テルメデにて
--スコットさん! スコットさん! 時間ですよ!おはようございます!
聞きなれた少女の声で目を覚ましたのは、スコット・フリーカー。彼は一週間前、ヒカに電撃くすぐり棒でオシオキされていた男である。
「ああ、おはようレイちゃん」
ゆっくりと身体を起こし、伸びをする。時間にして午前六時前。元々早起きは苦手では無いので、これくらいは気にならない。
ベッドから降り、着替える。服は現在寄港中の鎖国国家『テルメデ』で仕入れたもので、所々に和のデザインが見られ、個人的には気に入っている。
「さぁて、今日もやりますか!」
スコットは自慢のホウキ頭を整え、自室を出た。
「おはようございます! スコットさん!」
そのタイミングで、スコットは少女に声をかけられた。彼女の名はR.A.Y.(レイ)。ピンク色のポニーテールと、ビビットな服装が印象的な少女だが、彼女は人間では無い。
レイは、この飛空艇、レイディアント・ロマンスの擬似インターフェース。つまり、ホログラムで人型に映し出された存在なのだ。
「おはよう。今日は何したらいいんだ?」
「えーっとですねー……、とりあえず備品の確認と、掃除ー、ですね」
ころころと表情を変えるレイは、ホログラムとは思えないほど人間味がある。
雑用をする以上、スコットは共に仕事をすることが多いため、今ではいい仕事仲間である。
彼女の言葉に、了解! と答え、スコットは備品庫に向かった。道すがら水周りもあるので、顔はその時洗えばいいだろう。
通路を進んでいき、厨房--そう、キッチンでは無い--に差し掛かると、何やらいい匂いがしてきた。覗けば、ファルが朝食を作っているところだ。
「おはようございます、ファルの兄貴!」
「ん? ようスコットー。ご苦労さん!」
屈託のない笑顔で答えるファル。まだ朝も早いのに活力が満ち溢れている。
「兄貴、今日の朝メシは?」
本拠地パシ・ヘスタで居酒屋を営むファルの料理は、真戦組のメンバーのみならず、スコットの胃袋もがっちり掴んでいる。
「ああ、いい野菜が手に入ったからな。それをぶっ込んだ味噌汁とー、焼きホッケにー、あとは卵焼きかね」
「ああ、いいっすね! 楽しみにしてひと仕事してきます!」
「おう! 七時半くらいにゃできるから、その時にな!」
「わかりました!」
スコットはそう言って、倉庫に向かった。
さて、なぜスコットが、真戦組の雑用をしているかだが、それは電撃くすぐり棒の拷問が終わった時まで遡る。
彼が、あの時点で知っていた情報を全て喋った後、真戦組で処遇が話し合われた。それも、スコットの目の前で。
「さてー。もうお前は用無しだー! このまま荒野にポイしてやるー」
悪い笑みを浮かべながらそう言ったのはヒカである。まるで、三流の悪役のようだ。
だが、処遇としては当たり前の処遇ではある。情報を聞き出した以上、元々敵だった輩を船に乗せ続けている意味は無い。
だが、ヒカのセリフに、いやいやいや。と新月が言葉を被せてきた。
「ヒカちゃん、用あるでしょ! あるでしょ!」
「ごめんごめん、一回言って見たかったのー」
なんというか、独特のテンポのやり取りに、スコットは半目になってしまった。
「あなたには、この船の雑用をやって貰います。拒否権はありません」
いいタイミングでセレーネが割り込み、話を先に進めた。まさに阿吽の呼吸である。
「……いいのか? 寝込みを狙うかもしれねぇぜ?」
ドスを効かせた声音で、啖呵を切るスコット。まぁ、未だにミノムシなので、凄みは全く感じられないが。
「やれるもんならやってみな。レイのセキリュティと、彼我の戦力差を埋められるならな」
いつからかそこにいたシークが、いつもの調子で切り返す。スコットは、出しかけていた言葉を飲み込むしか無かった。
「沈黙は了承と見なすぜ。なぁに、俺たちは、無闇に人を殺すつもりはさらさら無いさ」
テンガロンハットをクイッと被り直し、シークは微笑をうかべてそう言った。
--と、
「おーい、メシできたぞー!」
厨房からファルの声が響き、新月が風の速さで独房を出ていく。待ってー! と言いながらヒカが追いかけ、大きなため息をしたセレーネが後に続いた。
「よし、お前も行くぜ。相棒のメシは、そこら辺の店より美味いぞ」
言いながら、シークはスコットの縄を解いてやった。
「ど、どういうつもりだ」
「雑用やるんだろ? なら仲間に変わりはねぇ。新しい仲間は、歓迎しないとな」
それだけ言って、独房から出ていくシーク。普通ならここで、逃げ出すことを考えただろうが、スコットは黙ってシークの後について行った。
厨房に着くと、盛大に歓迎された。ファルの作った料理が美味かったのもあるが、歓迎されたことが、何故か嬉しかった。
--自分は、ここにいていいんだ。
スコットはその瞬間、真戦組について行く事を決めた。
--それから一週間。
タブレット片手に、スコットは倉庫へ向かっていた。所々にある埃を見て、掃除しないとなと思っていると、廊下に立つヒカをみつけた。
「あ、おはようございますヒカ姐さん! こんなとこでなにしてるんです?」
「……」
返事がない。再度声をかけるが、やはり返事がない。スコットは訝しげに眉根を上げると、ヒカに近づいて見た。
「……立ったまま寝てる」
そう、ヒカは何故か廊下で、しかも立ったまま眠っているのだ。返事がないところを見ると、いわゆる熟睡中らしい。--いくらなんでも器用すぎだ。
しかし、これはそう珍しい事では無い。スコットでさえ、1週間の内に数回見ている。真戦組にとっては日常茶飯事のことなのだろう。
「ヒカ姐さん、ヒカ姐さん、起きてください! そろそろファルの兄貴の朝メシ、できますよ?」
「ファル兄のご飯! あ、おはようスコット君!」
熟睡中の女性をも目覚めさせる、ファルの料理。さすがと言うべきなのだろう、多分。
大きなアクビをひとつして、ヒカは洗面所に向かった。それに、ちゃんと着替えてくださいよ! と一声かけて、スコットは更に奥へ向かう。
間もなくして、彼は倉庫に到着した。最近は自分が掃除しているため、比較的綺麗になってはいるが、初めてここの掃除に着手した時は、マスクなしでは何も出来なかった。
レイにマスクないかと言ったらガスマスクを持って来たのは、最早いい思い出である。
--と。
ガサゴソ、ガサゴソ……。
倉庫の中から、何かを漁るような音が聞こえて来た。まだ朝も早いと言うのに。
泥棒、と言うのは考えにくい。レイのセキリュティは二十四時間稼働しているし、万が一侵入を許しても即座にレイか、最悪シークが動く。
と、言うことは、にっくきげっ歯類か、はたまたGか。択は絞られてくる。
生憎、レイはちょうどみんなを起こしに行っている時間のため、彼女に中を見てもらうわけもいかない。
「……しゃあね、行くか」
スコットは意を決した。近くの掃除用具入れから長ほうきを取り出し、倉庫の扉を開ける。Gでは無いことを祈りつつ、薄暗い倉庫の中を、一歩、また一歩と進んで行--
ドンガラガッシャアン!!
「あいったー! マジで痛いわー、こりゃ……」
備品が崩れる音と、聞きなれた声。スコットの口から安堵と呆れが混じったようなため息が漏れる。
「……何やってんすか、新月の姉御」
「ん? おお、スコッティ! おはようおはよう! いやぁ、徹夜で武器いじるもんじゃないねー。薬莢踏んで転んじゃったよ!」
悪びれのない、爽やかな笑い声をあげる新月。いや確かに、Gでもげっ歯類でもなく、姉貴分が居たのはある意味ホッとしたが……、
「……こりゃ、かかるなー」
パチリ、と明かりをつけ、スコットはぼやいた。
おそらく新月は、自身の武器を整備していたのだろうが、倉庫中が散らかっている。どうやら何回か転んでいるらしい。
「あー、ごめんよースコッティ。ここの掃除はあたしも手伝うから、勘弁して」
合掌し、頭を深々と下げる新月。スコットは慌ててフォローした。
「あ! 部屋に居ないと思ったら、またここにいたんですね、隊長」
「あ、セレちゃんおはよう!」
「おはようございます、セレーネのアネキ」
呆れた表情をあからさまに浮かべ、セレーネが倉庫にやって来た。レイも一緒である。
「いやぁ、ガンスミスに夢中になっちゃってさー、つーいね」
「知ってます。そんなことだろうと思ってましたよ。
ファルさんから伝言です。朝メシ出来たぞー。だそうですよ」
「朝メシ! いやっほぉい!」
セレーネの台詞を聞くや否や、新月は倉庫を飛び出して行った。すかさずセレーネが追いかける。
倉庫は、散らかったまま。スコットはどうしたもんかと頭をかいた。
「とりあえず、朝ご飯が終わってからにしましょう、スコットさん」
「そうだなー。一回厨房に戻るか、レイちゃん」
そう言って、二人--正確には違うが--は、朝食が出来上がっているであろう厨房に向かった。
◆◆◆◆◆
そろそろ昼手前といったところか。真戦組は平和な時間を過ごしていた。
今日も何事もなく昼食を迎えられると思っていたのだが……
「たのもー! たのもー!」
急に響いたその声に、たまたま外にいたシークが反応した。
「なんだ? せっかくうたた寝してたのによ……」
「おお! シーク殿! 久方ぶりでござるな!」
そう言われて、シークは気付いた。この侍、毎度毎度『依頼』を持ってくる男だ。確か自治区代表の『オミカムイ』の使いだったはず。名前は知らないが。
「ああ、アンタか。仕事か?」
顔を覆っていたテンガロンハットを被り直し、アクビ混じりにそう言った。
「話が早くてありがたいでござる。まさにその通りであって……」
そう言って、使いが依頼の説明を始めた。
なんでも、テルメデの北にある森に最近、力の強い熊鬼が現れ、近隣の村を襲っているとの事。今回の依頼は、その熊鬼の討伐と言う事だ。
「ただ、何やら珍妙な事が起こっているのでござる」
「珍妙? どういう事だ?」
「うーん。聞いたところによると、熊鬼が群れを作っているとかなんとか」
熊鬼とは、読んで字のごとく、熊の魔物だ。
習性は動物の熊と同じく、群れを作ることは無い。その熊鬼が『群れを成している』。明らかにおかしい。
「……いいぜ。その依頼、受けよう」
「ありがたいでござる! 報酬は後日しっかりと!」
そう言って、使いは嬉々としながら踵を返し、来た道を戻って行った。
シークは立ち上がり、背中越しに叫ぶ。
「真戦組! 仕事の時間だぜ!」
その声に、レイディアント・ロマンスがにわかに動き出した。
やはりこうでなくては。
シークは薄く笑うと、コートを翻し、船内に向かって行った。
◆◆◆◆◆
昼食を済ませ、今、真戦組はマナバイクを走らせていた。
場所はテルメデ北の郊外。向かうのは『穢土森』と呼ばれ、忌み嫌われる場所だ。今回のいわゆる現場である。
「熊鬼が徒党を組むねぇ……」
「アニキ的に言うならー、キナ臭い?」
「たぁしかにねぇー。フツーじゃないわよねー」
「油断はできませんね。しっかり行きましょう」
「……ついたぜ」
シークの一声で、真戦組はマナバイクを停止させた。マナバイクから降り、周囲を見回す。
つい数分前までは鮮やかな緑と、美しい花々が輝いていたのだが、今いる所はどうだ。深い森独特のカビた匂い。そして、瘴気の発する毒気。
「明らか、だよなぁ。えぇ、おい」
苦笑混じりにファルがぼやいた。すると、
--ジー、ジジー。
『……な! シークの旦那! 聞こえますか!』
全員の手首につけられた、腕時計型の通信機--これがまた、高性能で装着している者のコンディションなども可視化できる--から、スコットの声が聞こえてきた。
「ああ、聞こえてるぜ。ナビは任せるぞ、スコット」
『でも、いいんすか? 俺なんかにナビ任せて。嘘つくかもしれませんよ?』
訝しげに答えるスコット。それもそうだ。普通なら、仲間になって一週間しか経っていない人間に、任務遂行で重要なナビ役なぞ任せるはずがない。しかも、スコットの場合は捕虜だ。
だが、スコットに返って来たのは新月とファルの笑い声だった。
「いやいやいやスコッティー。実は根が真面目な君が、レイちゃんの前で嘘つくなんてできないっしょ!」
スコットはハッとした。どうやらこの人達は、たった一週間でこちらの人間性を全て見抜いているらしい。
「とりあえず、ナビとアナライズ、頼んだぜスコット!」
『……はい! 任されました、ファルの兄貴!』
迷いのない、スコットの返事を聞き届け、真戦組は前方に向き直った。おそらくこの先は魔物達の巣窟。現に今でも、ギャーギャーだのワオオオンだの様々な鳴き声が聞こえてきている。
「さぁて……稼ぐか」
シークが静かに言い、五人は瘴気立ち込める森に進んだ。
人体に影響を及ぼすほどではないにしろ、やはり空気は重い。湿気を含んでいるのもあるのだろうが。
そして、陽の光が届かないのと、多くの木が立ち並んでいることもあり、視界が悪い。奇襲にはうってつけだ。
--と。
「……ん? はいはい! みんなー、お姉さんからお知らせー」
いつもの調子で言うヒカだが、彼女の自身の雰囲気は違った。そう、それはまるで、戦闘開始直前のようだ。
ヒカは自身の得物である、四連装重機関銃『ヒュドラ』を構えながら続ける。
「……お客さん、よ」
刹那、ヒュドラが火を吹く。森の静けさを引き裂く爆音の先で、狼の悲鳴が響く。
同時に、残りの四人は即座に戦闘態勢に入った。
「ヒカさん! 残りは!?」
「パッと感じただけで十五!」
それを聞いたセレーネが、背負っていたスナイパーライフルを構えた。
その銘を『ジェミニ』。縦に据え付けらた二本のバレルから、ストッピングパワーと貫通力に優れるライフル弾と、マナで形成されたビーム弾を放つことが出来る。
銃本体のカスタマイズにも優れ、今回は森林戦と言うこともあり、銃身を通常よりやや短いミドルバレル、スコープを熱探知が可能なサーマルスコープに換装してある。
舞い上がった砂埃の中を、セレーネはサーマルスコープで覗く。
その瞬間、敵がハイライトされた。
(……一見すると、野犬のように見えるけど、そんなワケないわよね)
胸中で呟き、セレーネはトリガーを引いた。大きな発砲音が響き、標的の頭を撃ち抜く。
「スコットさん! アナライズは!?」
スコープから視線は外さず、次々と標的を狙い撃ちながら、彼女は通信機に叫んだ。
程なくして、スコットからの返信が飛んでくる。
『邪犬ですね。野犬に毛が生えた位の魔物ですけど……、数が多い。レーダーに映ってるのだけで二十は!』
邪犬は群れを成す魔物ではあるが、数が多い。普段なら十匹いたら大きい群れと言われるのだが、その倍だ。
「数が多いってんならあたし様の時間だね! セレちゃんよろしく!」
ニヤリと、至極楽しそうな表情を浮かべ、新月が躍り出た。
「わかっていますよ。フォローシリンダーセット。行きます、隊長! ウィングド・ブーツ!」
新月の台詞を受け、セレーネがジェミニの下部に着いているシリンダーを回転させた。
このシリンダーは、任意の場所に合わせることで様々な効力を持ったマナビームを撃てるようになる。これを使うことによって、セレーネはサポートも行うことができるのだ。
「おっけーい! さぁ殺っちゃうよ!」
セレーネのサポート魔術によって、身体が軽くなった新月が走る速度をあげた。程なくして、最前線を走るファルに追いつく。
「景気いいなぁ妹殿! よっしゃ、来い!」
そんな新月にファルはそう声をかけ、走っていた勢いを殺さずに地面を滑る。その両手は組まれていた。要は、これで新月を飛ばすつもりなのだろう。
「アニキぃ! サァイコーかよー! では、遠慮なく!」
新月も、ダッシュの勢いを殺さずジャンプし、ファルの両手を足場にした。その瞬間、ファルが思い切り腕を振り上げる。
「そぅら! 派手に殺っちまえ!」
「オーケイ! 行くよオルトロス! ワンマガ全部撃ち切ってやるぜ!」
鋭い角度で跳ね上がり、新月はダブルバレルのショットガンを取り出した。
彼女の兵装『バレット・オーケストラ』を構成する一丁、ダブルバレル・フルオート・ショットガンの『オルトロス』だ。
ヒカの射撃で舞い上がった土埃も収まり、群れる邪犬達の姿が見える。新月は、なんの躊躇も無くトリガーを引いた。
--ガォンガォンガォンガォンガォン……!
ショットガン特有の弾けるような発砲音は、まさに双頭の魔狼の咆哮そのものだ。地面に向かって、雨のように降り注ぐベアリング弾からは、流石の魔物でも逃げきれない。
邪犬達の断末魔が響く。その直後にファルが群れに殴り込み、撃ち漏らしを始末して行く。
「おー! さっすがアニキー! 良き蹂躙であるー!」
はっはっはー! と笑う新月だが、あと僅かで地面と言うところで魔術の効力が切れ、べシャっ! と音を立てて墜落した。
「あたー……、せっかくかっこよかったのに締まらないなー」
後頭部を軽く打ったのか、新月は頭をさすりながら起き上がる。その瞬間、彼女の目の前に邪犬が現れた。おそらく『増援』だろう。
「ちょーっとこのタイミングってのはよくないと思うんだよねータンマはアリですかー!?」
慌てふためく新月。あわや噛みつかれるかと思ったタイミングで、彼女の視界は見慣れた黒いロングコートで満たされた。
刹那。
--ドゴォン!
「ったく、お前も相棒も、はしゃぎすぎなんだよ」
爆音と共に、はるか彼方に吹っ飛んでいく邪犬。声の主であるシークは、やれやれと言った感じで苦笑いしていた。
「ああああっ! マジサイコーすぎるシークさーん! 超助かったー!」
「気にすんな。とりあえず離れろ」
ガッシィ! とコートの裾を掴んで感涙する新月を剥がし、シークはテンガロンハットを被り直した。
そのタイミングで、後続の三人が合流した。更に追いかけるようにスコットからの通信が入った。
『皆さん、お疲れ様です! ただ、騒ぎを聞きつけたのか、森の奥からまた邪犬の群れが!』
その言葉に、ヒカも頷いた。同時に、犬の鳴き声や獣独特の息遣いが奥から聞こえてくる。
「フゥー。俺ちゃん達、歓迎されちゃってる感じか?」
左腕をぐるりと回し、ファルがニヤリと笑う。森に入ってそこそこ時間は経っているのだが、彼の戦意はまだ燃え盛っているようだ。
「いや、まったくその逆だと思いますよ、ファルさん」
「やれやれ……、相変わらずおカタいねぇセレちゃんは」
セレーネに、正論と言う名のツッコミを入れられ、ファルは両掌を上に向け、わざとらしくため息を着いた。
「兎も角、だ。奥に行かなきゃならん以上、正面突破で進んでくぞ」
マグナ・ガンナックルのリロードを済ませ、シークが奥を見据える。そのまま拳を握り込み、撃鉄を上げた。
「となりゃあ、俺ちゃんの出番だな! 先陣は任せてもらうぜ!」
言うや否やファルはカートリッジを装填しながら、ダッシュして行った。
「あー! アニキずるーい! あたしも行くー!」
「あーん、新月ちゃん待ってー。あたしもー!」
そのファルを追って、新月が。そして新月を追ってヒカが森の奥に消えていく。
「隊長! ヒカさん! はしゃがないでくださ……、行っちゃった」
セレーネが注意しようとしたその時には、既に三人の姿は森の彼方だ。
「アイツらにはしゃぐなと言う方が難しいぜ。行こうぜ、セレーネ」
「……そうですね。行きましょうか」
二人で小さくため息を付き、森の奥へ歩いて行った。
◆◆◆◆◆
「ここが、この森の最深部ってワケだ」
邪犬数匹を同時に吹き飛ばし、ファルはそう言った。まさに一番乗りである。
彼の目の前には、ちょっとした洞穴が口を開いていた。おそらく、ここがその熊鬼達の巣穴だろう。
敵の根城への単独特攻は無謀極まりないので、ファルはとりあえず、皆が来るまで洞穴の観察をしてみることにした。
「あー……、こりゃ中の瘴気溜まり、結構濃いな」
鼻にくる刺激臭と、洞穴の入口から溢れ出る瘴気の霧。おそらくここが、この森に立ち込める瘴気の発生源なのだろう。
そこで、シーク達が合流した。
「アニキアニキー、どんな感じ?」
「すんげー分かりやすく言うと、やべぇ。だな」
「アニキがやべぇってんだから、相当ヤバいねー」
普通の人が聞いたら疑問符が浮かぶような会話だが、新月はそれで納得したらしい。
すかさずセレーネから、きちんと説明してください。との司令が出たので、ファルは軽く説明した。
「おそらくこの洞穴が、この森に充満する瘴気の発生源だ。それは多分、昔からそうなんだろうが……」
そこまで言って、ファルは腕組みしながらため息をついた。そして、続ける。
「明らかに、出てくる瘴気の量がおかしいんだよなぁ」
彼の一言に促されるように、シークとヒカが洞穴を見る。確かにファルの言うように、凄まじい勢いで瘴気が出てきている。まるで吐き出すかのように。
「人為的な要因が関わってるな、この出方は」
「だろ? ますますキナくせぇ」
「だが、俺たちがする事は変わらん。そうだろ、相棒」
「だな! さぁ行こうぜ、相棒!」
ギュッとバンダナを締め直し、気合いを再注入して、ファルは踏み出した。それにシークが続き、少し遅れて壱番隊も歩き出す。
そして少しづつ展開し、自然な流れで陣形が組まれる。準備万端。いつでもそれぞれの最高のポテンシャルで動ける陣形だ。
「スコット、洞穴の深さはどーよ?」
『そんなに深い物じゃないですね。入口から入って少し進めば、広間みたいになってます』
つまり、その空間が戦闘の舞台になるということだ。
奥へ進むと、スコットの言うように広間に出た。一目見て感じたのは、この場所が明らかに人工的に作られた物だと言うこと。それも、比較的近い年代で。
同時に、これだけの人数がいても、十分動き回れる広さだと言うことも分かる。まるで『そのために作られた』かのように。
最後衛のセレーネが広間に足を踏み入れると、まるで待っていたかのように鳴き声が響いた。
--ギャア! ギャア!
それは熊鬼の咆哮ではなく、鴉の鳴き声だった。壁に開けられている穴から出てきたのだろう。
「鴉?」
ファルが訝しげに呟くと、スコットから通信が入った。
『宵鴉……ですね』
「ああ、明らかにデカいがな」
目の前に舞い降りた宵鴉を睨みつけながら、シークがそう応えた。
宵鴉がけたたましい鳴き声をあげると、やはり壁に開けられた横穴から、今度は『咆哮』か聞こえてきた。そして、その主が姿を現す。
「熊鬼四頭。コイツらが依頼の目標だね」
いいながら、新月がガトリングガン--バレット・オーケストラの一丁、スレイプニルである--を構える。
それを合図に、各々が構えた。
「宵鴉が邪魔くせーが、まとめてぶっ飛ばしてやんぜ! 先手必勝!」
ファルが先陣を切った。いつもと変わらぬ突進力で手近の熊鬼にソードバンカーの刃を突き立てる。が、
--カッ!
「なに!? うわぁぁぁっ!!!」
まるでその刃を阻むかのように閃光が走り、そのままファルが弾き飛ばされた。
滅多に無い光景に、思わず全員が駆け寄る。ファル自身は多少地面に背中を打ち付けたものの、すぐ受身を取っていたようで、大きな怪我はしていないようだ。
「んなろー! アニキになにしやがる!」
「オシオキしないとね!」
言いながら、新月とヒカが銃口を熊鬼達に向ける。二人がトリガーを引こうとした瞬間、
「やめとけ、新月。ヒカ。『弾かれちまう』ぜ」
ファルがそう言った。いつもの軽い口調は身を潜め、シークとはまた違う『圧』を含んでいる。
何かを感じ、素直に銃を引く二人に変わりセレーネがファルに問う。
「どういうことですか、ファルさん」
「リフレクトがかかってんだよ。ただ、ありゃあ常にじゃねぇな。ピンポイントだろ」
カートリッジを装填しつつ、ファルが前に出る。ただし、先程のように突っ込むことはしない。
敵の群れを見据えつつ、スコットに通信を入れる。
「スコット、アイツら全員のアナライズは?」
『三分……、いや、二分あれば!』
「一分でやってくれ」
『はい!』
いつもと真逆の、冷静に、大局を見極めるそのファルの姿は、副長の肩書きに遜色無い。
「どうするんだ、相棒」
横に並び立つシークが、ファルに言う。少しの間を置いて、ファルが口を開いた。
「新月、『アレ』はすぐ使えるか?」
「『アレ』ね。いつでもいけるよ」
「オーケイ。やるか」
そこでファルにいつもの不敵な笑みが戻った。そのタイミングでスコットから通信が入る。
『ファルのアニキ、アナライズ終わりました! 熊鬼全頭に防御力上昇と攻撃力上昇のバフがかかってます。その発生源はあの宵鴉です!』
そこでファルの意思は定まったようだ。すかさず彼が指示を飛ばした。
「セレーネは全員のサポートに回ってくれ。ヒカは制圧射撃。相棒は俺と前衛だ。新月、俺が合図したらアレを宵鴉に撃ち込んでやれ」
『了解!』
「さぁ、やるぜ真戦組!」
そう叫び、ファルが走り出した。それにシークも並走する。
同時にヒカの制圧射撃が入り、セレーネのフォローが全員にかかる。
「アニキ、ちょっとお手伝いするよー!」
二人に少し遅れた位置で、新月がオルトロスとサブマシンガンの『バンシィ』を構え、援護射撃を加える。
嵐のように吹き荒れる弾幕が、宵鴉に襲いかかる。だが、熊鬼達がその弾幕の前にためらいなく立ちはだかり、身体で受け止めた。
それに続き、ファルとシークが殴り掛かる。だが、
「効いてねぇか……」
「だよなぁ。一旦下がるぜ相棒!」
反撃を警戒したファルが、シークに指示を出す。同時にバックステップをとる。
そのタイミングで宵鴉の魔術攻撃と熊鬼達の攻撃が入った。
「んー! 堅いー!」
ヒカが弾幕を張りながら叫んだ。そろそろリロードもしたいが、如何せん怯みもしてくれない。
「あの防御上昇をどうにかしないと!」
セレーネがリロードを済ませ、ジェミニの実弾を撃ち込むが止めきれていない。
「どうする、相棒」
シークに問われ、ファルは頭をフル回転させた。素直に宵鴉を狙ったのでは熊鬼達に阻まれる。しかし、熊鬼を倒すには時間がかかりすぎる。
なにか打つ手がなければ、宵鴉に攻撃は届かないだろう。そう、熊鬼達は、今の自分達にとっては『壁』なのだ。
(壁。そうか、壁か……!)
胸中で独りごち、ファルは口の端を上げた。それに気づいたシークが声をかけてくる。
「見つけたか? 相棒」
「ああ。相棒、ファフニールは行けるか?」
そう聞き返すファルの顔は、いつもの不敵な笑みだった。
それを見て、シークも薄く口の端を上げる。こうなれば、後は実行に移すだけだ。
「セレーネ! 今できる、ありったけのサポート魔術を全員にかけてくれ! ヒカはそのまま制圧射撃! 相棒と新月は俺に続け! タイミングは俺が合わせる!」
『了解!』
「さぁて、ケリを付けるぜ! It’s show time!!」
ファルがそう叫び、動き出す。それにシークと新月が追従し、セレーネが知りませんからね! と叫びながらありったけの能力上昇魔術を全員にかけた。ヒカもキッチリと制圧射撃を仕掛けるが、やはり熊鬼が立ちはだかった。
(そうだ、それでいい)
まさにファルの思惑通りの展開。いくら防御力上昇の魔術がかけられていても、宵鴉は致命的なミスを犯している。
--そう、熊鬼達の体力を回復させる術を施していないのだ。宵鴉ごときに、そんな高度な魔術を行使されてはたまったものでは無い。
だが、それであるなら、打つ手は一つだ。相手が自分達を阻む壁であるのなら
「ぶっ壊すだけだ! 行くぜ相棒! ファフニール・カートリッジ装填!」
「ふっ。やっぱ俺達には、この手段が最上だな。マナバレット装填!」
二人の武器が紅く染まり、マナが収束していく。この邪竜の咆哮に呑まれるのは、今眼前に立ちはだかる熊鬼達だ。
『ファフニール……! ロアァァァ!!』
激しい咆哮と爆音が洞穴を揺さぶる。その中で、ファルの叫び声が響いた。
「新月! ぶち込め!」
「あいよ! マナバレット装填!」
そう応じた新月の右手には、大型のハンドガンが握られていた。
銘を『フェニックス』。単発装填式のいわゆる『ハンドキャノン』と呼ばれる大口径拳銃で、仕様弾丸は、圧縮されたマナを詰め込んだ、対物狙撃銃用の物だ。
バレット・オーケストラ、最後の一丁にして、新月のジョーカー。その銃口が狙うその先にいるのは、宵鴉である。
「撃ち抜け! フェニックス!!!!」
--ガァン!
強烈なマズルジャンプと共に放たれた弾丸は、壁を失った宵鴉へと真っ直ぐ飛んでいく。
本能的に命の危険を感じた宵鴉が、幾重にも魔術障壁を展開する。
だが、剛堅な弾頭はその魔術障壁の尽くを貫通し、宵鴉の肉体に到達した。
その刹那、圧縮されたマナが体内で炸裂する。
--ギャアアア……!
宵鴉の断末魔が洞穴に反響し、その肉体は跡形も無く消え去った。
『……。敵の反応、ゼロです! 勝ったんですね、みなさん!』
多少の間を置いて、スコットから通信が入った。そこでファルたちの緊張が解かれる。
「はぁー……、危なかったねー」
「久々に、強敵でしたね」
ヒカがペタンと座り込み、大きく息をついた。普段の戦闘では滅多に呼吸を乱さないセレーネも、今は少し肩で息をしているようだ。
「あいたたた、まぁた地面に顔ぶつけちゃったよー。眼鏡が無事なのが救いかなー」
おでこの辺りを擦りながら、新月がぼやく。どうやら今回も着地に失敗したらしい。
「まったく、手間掛けさせやがって……」
クイッとテンガロンハットを被り直し、シークが言った。念の為なのか、マグナ・ガンナックルのリロードを行っている。
「あー……、マァジで疲れた。俺ちゃん久々にヘロヘロだぜ」
その場に倒れ込み、ファルが声を上げた。そのまま辺りを見回すが、洞穴自体に目立ったダメージは無く、崩れるような気配も無い。
自分とシークの、攻撃力上昇のサポート魔術がかかったファフニール・ロアーと、同様のサポートを受けた新月のフェニックス。さらには、ヒカのヒュドラによる弾幕に、セレーネの狙撃。
自然生成された洞穴なら間違いなく崩壊するレベルだ。
(どうやらこの場所、『このため』にわざわざ造られたみてぇだな)
天井を見ながら、胸中で独りごちるファル。と、視線の先になにか機械のようなものが入った。
「……なんだ? ありゃあ」
「どうかしたか、相棒」
思わず漏れた呟きに、シークが反応した。起き上がり、その場で胡座をかいた状態になったファルが、アレ見てみろよ。と、先程見つけた物体を指差す。
ファルの指の先に視線を移すと、確かになにかある。真下に来てよく見てみるが、いまいちよく分からない。
「なんだぁ、ありゃあ……」
「……ひっぺがしてみっか」
「だなぁ。相棒、来い。」
シークが手を組んだ。それを見たファルは、よっこいせなどと言いながら立ち上がり、そのまま勢いでシークの組んだ手を足場に高く跳躍した。
「あらよっと!」
ガシッと機械を掴み、そのまま自重で落下。ファルの腕の中には、しっかりとブツが抱えられている。
彼はそのまま、ざっくりと全体を見回した。
「ははぁん、こいつァ多分……。おーい妹殿!」
言いながら、新月の方に視線を送ると、彼女は宵鴉が出てきた穴に上半身を突っ込んで、何やらガサゴソとやっている。
「……なぁにやってんだ妹殿」
新月に近づき、訝しげな表情を浮かべながらそう問いかけるファル。それに新月は、上半身を突っ込んだままに答えた。
「なぁに言ってんのさアニキー! 相手はカラスだったんだぜー? カラスと言えばー『ヒカリモノ』を集めるのが趣味じゃあん? この中に無いかなーと思って……、あ!」
言いかけて、新月の歓喜の声が穴の中から聞こえる。そのままじたばたしながら出てきた彼女の手には、立派な宝石が握りしめられていた。
「ビンゴー!!!! 儲け儲け〜」
嬉々とした表情で宝石を掲げる新月。依頼終了後の臨時収入だ。その気持ちは分からないでもない。
しかし、今はそれどころ--後でちゃっかり貰うとしてもだ--では無い。
また穴に入ろうとする新月を引っ張りあげ、その目の前に『例のブツ』を出す。
「妹殿、コレ、瘴気精製装置だよな?」
ファルの問いに、新月もざっくりと機械全体を見回す。
「そうだね。こーゆーの造るって言ったら軍事のとこかー、魔科学のとこなんだけどー、なぁんか造り方が違うねーコレ」
どうやら新月も気付いたらしい。ファルも引っかかっていたのだが、製造の仕方が違う。そして、
「ねぇ、アニキ。この国章『ヘルディア』?」
「ああ、多分な……」
頭を掻きながら肩を落とすファル。どうやらこの件、面倒な国が関わっているようだ。やれやれと思いながら、彼は口を開いた。
「とりあえず、コイツと財宝を回収して、依頼主に報告だな」
レイに転送回収を要請し、瘴気精製装置と財宝をしっかり飛空艇に転送されるのを見送ると、
「さて、報告に戻るか」
シークの一声で、真戦組は帰路に着くのであった。