村
〇月×日
魔王様は世界樹に行くのを一旦あきらめるらしい。
どこかの人族の村や町を拠点にして、対策を練りたいとのことだ。
最初に気付いてほしい。野宿はつらい。リンゴがなければやばかった。
こんな森に人族が住むような村や町があるか聞いてみたところ、ちゃんとあるらしい。
目の前にあるちょっとだけ舗装された道を東に進めば、村があるとのこと。
明日、朝から移動すれば夜には着くぐらい距離なので、明日はずっと移動だ。
人がいるなら、食べ物もあるだろう。オオカミの肉を食べずに済むのがうれしい。
リンゴもしばらくは持つし、いいことずくめだ。
明日も良いことがあるような気がする。
今日は早く寝よう。
――――――――――
「あ、知ってます。これは良くないことが起きますね? フラグ、でしたっけ?」
リアは嬉しそうに知っている知識を披露した。ただ、ちょっとだけ自信がない。
「そうだなぁ、未来の希望を言葉や文章にすると、高確率でそういう未来は訪れないというジンクスがあるよなぁ。でも、フラグってなんだ?」
「フラグとは旗のことじゃ。運命の分岐には、進む方に旗が立っていると言われているの。色々な行動で旗が立つのか、立たないのか、それとも折れるのか、運命は行動により変わるという意味じゃ」
「そういうことですね。そのなかでも良い未来を語るのは、悪い未来の旗を立てる、と言われています。あと、死のフラグは立ちやすい、とも言われますね。こういう理由から『未来予知』のスキルを持っていないなら、言ったり、書いたりしないほうが無難ですね
「でも、そんな激レアスキル持っている奴、歴史の中でも数人だろ? 俺も持っていたら使いてぇけど」
「……たしか5人だ。さらに言うと、『未来予知』はアクティブスキルではなく、パッシブスキルだな。使おうと思って使えるものではない。そもそも予知とは――」
「あのー、レアとかアクティブとかパッシブとかってどういう意味ですか?」
リアはポーチからメモ帳と筆記用具を取り出しながら質問した。聖人教でも一般教養は教えているが、リアはスキルに関する授業はまだ受けていない。この検証の集まりに関しても、指名依頼ではあるが、聖人教から「勉強になるから」と言われて来ていた。
「ええと、レアというのは希少という意味です。持っている人が少ないスキルですね。アクティブは、任意で使用できるスキルのことで、パッシブは常に使われているスキルとなります」
「なるほど! じゃあ、『未来予知』がパッシブというのは……常に未来が視える、ですか?」
「……いや、この場合は逆だ。未来を視ようとしても視えない。脈絡も条件もなく未来が視える時がある、というのが『未来予知』のスキルだ」
「なんだよ、使えるようで使えないスキルだな」
「勉強になりました!」
リアは、メモ帳に教わったことを書き終えて、ふと何かを思い出したように言った。
「そういえば、聖人にもいますよ。『未来予知』スキルの持ち主。預言者ノストラなんとかさん」
「聖人教の聖人なら、名前をうろ覚えするなよ」
「私は聖母様しか信仰してないからいいんです」
「それ、問題発言じゃないのか?」
「そろそろ予知の話はよろしいかしら? 日記の話に戻りませんこと?」
「そうじゃの。しかし、明日は酷いことになりそう、という以外は特に問題なさそうに見えるがの」
「待った、世界樹ってどこのエルフの森にあるんだ? 日記を読むと近くに人族の村があるんだろ?」
エルフの住む森は複数ある。ハイエルフやダークエルフ、エンシェントと呼ばれるエルフもおり、森は世界中に存在していた。
「それが、世界樹は認識ができない魔法がある上に、エルフの森はすべてつながっていて、どの森にある、というのはないのですよ」
「つながっている?」
フェレスはよくわからん、という顔で尋ねた。
「……うむ。エルフの森は魔力によりすべてつながっている。ある森に入って、別の森から出るということも可能だ。この現象は魔力回廊と呼ばれ――」
「ということは、どのエルフの森に入っても世界樹は見れる、ということになるのか」
「そうですね。ただ、森も広大ですからね。森によって、世界樹に至るまでの距離は違うみたいですよ」
「なんとなくわかった。それなら、エルフの森を利用できれば、旅がすごく楽になるな。入った森とは別の森から出られるんだろ?」
「おっさんは、お尋ね者だからダメだけどな」
「ルゼだって、出入り禁止だろ」
「本来、お金を払えば誰でも使えますけどね。貴族や商人はけっこう利用していますし、年間契約とかもあります」
「あ、私、年間契約をしています」
「勇者はフリーパスですわ」
「魔王は使わせてくれんの。まあ、使う必要もないんじゃが」
「……使ったことがない。なぜなら学者とは足を使った調査が――」
「しまった。また脱線しましたね。ええと、つまり世界樹のあるエルフの森、というのはどこなのかわからないのですよ。したがって、日記に出てくる村、というのも現時点ではわかりません。エルフの森に近い村、というのは多いですからね」
「そうか、村の名前とか分かれば日記の検証もしやすくなると思ったんだが」
「おっさん、めずらしく真面目じゃねぇか」
「俺はいつでも真面目だ。ただ、早く終わらせて飯を食べたいから、今は普段の十倍は真面目だぞ」
さらにフェレスは続けた。
「これが終わったらボア丼食べよう」
皆、どうでも良いフラグを立てたな、と思ったが、スタロだけがボア丼用意していないな、と結果を知っていた。




