犯罪者
○月×日
魔王様は今日も張りきって出かけられた。魔界にいるときよりも楽しそうだ。
ただ、持っている鍬がちょっとボロい。魔界に連絡して新しい鍬を用意してもらおう。出来る女はこういうところから違うのだ。
冒険者ギルドに行ったら、相変わらず受付の女性が暇そうにしていた。やっぱり依頼はなかった。
依頼もないのに何をしているのか聞いてみたら、金庫の管理をしているそうだ。
亜空間につながる金庫があり、ギルドカードで出し入れが自由にできるらしい。
その金庫を管理しているようで、依頼がなくても仕事はあるとのこと。利用者を見たことないけどな。
他にも話を聞くと、野盗は明日引き渡すらしい。来るのがかなり早いのと不思議がっていた。
ただ、食事代が馬鹿にならないので、早く引き取ってもらえるのはありがたい、と言っていた。
犯罪者なので、日に一食だけ。肉類はなしで、泥水みたいなスープのみらしい。決して自分の料理の腕が悪いわけではないと受付女が力説していた。
ただ、そんな生活は嫌だ。犯罪は起こさないようにしよう。
それと、そろそろ商人たちがこの村を通るらしい。
商人たちは村に二、三日滞在するが、その時に買い物もできるとのことだ。リンゴ買おう。
あとは村の噂を聞いた。誰と誰が付き合っているとか、誰々が片思いだとか。正直、どうでもいい。
ウェイトレスの仕事も慣れてきた。床の汚れは見逃さない。
給仕をするときは心を無にするのがコツだ。なにも考えず、ひたすら客に料理を運ぶ。見ちゃだめだ。
そして今日も人が多かった。自分の家で飲み食いしてほしい。今度、親父さんに料理のテイクアウトを提案しよう。
仕事を終えて部屋に戻ると、魔王様は今日も早めに就寝されていた。
朝に持たせた弁当箱をみるとピーマンが残っていた。由々しき問題だ。
今度、宿屋のおかみさんにおいしいピーマン料理を作ってもらおう。
――――――――――
「ピーマンは残しても問題ありません」
リアはいきなりそんなことを言った。
「いや、食えよ。だからチビなんだぞ」
「チビじゃないけど、小さいのは若いからです! それにヘタレさんには何も言われたくありません!」
リアは、ぷいっと顔を横に向けてそんなことを言った。
「ヘタレさんて俺か? なんで?」
ルゼは分かっていないが、フェレスを除く皆はなんとなく分かる。
「まあまあ、ピーマンに関しては趣向の問題ですから。ほかに何かないですか?」
「学者の嬢ちゃんが言ったように、ギルドには銀行としての機能があるようじゃの」
「……うむ。それに現在は金銭の出し入れには、ゴーレム型が使われているが、1000年程前ならただの金庫であるのはおかしくない。なお、ゴーレムのセキュリティは――」
「なら、時代的な背景には問題がない、ということですわね」
ゴーレム型でない金庫は現在ではほとんどなく、骨董品である。最近の金庫は大体がゴーレム型であり、セキュリティも兼ねている。
「そうですね。それに犯罪者の扱いに関しても、日に1食というのは大昔の話ですしね。今なら人権保護だとかなんだとかで犯罪者でも3食出ますから」
「ということは、書かれていることは結構信憑性があるということか?」
「時代的な事に関しては、今のところ、問題ないと思いますよ。ただ、一番の問題は魔王の部分なんですよね」
「そうじゃの。まあ、可能性の一つとして心当たりがないわけでもないんじゃが」
「へぇ? ちょっと聞いてみてぇな」
皆もうんうんと頷いている。
「そうじゃの。詳しくは言えんが、名前だけ伝わっている魔王がおる。ただ、いつの時代の魔王なのかもわからんし、何をしたのかもわからん」
「なんという名前ですの?」
「それは言えん。これは魔王だけが受け継ぐ情報の一つでな。魔王以外には言えんのじゃ」
「では、もし、この日記でその名前が出たら信憑性があるということになりますかね?」
「そうじゃの。ただ、もし、日記の魔王が儂の知っている名じゃったら……」
アールから魔力が溢れだし、部屋の空気が物理的に重くなった。
「勇者とやり合うことになっても、この日記は魔界に持っていくぞ」
珍しく真面目な顔をしたアールは、ナキアを見ながらそう言った。
「面白いですわ」
ナキアもアールを見てニヤリと笑い、聖剣の柄に手をかけた。
「いや、面白くねぇよ。爺、魔力溢れさせながら威圧すんじゃねぇって」
「おっと、すまんの」
アールから溢れていた魔力がなくなり、のし掛かるような空気も晴れた。
「日記がほしければ、買ってください。検証してくれた方は優先的に購入できますから」
「そうじゃの。まあ、可能性は低いと思うが、そうなったときは買わせていただくかの。でも、儂、小遣い少ないんじゃが」
魔王のお小遣いは、月に大銀貨3枚だ。貯金は大金貨1枚とちょっと。
「分割でもかまいませんよ。というか、魔界の予算で買ってください」
「しかし、お主らはつまらんのう。威圧しても誰も怖がらん。普通の者なら恐慌したり、気絶したりしてもおかしくないんじゃがのう」
「リア様もいるのですから自重してください。もし、リア様が気絶した、ということがあったら、聖人教の信徒と戦争になりますよ」
「なんじゃと?」
アールはリアをみた。リアはニコニコと笑っているだけだが、よくわかっていないようだ。
「リア様は聖人ではありませんが、信徒の中にはすでに聖人と同じように崇めている方も多いですから」
「やめてくださいって言っても聞いてくれないのです……。私なんかより聖母様を崇めてほしいのですけど……」
「なんと……、それでは気をつけんとな。先程は大丈夫じゃったよな?」
「はい、大丈夫ですよ! 体を鍛えてますから!」
リアは、シュッ、シュッとパンチを繰り出す仕草でアピールした。
アールは、肉体を鍛えてもあの威圧は耐えられるものではないと思ったが、聖女ということもあり、何かしらの加護を持っているかもしれないと結論づけた。
ただ、市長や学者という肩書しかもたない、スタロやエルミカがなぜ耐えられるのだろうか。
これだから人界は面白い。アールは内心、楽しくて仕方なかった。勇者とはごめんだが、ほかの者とは一度、手合わせをしたいと思っていた。魔王をやめたら人界に住もう、とまで考えている。
「あ、現時点で買いたいかたいますか? 複数の候補者がいる場合はオークション形式となりますが」
スタロは全員を見渡した。
「……魔王という単語がある以上、魔界で管理するのが一番だと思う。なお、管理するといっても――」
「俺は今のところいらねぇなぁ」
「わたくしもいりませんわ」
「必要ない」
「聖人教としても必要ないです」
魔王の人気がなくて、アールはちょっと寂しかった。




