ビックアラモスに死す
金はまだあったがおれはさっそく仕事を探し始めた。英語はからきしダメだったが、ジェスチャーだけは人一倍上手かった。自信もあった。ジェスチャーで微妙な言い回しやことわざ、情景描写や季語を踏まえた歌詠みすら可能だった。
夕食までに三つ仕事を断られた。穴掘りとコアラ探しとアロエ運びだ。結果はともかくいいヒントにはなった。人に使われるのは真っ平御免ってことだ。おれは豪華な夕食を前におれの仕事を考えた。
「なぁそこのワッフル野郎、暇だったらおれと組んでひとやまさばかねぇか?」
奴は一人だった。ワッフル野郎とはどうもおれのことらしい。おれはすかさず奴をビックアラモスと名づけた。とにかく図体がでかかった。それに嗅いだことのない変な匂いもした。
「よぉビックアラモス。いきなり挨拶もなしに何の話だ?」
おれがデザートに辿り着くまでの長い時間を、奴はコロナ一本やり過ごした。おれはマイペースな奴が大好きだ。おれたちはその夜さっそく熱い誓いを交わしあった。
おれはベッドで、奴はカウチで寝ていた。おれのホテルだ。時計の針は午前四時。昨日奴から聞いた話が本当なら、そろそろミーティングのひとつもうっておくべきだった。おれはグラスの残りを飲み干し、奴を起こしに立ち上がった。肩に手を置く。ズキューンと奴のマグナムが火を噴いた。逃げる間はなかった。とにかくおれは自分の胸を押さえてその場に倒れた。五分が経過した。おれはまだ生きていた。右肩に血が滲んでいた。見るとカットバンの小も躊躇うかすり傷だ。とたんに昨日喰ったブリュレをもう一度喰える事がうれしくて涙がこぼれた。砕かれた窓ガラスの破片は満月を反射し、星の瞬きのように煌いていた。ビックアラモスはまた寝息をたてた。おれはクレームブリュレのためだけに、奴を起こさずその場で眠りについた。
おれをたたき起こしたのは奴だった。午前六時。外は白々としていた。すぐに奴のバイクにまたがった。朝立ちのまま男の後ろに跨るのには多少の恥じらいも当然あった。デイリーストアでガムテープとホッチキスを購入して現場に直行。飯は仕事の後だ。下葉の生い茂った森林を抜けた。帰り道を確保するため、葉っぱと葉っぱをホッチキスで繋ぎ止める。パンくずやビスケットだとすずめに喰われちまうってのは万国共通だ。
おれたちはある研究所の裏っ側に辿り着いた。窓ひとつないどら焼き型の奇妙な建物だった。ビックアラモスは銃を構えて見張りに立った。おれは渡されたカメラを首にかけ、手足にガムテープを巻いた。傾斜角45度。蛙にできておれに出来ないはずはなかった。おれは上った。渡豪二日目のことだ。おれは二日立て続けのセックスはしなかったからこれでよかった。建物のてっぺんには四つの窓があり、下で撮れ撮れと奴が合図をよこした。おれは写真を撮った。
G-T-T-A-C-G-T-A-C- - - - -DNAの塩基配列だ。おれは闇雲に撮りまくった。価値のわかる男だった。問題はその後だ。下りは上りのようには行かなかった。ガムテープの粘着力も絨毯を叩き尽した後のように無力だ。奴がおれに言った。「何があった? 金になりそうか?」おれは奴にカメラを放った。土のやわらかそうなところを選んで、一か八かすべり落ちた。そんなおれを、膝まで土に浸かったおれを奴は優しく引っこ抜いてくれた。
「帰ろうぜ、ボス」奴の言葉だ。
「それをどうやって金に替えるんだ?」とおれは訊いた。
「アメリカさ。内容によっちゃあ100万ドルだぜ!」
ホッチキスの目印を頼りにおれたちは来た道を戻った。束の間のタバコ休憩。そして振り向くと奴はいなかった。おれは手持ちのホッチキスで葉っぱを摘んだ。そしてもう一周り。嵌められた。同じ道をグルグルと周り、奴の優しさにむかっ腹がたった。今さら白状すればおれは白金育ちのお坊ちゃんだった。おれは復讐を誓う。手がかりは奴の匂いだ。それは雨上がりの遊園地の匂いだった。