日記
〇月×日
魔界から人界に来て2日目、日記を書き始めた。
魔界から持ってきた物の中に、なぜか日記帳があったので有効活用することにした。
ただ、日記そのものが目的ではなく、人族の文字を書く練習をするためだ。
魔界でも事前に文字の勉強をしたが、もっと慣れるために毎日練習するつもりだ。
本当は文字の練習などしたくはないが、人族と友好的な関係になろう、と魔王様が言ったので仕方がない。
人族の中で暮らすなら筆記は必須らしいのだ。
それに素晴らしいことを思いついた。
この日記に魔王様のことを書けば良いのだ。
魔王様が、日々、何をしているのかを日記に書いて後世に伝えるのだ。
魔王様は、魔族だけでなく、すべてを支配できるお方だ。それまでの軌跡を書き留めよう。
いつか日記の内容をまとめて本にしよう。それまでは魔王様にも内緒だ。
もしかしたら、この行為はストーカーの行為なのかもしれない。だが、やる。
これは魔王様から、人界に一緒に来てほしいと言われた私の使命なのだ。頑張ろう。
それはいいとして、最近、食事がワイルドボアの肉ばかりで食べ飽きた。何か別のものが食べたい。
魔王様が、食べ物は任せろ、と言われたので、お任せしたのだが、ちょっと食べ物が偏っている気がする。
魔王様には言いづらいのだが、この想い、魔王様に届いてほしい。
――――――――――
「え? ワイルドボアの肉は食べ飽きたりしないだろ?」
「おっさん、この日記読んで、最初の感想がそれかよ。どう読んでも、最初に考えるのは、『魔王様』の部分だろうが」
ルゼがフェレスのことを、アホか、と言わんばかりの目で反応した。
「爺、現魔王だろ、これだけの情報でなんか分かるか?」
「残念ながら儂でも無理じゃ。歴代の魔王達の行動は結構文献に残っておるのじゃが、儂の知る限りでは、お忍びで人界に行くような魔王はおらんかったの。予告なく魔王が人界にきたら戦争になるからの」
事前の連絡なしに魔王が人界に来るのは、宣戦布告に等しい行為なのだ。基本的に魔王は誰かに呼ばれない限りは人界に来ることはできない。
「なんだよ。じゃあ、これ日記と言いつつ創作じゃねぇの?」
「まあまあ、ルゼ様。日記に出てくる魔王の信憑性はまだわかりませんが、まだ1ページ目です。色々と判断するのは、もう少し読んでからにしましょう」
「まぁ、ギルドに戻ってもつまんねぇから付き合うけど」
ルゼは面倒くさい、という態度をとるものの、その顔は嬉しそうにしていた。
ルゼは魔術師ギルドに所属しており、ギルドに戻るとルゼにとってつまらない仕事を押し付けられるのだ。
「あのー、ストーカーってなんですか?」
リアは首を傾げながら尋ねた。
「ええと、特定の方を付け回すような行為のことですね。ひどいと殺傷沙汰になります」
「あ! 勇者が魔王を付け狙うような行為と同じですね! 漫画で見たことあります!」
リアはニコニコしながら、アールとナキアを交互に見る。
「ちょっと心配じゃの」
「今は魔族との平和条約がありますので、そんなことしませんわ」
「せめて勇者の嬢ちゃんがいる間は、条約が破棄されないことを願うしかないの」
「わたくしはいつでも破棄してもらって良いですわ」
ナキアはニヤリと笑い、アールはヤレヤレといった感じで肩を竦めた。
「よし、じゃあ、次はワイルドボアの肉の話だな。俺は飽きない。皆はどうだ?」
「『爆炎地獄』」
ルゼは本気で魔法を発動させたが、魔法は発動しなかった。
手をグー、パーさせて、最後は不思議そうに手のひらを見た。
「どういうことだ?」
「あー、すまんの。この部屋、魔法禁止フロアと同じにしとる」
「部屋に入る前に言えよ。俺、なにもできねぇよ。あれ? でも、おかしくないか? この魔道具は使えるのか?」
ルゼは円卓に置かれた台座を指した。
この台座は、本の内容を上方空間に投影する魔法の道具だ。今回のためにスタロが用意していた。
「魔法の行使を妨害するだけなんじゃ。道具に付与された魔法は使えるのじゃよ。完全に魔法を妨害する部屋を作るのは面倒でな」
「そんなことよりも、本気で『爆炎地獄』を発動させようとしたルゼに説教してやりたい」
『爆炎地獄』の魔法をくらったら普通死ぬ。フェレスはルゼに抗議した。
「おっさんがアホだからだ。それに発動しても、どうせおっさんは平気だろ」
「平気だけど熱い」
「自分で言うのは良いけど、本当に平気と言われるとイラつくなぁ。俺の魔法を『熱い』で済ませるのがさらにムカツク」
その後もフェレスとルゼの言い争いは続いた。
皆、またか、という気持ちになった。この二人は顔を合わせるといつも喧嘩になるのだ。
ただ、ルゼに矛先を向けられたくないので、誰も止めなかった。
ルゼの相手はフェレス。これは常識なのだ。




