下
師匠とゾンが出会ってから気がつくと1年たっていた。ゾンは初め、自ら師匠と名乗る男怪しい男から、隙を見て逃げようと思っていたのだが、今では師匠を慕うようになっていた。師匠と出会った当初、自分はこの街で盗人として警戒されているのだと言っていた。あれから時がたち、さらに警備が強化されているようだった。
盗みの達人である師匠でさえ、もうこの街での盗みは難しいと感じていた。
顔がもう知れ渡ってしまっているために、街に出るだけで、追いかけてくる人がいる。
だからもうそろそろ、この街を出ていかないといけない。もう、限界だった。
生きるために。盗むために。他の街へいかなければならない。
自然と、師匠との別れの時は近づいてきていた。
「ゾン。俺はもう、この街にいることはできねえ。もう、ここに俺の居場所はねえ。」
森の中に、明るい日差しが差し込む。夏の温かい風が吹き、木の葉がゆれる。
師匠の髪は、さらさらと風に揺られている。
「だから俺は、別の街に行く。ゾンも、元気でやれよ。」
最後にそう言って、師匠はいつものようにゾンの頭に手を置く。
初め逢った時から変わらない師匠。師匠への思いが次第に変わっていったゾン。
師匠は静かに去っていく。森の中に進んでいく後ろ姿をゾンは見守る。
ゾンはさようならを言えなかった。
師匠の姿が木と木の間に消えてから、ゾンは小さな声でつぶやいた。
「ありがとうございました。師匠。」
ゾンは家にいた。もともと師匠の家だったもの。そして、ゾンと師匠の家だったもの。今は、ゾンの家になった。
ゾンは師匠が言っていた言葉を思い出す。
「盗むんだったら、気づかれないように盗め。これは俺の持論なんだがな、盗んだことに気づかれないんだったら、盗んでいいだろ。それはそいつにとって、あってもなくても、どっちでもいんだよ。」
ゾンは師匠の言葉を自然と口にしていた。
「盗むのと生きるのとどっちが大事なんだ? ゾンにとって。俺はなぁ、生きる方が大事なんだよ。生きる為に盗んでんだよ。だから盗みの途中で、死んだりしねぇよ。」
師匠はきっと新しい街でも、上手に盗む。つかまったりなんかしない。死んだりなんかしない。
「自分で生きろよ。自分が生きてんだから。」
ゾンは、師匠がいなくても生きていける。強く生きる。明るく生きる。それは師匠から教えてもらった。
ゾンは今日も、盗みにゆく。
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