です?」
「そう。昨日、テイムにチャレンジしてみたんだけど、うまく懐いてくれたんだ」
「へぇ、すごいです」
エリスは手を叩く。
魔物のテイムがどれほどすごいか、エリスにはわからない。
だが、魔物はなかなかなつくものではない。
エリスも時々、小道からひょっこり現れる猫を見かけるが、近づくとさっと逃げられてしまう。
人間とともに暮らしている猫でさえそうなのだ。
魔物に懐かれることが難しいことは、容易に想像出来た。
しかし、懐かれたのはスライムである。
一体彼はスライムを、どうするつもりなのだ?
エリスは眉間に皺を寄せた。
「ピノっていう名前を付けたんだけど」
「はあ……」
「ピノは僕らの、新しい仲間だよ」
「……はい?」
ユートが口にした言葉が理解できず、エリスはきょとんと首を傾げる。
「なかま……」
「ピノ。彼女がエリスだよ。ピノと〝同じ〟仲間だ」
ユートが口に何気ない台詞に、エリスは崩れ落ちた。
(ユートさんにとって、わたしは、スライムと……同格……)
「……って、あれ、エリス、どうしたの?」
「い、いえ……なんでもない、です」
気力を振り絞り、這い上がるようにエリスは立ち直る。
(いまのはただの言葉の綾です。そうです……そうに違いないです!)
そう、無理矢理自分を納得させるのだった。
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