荷物運び
太陽が少し傾き始めた頃、優斗は目を覚ました。
今朝方まで狩りをしていたため、本日は休養日だ。
身だしなみを整え、50ガルドパンを食べる。
その間、優斗はずっとスキルボードを眺めていた。
「今日はなにをしようかなあ」
デイリークエストは、朝一番に終了している。
急いで行わなければならないクエストはない。
休養日はしっかり休むべきだ。
しかし、優斗はあまり休養を取る気にはなれなかった。
「いまからだと、時間の掛かるクエストは出来ないか……」
底上げした基礎スキルの具合を確かめるため、優斗は魔物と戦ってみたかった。
しかし、いまから魔物退治を行えば、終了は夜遅い時間になってしまう。
それでは明日の行動に支障を来してしまう。
明日は、朝一番にエリスと神殿で、ステータスを確認する約束を行っている。
なので、歯止めが利かなくなりそうなクエストは除外する。
「……ああ、これはどうだろう」
優斗が気になったのは『大量の荷物を運搬せよ』というクエストだった。
これならば、比較的安易にクリア出来る。
また、体を使うためスキルアップで上昇した身体能力の具合も確かめられる。
「久しぶりに模様替えでもするか」
優斗は早速、部屋にあるタンスとベッドの配置を変更する。
「おっ、結構楽に動かせる!」
自分よりも重たいタンスやベッドを、優斗は軽々移動出来た。
頑張れば片手でも持てそうなほどだ。
しかし、優斗が借りている部屋は狭くおんぼろだ。
バランスを崩して壁にものをぶつければ、壁に穴が空いてしまう可能性があるため自重する。
スキルボードを眺めながら1度、2度と、特に重たいものを念入りに動かした。
>>(132/1000kg)
「……全然足りない」
5度ほどベッドを移動させたところで優斗はこの方法によるクリアを諦めた。
仕方なく優斗は自室を出て、とある場所へと足早に向かったのだった。
「……どういう風の吹き回し?」
「ええと……、普段お世話になってるから、恩返しがしたくて……」
優斗は現在、武具店プルートスを訪れていた。
プルートスには武具を作るための、様々な素材が常備されている。
武具となる素材は無論、鉱石類だ。鉱石一つでも、そこそこの重量がある。
これらの整理を行えば、クエストがクリア出来るのではないかと考えた。
他にも色々方法は思い浮かんだが、優斗が気軽に頼れる人物は、マリーしかいなかった。
倉庫中にある鉱石やインゴットを、一旦外に持ち出して掃き掃除を行う。
埃を追い出し終えると、優斗は小刻みに素材を倉庫に搬入し、丁寧に棚へと並べていく。
「ね、ねえユート。そういえば、エリスに、指輪を贈ったんだって?」
マリーが、ぶっきらぼうな口調で尋ねてきた。
彼女がこのような口調になるのは、非常に珍しい。
(どうしたんだろう……具合が悪いのかな?)
優斗はマリーの体を心配しながら、口を開く。
「うん、プレゼントしたよ」
「……やっぱり」
「あれは魔力の指輪っていって、装備する人の魔力を増やす力があるんだ」
「そんな指輪……どうしたのよ……」
「え、ええと……偶々手に入ったというか……」
優斗はもごもごと口を動かす。
クエストで手に入ったとは、口が裂けても言えない。
「ま、魔力の指輪だから、エリスにピッタリだなって! エリスは回復術師だから、魔力を使うでしょ?」
「…………魔力の指輪を贈った理由って、それだけ?」
「えっ、それ以外になにかあった? ――ハッ! まさか、防御力が上がるとか!?」
マリーの言葉に、優斗の耳がピクリと反応した。
彼女は武具店の番頭だ。
様々な武具に精通している。
優斗が知らない隠された機能も、知っているかもしれない。
そう考えた優斗は若干興奮しながら、マリーに詰め寄った。
そんな優斗を見て、マリーが大きくため息を吐き出した。
「……まあ、そんなことだろうと思ったわ。あーあ、心配して損しちゃった」
「ん、えっ? 心配?」
「なんでもないわよ。ああ、魔力の指輪は使用者の魔力を高める機能だけであってるわよ」
「なあんだ……」
思わせぶりなマリーの態度に、優斗はがっくり肩を落とした。
それからややあって、荷物整理が終わる頃。
>>クエスト:大量の荷物を運搬せよをクリアしました。
「――よしっ!!」
優斗はクエストを完了した。
優斗はすぐにステータスを確認したい気持ちをぐっと堪え、マリーに向き直る。
「マリー。こんな具合でどう?」
「完璧よ。いつか片付けなきゃって思ってたから、助かったわ。これ、少ないけど」
そう言って、マリーが優斗に一枚のコインを差し出した。
千ガルド硬貨だ。
「えっ、これ……」
「依頼を出したわけじゃないから、あくまでお駄賃。アタシからのほんの気持ちよ」
「あ……ありがとうマリー!」
「えっ、あ、ちょ、ちょっと!」
優斗はマリーの手を握り、上下にブンブン振った。
倉庫の整理を行って千ガルドは非常に少ない。
これが依頼であるなら、誰も引き受けない額だ。
しかし、優斗はクエスト攻略のために飛び入りでやってきた。
クエストさえクリア出来ればそれで良かった。
まさかマリーから報酬が貰えるなんて、想像さえしていなかった。
だから、優斗は嬉しかった。
(すごい……50ガルドパン20食分も貰っちゃった!!)
「ゆ、ユート……手……」
「あっ、ごめん、痛かった?」
「う、ううん。大丈夫……」
優斗は慌てて手を離す。
顔を真っ赤にしたマリーが、胸の前で包み込むように手を握った。
「やっぱり、痛かったんじゃ――」
「大丈夫。大丈夫だから、そんなんじゃないからっ」
「そ、そう」
マリーに強く否定されて、優斗はたじろいだ。
本人が言うのだから、痛くはなかったのだろう。
そう、優斗は納得する。
「それじゃあマリー、ありがとう!」
「もう、ありがとうはこっちの台詞よ」
帰り際。優斗が最後に見たマリーは、耳まで赤くなっていたのだった。
○
部屋に戻ってきた優斗は、早速スキルボードを取り出した。
しかし、
「あ、あれ?」
優斗のレベルもスキルポイントも、どちらも増加していない。
スキル一覧もじっくり確認したが、新しいスキルも出現していなかった。
「あれぇ?」
優斗は首を大きく傾げる。
もしかしてクリア出来ていなかったのかと思い、優斗は画面を切り替える。
しかし、クエスト一覧からも、『大量の荷物を運搬せよ』が消えている。
優斗は間違いなく、クエストをクリアした。
「うーん。……あっ、もしかしてアイテムかな?」
ふと気がついて、優斗はインベントリを表示した。
するとそこには、これまで無かったアイテムが出現していた。
「呪文書<身体強化>!!」
焦る気持ちを落ち着けながら、優斗はインベントリから呪文書を取り出す。
取り出された呪文書を開き、優斗は舌を噛まぬよう口を開く。
「身体強化――!」
優斗が呪文書を使用すると、呪文書全体が淡く輝き、音もなく消えた。
すぐさま優斗はステータスを確認する。
>><身体強化Lv1>NEW
「来た……。身体強化がキターッ!」
優斗は己のリビドーに任せ拳を突き上げた。
今回手に入った『身体強化』は、文字通り自分の肉体を強化する。
魔術師でなくても身につけられることで、非常に有名な魔術だ。
上位ランクの剣士になると、ほぼ全員が身につけていると言って良い。
この魔術一つあるだけで、狩り場のランクを一つ上げられると噂されている。
身体強化は、それほどの魔術だった。
しかし、魔術にまるで才能がない者は使用出来ない。
――優斗がそうだった。
そんな魔術が手に入った優斗は、至福の吐息を漏らした。
「クエストをクリアして良かった……」
早速試してみたい優斗だったが、ここは地上だ。
次に魔物と戦うまで、必死の思いで自重する。
優斗はふと窓を見る。
太陽はまだ色づいていない。
「もう1個くらいいけるかな?」
日没まで時間がある。
優斗は折角だからと、もう一つクエストを攻略することにした。
コミック版『冒険家になろう!』3巻が、4月27日に発売となります。
劣等人・クエスト攻略と合せて、こちらもどうぞ、宜しくお願いいたします。