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テルメデにて


 --スコットさん! スコットさん! 時間ですよ!おはようございます!


 聞きなれた少女の声で目を覚ましたのは、スコット・フリーカー。彼は一週間前、ヒカに電撃くすぐり棒でオシオキされていた男である。


「ああ、おはようレイちゃん」


 ゆっくりと身体を起こし、伸びをする。時間にして午前六時前。元々早起きは苦手では無いので、これくらいは気にならない。

 ベッドから降り、着替える。服は現在寄港中の鎖国国家『テルメデ』で仕入れたもので、所々に和のデザインが見られ、個人的には気に入っている。


「さぁて、今日もやりますか!」


 スコットは自慢のホウキ頭を整え、自室を出た。


「おはようございます! スコットさん!」


 そのタイミングで、スコットは少女に声をかけられた。彼女の名はR.A.Y.(レイ)。ピンク色のポニーテールと、ビビットな服装が印象的な少女だが、彼女は人間では無い。

 レイは、この飛空艇、レイディアント・ロマンスの擬似インターフェース。つまり、ホログラムで人型に映し出された存在なのだ。


「おはよう。今日は何したらいいんだ?」

「えーっとですねー……、とりあえず備品の確認と、掃除ー、ですね」


 ころころと表情を変えるレイは、ホログラムとは思えないほど人間味がある。

 雑用をする以上、スコットは共に仕事をすることが多いため、今ではいい仕事仲間である。


 彼女の言葉に、了解! と答え、スコットは備品庫に向かった。道すがら水周りもあるので、顔はその時洗えばいいだろう。

 通路を進んでいき、厨房--そう、キッチンでは無い--に差し掛かると、何やらいい匂いがしてきた。覗けば、ファルが朝食を作っているところだ。


「おはようございます、ファルの兄貴!」

「ん? ようスコットー。ご苦労さん!」


 屈託のない笑顔で答えるファル。まだ朝も早いのに活力が満ち溢れている。


「兄貴、今日の朝メシは?」


 本拠地パシ・ヘスタで居酒屋を営むファルの料理は、真戦組のメンバーのみならず、スコットの胃袋もがっちり掴んでいる。


「ああ、いい野菜が手に入ったからな。それをぶっ込んだ味噌汁とー、焼きホッケにー、あとは卵焼きかね」

「ああ、いいっすね! 楽しみにしてひと仕事してきます!」

「おう! 七時半くらいにゃできるから、その時にな!」

「わかりました!」


 スコットはそう言って、倉庫に向かった。


 さて、なぜスコットが、真戦組の雑用をしているかだが、それは電撃くすぐり棒の拷問が終わった時まで遡る。

 彼が、あの時点で知っていた情報を全て喋った後、真戦組で処遇が話し合われた。それも、スコットの目の前で。


「さてー。もうお前は用無しだー! このまま荒野にポイしてやるー」


 悪い笑みを浮かべながらそう言ったのはヒカである。まるで、三流の悪役のようだ。

 だが、処遇としては当たり前の処遇ではある。情報を聞き出した以上、元々敵だった輩を船に乗せ続けている意味は無い。

 だが、ヒカのセリフに、いやいやいや。と新月が言葉を被せてきた。


「ヒカちゃん、用あるでしょ! あるでしょ!」

「ごめんごめん、一回言って見たかったのー」


 なんというか、独特のテンポのやり取りに、スコットは半目になってしまった。


「あなたには、この船の雑用をやって貰います。拒否権はありません」


 いいタイミングでセレーネが割り込み、話を先に進めた。まさに阿吽の呼吸である。


「……いいのか? 寝込みを狙うかもしれねぇぜ?」


 ドスを効かせた声音で、啖呵を切るスコット。まぁ、未だにミノムシなので、凄みは全く感じられないが。


「やれるもんならやってみな。レイのセキリュティと、彼我の戦力差を埋められるならな」


 いつからかそこにいたシークが、いつもの調子で切り返す。スコットは、出しかけていた言葉を飲み込むしか無かった。


「沈黙は了承と見なすぜ。なぁに、俺たちは、無闇に人を殺すつもりはさらさら無いさ」


 テンガロンハットをクイッと被り直し、シークは微笑をうかべてそう言った。


 --と、


「おーい、メシできたぞー!」


 厨房からファルの声が響き、新月が風の速さで独房を出ていく。待ってー! と言いながらヒカが追いかけ、大きなため息をしたセレーネが後に続いた。


「よし、お前も行くぜ。相棒のメシは、そこら辺の店より美味いぞ」


 言いながら、シークはスコットの縄を解いてやった。


「ど、どういうつもりだ」

「雑用やるんだろ? なら仲間に変わりはねぇ。新しい仲間は、歓迎しないとな」


 それだけ言って、独房から出ていくシーク。普通ならここで、逃げ出すことを考えただろうが、スコットは黙ってシークの後について行った。

 厨房に着くと、盛大に歓迎された。ファルの作った料理が美味かったのもあるが、歓迎されたことが、何故か嬉しかった。


 --自分は、ここにいていいんだ。


 スコットはその瞬間、真戦組について行く事を決めた。


 --それから一週間。


 タブレット片手に、スコットは倉庫へ向かっていた。所々にある埃を見て、掃除しないとなと思っていると、廊下に立つヒカをみつけた。


「あ、おはようございますヒカ姐さん! こんなとこでなにしてるんです?」

「……」


 返事がない。再度声をかけるが、やはり返事がない。スコットは(いぶか)しげに眉根を上げると、ヒカに近づいて見た。


「……立ったまま寝てる」


 そう、ヒカは何故か廊下で、しかも立ったまま眠っているのだ。返事がないところを見ると、いわゆる熟睡中らしい。--いくらなんでも器用すぎだ。

 しかし、これはそう珍しい事では無い。スコットでさえ、1週間の内に数回見ている。真戦組にとっては日常茶飯事のことなのだろう。


「ヒカ姐さん、ヒカ姐さん、起きてください! そろそろファルの兄貴の朝メシ、できますよ?」

「ファル兄のご飯! あ、おはようスコット君!」


 熟睡中の女性をも目覚めさせる、ファルの料理。さすがと言うべきなのだろう、多分。

 大きなアクビをひとつして、ヒカは洗面所に向かった。それに、ちゃんと着替えてくださいよ! と一声かけて、スコットは更に奥へ向かう。

 間もなくして、彼は倉庫に到着した。最近は自分が掃除しているため、比較的綺麗になってはいるが、初めてここの掃除に着手した時は、マスクなしでは何も出来なかった。


 レイにマスクないかと言ったらガスマスクを持って来たのは、最早いい思い出である。


 --と。


 ガサゴソ、ガサゴソ……。


 倉庫の中から、何かを漁るような音が聞こえて来た。まだ朝も早いと言うのに。

 泥棒、と言うのは考えにくい。レイのセキリュティは二十四時間稼働しているし、万が一侵入を許しても即座にレイか、最悪シークが動く。

 と、言うことは、にっくきげっ歯類か、はたまたGか。択は絞られてくる。

 生憎、レイはちょうどみんなを起こしに行っている時間のため、彼女に中を見てもらうわけもいかない。


「……しゃあね、行くか」


 スコットは意を決した。近くの掃除用具入れから長ほうきを取り出し、倉庫の扉を開ける。Gでは無いことを祈りつつ、薄暗い倉庫の中を、一歩、また一歩と進んで行--


 ドンガラガッシャアン!!


「あいったー! マジで痛いわー、こりゃ……」


 備品が崩れる音と、聞きなれた声。スコットの口から安堵と呆れが混じったようなため息が漏れる。


「……何やってんすか、新月の姉御」

「ん? おお、スコッティ! おはようおはよう! いやぁ、徹夜で武器いじるもんじゃないねー。薬莢踏んで転んじゃったよ!」


 悪びれのない、爽やかな笑い声をあげる新月。いや確かに、Gでもげっ歯類でもなく、姉貴分が居たのはある意味ホッとしたが……、


「……こりゃ、かかるなー」


 パチリ、と明かりをつけ、スコットはぼやいた。

 おそらく新月は、自身の武器を整備していたのだろうが、倉庫中が散らかっている。どうやら何回か転んでいるらしい。


「あー、ごめんよースコッティ。ここの掃除はあたしも手伝うから、勘弁して」


 合掌し、頭を深々と下げる新月。スコットは慌ててフォローした。


「あ! 部屋に居ないと思ったら、またここにいたんですね、隊長」

「あ、セレちゃんおはよう!」

「おはようございます、セレーネのアネキ」


 呆れた表情をあからさまに浮かべ、セレーネが倉庫にやって来た。レイも一緒である。


「いやぁ、ガンスミスに夢中になっちゃってさー、つーいね」

「知ってます。そんなことだろうと思ってましたよ。

 ファルさんから伝言です。朝メシ出来たぞー。だそうですよ」

「朝メシ! いやっほぉい!」


 セレーネの台詞を聞くや否や、新月は倉庫を飛び出して行った。すかさずセレーネが追いかける。

 倉庫は、散らかったまま。スコットはどうしたもんかと頭をかいた。


「とりあえず、朝ご飯が終わってからにしましょう、スコットさん」

「そうだなー。一回厨房に戻るか、レイちゃん」


 そう言って、二人--正確には違うが--は、朝食が出来上がっているであろう厨房に向かった。


 ◆◆◆◆◆


 そろそろ昼手前といったところか。真戦組は平和な時間を過ごしていた。

 今日も何事もなく昼食を迎えられると思っていたのだが……


「たのもー! たのもー!」


 急に響いたその声に、たまたま外にいたシークが反応した。


「なんだ? せっかくうたた寝してたのによ……」

「おお! シーク殿! 久方ぶりでござるな!」


 そう言われて、シークは気付いた。この侍、毎度毎度『依頼』を持ってくる男だ。確か自治区代表の『オミカムイ』の使いだったはず。名前は知らないが。


「ああ、アンタか。仕事か?」


 顔を覆っていたテンガロンハットを被り直し、アクビ混じりにそう言った。


「話が早くてありがたいでござる。まさにその通りであって……」


 そう言って、使いが依頼の説明を始めた。


 なんでも、テルメデの北にある森に最近、力の強い熊鬼(ゆうき)が現れ、近隣の村を襲っているとの事。今回の依頼は、その熊鬼(ゆうき)の討伐と言う事だ。


「ただ、何やら珍妙な事が起こっているのでござる」

「珍妙? どういう事だ?」

「うーん。聞いたところによると、熊鬼(ゆうき)が群れを作っているとかなんとか」


 熊鬼(ゆうき)とは、読んで字のごとく、熊の魔物だ。

 習性は動物の熊と同じく、群れを作ることは無い。その熊鬼(ゆうき)が『群れを成している』。明らかにおかしい。


「……いいぜ。その依頼、受けよう」

「ありがたいでござる! 報酬は後日しっかりと!」


 そう言って、使いは嬉々としながら踵を返し、来た道を戻って行った。

 シークは立ち上がり、背中越しに叫ぶ。


「真戦組! 仕事の時間だぜ!」


 その声に、レイディアント・ロマンスがにわかに動き出した。


 やはりこうでなくては。


 シークは薄く笑うと、コートを翻し、船内に向かって行った。


 ◆◆◆◆◆


 昼食を済ませ、今、真戦組はマナバイクを走らせていた。

 場所はテルメデ北の郊外。向かうのは『穢土森(えどもり)』と呼ばれ、忌み嫌われる場所だ。今回のいわゆる現場である。


熊鬼(ゆうき)が徒党を組むねぇ……」

「アニキ的に言うならー、キナ臭い?」

「たぁしかにねぇー。フツーじゃないわよねー」

「油断はできませんね。しっかり行きましょう」

「……ついたぜ」


 シークの一声で、真戦組はマナバイクを停止させた。マナバイクから降り、周囲を見回す。

 つい数分前までは鮮やかな緑と、美しい花々が輝いていたのだが、今いる所はどうだ。深い森独特のカビた匂い。そして、瘴気の発する毒気。


「明らか、だよなぁ。えぇ、おい」


 苦笑混じりにファルがぼやいた。すると、


 --ジー、ジジー。


『……な! シークの旦那! 聞こえますか!』


 全員の手首につけられた、腕時計型の通信機--これがまた、高性能で装着している者のコンディションなども可視化できる--から、スコットの声が聞こえてきた。


「ああ、聞こえてるぜ。ナビは任せるぞ、スコット」

『でも、いいんすか? 俺なんかにナビ任せて。嘘つくかもしれませんよ?』


 (いぶか)しげに答えるスコット。それもそうだ。普通なら、仲間になって一週間しか経っていない人間に、任務遂行で重要なナビ役なぞ任せるはずがない。しかも、スコットの場合は捕虜だ。

 だが、スコットに返って来たのは新月とファルの笑い声だった。


「いやいやいやスコッティー。実は根が真面目な君が、レイちゃんの前で嘘つくなんてできないっしょ!」


 スコットはハッとした。どうやらこの人達は、たった一週間でこちらの人間性を全て見抜いているらしい。


「とりあえず、ナビとアナライズ、頼んだぜスコット!」

『……はい! 任されました、ファルの兄貴!』


 迷いのない、スコットの返事を聞き届け、真戦組は前方に向き直った。おそらくこの先は魔物達の巣窟。現に今でも、ギャーギャーだのワオオオンだの様々な鳴き声が聞こえてきている。


「さぁて……稼ぐか」


 シークが静かに言い、五人は瘴気立ち込める森に進んだ。

 人体に影響を及ぼすほどではないにしろ、やはり空気は重い。湿気を含んでいるのもあるのだろうが。

 そして、陽の光が届かないのと、多くの木が立ち並んでいることもあり、視界が悪い。奇襲にはうってつけだ。


 --と。


「……ん? はいはい! みんなー、お姉さんからお知らせー」


 いつもの調子で言うヒカだが、彼女の自身の雰囲気は違った。そう、それはまるで、戦闘開始直前のようだ。

 ヒカは自身の得物である、四連装重機関銃『ヒュドラ』を構えながら続ける。


「……お客さん、よ」


 刹那、ヒュドラが火を吹く。森の静けさを引き裂く爆音の先で、狼の悲鳴が響く。

 同時に、残りの四人は即座に戦闘態勢に入った。


「ヒカさん! 残りは!?」

「パッと感じただけで十五!」


 それを聞いたセレーネが、背負っていたスナイパーライフルを構えた。


 その銘を『ジェミニ』。縦に据え付けらた二本のバレルから、ストッピングパワーと貫通力に優れるライフル弾と、マナで形成されたビーム弾を放つことが出来る。

 銃本体のカスタマイズにも優れ、今回は森林戦と言うこともあり、銃身を通常よりやや短いミドルバレル、スコープを熱探知が可能なサーマルスコープに換装してある。


 舞い上がった砂埃の中を、セレーネはサーマルスコープで覗く。

 その瞬間、敵がハイライトされた。


(……一見すると、野犬のように見えるけど、そんなワケないわよね)


 胸中で呟き、セレーネはトリガーを引いた。大きな発砲音が響き、標的の頭を撃ち抜く。


「スコットさん! アナライズは!?」


 スコープから視線は外さず、次々と標的を狙い撃ちながら、彼女は通信機に叫んだ。

 程なくして、スコットからの返信が飛んでくる。


邪犬(じゃけん)ですね。野犬に毛が生えた位の魔物ですけど……、数が多い。レーダーに映ってるのだけで二十は!』


 邪犬(じゃけん)は群れを成す魔物ではあるが、数が多い。普段なら十匹いたら大きい群れと言われるのだが、その倍だ。


「数が多いってんならあたし様の時間だね! セレちゃんよろしく!」


 ニヤリと、至極楽しそうな表情を浮かべ、新月が躍り出た。


「わかっていますよ。フォローシリンダーセット。行きます、隊長! ウィングド・ブーツ!」


 新月の台詞を受け、セレーネがジェミニの下部に着いているシリンダーを回転させた。

 このシリンダーは、任意の場所に合わせることで様々な効力を持ったマナビームを撃てるようになる。これを使うことによって、セレーネはサポートも行うことができるのだ。


「おっけーい! さぁ殺っちゃうよ!」


 セレーネのサポート魔術によって、身体が軽くなった新月が走る速度をあげた。程なくして、最前線を走るファルに追いつく。


「景気いいなぁ妹殿! よっしゃ、来い!」


 そんな新月にファルはそう声をかけ、走っていた勢いを殺さずに地面を滑る。その両手は組まれていた。要は、これで新月を飛ばすつもりなのだろう。


「アニキぃ! サァイコーかよー! では、遠慮なく!」


 新月も、ダッシュの勢いを殺さずジャンプし、ファルの両手を足場にした。その瞬間、ファルが思い切り腕を振り上げる。


「そぅら! 派手に殺っちまえ!」

「オーケイ! 行くよオルトロス! ワンマガ全部撃ち切ってやるぜ!」


 鋭い角度で跳ね上がり、新月はダブルバレルのショットガンを取り出した。


 彼女の兵装『バレット・オーケストラ』を構成する一丁、ダブルバレル・フルオート・ショットガンの『オルトロス』だ。


 ヒカの射撃で舞い上がった土埃も収まり、群れる邪犬(じゃけん)達の姿が見える。新月は、なんの躊躇も無くトリガーを引いた。


 --ガォンガォンガォンガォンガォン……!


 ショットガン特有の弾けるような発砲音は、まさに双頭の魔狼の咆哮そのものだ。地面に向かって、雨のように降り注ぐベアリング弾からは、流石の魔物でも逃げきれない。

 邪犬(じゃけん)達の断末魔が響く。その直後にファルが群れに殴り込み、撃ち漏らしを始末して行く。


「おー! さっすがアニキー! 良き蹂躙(じゅうりん)であるー!」


 はっはっはー! と笑う新月だが、あと僅かで地面と言うところで魔術の効力が切れ、べシャっ! と音を立てて墜落した。


「あたー……、せっかくかっこよかったのに締まらないなー」


 後頭部を軽く打ったのか、新月は頭をさすりながら起き上がる。その瞬間、彼女の目の前に邪犬(じゃけん)が現れた。おそらく『増援』だろう。


「ちょーっとこのタイミングってのはよくないと思うんだよねータンマはアリですかー!?」


 慌てふためく新月。あわや噛みつかれるかと思ったタイミングで、彼女の視界は見慣れた黒いロングコートで満たされた。


 刹那。


 --ドゴォン!


「ったく、お前も相棒も、はしゃぎすぎなんだよ」


 爆音と共に、はるか彼方に吹っ飛んでいく邪犬(じゃけん)。声の主であるシークは、やれやれと言った感じで苦笑いしていた。


「ああああっ! マジサイコーすぎるシークさーん! 超助かったー!」

「気にすんな。とりあえず離れろ」


 ガッシィ! とコートの裾を掴んで感涙する新月を剥がし、シークはテンガロンハットを被り直した。

 そのタイミングで、後続の三人が合流した。更に追いかけるようにスコットからの通信が入った。


『皆さん、お疲れ様です! ただ、騒ぎを聞きつけたのか、森の奥からまた邪犬(じゃけん)の群れが!』


 その言葉に、ヒカも頷いた。同時に、犬の鳴き声や獣独特の息遣いが奥から聞こえてくる。


「フゥー。俺ちゃん達、歓迎されちゃってる感じか?」


 左腕をぐるりと回し、ファルがニヤリと笑う。森に入ってそこそこ時間は経っているのだが、彼の戦意はまだ燃え盛っているようだ。


「いや、まったくその逆だと思いますよ、ファルさん」

「やれやれ……、相変わらずおカタいねぇセレちゃんは」


 セレーネに、正論と言う名のツッコミを入れられ、ファルは両掌を上に向け、わざとらしくため息を着いた。


「兎も角、だ。奥に行かなきゃならん以上、正面突破で進んでくぞ」


 マグナ・ガンナックルのリロードを済ませ、シークが奥を見据える。そのまま拳を握り込み、撃鉄を上げた。


「となりゃあ、俺ちゃんの出番だな! 先陣は任せてもらうぜ!」


 言うや否やファルはカートリッジを装填しながら、ダッシュして行った。


「あー! アニキずるーい! あたしも行くー!」

「あーん、新月ちゃん待ってー。あたしもー!」


 そのファルを追って、新月が。そして新月を追ってヒカが森の奥に消えていく。


「隊長! ヒカさん! はしゃがないでくださ……、行っちゃった」


 セレーネが注意しようとしたその時には、既に三人の姿は森の彼方だ。


「アイツらにはしゃぐなと言う方が難しいぜ。行こうぜ、セレーネ」

「……そうですね。行きましょうか」


 二人で小さくため息を付き、森の奥へ歩いて行った。


 ◆◆◆◆◆


「ここが、この森の最深部ってワケだ」


 邪犬(じゃけん)数匹を同時に吹き飛ばし、ファルはそう言った。まさに一番乗りである。

 彼の目の前には、ちょっとした洞穴が口を開いていた。おそらく、ここがその熊鬼(ゆうき)達の巣穴だろう。

 敵の根城への単独特攻は無謀極まりないので、ファルはとりあえず、皆が来るまで洞穴の観察をしてみることにした。


「あー……、こりゃ中の瘴気溜まり、結構濃いな」


 鼻にくる刺激臭と、洞穴の入口から溢れ出る瘴気の霧。おそらくここが、この森に立ち込める瘴気の発生源なのだろう。

 そこで、シーク達が合流した。


「アニキアニキー、どんな感じ?」

「すんげー分かりやすく言うと、やべぇ。だな」

「アニキがやべぇってんだから、相当ヤバいねー」


 普通の人が聞いたら疑問符が浮かぶような会話だが、新月はそれで納得したらしい。

 すかさずセレーネから、きちんと説明してください。との司令が出たので、ファルは軽く説明した。


「おそらくこの洞穴が、この森に充満する瘴気の発生源だ。それは多分、昔からそうなんだろうが……」


 そこまで言って、ファルは腕組みしながらため息をついた。そして、続ける。


「明らかに、出てくる瘴気の量がおかしいんだよなぁ」


 彼の一言に促されるように、シークとヒカが洞穴を見る。確かにファルの言うように、凄まじい勢いで瘴気が出てきている。まるで吐き出すかのように。


「人為的な要因が関わってるな、この出方は」

「だろ? ますますキナくせぇ」

「だが、俺たちがする事は変わらん。そうだろ、相棒」

「だな! さぁ行こうぜ、相棒!」


 ギュッとバンダナを締め直し、気合いを再注入して、ファルは踏み出した。それにシークが続き、少し遅れて壱番隊も歩き出す。

 そして少しづつ展開し、自然な流れで陣形が組まれる。準備万端。いつでもそれぞれの最高のポテンシャルで動ける陣形だ。


「スコット、洞穴の深さはどーよ?」

『そんなに深い物じゃないですね。入口から入って少し進めば、広間みたいになってます』


 つまり、その空間が戦闘の舞台になるということだ。

 奥へ進むと、スコットの言うように広間に出た。一目見て感じたのは、この場所が明らかに人工的に作られた物だと言うこと。それも、比較的近い年代で。

 同時に、これだけの人数がいても、十分動き回れる広さだと言うことも分かる。まるで『そのために作られた』かのように。

 最後衛のセレーネが広間に足を踏み入れると、まるで待っていたかのように鳴き声が響いた。


 --ギャア! ギャア!


 それは熊鬼(ゆうき)の咆哮ではなく、(からす)の鳴き声だった。壁に開けられている穴から出てきたのだろう。


(からす)?」


 ファルが(いぶか)しげに呟くと、スコットから通信が入った。


宵鴉(よいがらす)……ですね』

「ああ、明らかにデカいがな」


 目の前に舞い降りた宵鴉(よいがらす)を睨みつけながら、シークがそう応えた。

 宵鴉(よいがらす)がけたたましい鳴き声をあげると、やはり壁に開けられた横穴から、今度は『咆哮』か聞こえてきた。そして、その主が姿を現す。


熊鬼(ゆうき)四頭。コイツらが依頼の目標だね」


 いいながら、新月がガトリングガン--バレット・オーケストラの一丁、スレイプニルである--を構える。

 それを合図に、各々が構えた。


宵鴉(よいがらす)が邪魔くせーが、まとめてぶっ飛ばしてやんぜ! 先手必勝!」


 ファルが先陣を切った。いつもと変わらぬ突進力で手近の熊鬼(ゆうき)にソードバンカーの刃を突き立てる。が、


 --カッ!


「なに!? うわぁぁぁっ!!!」


 まるでその刃を阻むかのように閃光が走り、そのままファルが弾き飛ばされた。

 滅多に無い光景に、思わず全員が駆け寄る。ファル自身は多少地面に背中を打ち付けたものの、すぐ受身を取っていたようで、大きな怪我はしていないようだ。


「んなろー! アニキになにしやがる!」

「オシオキしないとね!」


 言いながら、新月とヒカが銃口を熊鬼(ゆうき)達に向ける。二人がトリガーを引こうとした瞬間、


「やめとけ、新月。ヒカ。『弾かれちまう』ぜ」


 ファルがそう言った。いつもの軽い口調は身を潜め、シークとはまた違う『圧』を含んでいる。

 何かを感じ、素直に銃を引く二人に変わりセレーネがファルに問う。


「どういうことですか、ファルさん」

「リフレクトがかかってんだよ。ただ、ありゃあ常にじゃねぇな。ピンポイントだろ」


 カートリッジを装填しつつ、ファルが前に出る。ただし、先程のように突っ込むことはしない。

 敵の群れを見据えつつ、スコットに通信を入れる。


「スコット、アイツら全員のアナライズは?」

『三分……、いや、二分あれば!』

「一分でやってくれ」

『はい!』


 いつもと真逆の、冷静に、大局を見極めるそのファルの姿は、副長の肩書きに遜色無い。


「どうするんだ、相棒」


 横に並び立つシークが、ファルに言う。少しの間を置いて、ファルが口を開いた。


「新月、『アレ』はすぐ使えるか?」

「『アレ』ね。いつでもいけるよ」

「オーケイ。やるか」


 そこでファルにいつもの不敵な笑みが戻った。そのタイミングでスコットから通信が入る。


『ファルのアニキ、アナライズ終わりました! 熊鬼(ゆうき)全頭に防御力上昇と攻撃力上昇のバフがかかってます。その発生源はあの宵鴉(よいがらす)です!』


 そこでファルの意思は定まったようだ。すかさず彼が指示を飛ばした。


「セレーネは全員のサポートに回ってくれ。ヒカは制圧射撃。相棒は俺と前衛だ。新月、俺が合図したらアレを宵鴉(よいがらす)に撃ち込んでやれ」

『了解!』

「さぁ、やるぜ真戦組!」


 そう叫び、ファルが走り出した。それにシークも並走する。

 同時にヒカの制圧射撃が入り、セレーネのフォローが全員にかかる。


「アニキ、ちょっとお手伝いするよー!」


 二人に少し遅れた位置で、新月がオルトロスとサブマシンガンの『バンシィ』を構え、援護射撃を加える。

 嵐のように吹き荒れる弾幕が、宵鴉(よいがらす)に襲いかかる。だが、熊鬼(ゆうき)達がその弾幕の前にためらいなく立ちはだかり、身体で受け止めた。

 それに続き、ファルとシークが殴り掛かる。だが、


「効いてねぇか……」

「だよなぁ。一旦下がるぜ相棒!」


 反撃を警戒したファルが、シークに指示を出す。同時にバックステップをとる。

 そのタイミングで宵鴉(よいがらす)の魔術攻撃と熊鬼(ゆうき)達の攻撃が入った。


「んー! 堅いー!」


 ヒカが弾幕を張りながら叫んだ。そろそろリロードもしたいが、如何せん怯みもしてくれない。


「あの防御上昇をどうにかしないと!」


 セレーネがリロードを済ませ、ジェミニの実弾を撃ち込むが止めきれていない。


「どうする、相棒」


 シークに問われ、ファルは頭をフル回転させた。素直に宵鴉(よいがらす)を狙ったのでは熊鬼(ゆうき)達に阻まれる。しかし、熊鬼(ゆうき)を倒すには時間がかかりすぎる。

 なにか打つ手がなければ、宵鴉(よいがらす)に攻撃は届かないだろう。そう、熊鬼(ゆうき)達は、今の自分達にとっては『壁』なのだ。


(壁。そうか、壁か……!)


 胸中で独りごち、ファルは口の端を上げた。それに気づいたシークが声をかけてくる。


「見つけたか? 相棒」

「ああ。相棒、ファフニールは行けるか?」


 そう聞き返すファルの顔は、いつもの不敵な笑みだった。

 それを見て、シークも薄く口の端を上げる。こうなれば、後は実行に移すだけだ。


「セレーネ! 今できる、ありったけのサポート魔術を全員にかけてくれ! ヒカはそのまま制圧射撃! 相棒と新月は俺に続け! タイミングは俺が合わせる!」

『了解!』

「さぁて、ケリを付けるぜ! It’s show time!!」


 ファルがそう叫び、動き出す。それにシークと新月が追従し、セレーネが知りませんからね! と叫びながらありったけの能力上昇魔術を全員にかけた。ヒカもキッチリと制圧射撃を仕掛けるが、やはり熊鬼(ゆうき)が立ちはだかった。


(そうだ、それでいい)


 まさにファルの思惑通りの展開。いくら防御力上昇の魔術がかけられていても、宵鴉(よいがらす)は致命的なミスを犯している。


 --そう、熊鬼(ゆうき)達の体力を回復させる(すべ)を施していないのだ。宵鴉(よいがらす)ごときに、そんな高度な魔術を行使されてはたまったものでは無い。

 だが、それであるなら、打つ手は一つだ。相手が自分達を阻む壁であるのなら


「ぶっ壊すだけだ! 行くぜ相棒! ファフニール・カートリッジ装填!」

「ふっ。やっぱ俺達には、この手段が最上だな。マナバレット装填!」


 二人の武器が紅く染まり、マナが収束していく。この邪竜の咆哮に呑まれるのは、今眼前に立ちはだかる熊鬼(ゆうき)達だ。


『ファフニール……! ロアァァァ!!』


 激しい咆哮と爆音が洞穴を揺さぶる。その中で、ファルの叫び声が響いた。


「新月! ぶち込め!」

「あいよ! マナバレット装填!」


 そう応じた新月の右手には、大型のハンドガンが握られていた。


 銘を『フェニックス』。単発装填式のいわゆる『ハンドキャノン』と呼ばれる大口径拳銃で、仕様弾丸は、圧縮されたマナを詰め込んだ、対物狙撃銃用の物だ。

 バレット・オーケストラ、最後の一丁にして、新月のジョーカー。その銃口が狙うその先にいるのは、宵鴉(よいがらす)である。


「撃ち抜け! フェニックス!!!!」


 --ガァン!


 強烈なマズルジャンプと共に放たれた弾丸は、壁を失った宵鴉(よいがらす)へと真っ直ぐ飛んでいく。

 本能的に命の危険を感じた宵鴉(よいがらす)が、幾重にも魔術障壁(まじゅつしょうへき)を展開する。

 だが、剛堅な弾頭はその魔術障壁(まじゅつしょうへき)(ことごと)くを貫通し、宵鴉(よいがらす)の肉体に到達した。


 その刹那、圧縮されたマナが体内で炸裂する。


 --ギャアアア……!


 宵鴉(よいがらす)の断末魔が洞穴に反響し、その肉体は跡形も無く消え去った。


『……。敵の反応、ゼロです! 勝ったんですね、みなさん!』


 多少の間を置いて、スコットから通信が入った。そこでファルたちの緊張が解かれる。


「はぁー……、危なかったねー」

「久々に、強敵でしたね」


 ヒカがペタンと座り込み、大きく息をついた。普段の戦闘では滅多に呼吸を乱さないセレーネも、今は少し肩で息をしているようだ。


「あいたたた、まぁた地面に顔ぶつけちゃったよー。眼鏡が無事なのが救いかなー」


 おでこの辺りを擦りながら、新月がぼやく。どうやら今回も着地に失敗したらしい。


「まったく、手間掛けさせやがって……」


 クイッとテンガロンハットを被り直し、シークが言った。念の為なのか、マグナ・ガンナックルのリロードを行っている。


「あー……、マァジで疲れた。俺ちゃん久々にヘロヘロだぜ」


 その場に倒れ込み、ファルが声を上げた。そのまま辺りを見回すが、洞穴自体に目立ったダメージは無く、崩れるような気配も無い。

 自分とシークの、攻撃力上昇のサポート魔術がかかったファフニール・ロアーと、同様のサポートを受けた新月のフェニックス。さらには、ヒカのヒュドラによる弾幕に、セレーネの狙撃。

 自然生成された洞穴なら間違いなく崩壊するレベルだ。


(どうやらこの場所、『このため』にわざわざ造られたみてぇだな)


 天井を見ながら、胸中で独りごちるファル。と、視線の先になにか機械のようなものが入った。


「……なんだ? ありゃあ」

「どうかしたか、相棒」


 思わず漏れた呟きに、シークが反応した。起き上がり、その場で胡座(あぐら)をかいた状態になったファルが、アレ見てみろよ。と、先程見つけた物体を指差す。

 ファルの指の先に視線を移すと、確かになにかある。真下に来てよく見てみるが、いまいちよく分からない。


「なんだぁ、ありゃあ……」

「……ひっぺがしてみっか」

「だなぁ。相棒、来い。」


 シークが手を組んだ。それを見たファルは、よっこいせなどと言いながら立ち上がり、そのまま勢いでシークの組んだ手を足場に高く跳躍した。


「あらよっと!」


 ガシッと機械を掴み、そのまま自重で落下。ファルの腕の中には、しっかりとブツが抱えられている。

 彼はそのまま、ざっくりと全体を見回した。


「ははぁん、こいつァ多分……。おーい妹殿!」


 言いながら、新月の方に視線を送ると、彼女は宵鴉(よいがらす)が出てきた穴に上半身を突っ込んで、何やらガサゴソとやっている。


「……なぁにやってんだ妹殿」


 新月に近づき、(いぶか)しげな表情を浮かべながらそう問いかけるファル。それに新月は、上半身を突っ込んだままに答えた。


「なぁに言ってんのさアニキー! 相手はカラスだったんだぜー? カラスと言えばー『ヒカリモノ』を集めるのが趣味じゃあん? この中に無いかなーと思って……、あ!」


 言いかけて、新月の歓喜の声が穴の中から聞こえる。そのままじたばたしながら出てきた彼女の手には、立派な宝石が握りしめられていた。


「ビンゴー!!!! 儲け儲け〜」


 嬉々とした表情で宝石を掲げる新月。依頼終了後の臨時収入だ。その気持ちは分からないでもない。

 しかし、今はそれどころ--後でちゃっかり貰うとしてもだ--では無い。

 また穴に入ろうとする新月を引っ張りあげ、その目の前に『例のブツ』を出す。


「妹殿、コレ、瘴気精製装置だよな?」


 ファルの問いに、新月もざっくりと機械全体を見回す。


「そうだね。こーゆーの造るって言ったら軍事のとこかー、魔科学のとこなんだけどー、なぁんか造り方が違うねーコレ」


 どうやら新月も気付いたらしい。ファルも引っかかっていたのだが、製造の仕方が違う。そして、


「ねぇ、アニキ。この国章『ヘルディア』?」

「ああ、多分な……」


 頭を掻きながら肩を落とすファル。どうやらこの件、面倒な国が関わっているようだ。やれやれと思いながら、彼は口を開いた。


「とりあえず、コイツと財宝を回収して、依頼主に報告だな」


 レイに転送回収を要請し、瘴気精製装置と財宝をしっかり飛空艇に転送されるのを見送ると、


「さて、報告に戻るか」


 シークの一声で、真戦組は帰路に着くのであった。


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