中
「なぁ、この路地のすぐ近く、大通りに出て右に行ったところの店、卵がおいてあんだぜ。」
師匠は、まるで子供のように目をキラキラさせて言う。
「なぁ、盗みにいこうぜ!」
まるで、遊びに行こうぜ! みたいな軽いノリで師匠はゾンに言った。
「まぁ、いいよ。」
ゾンは、師匠の厚かましさに慣れつつあった。というより、まともに相手するのをやめて、話を流すすべを覚えていた。
ゾンは、師匠の家に来ていた。家といっても、キチンとした建物ではなく、森の中に、葉や木の枝で作った小さな小屋みたいなものだった。それを、師匠は「これが俺の家だ! すげえだろ!」と言ってゾンに紹介した。造りは決して頑丈とは言えず、嵐がくれば簡単に壊されてしまいそうだ。それでも、屋根や壁のない路上で過ごすよりはよっぽどましだ。
師匠は、森の中に詳しかった。森の中にいる虫が危険性あるものかどうか、草やキノコが食べられるものかどうかを見分けることが出来た。それには、ゾンも少し感心した。
ゾンには家族はいない。だから小さなころから人のものを盗んで生きてきた。それしか、生きるためには方法がなかった。
どうせ自分が帰る場所などないのだから、もう少しここにいてもいいかな、と思うようになってきた。
ゾンは、次第に師匠に心を開いていった。
「じゃあ、卵、盗みにいくか!」
そう言って、師匠とゾンは街へ行く。師匠は、店主に気づかれず、すっと卵を盗んでいく。手慣れたものだった。おお、とゾンは感激の声をあげる。そのあと、ゾンもその店から卵を持ち出す。
街から出て10分程で師匠の家につく。
「どうだ、俺の盗み、みたか? すごかっただろ? さすが師匠、だろ?」
師匠はにんまりとしていた。ゾンは、はいはい、さすが師匠、と答える。
ゾンは、盗みをした後は、罪悪感を感じ、気分が落ち込む。そんなゾンの様子をみて、師匠は言う。
「ゾン、なんか暗いな。どうかしたか?」
師匠は俯くゾンの顔を横からのぞき込む。
「盗みしたあとに、能天気でいられるのは、師匠くらいだよ。」
ゾンは顔をあげていった。どうして師匠は平気な顔でいられるのか、ゾンは分からなかった。
「ゾンは何か悪いことでもしたか?」
「さっき盗みをしたじゃん。」
「それは悪いことか?」
その言葉に驚き、ゾンは横に座る師匠を見る。師匠は前を向いていた。その横顔は、暗さや罪悪感などを全く感じさせず、むしろ爽やかですらあった。
「盗みは悪いって誰が決めたんだ? ゾンか? ちげえだろ。そんな誰が決めたかも分からないルールに従う必要なんてねえよ。」
師匠はゾンの頭に手をおく。
「これは俺の持論なんだがな、俺はゾンが悪いことしたなんて思っちゃいねえ。その卵だってなあ、もともと鶏のとこにあったんだよ。それを人間が勝手に奪ってんのによ、自分のもののように扱ってよ、他の人間に奪われた時は怒んだよなー。自分の事は棚にあげてよ。これは、もともと人間のモノなんかじゃねんだよ。かといって鶏のもんでもねぇよ、雛の命なんだから、雛のもんだろ。」
そうだろ? と言ってゾンの方を見て笑った。ゾンは、師匠が自分と同じことをしているのに、明るく見えた理由を知った気がした。
「人間はみんな、盗んで生きてんだよ。命をな。」
師匠はそう言いながら、盗んだ卵を口にする。
ゾンも、それに続いて、口にいれる。
命の味。
普段は口の減らない師匠も、食べている間は何も言わなかった。




