失業
○月×日
ウェイトレスの仕事をクビになった。なんということだ。
さすがにウェイトレスを二人雇う余裕はなかったのだと思う。決して私が役に立たないとかではないはずだ。
ポチは雇われた。ウェイトレスに未練はないので問題はないが、女将さんの賄が食べられないのはつらい。お金出して料理を食べるか。
女将さんとポチはすごく申し訳なさそうな顔をしていた。
親父さんも土下座しているが、ポチを雇うのは譲らなかった。
退職金代わりにモップをもらった。
昔、私の武器は壊されてそのままだから、代わりにこのモップを武器として持つことにした。あとでもっと改造しよう。
あとは突撃女の突撃を防ぎ、依頼のない冒険者ギルドに行った後、雑貨屋に顔を出した。
仕事をクビになったことを伝えると、いきなり泣き出して、今日、飲みに行こうとか言われた。おごりだから行った。
飲みに行く時間まで暇になったので、ダンジョンを見に行った。
スライムちゃん達はかなり掃除してくれたようだ。罠もなかなか凝っている。トラバサミが痛かった。
あとは、徘徊する魔物がいれば言うことなしなのだが、このあたりに魔物はいないのが難点だ。
魔王様のそばに居れないのは問題だが、ポチもいるし、遠出するべきだろうか。
宿屋に戻ると、すでに雑貨女が席にいた。なぜか受付女もいた。女子会と言うらしい。
別段、落ち込んでいるわけではないのだが、二人に慰められた。
おかみさんや親父さん、ポチがそれぞれ席に来て、また謝っていたが、そんなにへこんだ顔をしているのだろうか。
さらには客も慰めてきた。やや、上から目線でイラッとした。
その後は他愛のない話ばかりだったが、思い返すと楽しかった気がする。
もしかすると魔王様以外と一緒に食事をするのは、初めてかもしれない。
魔界では食事を一人で食べていたし、食事中に楽しい、という記憶もない。人界は色々と面白いな。
一応、食事をおごってもらった以上、雑貨女の名前を覚えておこう。
たしか、ヴァイア、だった気がする。
受付女も名前を言っていたが、おごってもらっていないから名前は覚えない。記憶は有限だ。
無職だけど、明日のことは明日考えて今日はもう寝よう。
――――――――――
ルゼに視線が集まった。
「待て。いや、待ってくれ。あれ? 待ってください?」
ルゼは眼を瞑って「うーん?」とうめきながら考え込んでいる。
「あのー、皆さん、どうしたんですか? ルゼさんがなにか?」
リアは、皆につられてルゼを見ていたが、理由がわからない。
「リア様、ヴァイアという名前に心当たりはありませんか?」
「えーと? 聖人にもいませんし、私は覚えがありませんが……」
「初代魔女ヴァイア。魔術師ギルドの創始者ですわ」
「ふぇ!?」
「1000年前でヴァイアって言えば、それしかないよな」
「驚きましたね。初代魔女には色々と伝説がありますが、ギルド設立前の話はなにも聞きませんから」
初代魔女にはいくつもの伝説がある。ちなみに『恋愛魔道戦記』は、ヴァイアが元になっている。
「……これは興味深いな。だが、まだ本物かどうかがわからん。ルゼ君は我々にはない魔女の情報を持っているのだろうか? それがあれば多少は判断できるが」
ルゼは考えが纏まったのか、一度大きく深呼吸をしてから話を始めた。
「いくつか、初代魔女の話とかぶるところが日記にあった気がする」
「例えばなんじゃ?」
「魔法学校を一か月でやめた、とかだな。まあ、伝わっている話では、学校のレベルが低すぎて自主退学した、となっているけど」
「日記では魔法が使えなくて退学になったみたいですわね」
「その辺りは後世が勝手に解釈したかもしれませんね」
「あとは、全属性の魔法が使えた」
魔法には地水火風の4属性と、光、闇の2属性、計6属性がある。また、属性に関係ない時間や空間の魔法も存在する。
「日記にもそのことは書いてあった気がするのう。まあ、筆者の『魔眼』で見た結果だけじゃが。実際に行使している表現はなかったがの」
「それに思い出したけど、初代魔女の出身が、たしかソドゴラ村なんだよ」
「あー、村の名前を聞いたことがあるとかないとか言ってましたね!」
「俺はすっかり忘れちまってたけど、魔術師ギルドでは、その村が聖地扱いでなぁ。そういえば、色々と文献をあさって、場所を探している奴らがいたよ」
「スタロさんも初代魔女の出身地をご存じでしたの?」
「いえ、私は知りませんでした。魔女のことは、名前と伝説ぐらいしか知りません。出身地なんて初めて聞きましたよ」
「……他には何か知らないか? これだけではまだ弱いような気がするが。証拠、証明というのはーーー」
「そうだな、ほかに有名じゃねぇやつだと、魔法の平行発動、竜言語魔法、7つの武器……かな」
「初代魔女だけができたという、魔法の平行発動ですか。ルゼ様はできないのですか?」
「無理だな。『無詠唱』はスキルがあるから出来るけど、平行発動はスキルすら見たことねぇ」
「なあ、日記の中では、ヴァイアは魔法使えなかったろ? なにかに魔法を付与させてから発動させていたから、2つのものに魔法を付与させて同時に発動したんじゃないか?」
フェレスの言葉に、ルゼは動きが止まった。
「そういうことか! 検証してみねぇとわからねぇけどありえるな! 帰ったら魔術師ギルドの奴らに教えてやろう!」
ルゼはニヤニヤしている。ルゼは魔術師ギルドのメンバーと仲が良いわけではないが、同じギルドなので仲間意識はある。ギルドのメンバーが喜びそうな情報を得られたので顔に出てしまっていた。
「なんだかこの日記の内容、魔女に関しては本物っぽいですわね」
「竜言語魔法はまだ出ておらんよな? ところで竜言語魔法とはなんじゃ?」
「初代魔女が造ったオリジナルの魔法だな。ただ、そういう魔法があった、という記述だけでその魔法が使われたという記録がねぇんだよ」
「興味深いですわね。もしかすると、この日記に出てくるかもしれませんわね。あと先程、おっしゃった7つの武器というのは?」
「初代魔女が関係している7つの武器ってのがある。判明しているのは2つ。残りはわからねぇ。ギルドの連中はずっと探してるな」
「へー、初めて聞きました。有名ではない話なんですか?」
「文献には結構出てくるけど、ほとんど見つかってなくてなぁ。一応、ギルド内ではS級機密情報なんだよ」
「あの、ルゼ様。そういうことなら言わないでください。暗殺者とかこないですよね?」
「お前らなら平気だろ? もしそんなやつらが来たら返り討ちにしてかまわねぇよ」
「その見つかった2つとは、どういう武器なんじゃ?」
「俺も詳しくは知らねぇけど、初代魔女が使っていた杖『森羅万象』と、『紫電一閃』という短刀。この二つが魔術師ギルドで保管されてる」
「お、刀みたいなものもあるのか。ちょっと見てみたい」
武器マニアのフェレスが食いついた。
「うーん、一般公開してねぇけど、おっさんなら魔術師ギルドに行けば見せてくれんじゃねぇか? お、俺が、しょ、紹介状を書いてやろうか?」
「たのむ――あ、いや、一緒に行けばいいのか?」
ルゼが倒れて、皆で介抱した。




