浪漫譚
『浪漫』。
それは夢ある者が心に持ち続ける、至極の宝。
人はそれに心動かされ、己の道を志し、前へ進む。
だが時に、立ち塞がる壁に打ちひしがれ、浪漫を見失ってしまう人もいる。
――浪漫を心に持つ者と見失ってしまった者に、この物語を贈ろう――
「さて皆さんお立会い。宵の席にこのしがない吟遊詩人の叙事詩などいかがでしょうか?」
その言葉に、酒場にいる全員の注目がその男に集まる。
それを了承の意と受け取ったのか、彼はツインネックのリュートを爪弾いた。
「今より語るは数百年前の浪漫譚。ご清聴のほど、よろしくお願いいたします」
◆◆◆◆◆
『ノア』。
それは科学と魔術の混在する世界。その中にある『ノア』という大陸が、この物語の舞台だ。
ノアは、十二の国が覇を競い、日夜小競り合いや戦争が絶えない。長きにわたる戦いは各国に人手不足を招き、その不足分を埋めるため、傭兵が重用されている。
ノアの南西に広がる荒野。その枯れた大地を、多くの兵士たちがマナ・バイクに跨って縦断している。そのほかにも、同様のマナ駆動である兵員輸送車や武装した装甲車などが見えた。
――そんな機械の隊列を、岩山の上からのぞく影が二つ。
「えーっと、ざっと五十ってとこか? おーおー、大層な団体サンだこって。相棒、目標捕捉だぜぇ」
肩まである緋色の髪を、荒野の渇いた風になびかせながらファル‐ベン・ロックスはそう言った。その表情はまさに不敵な笑み。ただし、そのワインレッドの瞳にまるで驕りや油断の色は見えない。
彼は頭に巻いたバンダナを締めなおすと、紅いロングコートを纏った身体を起こし、埃を落とした。
「ああ。見えているぜ、ファル。どうやらその五十人を、五人の隊長クラスが率いてるようだ。五つの部隊が合流でもしたんだろう」
ファルの軽い口調とは対照的に、シーク・ドラゴニスは実に落ち着いた声で応じた。
彼は銀髪をテンガロンハットに収めながら立ち上がり、黒のロングコートを翻した。それが妙に様になっている。
「で、その五十人の一個大隊を、二人で狩ってくれって言ったワケだな。傭兵皇帝殿は」
ファルはそういうと、左の二の腕に愛用の武器である、ソードバンカーを装着した。簡単に言えば、パイルバンカーの杭の部分を剣にした武器で、パイルバンカーとしての打突はもちろん、剣としての斬撃も可能である。
「ああ。なんとかなるだろ? 相棒」
口の端を歪めながら、シークはそう言った。そして、右腕のマグナ・ガンナックルのシリンダーに装填されている炸薬を確認した。拳打と同時にシリンダー内の炸薬を爆発させれば、その威力を格段にあげることができる。
そんなシークの言葉に、ファルはニヤリと笑いながら言った。
「なんとかなる? なんとかなるどころか楽勝だろ!! なんせ、俺ちゃんと相棒の布陣だぜ?」
そのファルの台詞を聞いたとたん、シークは小さく笑った。まるで、ファルがそういうとわかっていたかのように。
「お前ならそういうと思ったぜ、ファル。さて、ならどう攻める? 相棒」
「こーゆー場合ってのは、もうちょい待って、敵さんの後方から攻めるってのが正攻法、いわゆる、セオリーってもんなんだが……」
そこまで言って、ファルは不敵な笑みをさらに深めた。その目に、獲物を狩る獣のような光を宿して。そして、続ける。
「そいつぁ、俺たちのガラじゃあねぇよなぁ? なぁ、シーク」
その声色に、一瞬前までの印象は無い。戦士らしいと言えば戦士らしいが、ファルの声色は狂戦士のそれに近しい。
「ああ。待つ位なら、ここから突っ込んでド真ん中から喰い破った方がはえぇ」
マグナ・ガンナックルの撃鉄を上げながら、シークはそう答えた。彼も彼で、ファルに負けない程の威圧感がある声音だ。
早い話が、この二人、生粋のバトルジャンキーなのである。
「さっすが相棒。わかってるじゃねえか。さてさて、攻め手も決まったことだし、ぼちぼちお仕事と行きますかねぇ」
「そうだな。……いつでもいいぜ」
お互いに顔を見合わせてニッと笑うと、ファルはソードバンカーにカートリッジを。そしてシークはマグナ・ガンナックルにマナ・バレットを装填した。すると、二人の武器がエネルギーを纏い、見る見るうちに紅く染まった。
「よっしゃ、んじゃ、始めますか! あらよっと! イヤッホォイ!」
「おいおい、あんまりはしゃぎすぎんじゃねぇぞ?」
紅い武器を携え、二人は岩の上から盛大に飛び出した。その目に映るのは、今まさに眼下を通過中の部隊である。そして、叫ぶ。
「ちょいちょい! そこ行く団体サン!」
「少し、俺らに付き合えや!」
それに気づいた敵が大声を上げた。しかし、時すでに遅しである。
『ファフニール・ロアー!』
刹那、シークとファルの腕から放たれたのは、竜の頭をかたどった膨大なマナの塊だった。竜の咆哮とも思える爆音を響かせ、地面がはじけ飛ぶ。
その直撃を受けたのは部隊の中央に固まっていた四台の兵員輸送車だった。――もはや見る影もない。
突然の出来事に、部隊は文字通り固まっていた。五人の隊長がいるにもかかわらず、時間が止まってしまっている。
彼らが見つめるのは、その爆心地。徐々に砂埃は落ち着いてきているが、その中から声がした。
「おーおー、今ので五割六割は吹っ飛んだんじゃね?」
「かもなぁ。これでだいぶ楽になったぜ」
シークとファルだ。地形が変わる爆発の最中にいたはずなのに、ピンピンしている。
「だな! さぁて相棒。SHOW TIMEだ」
「ああ。派手に行こうや、相棒」
――て、敵襲! 敵襲!
敵部隊にその声が木霊したのは、シークとファルが残りの兵士を何人か薙ぎ倒してからだった。