沢山貰っているから……
週間総合ランキング1位を獲得いたしました!
これも皆様のおかげです。
本当にありがとうございますm(_ _)m
「おっ、今回の袋は軽いな」
麻袋に触れた感覚から、お金でないことがわかった。
優斗はひと思いに、麻袋の口を開いた。
「ん、腕輪?」
中から現われたのは、無骨な銀色の腕輪だった。
じっと観察するが、腕輪にはなにも描かれていない。
模様すらなかった。
「うーん? なんだろうこれ。――あっ、そうだ!」
思いついた優斗は、腕輪をインベントリに収納した。
収納した腕輪がインベントリに現われる。
それを、優斗はタッチした。
『体力の腕輪』
名前から体力が上昇しそうなアイテムであることがわかった。
「クエストの内容からも、なんだかそれっぽいな……」
インベントリから取り出して、優斗は試しに腕輪を填めてみた。
腕輪は、優斗の腕にピタリと填まる。
どうやらサイズ変更の術式が内部に刻印されていたようだ。
「体力の腕輪っていうから、体力が上がるのかと思ったけど……うーん?」
優斗は体を動かしてみる。
体力が上がったと言われれば、上がったように感じる。
スキルレベル2アップよりは効果がないが、そこそこは上昇してくれるようだ。
僅かであれ、能力を底上げするアイテムは、かなりの値段で取引されている。
その僅かな差が、ダンジョン内で生死を分けるためだ。
この体力の値段も、売ればかなりの額になる。
それこそ、優斗が10年は暮らしていけるだけのお金になるに違いない。
無論、この生活水準を維持したままという前提だが……。
「けどこれ……体力クエストが終わったあとに貰ってもなあ。いや、有りがたいんだけどさ……」
24時間戦わせるクエストならば、先にこの報酬を頂きたかった優斗であった。
○
「あら、ユート珍しいわね」
「おっ、マリーも来てたんだ」
夕食時。
仕事が終わったマリーは、大衆食堂であるゴールドロックに足を運んでいた。
このゴールドロックはクロノスで、『安い・早い・そこそこ美味い』と有名な大衆食堂だ。
マリーはこのお店の馴染みで、毎日のように足を運んでいる。
というのも、下宿先には食堂がないためだ。
マリーには料理の心得がなく、下宿先にも火を扱う設備がない。
そのため、ほぼ全ての食を外で済ませている。
「ところでユート。今日はお金あるのぉ?」
「もちろん!」
ユートの表情を見て、マリーは「おや?」と思った。
彼はいつも生活苦に喘いでいる。万年Eランクで、収入が非常に少ない。
彼が稼いだお金のほとんどは、安アパートの家賃に消えている。
一日二食しか食べない彼の食費は、1食あたり50ガルドと、マリーの十分の一以下である。
そんな彼を、マリーは時折このゴールドロックに誘う。
いまだに50ガルドの安パンしか食べない、欠食児童の如き姿のユートが心配になるからだ。
栄養が足りなくて身長がろくに伸びていない。
そんな彼が空腹に負けてダンジョンで倒れたらと思うと、マリーは気が気でない。
ゴールドロックは、何を選んでも1つ300ガルドだ。番頭になったマリーには、なんでもない価格である。
だからマリーはユートを誘い、お腹いっぱい料理を食べさせてあげている。
それがマリーが出来る、ユートへの精一杯のエールだった。
「どうしたのよ? もしかして、悪いことしたんじゃないでしょうね?」
「してないよ。してない、してない」
ユートは子どものように首を振る。
彼が悪いことをするような人間でないことは、マリーはよくよく知っている。
どんなに腐っても、彼は成長出来ないことを、誰のせいにもしなかった。
どんなに苦しい時でも、彼は一度も悪事に手を染めたことがない。
マリーに一言「お金を貸して」と言えば、あっさり解決するようなことだって、彼はずっとずっと、抱え込んできた。
(もっと素直になればいいのに……)
マリーは運ばれてきたサラダをフォークで刺しながら、むすっとしてユートを見る。
彼が助けてくれって口にしたときは、いつだって助ける準備は出来ていた。
けれど彼はいつまでも、助けてくれなんて、口にしなかった。
そこが良いところであり、ヤキモキするところでもあるのだが……。
「折角だから、今日もアタシが奢ってあげるわよ」
「いいよ。今日は僕のお金で食べに来たんだから」
「でも、ユートはサラダしか食べてないじゃない……」
「だってここのサラダ、すごく沢山盛り付けられてくるから」
ユートは栄養価よりも、1皿のボリュームしか考えていなかった。
たしかにゴールドロックでサラダを頼むと、お腹いっぱいになるくらいの量が運ばれてくる。
だが所詮、サラダはサラダだ。
それだけでは、お腹に力が入らない。
「お肉食べなさいよー、お肉ぅ」
「みんな同じ値段だけど、お肉ってひと皿に1切れしか入ってない高級品だよ!? そそ、そんな贅沢なものは注文出来ないよ……」
お肉を薦めると、いつもこうである。
マリーはため息を吐き、手を上げた。
「すみませーん。お肉5皿お願いします」
「ご、5皿も食べるの!?」
「ユートが食べるのよ」
「えっ、でも……」
「もう注文しちゃったんだから、ちゃんと食べなさいよぉ?」
「ひえぇ!」
嫌がるユートには、こうやって強引に奢るしかないのが現状だ。
ユートは肉が嫌いなわけではない。
彼にとっては肉が高級品だから、遠慮しているだけなのだ。
マリーが注文すると、ユートは反省する犬のように申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、ちゃんと肉を食べてくれる。
そんなユートを眺めていたマリーは、ふと彼の変化に気がついた。
「……ん? ねえ、ユート。少し顔が変わった?」
「へっ? ひあ、ほう?」
ユートはステーキを口いっぱいに頬張りながら首を傾げた。
その様子は、昔のままである。
だが、彼の顔つきのなにかが変化したようにマリーには思えた。
10年間、ユートを見続けたマリーだからわかる。
彼の中で、なにかが大きく変化した。
それがなんなのか、マリーにはわからない。
だがもしかしたら――とマリーは思う。
もしかしたら、ユートは自分の殻を破ったのではないか? と。
「今日はユートが食べた分も、アタシが奢って上げるからね」
「いや、いいよそんな」
「遠慮しなくていいのよ。アタシ、稼ぎはたっぷりあるから!」
「ぐぬぬ……」
稼ぎを口にすると、ユートは手も足も出ない。
当然だ。
自慢ではないが、マリーはユートの月収の十倍以上貰っている。
だから気軽に、奢ってあげられる。
この1点のみが、マリーがユートに与えられる唯一のものだった。
(アタシは、ユートから沢山貰ってるのになあ……)
食事を終えた後。
夜は危ないからと、いつものように下宿まで送って貰ったマリーは、ユートの背中を見送りながら嘆息した。
彼のために、なにかしてあげたい。
だが現状出来るのは、お腹をすかせたユートに食事を奢るくらいだ。
もっと、彼の背中を間近で支えたい。
だがマリーに出来ることは現状、なにもない。
「……だったら」
マリーは空を見上げて呟いた。
ひとつ、マリーには案があった。
だがそれを実行に移せなかった。
――お金が足りなかったのだ。
だがユートの表情が変わった。
彼はきっと、殻を破ったのだ。
だったらと、マリーは奮起する。
あと少しで、満足の行くお金が貯まる。
頑張れば十分手が届く場所まで来ている。
「あとは、気持ち次第ね……」
マリーは胸に手を当てる。
自分に力をくれたユートの背中と、
そして、彼がずっと手にしているボロボロになった長剣を、マリーは瞼の裏に思い浮かべるのだった。
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