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ミミカカレタネコ


吾輩は猫である

誇り高き虎ネコストライプドタビーである。

最近、実はある悩みがあるのである。

悩みと言うのは耳のことだ。

無論、色形についてのことではない。

吾輩の頭頂にピンと立つ、優美な三角のラインを描く耳。

それに不満がある筈もない。

人間と違い左右に別々に動かせる耳は収音器官としても実に高性能なのである。

ところがそんな吾輩の自慢の耳なのであるが、つい先日吾輩も知らぬ秘密があることに気がついてしまったのだ。

つい先日、目にしたあの“いけ好かぬ青い目をしたヤツ

アイツがされていた耳掃除なる行為。

あれがどうにも気になって仕方がないのだ。

ううむ、思い出しただけで耳が疼く。

あのときは吾輩が驚いたせいで未遂に終わってしまった。

まさに悔恨の極みである。

あの耳の中を触られる感覚。

吾輩も嗜みとして毛づくろいを怠ることなどないのだが、あの耳を触られる行為はそれとは違う、得も知れぬものがあったのだ。

驚いてご主人がすぐに止めてしまったのだが、あれには続きがあるに違いない。



「どうしたの? しゃもじ~?」

赤い縁の眼鏡をかけた人間のメス、つまり吾輩のご主人様が吾輩の顔を覗きこんでくる。

今日は7日に1度のご主人様の休日なのである。

ご主人曰く「本当は週休2日だから、あと1日休みがあるはずなのに…」と言っているので、本当はもう1日休んでいるはずなのだが、そんな姿はとんと見たことがない。

まぁ、何にしても休みは大切なのである。

吾輩はご主人の膝の上に乗ると、両の耳を勢いよくピクピクと動かし「にゃ~ご」と鳴く。

そうしてもう一度耳を勢いよくピクピクと動かす。

つまりはそういうことだ。

だというのに、ご主人には今一つ我が意図が伝わらないらしい。

「よ~し、今日は家でゆっくり出来るから遊ぼうか」

ご主人は部屋の隅にある箱から、紫色の猫じゃらしの玩具と、音の鳴るボールを取り出す。

うむ、それも良い。

だが、そうではないのだ。

「ほら、しゃもじ。こちょこちょこちょ~」

ご主人の持つ猫じゃらしが弧を描きながら吾輩の頭を撫でていく。

むっ…いかんな、リズミカルに動く猫じゃらしのワシャワシャが吾輩の狩猟本能を刺激する。

むぅ……追いかけたくて仕方がない。

いや…しかし……今日はそれではないのだ。

「ほ~ら、しゃもじ。こちょこちょこちょこちょ~♪」

紫色のワシャワシャが吾輩の視界を左右に移動する。

いかん、吾輩の狩猟本能が、太古の記憶が呼び覚まされる。

「よしよし、よ~し、しゃもじ、ジャンプッ!」

吾輩は紫のワシャワシャに向かい、ぴょんと飛び跳ねた。




ひとしきり遊び終えた吾輩は心地よい疲労とともに座卓の上に寝そべっていた。

ここが吾輩の特等席だ。

最近ご主人が忙しかったせいで、これだけ動いたのは久しぶりなのである。

見ればご主人も少し疲れたのか、ダボダボの上の服を脱いで透明なコップで何かを飲んでいる。

あれは最近、ご主人が好んで飲んでいる黒いお茶であるな。

よくがぶ飲みしているのである。

しかしあれで腹の肉が落ちると言っていたが、大きく変化が現れた様子はない。

そもそもご主人は、腹も、胸も、胴回りも、均等に痩せているように見受けられるのだが、あのお茶は必要なのであろうか?

ふと疑問に思い、ご主人を見る。

ちょうど上のダボダボを脱いでいるからわかりやすいのだが、胸から腹にかけての起伏のないなだらかなラインは実に流麗である。

うむ、見事。

吾輩のご主人に相応しき体躯である。

吾輩も鼻が高い。

黒いお茶など必要ないぞ、ご主人よ。

しかし参った。

運動したせいで耳がムズムズとしてきた。

我が一族は人間と違い汗を掻かぬのだが、そのかわりに運動をすると耳が熱くなる。

そうして身体を冷やすのだ。

黒いお茶を飲み終わったご主人はひと息つくとパソコンの電源を入れる。

どうやら同族ネコたちを鑑賞するのであるな。

うむ、考えようによってはちょうどよいのである。

吾輩はご主人の膝の上に移動する。

「ん?……しゃもじも一緒に見たいの?」

ご主人は相好を崩して吾輩に問う。

無論、答えは『是』である。

それを伝えるために吾輩は「ニャー」と答える。

そうして優美に尻尾を振って見せればご主人は大喜びなのである。

「うんうん、じゃあ一緒に見ようね~♪」

意が伝わったのか、ご主人はさらに破顔して吾輩に抱き着いた。

ぬぅ…少し苦しいが、まぁ良いのである。

吾輩はご主人の膝の上に鎮座すると次々と移り変わっていくパソコンの画面に視線を向ける。

目的は先日、映っていたヤツである。

色は白黒と違うが吾輩と同じく虎柄ストライプドタビーの同胞にして青い目をしたいけ好かぬアイツなのだが、それがなかなか見つからない。

むっ?……こやつらは何故に鍋に入っておるのだ?

土鍋の中に寝ている同族ネコたちを見て、吾輩は首を傾げる。

そこでふと思い出した。

しばらく前の話だが、ある日ご主人が吾輩をむんずと捕まえてプライパンの中に押し込めたことがあったのである。

あの時は吾輩が何か不始末をしでかし、このままご主人の腹の中に収められるのではないのかと心胆寒からしめられたのだが、どうやらこれを真似ていたようだ。

鍋の中にいる同族たちは皆呑気そうに眠っておる。

危機感のない痴れ者どもめ。

きっとこやつらはこの鍋が地獄の釜だったとしても、気づかぬまま呆けた顔で煮込まれるのであろう。

吾輩は尻尾をゆらゆらと左右に振りながら、呑気な同族ネコどもを嘲弄する。

そうして悦に入っていると目当てのものが視界に入る。

ムムッ、ついに見つけたぞ。

くだんの白黒の同胞である。

見れば、沢山の窓に映っている。

前回は気がつかなかったのだが、どうやらこやつは色々な種類の映像に映っているようだ。

「あっ、これ前にも見た子だ」

ご主人もこやつの顔を覚えていたらしく、見つけるなり目尻が下がる。

これ、ご主人。

あまりこやつを褒めるでない。

それよりも上から三つ目の窓をカチっとするのだ。

促すように吾輩は「にゃご」と鳴く。

「たしか前に見たのはこれだったかな~」

うむ、それでよい。

そのまま選んでカチっとだ。

吾輩に促されるままご主人は右手に持ったボタンをカチっと押す。

そしてその映像が始まった。


相変わらずすかした青い目をしておるな。

むむぅ……しかし認めたくはないが見事な虎柄ストライプドタビーの毛並みである。

まぁ、吾輩には一枚劣るがな。

その白黒のヤツは主人らしき男になされるがままに耳を摘ままれると耳の中に白い布を突っ込まれる。

布越しに耳の内をこそぎ取られると、青い目のヤツは心地よさそうに髭を震わす。

むむむぅ~、これである。

吾輩は尻尾をバタバタと動かしてご主人の気を引いていく。

「ん?……どうしたの」

気づいた。

ここで「にゃ~お」と鳴いてさらに気を引く。

「しゃもじ?」

画面の前に立ち、これ見よがしにピクピクと耳を動かした。

つまりはそういうことだ。

ご主人は最初、吾輩の琥珀色の瞳をじっと覗き込む。

そうしてピクピクと動く耳に気づき、座卓の上にあったティッシュペーパーを手元に置くと、そのままシュッと一枚取り出した。

うむ…『是』である。

吾輩は満足げに「にゃ~ご」と頷いた。





「大丈夫、しゃもじ? 怖くない?」

問題ないぞ、ご主人。

耳元を触られ少しばかり尻尾が震えているが、これは武者震いだ。

気にすることはない。

本当だぞ?

前回と違い、今回は心の準備もばっちりなのだ。

「じゃあ、しゃもじ。やるよ?」

うむ、尻尾の震えも止まった。

仔細しさいない。

大丈夫だぞ、ご主人よ。

声こそ出さぬものの吾輩の意が届いたのか、ご主人は吾輩の自慢の耳を軽く引きティッシュペーパーで拭い始めた。

そうして吾輩の耳に妖しい電気が走り抜けた。

むおっ!……これだ。

前回はこれに驚いて飛びのいてしまったのだ。

だが前回と同じ轍は踏まぬぞ。

吾輩は尻尾に力を込めてこの怪しい感覚をやり過ごす。

どうだ、青い目の同胞よ。

お前に耐えれて吾輩に耐えれぬことなどないのだ。

画面の中でゴロゴロと喉を鳴らすヤツを横目に見ながら、吾輩は己の耳に意識を戻す。

しかしこの耳掃除なる行為。

想像以上に心地よい。

四角に折られた柔らかいティッシュペーパーが耳の内側を撫でると、ゾクゾクとしたものが背筋を這いあがってくる。

耳の奥が熱い。

先ほど運動によって高まった熱ではない。

感じたことのないたぐいの熱が耳の奥からうずうずと湧き上がってくる。

「しゃもじ~、気持ちい~ね~、お腹向けてゴロゴロしてるね~♪」


――なに!?


ご主人の言葉の通り、気がつけば吾輩はだらしなく腹を向けてご主人の膝の上で転がってしまっている。

何たる醜態。

これではまるで先日、唾棄してみせたあの白いヤツと同様ではないか。

クッ……しかし…だが、この耳の奥から湧き上がる心地のよい熱は……

「気持ちいいねぇ~、お口も半分だけあいて、だら~んとしてるね~。よし、今の内にスマホ、スマホ♪」

ご主人がピンク色のスマートフォンを取り出して吾輩を捉える。

ああ、ご主人、無体な、止めてくれ……吾輩のこのような姿を……しかし、この耳を襲う妖しい感覚には逆らえぬ。

ご主人の操る紙片が耳をまさぐる度に、背筋から尻尾のさきまで微弱な電撃が走り抜けて吾輩の自由意思を奪っていく。

「う~ん、しゃもじカワイイ~♪ ほら~、気持ちいいねぇ、気持ちいいねぇ~♪」

だらんと四肢の力が抜けた吾輩の嬌態きょうたいをご主人が記録していく。

ああ、駄目だ。

もう何も考えられない。

耳掃除なる妖しげな技に吾輩は陥落した。



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