助ける理由
Cランクのインスタンスダンジョンは3層からなる。
既に2層をクリアした優斗は、階段の傍でエリスとともに休憩を取っていた。
「ふぅ。わりと楽に進めて良かったよ」
「ユートさんって、すごく強い、です……」
革袋に口を付けて給水する優斗の隣で、エリスが目を丸くする。
彼女はこれまでほとんど、回復術を使っていない。
出現する魔物は、1層2層ともにオークだった。
土属性に相応しい、〝硬い〟魔物だ。
オークは二足歩行のイノシシ型モンスターだ。
分厚い脂肪に守られているため、オークに致命傷を負わせるためには、かなりの技術力が要求される。
だが、優斗は武器を新調している。
上級冒険者が使うものと同じ、ミスリル製の刀である。
いかに高い防御力を誇るオークであろうと、ミスリルの前には紙も同然だった。
しかし、優斗は普通に斬って捨てているわけではない。
少し前に修得したばかりの特技【急所突き】を用いて、急所ばかりを攻撃している。
戦闘はほぼほぼ一瞬で終了する。
優斗とオークが接近すると、次の瞬間にはオークの首がコロンと落ちるのだ。
(でも、適当な攻撃では発動しないんだよなあ)
試しに優斗は、【急所突き】がどこまで通用するかの確認を行った。
適当に狙っても急所が突けるのかが気になったのだ。
結果からいえば、適当に狙ったら急所は突けない。
当然だ。
もしそれが可能であれば、〝優斗が攻撃する場所すべてが急所になる〟という危険な特技になってしまう。
それじゃあおちおち凝りのツボも押せやしない。
(体感的に急所狙いの攻撃が、急所に当たりやすくなるって感じだったな)
たとえば頸椎は、複数の骨が重なって出来ている。
普通に首を切ると、高確率で首の骨に刃が阻まれる。
【急所突き】は、刃が骨の隙間を通る確率を高める特技だと優斗は感じた。
優斗の体感では、ほぼ100%骨の隙間を通っている。
さすがはスキルツリーに連なる特技である。
そのおかげで、優斗はCランクの魔物を容易く退けられていた。
無論、筋力や剣術スキルの底上げもかなり効果的だった。
「あの……ユートさん、怪我はしてない……です?」
「大丈夫だよ」
「た、体力は」
「体力も問題ないよ。……もしかして、回復術って、体力も回復出来るの?」
「ですです。わたしはヒールと、スタミナチャージを覚えてる、です」
「へぇ……」
エリスの回復術を聞いて、優斗は僅かに驚いた。
てっきり、ヒールしか使えないのだと思っていたためだ。
「な、なので戦闘中に、スタミナチャージを撃つ、です。戦闘が楽になるです!」
「ああ、それはまだ良いよ。出来るだけ魔力は温存しておいて欲しい」
戦闘を行った初めの頃、優斗がオークと交わる度に、エリスが遠くから優斗目がけてヒールを飛ばしてくるのだ。
これまで優斗は、何度か回復術師とパーティを組んだことがある。
しかし、そのような大胆な回復術の使い方は初めてだった。
普通は、戦闘終了後に傷を見て、直接回復術師がヒールを行うものだ。
飛ばすタイプのヒールは、直接手を当てて行うものに比べてロスが発生するためだ。
傷を負っていない優斗に、遠くからヒールを連発するのは、無駄以外の何物でもない。
そのため、優斗はエリスにヒールの使用を禁止していた。
そのようなヒールの使い方をすればあっさり魔力欠乏に陥って、いざという時に使えなくなってしまう。
「それじゃあ、3層に降りようか。次が最後だから、頑張ろう!」
「は、はいです!」
慎重に階段を降りていく。
その優斗の背中に、エリスが声をかけた。
「ユートさんは、どうしてDランクなのに、Cランクのダンジョンに入った、です?」
ここに来るまで、優斗はエリスに、自分のランクや生い立ちを軽く説明していた。
はじめ、最近までEランクだったということを説明したところで、エリスに泣かれてしまった。
『わ、わたしなんかのために……ぶえぇぇぇん!!』
だが実際に戦っているところを見せると、優斗の戦闘力がわかったからか、エリスが涙を流すことはなかった。
だがそれでも、時々エリスが不思議そうな目で優斗を見つめてきた。
「うーん。うまく言えないんだけど……」
初めに尋ねられた時から、考えていた。
どうして自分はあの時、咄嗟に体が動いたのだろう? と。
「自分がされて嫌なことだったから、かな。あとは――」
インスタンスダンジョンに足を踏み入れるけど、仲間が誰も入らない。
そんな状況を、優斗はこれまで想像しなかったことはない。
だがなんとか、優斗は見捨てられずに生きてきた。
一度入ったらクリアするまで出られない。
そのダンジョンに入って、けれど仲間が入ってこない。
そういう見捨てられ方は、絶対経験したくなかった。
その上で、こうも感じた。
――もしエリスが自分だったら。
「もしエリスが自分だったら、誰かが助けに来てくれたら、絶対嬉しいから」
優斗の体を咄嗟に動かしたのは、ただその思い一つだった。
その言葉を聞いたエリスが、ぽーっと優斗の顔を眺めていた。
そのせいで、エリスがうっかり階段を踏み外した。
「きゃっ!」
「おっと」
優斗はエリスの体を抱きかかえた。
エリスの耳が、みるみる赤らんでいく。
「ひゃうっ!! ごごご、ごめんなさいです!!」
「大丈夫?」
「だだだだ、大丈夫でしゅ!」
舌をガジガジ噛んだエリスを、優斗は覗き見る。
だが、ぷいっと視線を逸らされてしまった。
(なにか怒らせるようなこと言っちゃったかなあ……)
優斗は頭を掻きながら、再び階段を降りる。
エリスは付かず離れず、優斗を追って来た。
これまでとは違い、どこか借りてきた猫のようになってしまった。
(足、くじいたのかな……)
優斗は不安に思うが、エリスは普通に歩けている。
彼女は回復術師だ。自分の怪我くらい自分で治せるだろう。
優斗は次の戦闘に向けて、気持ちを引き締めなおした。
3層では、オークソルジャーやオークチーフと、これまでよりのワンランク強い魔物が出現した。
ソルジャー2体とチーフ1体が優斗に迫る。
チーフがいるせいか、動きに纏まりがあった。
「ブオォォオ!!」
「おっと……ッ!」
ソルジャーの攻撃を躱しながら、優斗はすり足で立ち位置を変更。
徐々に回り込んで、一気にチーフに迫った。
「――ハァッ!!」
裂帛の声とともに、優斗はチーフの首を落とす。
チーフが倒れると、ソルジャー2体の動きが目に見えてバラバラになった。
チャンスとみて、優斗は2体の首も落とす。
「ふぅ……」
残心を解いて、血振り。
ゆっくりと刀を鞘に収める。
モンスターのランクが上がったためか、3匹を倒すのに若干時間がかかるようになった。
それでもまだ、優斗には余裕があった。
「ユートさん、怪我はありませんか!?」
てってって、とエリスが優斗に駆け寄った。
愛くるしい小動物のような動きに、優斗の顔に笑みが浮かぶ。
「ありがとう。大丈夫だよ」
「それにしても、ユートさんは強いです! すごいです! 私のパーティメンバーはここまで……」
そこまで口にして、エリスがブンブンと首を振る。
自分を死地に追いやった者を思い出したのだ。
暗くなったエリスの表情を変えるべく、優斗は話題を変えた。
「……そろそろボス部屋だね。この調子なら、ボスはオークキングかな」
「た、たぶん、そうだと思う、です」
コクコクとエリスが頷いた。
オークキングはCランクの魔物だ。
優斗はおそらく、オークキングは自分と同等かそれ以上の相手だと考えている。
通常ならば、優斗に分が悪い戦いだ。
だが、今回はエリスもいる。
彼女は回復魔術が使える回復術師だ。
万が一、オークキングから攻撃を貰っても、彼女に治して貰える。
スタミナだって、彼女は回復出来るのだ。
長期戦になれば、優斗が圧倒的に有利である。
「よし、じゃあ行こう!」
「はいです」
倒したオークたちのドロップを回収し、優斗は奥に向かって歩いて行く。
三層には、小部屋が5つあった。
そのすべてで、優斗はオークたちを完封する。
残る部屋は、1つ。
ボス部屋のみだ。
ボス部屋の前に到達した優斗は、部屋にいるボスの姿を見て呼吸を止めた。
「……そんなっ」
隣では、エリスが絶望の表情を浮かべていた。
ボス部屋には、魔物が一体だけ存在していた。
その魔物は、オークキングではなかった。
その魔物は、優斗の刀と同じ材質を持つ――ミスリルゴーレムだった。
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