イヌ科の惑星【プロローグ】
――太陽系第三惑星に似たこの惑星では、イヌ科の動物たちが独自の進化を遂げ、地上を支配するようになった。見た目はヒトに近く、火や道具を使い二足歩行するが、耳は頭頂部に獣のようにピンと立ち、尻尾も残ったままである。ちなみに、他の食肉目は、イヌ科の動物たちほど進化しなかった。
「硫化アリル殺人に、カフェイン自殺。物騒な事件が多いな」
オオカミとヒトを足して二で割ったような銀髪蒼眼の精悍な男が、所長と書かれた三角錐が置かれた机の上に組んだ足を乗せつつ、聖徳太子の尺のように細長く折ったタブロイド紙を読んでいる。
そこへ、キツネとヒトを半分ずつにしたような金髪翠眼のグラマーな女が、アルミ製の丸盆にグラスに入った水を載せて持ってくる。
「世知辛い時代ですわね。足を下ろしてくださいな」
「おう、すまない。――今月は、黒になりそうか?」
オオカミ男は机から足を下ろすと、近くのスチール机に向かい、太い指で器用にソロバンを弾きながら帳簿を付けている男に声を掛けた。
ヒトに半分タヌキを足したような小柄で神経質な男は、声に反応して顔を上げ、低い鼻に掛けた眼鏡を指で押し上げると、側に積んである請求書の山を掴み上げて見せながら、底意地悪い口調で言う。
そうしているあいだに、キツネ女は、二人の男の机にグラスを置いて回り、自席に戻る。
「これだけ無駄遣いしておいて黒字したいと思うなら、もっと金払いの良い依頼主を見つけることですね。まったく。いっつも所長は、収支がトントンになるギリギリのラインでしか引き受けないんですから。経理を担当する僕の身にもなってください」
「悪い、悪い。つい、依頼主に同情して安請け合いしてしまうのは、俺の悪い癖だ」
「依頼だけじゃありませんよ。どこで生まれ育ったのか分からない脳筋の体力お化けを拾ってきたおかげで、修繕費が嵩んでるんですからね。収入が少ないのに、支出が多くなっちゃ困るんです」
「わかった、わかった。俺のほうからも、注意しておくさ。――新米は、まだ来てないのか?」
「抑制剤の予防接種かしら? 発情期が近いかどうかは、知りませんけど」
オオカミ男がキツネ女に話を振り、女が思案顔で推論を述べた直後、バーンという騒々しい音とともに事務所の扉が開き、ジャッカルとヒトをハーフアンドハーフにしたような芦毛紅眼の大柄で筋肉質な女が闖入した。手には、寒さに震える猫を抱えており、女も猫も濡れネズミになっている。
「噂をすれば、コヨーテが来た」
「ジャッカルだ、このチビデブ。鍋で煮て食うぞ」
タヌキ男の皮肉めいた揶揄に、ジャッカル女が犬歯を剥き出しにしながら物理的でなく比喩的に噛みつく。
そのあいだに、キツネ女は、どこからともなくバスタオルを持ってきてジャッカル女の手から猫を取り上げて包み、オオカミ男はジャッカル女に手招きする。
「新米くん。その猫は何かの説明も含めて、遅刻した理由を話したまえ」
「はい、所長。ひろってくださいと書かれた段ボールに入れられて雨ざらしにされていたので、保護したのであります!」
ジャッカル女が、膨らみに乏しい胸を張って堂々と報告すると、横でタヌキ男がボソッと小声で呟く。
「このリカオンは、正真正銘の馬鹿だな」
「聞こえてるぞ、陰険眼鏡。――ねぇ、所長。あたしが面倒を見ますから、飼わせてください」
「う~ん。そうだなぁ」
「僕は反対ですよ。これ以上、経費が増えることは許しません」
「まぁまぁ、そう邪険にすること無いじゃない。この子、可愛い顔をしてるわよ?」
「ナ~ゴ」
キツネ女がバスタオルで水滴を拭うと、猫は気持ち良さそうに喉を鳴らした。
その様子を見たオオカミ男は、決然とした表情でキッパリと宣言する。
「よし。それじゃあ、そいつに飼い主が見つかるまで、ここで飼うことにしよう」
「えっ、ちょっと、所長」
「ヤッタ―。バンザーイ!」
「良かったわね、猫ちゃん」
「ニャ~」
タヌキ男が頭を抱えているのをよそに、他の三者は歓喜に湧いたのであった。
――この猫を巡り、陰謀渦巻く壮大なスケールの事件に巻き込まれていくのだが、そのことを四者は、まだ知るよしもなかった。