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ミミカカレヌネコ

挿絵(By みてみん)


吾輩は猫である。

名前は“しゃもじ”と言う。

何故、ご主人が杓文字しゃもじなどというふざけた名前をつけたのか皆目見当がつかないが、物心ついたときにはそう呼ばれていたので仕方がない。

生を受けて2年になるが、幼少のみぎりはこのふざけた名前のせいで歯噛みをしたものである。

うむ、文句を言うのはここまでにしておこう。

何故ならドアの開く音が聞こえて来たからである。

スリッパを履いた足音がパタパタと聞こえてくる。

この家は1DKなる建物で廊下が短いのである。


「しゃもじ~、ただいま~」


部屋に入るなり飛びついてきた赤い縁の眼鏡をかけてパンツスーツなる衣服を身に纏っているメスの人間。

これが吾輩のご主人である。

「あ~あ、もう~、今日も仕事疲れたよ~」

ご主人は毎朝、「肩が凝るから嫌だ」といつもいっているスーツなるものを身に纏い出勤する。

生活のために日夜働いているのである。

きっと以前から話題に上っている“おつぼね”なる人物に苛められたのだろう。

吾輩はご苦労と慰労の意味をこめ「にゃ~ご」とねぎらってやる。

「あ~あ~、もう、私の味方はしゃもじだけだよ~お」

労いが通じたのか、ご主人は吾輩を抱きかかえるとグリグリと頬ずりをする。

メガネが当たって少し痛い。

それにあまりされると吾輩の自慢の虎柄ストライプドタビーの毛皮が乱れてしまうではないか。

吾輩は落ち着くがよいという意味をこめ「にゃ~お」と喚起する。

「ああ、ごめん、しゃもじ、痛かったね~」

うむ、分かればよい。

それよりご主人よ、帰って来たそうそう悪いがお腹がすいたのである。

「そうそう、ご飯だよね、今、準備するからね~」

そう言いながらご主人は大嫌いだというスーツを脱いでハンガーに掛ける。

その下に着ている、これもまたあまり好きではないというブラウスはベッドの上に脱ぎ捨てる。

どうもこれらの服は肩が凝るらしい。

吾輩にはそもそも『肩』なるものがないためにその辛苦は理解出来ぬのだが、そのようなものを身に纏わなければならない人間の世の中というのは大変なのである。

そんなことを考えていると、普段のダボダボした服へと着替たご主人は戸棚の奥から吾輩の食事を取り出してくる。

見ればそれは缶詰である。

吾輩はそれを見て唾を飲み込んだ。

うむ、今日は当たりの日なのである。

最近は袋のカリカリが多かったのだが、缶詰のムキュムキュの方が美味なのである。

流石はトップブリーダーとやらが推薦するシロモノだ。

トップブリーダーが如何なる者かは存ぜぬが、恐らく吾輩と同じく美食を愛する健啖家に違いない。

「ほら、しゃもじ、ご飯だよ~」

取り出した中身を吾輩愛用の黄色い皿の上に置いて、ご主人はピンク色の小さな板を構える。

吾輩はそれを気にせず、出された皿の上のものをむしゃむしゃと食べる。

うむ、やはり缶詰のムキュムキュは良い。

一心不乱に食べ、気づけば皿まで舐めていた。

「しゃもじ、美味しかった~?」

無論である。

吾輩は『是』と意味合いを込めて、満足気に「にゃあ」と鳴く。

ピンク色の板を構えたご主人は大喜びだ。

最近、知ったのだがあのピンク色の板はスマートフォンなるもので、どうやら吾輩の姿を記録することが出来るらしい。

何のためにそんなことをしているのかイマイチ要領を得ぬのだが、どうにもご主人は吾輩の姿を同好の士に自慢したいらしい。

「あ~、私もお腹すいた~」

ひとしきり吾輩を取り終えると、ご主人も台所に向かい食事の準備を始めた。





食事を摂り終えたご主人はご満悦だ。

居間にある座卓に置いたパソコンを操作しながら、ニヤニヤとした顔でディスプレイを眺める。

その座卓に座りご主人を半眼で眺めるのが、吾輩の仕事である。

もちろん吾輩を居らずとも問題はないのだが、ときおり話しかけてきたときに「にゃ~」と応えてあげるとご主人は非常に喜ぶのだ。

ご主人は寂しがり屋なのである。

まぁ、応えるのは5回に1回程度だが、そこはご愛敬というものだ。


「う~ん、この子もこの子もこの子もかわい~な~」

画面には他所のヤツらが映っている。

もちろん吾輩こそがもっとも愛らしいであろうことは疑いの余地などないのだが、どうにもご主人は移り気だ。

吾輩は不満げに顔を背ける。

しかしご主人は気づかず、画面の中の他所の連中に夢中になっている。

「ほらほら、しゃもじも見てよぉ~、お友達がいっぱい映ってるよ~」

言うなり、吾輩をむんずと捕まえて膝の上に乗せてきた。

少し不満ではあるが、こうして膝の上に乗せられては見ぬわけにもいくまい。

気乗りせぬまま、吾輩は座卓に乗せられたパソコンに視線を向けた。

そこに映っていたのは様々な同族ネコたちの姿だ。

白いの、黒いの、毛のないの、中には吾輩と同じく誇り高き虎柄ストライプドタビーの同胞もいる。

ぬぅ…悔しいがこの同胞のメスなどはなかなかの見目である。

そんな中、ご主人が画面に映った窓を矢印でカチリと押すと、窓の中の白いヤツが動き出した。

「ほら、これなんか可愛いんだよね~」

言われるがままにその窓を見ると、白いヤツがゴロゴロと鳴きだしながら腹を出して寝そべっているのが映っている。

ふん…なんだ、こんなもの。

吾輩の方が断然可愛いのである。

だというのにご主人は白いヤツに夢中だ。

まったく面白くないのである。

画面に映っている白いのはあざとく「ニャーニャー」鳴くと主人らしきメスに腹を撫でられている。

ふん…誇りを持たぬ飼い猫め。

まったく無様なものだ。

口ぎたなく「プシャーッ!」と罵ってやると、ご主人は驚いたのか吾輩の顔を覗きこんできた。

「ど、どうしたの? しゃもじ?」

ムッ?……いかんな。

吾輩としたことが、ご主人を不安がらせてしまったようだ。

安心させるために今度は高い声で「ニャー」と鳴く。

「うんうん、怖かったんだね。ごめんね、しゃもじ~」

吾輩が鳴いてあげるとご主人は相好を崩して頭を撫でてくる。

その後もご主人は吾輩を膝に乗せたまま次々と他所の同族ネコの動いている姿にご満悦だ。

吾輩はそれを膝の上で見るわけでもなく、適当にやり過ごす。

そのときだった。


「ん?……どうしたの? しゃもじ?」

吾輩の視線があるところでピタリ止まる。

それは吾輩と同じく虎柄ストライプドタビーの毛並みをした同胞だった。

吾輩の毛並みは焦げ茶に黒の雉柄であるが、こいつは白と黒の縞柄だ。

青い目をした少しいけ好かなぬ顔立ちではあるが、まぁそれはよい。

最初、吾輩はそいつが何をされているのかよく分からなかった。

白黒の同胞はピンと立てた耳を布のようなもので拭かれている。

白い布が耳の中をクリクリと動かす度に、白黒のアイツはピクピクと髭を動かす。

青い目も気持ち良さげに閉じられて、それが実に心地のよい行為なのだということを伝えていた。

「ふぅ~ん、しゃもじは耳掃除に興味があるんだね~」

耳掃除?

何だ、それは?

吾輩が目を白黒させていると、ご主人は座卓の上に置いてあったティッシュペーパーの箱に手を伸ばした。

「よ~し、しゃもじ。じゃあ、耳掃除してみましょ~」

ご主人の瞳が玩具を見つけた悪戯っ子のように楽し気に緩む。

ご主人は人間の中では若い方なのであるが、こうして笑うと余計に幼げに見えるのである。

それにしても耳掃除?

吾輩は今から、それをされるのであるか?

少しばかり不安な気持ちになるが、パソコンのなかにいる白黒のアイツは随分と気持ちが良さげだ。

逃げようかとも思ったのだが、好奇心がムクムクと膨らんでいく。

人間の言葉には「好奇心は猫を殺す」という言葉があるのだが、まぁ、ご主人が相手ならば命を取られることはあるまい。

覚悟を決めて、吾輩はご主人に撫でられるまま喉を鳴らす。

「ゴロゴロいってるね、気持ちいいね~」

実際にご主人に顎の下を撫でられるのは非常に心地がよいのである。

ご主人の指が吾輩の毛並みを梳くように背中を通り過ぎていく。

その感触が実に好い。

「じゃあ、次はお耳をキレイキレイにしましょうね~」

そうしてティッシュの箱から一枚の紙を取り出しすと四つ折りにして右手で構える。

左手は吾輩の三角にピンと立てた耳を軽く引っ張っていた。

いよいよ、耳掃除とやらが始まるようだ。

「ほら、怖くない、怖くないよ~」

うむ、既にはらは決まっている。

遠慮する出ないぞ、ご主人。

そうして軽く引っ張られた吾輩の右耳にご主人の摘まんだティッシュペーパーが入り込んだ。

ん!?

何だ、これは!!!

吾輩は思わず「ふぎゃっ!」と声を漏らした。

「どうしたの!? 痛かった??」

不安そうな視線が吾輩の額を射抜く。

いや、違うのだ、ご主人よ。

そうではない。

「ごめんね、怖かったね。もうしないからね」

泣きそうな顔でご主人は吾輩に陳謝する。

いや、違うぞ、ご主人。

違うのだ。

吾輩は抗弁するように「にゃおにゃお」と鳴くのだが、どうにもうまく伝わらない。

「そうだよね。急にこんなことされたらビックリするよね」

ご主人は吾輩を抱きかかえると、頭を撫でる。

これはこれで気持ちがよいのだが、今はそれをして欲しいのではないのだ。

もう一度訴える度に、吾輩は「にゃおにゃお」とご主人に語り掛ける。

しかしご主人は謝るばかりで、ついにはパソコンの電源も切ってしまった。


うむ……そうではないのだ、ご主人よ。


しかし耳掃除か。

あのようなものがあったとは世の中は広いのである。

脳裏にいけ好かぬ青い目をした同胞を思い出しながら、その日の吾輩は諦めて床に着くのだった。



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