魔物情報
○月×日
魔王様は、今日はお休みなので、メンテナンスをするといって部屋に閉じこもってしまった。鍬のメンテナンスだろうか。
今日も冒険者ギルドに顔を出し、依頼がないことを確認した。受付女は仕事が楽でいいな。
とりあえず、ギルドカードを使って金庫にお金を入れる。カードにお金が記録された。
ほかの人には見えない数字らしい。おもしろい仕組みだ。魔界でも採用したい。
その後、受付女は聞いてもいないのに、色々な噂をしゃべりだした。出されたお茶がうまいのでとりあえず聞いた。
北の山にはドラゴンがいるとか、南の海にはデカいイカがいるとか、魔物の話をしていた。
いつかはダンジョンを作って、そこに魔物も配置したいから、強そうな魔物をスカウトするためにもこういう情報はありがたい。
受付女に魔物の情報があったら今後も教えてほしいと伝えた。
冒険者ギルドだから、そういった情報はあるらしい。いつでも聞いて、とのことだった。
討伐依頼は無いけどね、と自虐的に言っていた。本当に無いな、といったらちょっと涙目だ。面倒くさい。
そのあとは雑貨屋で、掘り出し物がないか見てまわったが、なにもなかった。
そのうち、商人たちが通るから、ほしいものがあるならその時に買えば良い、といった。
客をほかの商人に譲るとか、店として大丈夫なのだろうか。
それだけ魔力があるのだから、魔道具を作れ、といったら、魔法が使えないのに出来るわけない、とほざいた。
お前の魔法付与スキルは魔法ではないだろう。魔法は使えなくても、魔道具は作れるはずなのに。
何か話がかみ合わない。
帰り際、次は買ってけ、と言われたので、リンゴを用意しろ、と伝えた。
夕方からのウェイトレスの仕事は順調だ。コップを落としたりしない。3秒以内に拾ったからセーフだ。
今日は無心スキルがLV1になった。おかみさんの料理のせいだろう。
誘惑耐性を覚えた。これはありがたい。これでつまみ食いへの葛藤がなくなる。
今日は開拓の仕事がなかったので客が多い。魔王様が休みなのは良いが、他の奴は働け。
店で客が言っていたが、どうやら明日の夜には商人たちが到着するらしい。そういう情報はどうやって仕入れているのだろうか。不思議だ。
仕事を終えて、部屋に戻ると、魔王様はお疲れ様と言ってくれた。疲れが吹っ飛んだ。
とりあえず、今日聞いた話などを魔王様に伝えた。
商人が来た時にお小遣いをくれるとのことだ。
改めて魔王様へ忠誠度を誓おう。
――――――――――
「なぁ、ギルドカードの銀行システムってこのころからあるのか」
「……うむ。冒険者ギルド設立当初から使われていると記録にあった。少なくとも千年以上前から使われている。なお、最近は魔力認証という技術が――」
「そういえば、よほど小さいギルド以外はどこでも採用していますわね。それに大きなお店では、カードでの支払が可能ですし」
「カードでの支払いができた当初は画期的だったようですよ。大金を支払うとき、硬貨を数えるのも大変ですから」
「そうなのか。俺は遺跡で見つかる硬貨とか数えるのが好きだけどな」
「遺跡で見つけたときはそうでしょうね。遺跡で残高のあるカードが見つかってもうれしくないですし」
拾ったカードに残高がある場合、一年間、無くした本人が申し出なければ全額もらえる。申し出た場合は、大体1割もらえる。なお、これらの仕組みを利用して、不正なことをしようとしても、ギルドカードに行動が色々と書き込まれるので成功はしない。
「あのー、ちなみに皆さんはギルドカードを持っているのですか?」
「わたくしは冒険者ギルドのギルドカードをもっていますわ」
「俺も冒険者ギルドのギルドカードだな」
ナキア、フェレスは冒険者ギルド発行のギルドカードを手に持って、リアに見せた。カードには洞窟の入り口っぽい絵が書かれている。これは冒険者ギルドのマークとして採用されている。
「俺は魔術師ギルドのカードだな」
ルゼもカードをリアに見せた。魔術師ギルドのマークは、鍔の広い三角帽子と杖の絵となっている。
「儂はもってないのう。ギルドに所属しておらんのでな」
「……私も持っていないな。代わりに王都発行のカードを持っているが」
「私も一応冒険者だったことがあったので冒険者ギルドのカードですね」
「皆さん持っているんですね。私ももう十歳なので、どこかのギルドに所属するつもりなんですけど、信者の皆さんが勧誘をしてくるのです……」
どのギルドも例外なく十歳から所属することができる。掛け持ちは不可。リアは聖人教の信者達から勧誘されていた。自分の所属ギルドにリアを入れようと争奪戦的なことが発生しているのだ。
「大変ですわね。別に同じギルドになったからと言って何か変わるわけでもないでしょうに」
「聖人教で現在無所属の方がそのギルドに入る可能性が出てくるのでは? 人が増えれば年会費も増えるでしょうし」
「ちなみにどんなギルドから誘われておるんじゃ?」
「えーと、一番勧誘してくるのは、医者ギルド、芸者ギルド、メイドギルドの人たちですね」
「医者ギルドはなんとなくわかりますね。リア様の魔法による治療が魅力なのでしょう」
リアは傷を癒したり、病気を治したりするといった魔法に長けている。疫病の発生した町を丸ごと治した実績があり、医療ギルドからの勧誘が一番激しかった。
「芸者ギルドって初めて聞くな」
「まあ、歌ったり踊ったりといった芸能活動をするギルドですね。おそらくリア様をアイドルとして売り出すのが目的だと思いますよ」
芸者ギルドは、歌や踊り、楽器演奏など、芸で身を立てている人たちが所属しているギルドで、王族、貴族のパーティーから、平民のお祭りまで何でもやってくれる。最近、力を入れているのは、女性複数人による歌や踊りを行うアイドル活動で、人気も高い。
「メイドギルドは?」
「それは分かりませんね。聖女様をメイドにしてどうするのでしょうね?」
メイドギルドは、ギルド内の派閥闘争に終止符を打つため、聖女が欲しかった。あとは割愛。
「でも、聖人教でしたら、ギルドに所属しなくても問題ないと思いますわ。勉強も教えてくれるでしょうし、現時点でも幹部ですわよね?」
「そうなんですけど、崇められているだけで、何もしていないのです。なんというか、手に職を持ちたいと言いますか。いつまで聖女でいられるかわかりませんし」
リアは漠然と将来に不安を感じている。とくに何もしていないのに聖女となったので、いきなり聖女ではなくなる可能性もあることを心配しているのだ。聖女でなくなった自分にはどんな価値があるのだろうか、と。
「聖女ってどんな条件で決まるんだ?」
「わかりません。聖人教の偉い人が決めていると思いますけど」
「本人が知らんのじゃ、確かに心配になるのう」
「リア様なら、冒険者でもやっていけますよ。堅実な仕事も、ハイリスク、ハイリターンの仕事もありますしね」
「リアは孤児院の出身だろ? 孤児院で働けば良いんじゃないか?」
リアはフェレスの意見に目を見開いた。確かにリアは孤児院の出身で、孤児院の経営はその出身者が多い。
「フェレスさん! その案は良いですよ! そっかー、孤児院で働くのはありですね!」
「聖女の嬢ちゃんは孤児院の出身かの?」
「はい! 聖母様が最初に建てた孤児院の出身です。とは言っても、両親はちゃんといますよ。両親がそもそも孤児院の出身なんです。よく考えたら、両親も孤児院で働いてました」
「そこ、忘れちゃだめだろ」
「聖人教の修行でわすれてました」
リアはちょっと恥ずかしそうに言った。
「では、リア様のギルドについては以上で。検証に戻りますよ」
「じゃあ、『無心』のスキルってどうやってLVを上げるんだ? 持ってねぇから上げてぇな」
「手っ取り早いのは座禅ですわね。勇者の修行でやりましたわ」
「勇者の嬢ちゃんは、『無心』スキルを持っておるのかの?」
「もちろんですわ。そういえば私も誘惑耐性を合わせて覚えましたわね」
無心は心を無にし、精神の状態を安定させやすくするスキルだ。また、誘惑耐性は、魅了攻撃的なスキルの耐性以外にも、本人の欲に対する耐性を上げる効果がある。ナキアは気分が高揚しているから戦いたいのではなく、落ち着いた状態ですでに戦闘狂なのだ。
アールは、もっとスキル頑張ってくれと本気で思った。あと、早く魔王を辞めたいとも思った。
「他に何か気になる点はありますか?」
スタロはなんとなく、アールの考えていることが分かったので、話を変えてみた。
「なら、ドラゴンが気になる。北の山にいるって書いてあるが」
「そりゃ北の山にドラゴンはいますよ」
「ああ、四竜か」
世界に四体だけいるというドラゴン。これが四竜と呼ばれている。地水火風のそれぞれを司り、かなり強い。というか、同じ生物という括りには入れたくないほど理不尽。人類と敵対はしているわけではないが、空を飛ぶだけで竜巻が起きたり、津波が起きたりと迷惑極まりない。仕方ないので、災害扱いになっている。なのに災害保険はきかない。
「四竜をスカウトするとか言ってるけど、それはどうなんだ?」
「……千年前は、四竜とは言われていなかったかもしれないな。単純に魔物扱いだった可能性はある。なお、四竜は――」
「それじゃデカいイカというのはどうだ?」
「デカいイカとは、クラーケンかの? 人界の海じゃとどの辺りに住んでおるんじゃ?」
クラーケンは大きいイカ。船を見ると物理的に絡みたくなる。牛がヒラヒラしたものに突撃するような本能的な何かとも、抱き枕替わりではないかともいわれている。
「海ならどこにでもいますね」
「南に海があって、北に山がある、さらにエルフの森が近いところってどこだ?」
「……千年前と地形はそれほど変わってはいないはずだ。それを踏まえると――」
そこまで言って、エルミカは黙り込んだ。
「なんだよ教授。今回は誰も話を遮ってねぇぞ」
「……お前たちが意図的に話を遮っていたことはよく分かった。それよりも場所だが、迷宮都市が該当する」
「いやいや、それはないでしょう。その理屈だと迷宮都市がこの日記に出てくる村になってしまいます。迷宮都市の元がそんな村の名前だったなんてことはありません」
スタロはまくしたてるように言った。
「では、迷宮都市の前身、というか始まりはなんじゃったのかの?」
「迷宮都市に名前はなく、最初は迷宮村だったそうです。その後、町、都市と変わったという歴史があります。そもそもアビスというダンジョンがあって、その周りに村ができたのが始まりです。最初に村があってそこにダンジョンができたという話では、逆になってしまいます」
「……私の話はあくまでも現在の地形が千年前と変わってない場合の話だ。正確な地図ができたのも魔石が設置されたころの話なので、違う可能性はある。ただ、南に海がある、これだけでも場所は限られると思うがな」
「すこし日記の信憑性がなくなってきましたかね……。創作日記だとしたら高く売れないですね……」
「そうじゃの。創作日記なら、魔王が書かれていても特にいらんの」
今、この場にいるメンバーを呼ぶために、相当な金額を使った。少なくともその分が回収できなければ、市長の退陣もあり得るので、スタロは落ち込んだ。
「……創作であっても歴史的に貴重ではあるから、国で買い取るように進言しておこう。それなら、それほど安いということもないと思う」
スタロはエルミカを見て、にっこりと笑った。
「そうしてもらえると助かります。その時はよろしくお願いします」
「……出来れば、パトロンとしてその稼ぎから発掘費用を出してもらえると助かる」
こうして、市長と考古学者の薄ら暗い取引は成立した。




