第十六話:不可侵条約
その場にいた者たちの動きが全て止まったように見えた。
・・・・・否。
全員の動きが止まっているのだ。
身体から放たれる威圧感は場の者たちを圧倒して鋭く研ぎ澄まされた黒の瞳は真っ直ぐに私を捕らえていた。
「・・・・・・・」
私は何も言えずに夜叉王丸を見つめていた。
「・・・・・」
不意に鋭かった夜叉王丸の瞳が優しく笑ったように見えた。
ドキッ
と心が時めいた。
「や・・・・・・」
私は無意識に夜叉王丸に歩もうとしたが
「貴様っ。何しに天界に来た?!」
ユニエールが私の腕を掴んで叫び声を上げると会場の者達は動き出した。
騎士達は剣と槍を片手に夜叉王丸を囲んだ。
「のこのこ一人で来るとは馬鹿な男だ」
ユニエールは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「・・・・・・」
対して夜叉王丸は落ち着いた表情で何も言わなかった。
「ヴァレンタインを傷つけた罪を晴らしてやる」
ユニエールの合図で一斉に夜叉王丸に襲い掛かろうとした。
「・・・やめい!!」
大声で威厳のある声が部屋に響いた。
「その悪魔を、飛天夜叉王丸殿を殺すな!?」
夜叉王丸の後ろから出て来たのは軍上層部の一人で都の警備を一切、取り仕切っている高級参謀だった。
「この方は魔界からの正式な使者だ。殺す事はならん」
使者?どういう事?
私を含めて皆は首を傾げた。
「この度、魔界と天界は不可侵条約を結ぶ事にした」
その為に夜叉王丸と数人の使者が来たんだと説明する参謀。
「天界が魔界と条約など・・・・・・・!!」
ユニエールを始め数人の騎士たちが激怒した。
それはそうだろう。
魔界が出来てから数千年が経ったが一度も条約を結んだ事などないのだから・・・・・・・・・・
「これはもう決まった事だ」
ユニエールの反論を無視する形で参謀は続けた。
「これから暫くの間、夜叉王丸殿と使者は城に滞在する」
決して剣を向けるな、と無言の圧力を出す参謀。
その圧力にユニエールと騎士たちは唇を噛んだ。
「・・・時にヴァレンタイン令嬢」
不意にわたしを見て話し掛ける参謀。
「は、はいっ」
「夜叉王丸殿を客室に案内しろ」
参謀の命令に私は無言で頷くと夜叉王丸に近づきドレスの裾を持って会釈した。
顔見知りとはいえ、この場で親しむ態度は厳禁だ。
「・・・・ヴァレンタイン子爵令嬢です。どうぞ、こちらへ」
私が挨拶すると夜叉王丸も解っていたのか被っていた帽子を取り会釈してきた。
「・・・飛天夜叉王丸男爵だ。宜しく頼むよ。レディ・ヴァレンタイン」
黒の瞳で微笑み掛ける夜叉王丸。
その姿を見て、また会えた嬉しさに涙が出るのを抑えて私は夜叉王丸を連れて舞踏会場を後にした。
舞踏会場を出る時に後方で参謀が
「今日の舞踏会は終わりだ」
と言うのを遠くで聞いた。
それと同時にユニエールの怒鳴り声が聞こえたが敢えて無視する事に決めた。




