悪役令嬢、幕間に料理屋で休憩する。
普段は冷たい美少女が、顔をほころばせる瞬間を書きたくて、この作品を作りました。
カランカランと店のドアのベルが鳴った。
美しい長い髪を縦ロールにした、きつい感じの漂う少女が店に入ってきた。
「ああ、お嬢様いらっしゃい」
カウンターの奥から店主のおやじが気さくな笑みを浮かべてやって来る。
店のおやじを見て、少女は破顔した。
「ああーもう、疲れましたわ」
少女はカウンター席に優雅に座る。大きなため息とともに、少女から漂っていた性格のきつそうな感じは霧散した。
「今回はどんなとこだったんだい」
「それがおやじさん。実はヒロインの子が性悪でうそをつきまくり、わたくしの婚約者に近づいて婚約破棄させようとするいつものお話でしたわ」
「そうかい」
「わたくしは、いじめたことは無い設定なのですわ。せっかく悪役令嬢として登場したのに、またヒロインをいじめられなかったんですの」
「なるほど」
「はー。疲れましたわ」
「とっておきを用意したよ」
店のおやじは、すっとカウンターテーブルにひとつのカップとスプーンを置いた。
「ほれ、頑張ったごほうび」
「今日は何ですの?」
「とろっとろのプリンだよ」
プリン、と聞いて少女はみるみるうちに可愛らしい笑顔を浮かべた。入って来た時の冷たさがにじむきつい顔など、どこかへ飛んで行ってしまったようだ。
「ありがとうおやじさん」
少女は礼を言って、スプーンでプリンを口に運んだ。その様もこの少女が行うと絵に描いたように美しい。
少女はとろけるような笑顔を浮かべてプリンを頬張った。
「この一品があればこそ、辛いお役目も耐えられますわー」
少女は小さなプリンを完食して呟いた。
「お疲れさん。そろそろ次のお話が始まるんだろ」
「そうでしたわ」
いけない、と少女は表情を元に戻す。あっという間に悪役令嬢らしい表情になった。
「いつもお疲れさま。頑張って行ってらっしゃい」
「行ってきます、おやじさん」
少女は毅然とした様子で店のドアを開けて出て行った。
作者から貰う新たな名前で、新たな悪役令嬢物語の始まりである。
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