村の人々
〇月×日
魔王様は朝から仕事だった。朝、弱いのにかなりやる気を見せていた。
麦わら帽子に、首にタオルを巻いて、どこから見ても農民というお姿だった。肩に担いだ鍬が格好良い。
さすが魔王様、どんな仕事でも手を抜く気はないようだ。私も負けられない。
仕事の時間までは自由時間なので、ほかにもお金になる仕事がないか村を散策した。結局なかったが。
町の広場では村長に会った。村長なのに強そうに見えない。
仕事がないか聞いてみたが、小さな村だし、紹介したウェイトレスの仕事ぐらいしかないとのことだ。
あと、もし長く逗留するなら、村の祭りにも参加してくれと言われた。
何の祭りなのか、と聞いてみたところ、ただの結婚式だが村全体で祝うということらしい。
つがいになるのを祝うのか。しかも死ぬまで一緒という契約をするらしい。それ呪いじゃないのか。
食事をタダで振る舞うことなので、必ず参加すると伝えた。
その後、教会に行ってみた。光の女神を信仰しているようだ。年老いた爺さんが一人いた。
司祭をしているらしいが、そろそろ引退したいらしい。
ただ、後継がいないので、本部に誰か送ってくれと問い合わせ中とのことだ。
仕事の話をしたら、シスターでもやらないか、と勧誘された。
魔族だし、信仰はないと言ったら、黙っていればわからないから平気だ、と言われた。この村の教会は大丈夫なのだろうか。
あと色々昔話を聞かされたが、覚えていない。爺さんは話が長い。
雑貨屋にも行ってみた。なんか馬鹿でかい魔力を持った女が店番をしてた。私よりも多いとは驚きだ。
仕事がないか聞いてみたが、特にないらしい。逆に紹介してくれと言われた。繁盛してないのか。
それだけ魔力があるなら、魔法使いにでもなれば良いのにと言ったら、いきなり泣かれた。
魔法を使えないと聞いたので、よく見たら魔法行使不可という、スキルを持ってた。
ダメな方のレアスキルだ。良い方のレアスキルももってるのになぜ使わないのだろう。
あと、色々と愚痴を聞かされた。
魔法学校に行ったら一か月で退学になったとか、いじめられたとか、色々あるらしい。魔法がだめなら殴ればいいのに。
正直どうでもいいので、話の区切りがついたときに何も買わずに店をでた。
今度はなんか買ってけ、と言われた。リンゴ以外は断る。
夕方からのウェイトレスの仕事は完璧にこなした。掃除中のモップ捌きを魔王様に見せたい。
つまみ食いをしたい気持ちを抑えつつ、しっかり給仕を行った。
今日のまかないは、焼き魚と野菜のスープだった。うまい。今まで魔界で食べた料理は何だったのだろうか。
なぜか今日も人が多かった。邪魔だからこないでほしい。
仕事を終えて部屋に戻ると、魔王様はもうお休みだった。仕事でお疲れなのだろう。明日も頑張ろう。
――――――――――
「あのー、これってなんと読むのですか?」
リアは『女神』の部分を指して尋ねた。
「私は知りませんね」
「わたくしも存じませんわ」
「俺も知らねぇ。『女』は分かるけど、後の文字は、精神とか神経とかの文字だから『シン』か?」
「……それは『メガミ』と読むのだ。この場合、女性の神、ということになるな」
エルミカはそう答えると、アリアは首を傾げて、さらに質問をした。
「神ってなんですか?」
「……ああ、そうか。神というのは、世界を創造した者、もしくは管理している者だ。大昔はその神を信仰していたらしい。だが、現在は廃れている。それは神が――」
「世界を創造した? 管理している? よくわかりませんわ」
「……説明が難しいな。我々が道具を作り出すように、神は、大地を作り、空を作り、生命を作ったとされている。全知全能であり、我々の行く末を見守っている、と言われている」
「言われているって、聞いたことねぇぞ? そんなのがいるなんて、なんだか信じられねぇけど」
「……言いたいことは分かる。だが、実際にいたのだ。1000年ほど前にはな。だが、神は死んだとされている」
「何故、そんなことが学者の嬢ちゃんに分かるのかの?」
「……私が数年前から調査している遺跡、空中都市落下跡地だが、その空中都市に神がいたとされている。いまだに調査中ではあるが、そこから色々と発掘されていて、神の情報が見つかった。空中都市が落下したのが1000年程前で、そのころから神が死んだ、とされたそうだ。そのため光の女神を信仰する宗教、聖光教も廃れてしまったらしい」
「1000年前は色々とあったのですね」
「……そうだな。世界の改革期であったのだろう。長くなってしまったが、神についてリア君は理解してもらえたかな?」
「はい! なんとなくですけど。すごい人だというのはわかりました! ありがとうございます!」
リアは、メモ帳に書き込んでエルミカに御礼した。メモ帳には「神はすごい人」と書かれている。
「……人ではなく神なんだが。まあ、なにかあればまた聞きなさい。知っていることなら何でも答えよう。なぜなら私は――」
「もういいよ。誰か他に気になることはねぇの?」
「『魔法行使不可』ってスキルはなんだ? ダメなスキルなのか?」
「ダメなスキルに食いつくなよ。このスキル持っている奴は魔力があっても魔法を行使できないんだよ」
「ダメじゃないか」
「だからダメなんだって。でも、これを持ってるやつは大概、良いスキル持ってるけどな。まあ、魔法は諦めて、別のことをするしかねぇな」
「しかしもったいないのう。魔族よりも魔力が多いのに魔法が使えんとは」
「スキルと能力がかみ合わない奴はたまにいるよ。でも魔法が使えなくても魔力が大きければ、魔道具への魔力供給とかで重宝されるから悲観するほどでもねぇけどな」
「ルゼさんは、魔力も大きくて魔法も使えますよね? スキルと能力がかみ合っているんですね?」
「まぁ、ありがたいことにな。その分、ダメなスキルも多いけどな」
「ほう? たとえばなんじゃ?」
「言わねぇよ。個人情報だぞ」
「それもそうじゃの。人族のルールで相手の許可なしにスキルを知るのは犯罪らしいからの」
「へ、へー、人のスキルを勝手に知ってしまうのは、は、犯罪なんですか?」
「そうですね。ただ、『鑑定』『分析』等のスキルを持っている人しか見れませんけどね。そういうスキルを持っている人は稀ですが。まあ、フェレス様のように完全公開してる方もいらっしゃいますが」
「知られても別にかまわないしな」
フェレスはリアの方に向き、右手をまげて、「むん!」と力こぶを見せた。
「あ、あー、そうなんですか。じゃあ、大丈夫ですね!」
「なにが大丈夫なんだ?」
「い、いえ、なんでもないですよ。それより日記ですよ、日記! ほかになにかあります?」
リアはちょっと汗をかきながら話題を日記の方にもどした。
「あー、け、結婚って死ぬまでの契約なんだっけ?」
ルゼがそんな質問をしてきた。普段より声が固い。
「これはおそらく、死が二人を分かつまで、の部分を契約だと勘違いしているのではないですかね」
「可能性はあるのう。魔族には結婚という概念がなくての。1000年も前の話であればなおさらじゃ」
「ふ、ふーん。ところでお前ら、結婚とか考えてる?」
ルゼとフェレス以外は、この流れは切ってはいけない、と考えた。フェレス以外、ルゼを見る目が優しい。
「わたくしはまだ考えていませんわ」
「私は聖母様をあやかって独身を貫く予定です!」
「私は奥さんがいますよ」
「儂は魔王をやめたら考えるかの」
「……仕事が恋人だ」
フェレス以外が素早く答えた。
「お、おう。回答が早いな。俺は全然考えてねぇな。と、ところでおっさんはどうなんだ?」
リアがゴクリと喉を鳴らした。
「俺か? いや、考えてないな。モテないし、相手もいない」
「へー! そうか! そうだよな! おっさんだもんな! 仕方ねぇよな!」
ルゼはとても嬉しそうだ。皆の目がますます優しくなった。
「まあ、相手がいても結婚する気はないけどな」
「え……お? そ、そうなのか?」
「年中冒険してるし、いつ死ぬともしれないからな」
「そ、そうか、そうだよな……」
ルゼは目に見えてテンションが下がった。そのまま消えてしまいそうな勢い。
「でしたら、結婚はともかく、一緒に冒険できるパートナーとかならいかがですの? 確か現在はソロで活動してますわよね?」
ナキアがフォローした。リアが、うんうんと頷いている。
「ん? 確かに背中を預けられる仲間がいればありがたいな。冒険もはかどりそうだ」
「例えば、ルゼさんとかはいかがですの?」
ナキアがそんなことを言った。
「な……なに、なに言ってんだ! おっさんと冒険なんて、冒険なんて……」
「ルゼなら申し分ないな。俺は魔力がほとんどないから魔法が使えないし助かる」
「そ、そ、そうか! まあ、おっさんがそこまで言うなら、一緒に冒険してやってもいいけどな!」
ルゼは満面の笑みでそう答えた。今日一番の笑顔だ。
「そうか。じゃあ、今度、魔術師ギルドに指名依頼しておく」
仕事として一緒に行こうとフェレスは言い出した。
ルゼに視線が集まったが、
「仕方ねぇな! 俺への依頼料は高いから気をつけろよ!」
と、ルゼは嬉しそうだった。
「ちょ! ルゼさん! それでいいんですか!」
リアは納得がいかない。もうちょっとこう、ロマンス的なことを期待していただけに、仕事の依頼で一緒に冒険するということに大変ご立腹だ。
「え? なにがだよ? まあ、嫌だけど仕事なら仕方ねぇよな!」
と、まったく嫌そうに見えないのだが、そう言い切った。
アリアは、「むきー!」と言いながら円卓をてしてしと叩いた。
年配組は、まあ、頑張った方じゃないかな、と、ますますルゼを見る目が優しくなった。




