拘束
〇月×日
村に着いた直後に、ロープで縛られて小屋に入れられた。
魔王様は逃げ出した。速い。
しかし、魔王様が本気を出せば、人族など一瞬で制圧できたはずだ。
何もしない理由はわからないが、魔王様が暴れないので、自分もおとなしくしていた。
エルフにも手を出さなかったし、なにかお考えがあるのだろう。
小屋に入れられたとき、日記を書きたいからロープをほどいてほしいと言ったら、小屋につれてきた男にすごく笑われた。いつか殴る。
仕方ないので男が去った後、ロープを引きちぎり、日記を書いた。
ロープを弁償しろと言ってもしてやらん。あの男が悪い。
それにしても、なぜロープで縛られたのだろうか。魔族だからか。
ここ50年ぐらいは人族を襲う魔族はいなかったはずだから、それほど敵対しないと思っていた。
エルフみたいに何年も怒っているとすれば、人族は暇な種族なんだと思う。
それはそれとして、今日は屋根のあるところで寝れるのはありがたい。なんかワラもあるし、良く寝られそうだ。
ただ不満がある。なぜロープで縛られた女性がこの小屋に何人もいるのだろう。猿ぐつわまでされてる。もがもが、と五月蝿い。
ロープを引きちぎった時も、こっちを見てたし、日記を書いている今この時も見られている。ちょっとホラーだ。
私と違って魔族でもなさそうだし、縛られている意味が分からない。
以前魔王様が、人族には変わった風習がある、と言っていた気がする。
もしかして、こういう風習なのだろうか。
そう考えるとロープを引きちぎったのはマズかったかもしれない。
日記を書いている最中にこの考えに至ったのでちょっと心配になってきた。
とりあえず縛られた振りをして、寝ておこう。
――――――――――
「あのー、そんな風習があるのですか?」
「ないと思うぞ。普通に考えて、野盗に襲われた村じゃないのか?」
「ああ、なるほど。村が襲われて、村人を奴隷として売り飛ばすために縛って小屋に入れていたのですね」
「はぁ、馬鹿が多い時代なんだなぁ」
「まったくです! しかし、今は大丈夫ですよ! 奴隷制度は廃止されました! 聖人の解放王リンなんとかさんに! 暗殺されちゃいましたけど!」
リアは怒ったり、誇らしかったり、悲しそうだったり、百面相で説明した。
「聖女の嬢ちゃんは、聖母様にしか興味ないんじゃのう」
「聖人の人数が多いのです……。まあ、序列一位の聖母様は格が違いますけどね! あ、入信しますか?」
リアはポーチから入信用のパンフレットを取り出した。
「儂、魔王じゃから」
「聖人教は気にしませんよ! 遠慮は無用です!」
「ここで勧誘するな。というか、魔王を勧誘するな。それよりも、これ読むと筆者って女か? 女と同じ小屋に入れられたんだろ?」
「あら、筆者は女性でしたの? 残念ですわ」
「なにが残念なんですか?」
リアは「何で?」という顔でナキアを見る。
「いえいえ、こちらの都合ですわ」
口元を隠し、おほほほ、と笑っているナキアを、皆、不思議そうに見た。
「そういや、魔族が人族を50年間襲ってなかった、と書いてあるな。昔は襲ったことあんのか、爺」
「言っておくが儂はないぞ。まあ、1000年程前は、そういったこともあったがの」
「アール様もやるときは事前に言ってくださいね。この聖剣も血に飢えてますわ」
血に飢えとるのはお主じゃ、とアールは思ったが、当然口には出さなかった。
「……当時は魔族が勇者を殺す、もしくは生ませない、という名目で人族を襲っていたのだ。そもそも、魔族がなぜ勇者を殺すのかというと――」
「ということは、1000年前の日記なのですか?」
「1000年の間に魔族が人族を襲ってなければ、そうなりますね」
アールに視線が集中する。
「ま、待て。この1000年の間に、魔族が人族を襲ったという話はないはずじゃ。確かに1000年分の歴代魔王の行動をすべて把握しているわけではないが、人族を襲ったなんてことがあれば、戦争になるわい。人族にも1000年の間に戦争があったなんて歴史はなかろう?」
アールは慌てて否定した。勇者が近くにいるのにそんなことを言わないでほしい。後ろめたいことは全くないが、ナキアの場合、難癖つけて切り付けてくる可能性がある。
「……うむ。そんな歴史はない。それに魔王と勇者は和解しているはずだ。そのおかげで現在、友好的な状況を作れている。だが、地域によっては、本来その状況がよろしくないという――」
「じゃあ、この日記、1000年前で確定か?」
「なんとも言えませんが、可能性はありますね。まあ、1000年前と言っても、数十年の誤差はあると思いますよ。しっかりとした記録があるわけでもないですし」
「それにしてはずいぶん新しい日記帳に見えるが?」
「あぁ、よく見たわけじゃねぇけど、状態保存の魔法が掛かっているっぽいな。普通、日記とかにはしねぇけど」
ルゼは目を細めて何かしらの情報を読み取るように本を見ながら言った。
「ちなみに1000年前の魔王については、なにか情報はありますの?」
「名前ぐらいしか分からんの。人族の方には情報はないのかの?」
「少なくとも勇者の記録にはありませんわ。ところで、勇者と和解した魔王とは誰のことですの? 残念ながら、和解した勇者のことを知らないのですが」
「いや、儂も知らんの。そういう話は伝わっておるが、誰が、というのは分かっておらんのじゃ」
「人族の歴史にも、和解した勇者と魔王のことは情報がありません。もしかしたら日記の魔王がそうかもしれませんし、もう少し読んでみましょう。他にこのページでなにかありますか?」
「あ、はい! あのー、ロープって引きちぎれるのですか?」
リアが手を挙げて質問した。
「検証が必要だな。よし、やってみよう。ちょっと縛ってみてくれ」
フェレスはロープを取り出すと、隣のナキアに渡した。
ナキアはロープを受け取ると、ちょっと考えてスタロに渡した。
「わたくしでは固く結べないので、スタロさんにお願いしますわ」
「え? はい、わかりました」
スタロはロープを受け取るとフェレスを縛り始めた。
ナキアはちょっと息が荒くなった。しかも左目がちょっと黒くなってきている。
「おい、縦ロール、左目がなんかやばい」
「は……! これは私のスキルですわ。詳しくは言えませんが、『鑑定』みたいなものです」
「ふーん」
ルゼは不思議だったが、追求はしなかった。多分、ろくでもない。
フェレスが「うらぁ!」と声を出すと、ロープが千切れた。
周りから「おおー」という歓声が上がる。
「なあ、おっさん。すげぇけど、これ、何の意味があるんだ?」
「え? 魔族とは言え、女性にできるなら、俺もできるかなって」
皆、フェレスだから仕方がないと考え、何も言わなかった。
ただ、何故かナキアだけは満足そうだった。




