漫画
○月×日
魔王様は今日も元気だった。
どうやらマンドラゴラの芽が出たらしい。植物は肥料とか水の調整が難しいんだよ、とかドヤ顔で言われた。
あいつらは土の中の魔力で育つから、肥料も水もいらないのだが、そんな指摘はしない。私は出来る女だから空気を読む。
お金の方はしばらく大丈夫だが、魔王様が働いていて、私が働かないのは問題なので、ダメと知りつつも冒険者ギルドに顔をだした。
当然のごとく仕事はなかったが、受付女が漫画とやらを描いていた。仕事しろ。
どうやら受付女の趣味らしい。ほかにも服を作ったりするそうだ。
宿屋の親父さんに頼まれて、ウェイトレスの服や、猫耳、猫しっぽも作ったらしい。
漫画の感想がほしいとのことだったので漫画を借りた。ギルド施設内で読まれるのは恥ずかしいので持って帰って読んでくれとのことだった。面倒くさい。
仕事もないので、宿屋に戻って漫画を読んだ。えらく時間が掛かった。
どうやら、とある国の王子と、その国の公爵令嬢が婚約したのだが、公爵家の嫡男が反対して、なぜか内戦が勃発。
貴族たちを巻き込んでの戦争になるようだが、最終的には王子と公爵家嫡男が一騎打ちして相打ちに終わる。
そして、現王政に反抗気味だった貴族たちがここぞとばかりに決起することになるが、実は王子も公爵家嫡男も生きており、隠れていた騎士たちと共に反乱分子を一網打尽にした。
王子と公爵家嫡男の反目は、もともと王政に不満を抱く貴族たちをあぶりだす為の芝居であったとのこと。
だが、無関係の人を巻き込みすぎたため、王子も侯爵家嫡男もそれぞれの継承権を破棄し、ともに行方をくらまして終わる。
人界の都合はよくわからないのだが、多分、そういう話もあるのだろう。
ただ、最後のシーンで、王子と公爵家嫡男が手を取り合って見つめ合っていた。ちょっと意味がわからない。公爵令嬢はどうなった。
漫画のタイトルは、真実の愛。なんというか、色々と駄目な気がする。魔族にはまだ早いのではないだろうか。
とりあえず、受付女には明日感想を伝えよう。疲れた。
――――――――――
「すばらしい作品ですわね」
ナキアはハンカチで口元を隠しながら、涙を流している。
「何言ってんだ?」
ルゼは不思議そうに聞いた。このページで感動して泣くような箇所はないはずだ。
「分かりませんの? 日記に書かれている漫画の内容ですわ」
「このあらすじみたいなもんで、泣くところあるか?」
「おそらくですが、王子と公爵家嫡男は最初から愛し合っていたのですわ。演技だったようですが、王子と公爵令嬢が婚約した時も本気で怒ったに違いありませんわ」
「どこから判断したかわからねぇけど、もしかしてそういうネタの漫画なのか? うわ、最悪だ」
ルゼは顔をしかめて、嫌そうな顔をしている。ルゼからすると、男同士とかありえないようだ。
「では、そういうことで、ここのページの検証はやめましょう。する必要ないですよね?」
「……しかしだな、男同士というのは、古い時代は盛んだったようだ。戦場に女性を連れて行くことができない時代に――」
「そこは、嘘でも本当でも構いませんので」
「漫画の方はかまわんのじゃが、一つ良いかの。服を作るというのは難しいと思うんじゃが、人界ではどうなんじゃ? ギルドの受付嬢が服を作っているようじゃが」
「もちろん難しいですよ。破れたところを縫う程度ならともかく、一着作るには相当な知識と経験が必要ですね。服を作る過程でそれぞれの専門職がいますし、一人で作れるなら相当な技術者だと思います。ただ、昔の服がどれほど凝っていたかは、なんとも言えませんので、日記に出てくる受付嬢がどれほどの技術者なのかは分かりませんね」
「なるほどのう。儂のは魔界製の簡単なローブじゃが、お主らの服は色々とデザインがあって作るのが大変そうじゃの」
「私は、聖人教で統一されている修道服ですよ。どこかのブランドに発注しているとか」
リアは立ち上がってアールに見せた。白と青を主体としている。やや服の方が大きく、体型にあっていない。さすがに聖女におさがりで服を与えるわけにはいかないので新品であるが、成長期ということもあり、ちょっと大きめに作られていた。
「いつもありがとうございます。聖人教の皆さんにはお世話になってます」
スタロがリアに向けてお礼を言いだした。
「ええと? なぜスタロさんが私にお礼を言うのですか?」
「あ、ご存じないですか? 嫁の実家が服飾ブランド『ディア』なんですよ。その修道服のデザインもそのブランドで作っています」
皆が驚いた。服飾ブランド『ディア』といえば、世界最大の販売数を誇るブランドだからだ。基本的には庶民が着る安いものが多いが、貴族が着るような特注品まで縫製してくれる。
「おいおい、俺の服も『ディア』製なんだけど」
ルゼは着ている黒のジャケットを指しながら驚いている。
「ルゼさんも、その『ディア』で購入してくれたのですか?」
「そうなんだよ。あそこって素材を持ち込めるしなぁ。オーダーメイドだから時間は掛かるんだけど、その分、安くなる」
ルゼのジャケットはワイバーンの皮をベースに作られている。その皮はルゼが持ち込んで依頼したものだった。なめしたり、仮縫いしたりと時間は掛かったがかなり良いジャケットができた。『熱耐性』の効果付きで、ルゼのお気に入りだ。
「わたくしも『ディア』で購入することが多いですわ。アラクネ糸で作られたゴスロリ服や下着は良い出来でしたわよ」
アラクネと言うのは蜘蛛型のモンスターであり、その糸で作られた服は丈夫で長持ちになる。その糸を使った服は大抵『毒耐性』がつく。とくにトリカブトの毒に強い。王族とか貴族とか毒殺されそうな人たちは大体アラクネ糸製の下着をつけている。ただ、お高い。
「アラクネ糸……『毒耐性』付きですね」
スタロがぼそっと言うと、それを聞いた魔王はちょっとガッカリした。勇者には毒がきかないらしい。魔界のダンジョンで罠を作り変えようと決意した。




