冒険者ギルド
〇月×日
冒険者ギルドでギルドカードを作った。これはいいものだ。
朝から仕事を探しに冒険者ギルドに行った。受付に女がいるだけで、がらんとしていた。
話を聞いてみると、小さな村なので依頼がないらしい。役に立たん。
いつもならワイルドボア討伐の依頼があるらしいが、最近極端に数が減ってその依頼もないとのこと。
誰かにワイルドボアを狩られてしまったか、逃げ出すぐらい強い魔物がいるのかもしれないと予想しているそうだ。迷惑なやつがいるものだ。
ただ、ギルドでは斡旋してないが、冒険者向けではない依頼なら村にあるかもしれないそうで、村長や村の人に話を聞いてみてはどうかと提案された。
お金がないと野宿生活なので、魔王様と手分けして、その冒険者向けではない仕事をやることになった。
魔界なら欲しいものは奪えば良いのだが。人族は面倒だな。
そして、ギルドカードを作ってもらった。名前とか種族が書かれていて、身分証になるらしい。
カードにデフォルメされた似顔絵がついていて、なかなか似ている。
種族を魔族で申請したが、問題ないか聞いてみたところ、問題ないが殺されるかもしれない、とのことだ。受理後に言わないでほしい。
だれか殺しにきたら正当防衛でぶちのめそう。
ギルドカードの申請やらカード作成で時間がかかったので、仕事探しはまた明日だ。
――――――――――
「冒険者ギルドで依頼がないってなんだよ。やっていけんのか?」
冒険者ギルドでは、魔物の討伐や、食事や薬に使う材料の採取等、多岐にわたる仕事を斡旋してくれる。斡旋による仲介料や素材の売買等で冒険者ギルドは成り立っているため、依頼がなければ冒険者ギルドはやっていけないのだ。
「どうなんでしょうね? 昔のギルドのあり方がわからないので、なんとも言えないのですが」
「……昔のギルドならおそらく銀行の代わりをしていたはずだ。依頼がなくとも、お金の出し入れによる手数料でなんとかなっていた可能性がある。そもそも銀行とは――」
「まあ、そこは検証しようがないので、あとで冒険者ギルドに聞いてみましょう。では、他に何かありますか?」
「あのー、ワイルドボアが減ったのって、遭難中の魔王が狩ったのでは?」
「まあ、そうじゃのう。迷惑な奴とは魔王のことじゃの」
「そこはかとなく、この筆者、ちょっと残念な感じがしますわね」
「残念さ加減で言うならお前もそうだけどな」
ルゼはニヤニヤしながら、ナキアを見て言った。
「ルゼさんとはいつか決着をつける必要がありますわね」
「ルゼもナキアも美人なのに、残念だよな」
フェレスがいきなりそんなことを言った。
「この日記の検証が終わるまでに、遺書を書くことをお勧めしますわ」
ナキアは笑顔だが、目が笑っていない。しかも聖剣の柄に手をかけている。
ただ、ルゼは顔を赤くして大慌てだった。
「バ、バカじゃねーの! お、俺、び、美人じゃねぇし! お、おっさん! こ、殺すじょ!」
皆が、どもりすぎだろう、そう思った。残念と言われたことを思い出せ、とも思った。
「魔女の嬢ちゃん、ちょっと落ち着くのじゃ」
「お、落ち着いてるし! よ、余裕だし!」
この部屋の『魔法不可』による影響で魔法は発動しないが、ルゼは魔力が暴走気味だ。尋常でない魔力が体から漏れている。
「フェレス様、ルゼ様になにか落ち着かせることを言ってあげてください。魔力が暴走してます」
「俺の発言が問題なのか? わかった、えー、ということは、……よし。ルゼは美人じゃないぞ」
空間が凍った、気がした。死人が出る、皆そう思った。
「そ、そうだよな……。俺、ガサツだし、残念だし、美人でもねぇよな……」
魔力の暴走は落ち着いたが、ルゼのテンションがえらく下がった。このまま消えてしまいそうな勢いだ。
「美人というより、可愛いタイプだな」
フェレスがまた、そんなことを言う。
ルゼは、再度、顔が真っ赤になり、「か、か、かわ……」といって机に突っ伏した。
ルゼのおでこが円卓に当たって、ゴンッ、といい音がした。ルゼは「うーん」と唸って気絶してしまった。
「回復するまでこのままにしておきましょう。しかし、フェレス様、これはちょっと……」
「まずかったか?」
「面と向かって褒められるのは、若い子には耐性がないでしょう。というかルゼ様、褒められ耐性が低すぎませんか? 精神系のダメスキル持ちですかね?」
「もしかしたら、魔女の嬢ちゃんは、冒険王に惚れてるかもしれんの」
アールは笑いながら、そんなことを言った。
「なんでだ? でも、それはないぞ。いつも押しかけてきて、喧嘩売られているしな」
フェレスは、ないない、といった感じで手を振った。
「あ、先ほど教えてもらったアレですね。ストーカーですよ、ストーカー」
リアはニコニコしながらそんなことを言うと、フェレスとリア以外が、なにか思いついたような顔をした。
スタロ、アール、ナキア、エルミカが席を立ち、部屋の隅に移動する。その後、スタロがこいこい、と手まねきしてリアを呼ぶ。リアはトコトコと皆のところに移動した。
フェレスも立ち上がろうとしたが、皆に止められて、円卓にはルゼとフェレスだけだ。
フェレスとルゼ以外は、部屋の隅で小声で話を始めた。
「もしかして、ルゼ様は……」
「ええ? フェレスさんは、顔はともかく、性格がアレですわよ?」
「可能性はありそうじゃが」
「何の話ですか?」
「……ルゼ君は小さいころから魔力が高く、周囲から怖がられていたからな。普通に接してくるフェレス殿に惚れていてもおかしくはない。ただ、恋愛感情とは脳から出る――」
「ルゼさんがフェレスさんを好きってことですか!」
「リア様、声が大きいです!」
「でも、ルゼさんの性格でしたら、力ずくで付き合いそうな気がしますが。見かけによらず恋愛方面はヘタレの可能性がありますわね」
「あ! それ、漫画でみました! じれったい展開になるんです! むきーってなります! むきーって!」
「どうしましょうか?」
「なにもせんでいいじゃろ。魔女の嬢ちゃんが自分で行動するまで、温かく見守れば良いのじゃよ」
「ちなみにフェレスさんは、独身ですわよね?」
「そうですね。結婚はしていないはずです。お付き合いしている女性とかは知りませんが」
「き、聞いてみましょう! お、大人ですからいるかもしれませんし! あ、でもルゼさんが起きてからの方がいいですか?」
「それぐらいはしておこうかの。ただ、いた場合、魔女の嬢ちゃん、またテンションが下がらんかの?」
「……よくわからんが、彼女がいても、奪えばいいのではないか? そもそも恋愛とは――」
「恋愛ヘタレ疑惑のルゼさんに、そんなことができるとは思えませんわ」
「軽く暴言ですね。では、気絶してる間に聞いておいて、いなかったら改めてフェレスさんに言ってもらいましょう」
「それでいくかの」
皆が、うん、と頷くと、それぞれの席に座った。
「なんだよ。皆で内緒話か? 俺も入れてくれ」
「作戦会議ですわ。時にフェレスさん、今、お付き合いしている女性とかいらっしゃいますの?」
「いや、いないけど、なんの話だ?」
皆、大きく息を吐いた。そして、アイコンタクトで意識を統一した。ルゼが起きたらまた言ってもらおう、と。
「では、ルゼ様が目を覚ますまで、また日記の検証をしましょう」
「検証といっても、なにもないですわ」
「そうだ、ギルドカードってこのころからあったのか? あと、デフォルメの似顔絵ってなんだ?」
「ギルドカードは昔からありましたよ。ただ、昔は『写真』の魔法がなくて、ギルドの職員が手書きで顔を書いていたそうです。この辺りは、昔、資料で読みましたので間違いないと思います」
「あ、そうだ! 実は聖母様も冒険者だったころがあって、ギルドカードを作ってたんですよ! それに書かれていた似顔絵が、聖母様の肖像画の基本になってます!」
「大聖堂にあるやつじゃな。以前見せてもらったが、優しそうな女性であったのう」
「そうですよね! そうですよね! うん、アールさん、やっぱり聖人教に入信しましょう!」
「すまんのう。魔族はその時代の魔王を信仰しておるもんじゃ。儂は今、信仰対象なんじゃよ。それがほかの者を信仰したら色々問題があるんじゃ」
魔族が信仰している宗教はただ一つ、魔王教である。魔王教の教えはただ一つ、強くあれ、だ。
「うー、残念です。魔王やめたら、いつでも来てくださいね」
「ほっほっほ、そうじゃの、その時は考えるかの」
「うーん、あれ? 俺、どうしたんだ?」
ルゼが目を覚ました。円卓から顔をあげて辺りを見渡す。どうやらちょっと記憶がとんでいるようだ。
「ルゼさん、まずは、『精神防壁』の魔法を使って自分を守ってください」
「何言ってんだ?」
「いいから!」
「お、おう。……ってあれ? 使えねぇ」
「あ、すまんの、この部屋のせいで、魔法は無理じゃ」
「……ルゼ君、まずは深呼吸だ。精神を落ち着かせるために必要な行動だ。落ち着くというのは――」
「なんなんだ一体?」
スー、ハーと、ルゼは言われた通り深呼吸をした。
「ルゼ様、なにがあったか覚えていますか?」
「え、なんだっけ? なんか、うれしかったような、悲しかったような? あれ? なんで、俺、寝てたんだ? 額もいてぇ」
「それ以外は?」
「いや、覚えてないな。何があったんだ?」
「ちょっと作戦タイムですわ」
フェレスとルゼ以外は席を立ち、また部屋の隅に移動した。
「なんだこれ?」
「仲間にいれてもらえないんだ」
フェレスとルゼは、首を傾げている。
「ヘタレすぎて、記憶が消えてますわ」
「なら、この件は触れない方が良いかの?」
「でもでも! フェレスさんがまたなんか言ったらどうします?」
「空気読めない点では、フェレス様も残念ですからね」
「……それはスキルのせいであろう。『朴念仁』や『鈍感』のスキルを持っていると聞いたことがある。こと恋愛関係については、空気が読めないのは仕方がない。放っておくしかあるまい。ちなみに、『朴念仁』の反対スキルは――」
「じゃあ、無かったことにしましょう。ルゼさんが自力で頑張るということで」
「えー、漫画だとなかなか展開しないので、ちょっとモヤモヤするのですが……」
「聖女の嬢ちゃん、その漫画、魔女の嬢ちゃんに貸してあげるといいかもしれんの」
「あ、そうですね。いま持ってますから、ルゼさんに貸します!」
皆、席に戻った。
「なんだよ。仲間はずれか。ここで話せよ」
「色々あるのですわ」
「ルゼさん! これお貸しします!」
リアはポーチから12冊の本を取り出し、ルゼの前に置いた。
このポーチは亜空間につながっている魔道具であり、色々な物が入っているのだ。
「なんだいきなり? 『恋愛魔道戦記』じゃねぇか」
「し、知ってるんですか?」
「主人公の魔女がどっかの王子に惚れて、国ごと滅ぼして王子を奪うやつだろ?」
「酷い内容じゃの」
「ベストセラーだけどな。まあ、一応ハッピーエンドだが、途中、魔女が酷くてなぁ。惚れてんのに言い出せないから、国を滅ぼして王子を戦利品として奪うんだよ。同じ魔女としてすげぇ遺憾だな」
お前もその可能性が高い。皆、口まで出かかった言葉を飲み込んだ。
ちなみにルゼは全巻もっているそうなので、本はナキアが借りた。「国を滅ぼすときの参考にしますわ」とのことだ。




