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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

茶々兎馬

作者: 魔王T

 一頭の馬が荒野を駆けていた。

 主を背に乗せ、ひたすらに西へ、西へと。


 馬が主と出会ったのは一年ほど前だろうか。今と同じ、落葉の頃だった。

 栗毛と呼ぶには少々くすんだ毛並みの馬を、その男はいきなり笑い飛ばした。

「なんじゃこの茶っちゃい馬は。栗毛とも赤毛とも言えん。ただの茶色ではないか」

 馬は憤慨した。毛並みで我の価値を決めるつもりかと。

 我らの真髄は地を駆ることにある。こと、我はそれに於いて誰にも負けない自信があるというのに。

 この男は、ただ見た目だけで我を笑いくさったと。

「ほんに茶色じゃのう。はじめて見たぞこのような色の馬は」

 しげしげじろじろと馬を眺めながらその周りをゆっくり歩く男。

 そうだ、そのまま我の後ろに来い。失礼な貴様にはしたたかに蹴りをくれてやろう。

 馬はそう考えたが、しかし男は後ろにはまわるではなく横より近寄り、馬の背をぽんぽんと軽く叩いた。

「じゃが、よい目をしておる。四肢もよい。こいつはよく走る馬じゃ」

 その言葉に馬は目を丸くしたが、すぐにふふんと鼻を鳴らした。

 なんだ、よく判っているではないか。

「決めた。この馬をもらうぞ」

 そのときから、男は馬の主となった。


「おんしは今より儂の脚じゃ。戦場を駆け巡る儂の脚じゃ」

 豪快に笑う主。馬はひひんと喉を鳴らす。

 我の主としてはいささか不足だが、気に入った。貴様の脚となってやろう。

 そして馬は幾多の戦場を駆け、多くの功績を男に与えたのだった。


 馬と男はたいそう仲良くなり、戦のないときは主と共に野山を駆け、川で水を浴び夜には酒を酌み交わした。

 もとよりいつでも機嫌のいい男は、酒を呑めばさらに上機嫌となる。

「昔、武神と呼ばれた男を乗せた馬がおってな」

「その馬は赤兎と呼ばれ、日に千里を駆けたというそうじゃ」

「別に千里を駆けろとは言わんが、おんしはその赤兎に勝るとも劣らぬと思うておる」

「そうじゃ、おんしにも名前をやらんとな。うむうむ、どんな名前をくれてやろうか」

 考え込んだ男に、馬はさてどんな名前をくれるのかと待ち構える。ほどなくして、男はぽんと手を打った。

「よし、茶々兎がよかろう。おんしの名前は茶々兎馬じゃ。赤兎に負けぬ茶々兎馬じゃ」

 主よ、それはいささか格好がつかぬのではないか。

 名付けの心得が足りぬ主に文句を言うも、ところが馬の瞳はまんざらでもなく。

 仕方がない。主の為なら日に千里くらいは駆けてもやろう。


 よく笑い、よく動き、男は馬の世話もよくしてくれる。

 けれど馬はひとつだけ不満だった。馬に対する男の言い様が不満だった。

「おんしはいつ見ても茶っちゃいのう。他にはおらんぞこのような茶っちゃは」

 何故、主は事あるごとに我の毛並みを笑うのだ。やはりそれは失礼だと思わないか。主とて自分の顔を笑われて素直に喜べはしないだろう。

 だが男が馬の言葉を解するわけようもなく、馬の不平が解消されるはずもない。

「どうじゃ儂の馬は。茶っちゃいであろう」

 主、我を自慢するならば他にあるだろう。だから何故に我の毛並みばかりを茶ちゃいと語る。

「ほれ、これほどまでに茶っちゃい馬など世の中にざらにはおらんて」

………まあ、いいか。

 馬もそのうち茶ちゃいと呼ばれることを心地よく思いはじめた。


 男は夜になれば決まって杯を片手に馬屋に向かい、色々と馬に語って聞かせた。

「駆けるなら西じゃな。東はすぐに大海がある。さすがのおんしとて海を駆けることはできまいて」

 なにを言うか主よ。海を駆けるはまだ試していない。我なら出来るかもしれんだろう。

「西は遥かに大地が続くそうじゃ。駆けても駆けてもどこまでも駆けることできるじゃろう」

 ほう、それはいい。では我は主を乗せて西の大地をどこまでもどこまでも駆けてみようか。

「その西の果てにはでっかい都があるそうでな、なんと酒の泉があるとかいう話じゃ」

 また酒か。本当に主は酒が好きなのだな。

「此度の戦ももうすぐに終わろう。そしたら茶々兎よ、儂と共に西の都を目指してみんか」

 よしきた主。千里が万里であろうと我が果てまで駆けてやろう。


 だがしかし、最後の戦は男にとっても馬にとっても不運なものとなってしまった。

 敵方の奇襲を受け、軍は瞬く間に壊滅し男もまた幾多の矢をその身に受けたのだ。

「大将を射止めたぞ。その首を落とせー!」

 馬鹿な、我がそれを許すと思うか。

 いななき、群がろうとする兵を蹴散らし馬は駆けた。

「逃がすな、止めろ。矢を射掛けろ!」

 止まらぬ。止められると思うな、我を。主を乗せた、この我を。

 降り注ぐ矢の雨を掻い潜り数多の追っ手を振り切って、馬は戦場を飛び出した。


 主、大丈夫か、主。

 戦の音も遠のいて、馬は男に呼びかけた。

 けれど男は動かない。動かぬままに、男の腕は手綱を握ったまま離さない。


 我に駆けろと。まだ駆けろと言うのだな、主よ。

 握られた手綱を主の意思とし、止まることなく馬は駆ける。


 どこへと。


 主は言った。

 この戦が終わったら、西の都を目指すと。


 馬は走る。


 千里を一徒に、万里を一駆に。

 西を目指し、茶々い毛並みを風へと変えて。


 主の望んだ、西の果てへと…

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