遭難
〇月×日
人界に来て3日目、魔王様は相変わらずワイルドボアを狩ってきた。
朝昼晩、3食ワイルドボアの肉だった。不満だ。
もしかして魔王様は肉が好きなのだろうか。
文句は言えないが、明日、ちょっとくらい申告しておこう。ワイルドボアの肉はもう嫌だ、と。
あとは、何故この森でさまよっているのかを聞いておきたい。
3日前、森に入るとき、迷子にならないでしょうか、と聞いたら、魔王様は、大丈夫と言っておられた。しかし、大丈夫ではない気がする。
魔王様は木に目印をつけていたが、もう、あちこちにある。
私には区別がつかないが魔王様には区別がつくのだろうか。
もしかして迷子ですか、と聞いてみたら、迷子じゃない、と答えてくれた。ただ、目を合わせてはくれなかった。
魔王様を信じてはいる。それは間違いない。だが不安だ。
――――――――――
「だからワイルドボアの肉は……」
「うるさい、黙れ」
ルゼがフェレスを静止した。フェレスは口をパクパクさせていたが、素直に従った。
「森で遭難しとるのう」
「遭難中に森の中で日記を始めましたの?」
「ま、まあ、始めるきっかけは人それぞれですから」
「あのー、よくわかりませんが、森って迷うものなのですか?」
リアが首を傾げながら聞いた。
聖女の称号を持つ彼女には、常に聖人教の護衛がつく。一人で出歩くことがない彼女にはわからないことなのだ。
「聞いた話ですが、かなり昔はそうだったらしいですわ。今は魔石と呼ばれるものを、町などの要所に置いていますから、探索系の魔法で大体の位置は把握できますわね。かなり正確な地図もありますし、遭難することはほとんどないはずですわ」
「そうなのか? いつも変なところに着くけど」
「そりゃ、おっさんだからだ。『方向音痴』のスキル持ちだろ」
フェレスはどちらかというと役に立たないスキルの持ち主だ。ただ、そういったスキルを持つ者は、別の役に立つスキルを持っていることが多く、全体で見るとプラスになることが多い。
「そういやそうだった。そういえば、このスキル、この間レベル上がった」
「ダメなスキルのレベルを上げんなよ」
スキルはレベル制だ。レベルが高いほど効果も高い。スキルを使用するほどレベルが上がると言われている。
「しかし、木に目印をつけているということは、探索魔法を使っていないということになります。魔石がない時代とは、どれくらい前になるのでしょう?」
「……魔石を設置し始めたのは、いまから300年ほど前だ。設置が終わるまで20年は掛かったといわれている」
「あら、くわしいですわね」
「……学者ならだれでも知っている。そもそも魔石が見つかったのが1000年ほど前で――」
「教授、長くなるならやめてくれ」
「……分かった。聞きたくなったら言ってほしい」
皆、それはない、と思った。エルミカに歴史的なことを聞くと止まらないのだ。
「この魔王や筆者が魔石の存在を知らないという可能性は?」
「ないと思うがの。人界に疎い儂でも、魔石に関しては知っとるよ。そもそも魔石の設置には魔族が協力しておるはずじゃ。そうじゃろ、学者の嬢ちゃん」
「……その通りだ。そもそも、ただの石と思われていたものが、特定の魔力に反応するということを発見したのが魔族だ。その発見には――」
「ふーん、じゃあ、この日記は少なくても300年以上前のものってことか?」
ルゼがエルミカの説明を食い気味に遮った。エルミカはそれ以上の説明はつづけなかったが、ちょっとしょんぼりしている。
「創作日記でなければ、ですけどね」
「創作だったとしても、アビスにあったというだけで価値はありますけどね。コレクターもいますし」
アビスで見つかるものは、それだけで価値がある。これまでも、アビスで見つかった武器や防具、魔法書や技術書等は、すばらしい性能や内容だった。
そのため、たとえガラクタのように見えても、何かしら価値がありそうだ、という風潮がある。
「ところで、この日記って誰が書いたか分かるか? ダンジョンの製作者か?」
「アビスの製作者は分かっていませんが、1000年前にはダンジョンがあったといわれています。筆者をダンジョンの製作者として考えると300年前ではなく、1000年前の日記になりますが……」
「……アビスの最下層に誰かが住んでいた様子なのだろう? もしかしたら、この魔王と筆者が踏破して、しばらく住んでいたのではないか? そもそもダンジョンは――」
「なるほど! では、ダンジョン探索の内容が、日記にあるかもしれないのですね」
スタロは嬉しそうに日記を見た。
迷宮都市は、アビス内で見つかるものを、売買することで多くの富を得ている。
利用価値の高いアビスの情報が得られるのは、今後の探索を容易にしてくれる可能性があるのだ。
「魔王がアビスを踏破したという記録は魔界にないのじゃが」
「記録に残らないほどのお忍びだったのかもしれませんね」
「まあ、誰でもいいけど、最下層に日記を置かなくても良いんじゃねぇか? 魔法書とか置いとけよ」
「いや、そこは魔剣だろ。ここはゆずれん」
「うるせぇ。というか、ただの希望ぐらいゆずれよ、この武器オタクが」
「お前だって魔法書マニアじゃないか」
ルゼとフェレス以外も、最下層に置いてあってほしいものを思いついたが、絡まれたくないので何も言わなかった。




