幸せのマッチを売る少女
クリスマスが終わり、街の通行人は年末年始の準備に追われている中、一人の小さな少女がちらちら雪が舞う寒空の下で「マッチはいりませんか?」と通行人に呼びかけつつ、マッチを売っていました。
「早くマッチを売り切らなくちゃ……」
彼女はこう呟きながら冷え切った手を口元に近づけ、はぁーっと白い息を吹きかけたり、擦りあわせたりして温めます。
あかぎれで真っ赤になった少女の手はとても痛々しく、靴下はもちろんのこと靴も履いていない足もコンクリートから冷たさが伝わっていきます。
彼女が身に纏っている服は少女を横切る通行人と比べ、決して暖かいものではありません。
彼女が持っている手提げカゴを見てみると、たくさんのマッチが入っています。
「このマッチを全部売り切らないと家に帰れない……お父さんに叱られる……」
少女にはお父さんとお母さん、おばあさんがいました。
しかし、おばあさんは数年前のクリスマス前にお母さんも少女が生まれてから病気で亡くなっています。
よって、今はお父さんと彼女の二人暮らし。
それらのマッチは少女の家の収入源としてお父さんが準備したもの(どこから準備したのかは分かりません)なのですが、残念ながら一箱も売れていません。
「マッチはいりませんか?」
彼女には目もくれずにただ素通りしていく通行人を見て悲しくなってくると同時にすぅーっと心に隙間風が入ってくるような感覚がありました。
「……寒い……わたしも早く暖かい家に帰りたいな……」
先ほどはちらちら舞っていた雪でしたが、徐々に粒が大きくなり、コンクリートを白くしていきます。
通行人はジャンパーのフードを被ったり、傘をさしたりし始めました。
しかし、少女の服は雪によってどんどん濡れて冷たくなっていきます。
「そうだ! いいことを思いついた!」
彼女は何かを思いついたかのように、マッチに火をつけてみました。
マッチの炎からは過去の楽しかったことやおばあさんと顔を知らないお母さんが浮かんできました。
「わたし、こんなところで死にたくない……もっと、生きたい……」
それが消えてしまったあとは現実に戻ってしまいますが、先立たれた家族を思い出すと、彼女は自分はまだまだだなぁ……と感じ始めたのです。
「みなさん、聞いてください! このマッチは「幸せを呼ぶマッチ」です! 今なら一本お試しができますよ!」
少女は通行人に向けて叫びました。
「そんなうまい話がある訳ないだろう?」
「ただのマッチじゃない?」
「なんか可愛い子だから試しに「幸せを呼ぶマッチ」? 興味があるからやってみようぜ!」
「そうだな!」
そのように通行人に宣伝している彼女に「嘘だろう?」や「詐欺じゃなかろうか?」と疑う者がいれば、「面白そう!」と「少女が可愛いから」という興味本位で近づいてきます。
気がついたら、あちこちのお店の入口付近にいた通行人は彼女の周りに集まり、人だかりができていました。
これには少女は驚きを隠せません。
「た、たくさんの人に集まっていただき、ありがとうございます! まずは一番最初に興味を示してくださった男性からどうぞ」
「お、俺からでいいの?」
「はい」
彼女は男性に先ほど少女が使ったマッチ箱を差し出しました。
彼は炎をじっくりと眺めているうちにそっと涙をこぼしました。
「どうされました?」
「遠く離れた両親のことを思い出しちゃって……落ち着いたら実家に顔を出そうかな……」
男性はコートの袖で涙を乱暴に拭き取り、くしゃっと笑みを浮かべるとマッチ箱を彼女に返しました。
少女も「いい考えですね」と笑顔でそれを受け取ります。
「嬢ちゃん、そのマッチを買うわ。いくら?」
「銅貨五枚です」
「あっ、俺も買うー。銅貨五枚だよね?」
「はい。ありがとうございます!」
男性達から銅貨を受け取ると、子供がお小遣いを手に入れたかのように無邪気に喜びました。
先ほどマッチを買った彼らからの情報を聞きつけて新たな観衆が増えています。
「では、先ほどわたしを疑った白いロングコートの女性」
「今度はあたしなの?」
「ええ」
「普通にマッチに火をつけてただ眺めてればいいんでしょ?」
「はい」
その女性は少女を軽く疑いながら大勢の人々の前に立ち、先ほどの男性と同様にマッチに火をつけました。
それと同時に彼女はゆらゆらと揺らめく炎を見て、優しく微笑みを浮かべます。
「そういえば、学生時代の友達と会っていなかったっけなぁ……今も元気かな? 家に帰ったら電話してみよう。電話番号やメールアドレスが変わってたら悲しいけど」
「あなたは優しい方ですね。是非、そうしてあげてください」
「そうね。あたしも買うわ」
「ありがとうございます!」
「「幸せを呼ぶマッチ」だって!?」
「俺もほしい!」
「私も!」
少女はさらに嬉しくなりました。
彼女が名づけた「幸せを呼ぶマッチ」は徐々に売れ、ついに最後の一箱になりました。
「「幸せを呼ぶマッチ」です! おひとついかがですか?」
少女は元気よく通行人に呼びかけますが、なかなか売れません。
そうこうしている間に辺りは暗くなり始めていました。
人通りが少しずつ疎らになり、それぞれのお店の電気の照明が消され始めた時、一人のおじいさんが彼女の肩をぽんぽんと軽く叩きます。
「お嬢ちゃん、マッチは最後の一箱かい? わしが買うとしよう」
「ほ、本当ですか!」
「ああ。頑張ってマッチを売っているところを昼間からずっと見てきたからな」
「あ、ありがとうございます!」
少女が頭を下げた時、あることに気がつきました。
おじいさんは今まで彼女が頑張ってマッチを売っているところを最後の一箱になるまで見てくれていたということに――。
「さ、最後の一箱です」
「銅貨五枚かい?」
「はい、そうです」
彼は少女からマッチを受け取り、上着のポケットから小銭入れを取り出しました。
しかし、その中を確認してみましたが、銅貨の枚数が足りません。
「今は銀貨しか持っていないのだが……」
「大丈夫ですよ! えっと、銅貨十枚で銀貨一枚だから……銅貨五枚のお釣りです!」
おじいさんは苦虫をかじったような表情を浮かべながら彼女に銀貨一枚を渡しました。
それを受け取った少女はぶつぶつ呟きながら計算し、手提げカゴから銅貨五枚を彼に渡します。
「ごめんな……ありがとう」
「どういたしまして!」
「お嬢ちゃん、空は暗くなっているから気をつけて帰るんだぞ?」
「はい! おじいさんも最後までわたしを見守っていてくれてありがとうございました!」
おじいさんはこう言うと、彼女はお礼の言葉を言いつつ、深々と頭を下げました。
頭を上げた少女の表情はマッチを売り始めた頃と違い、笑顔で達成感に満ち溢れた表情をしています。
彼は彼女の姿が見えなくなるまで、手を振りながら見送りました。
*
すべてのマッチを売り終えた少女は転ばないようにゆっくりと家に向かっています。
外は街灯はついていますが、決して明るくはありません。
「これでお父さんに怒られないで済む……家に着いたら、温かいお風呂に入りたいな……」
彼女の家は少しずつ近づいていますが、足の感覚がなくなり始め、よたよた歩きになっていました。
「あ、お父さん……」
普段は明るいうちに帰ってくる見慣れた家ですが、暗くなってから帰っているのははじめてです。
そこに少女のお父さんが立っていました。
「あと少しだぞ!」
「……うん……!」
いつも耳にしている彼の声。
彼女は最後の力を振り絞ってお父さんのところに向かって一歩一歩進めています。
そして――。
「た、ただいま……」
「おかえり! って、寝っちまったか……温かい蒸しタオルで身体を拭いてから横にさせるか……」
少女は家に着いて安心したのか、疲れ切った身体をお父さんに抱きつくようにして眠ってしまいました。
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