第十五話:囚われの天使
魔界から天界の境界線まで行くのは苦労したが、その後はスムーズに進んだ。
境界線にある地方拠点に行ってそこの責任者に身分を明かした。
責任者は私の身を拘束すると都まで護送した。
都に帰えると直ぐに軍法会議に掛けられた。
捕虜である私には弁護士も付けられず何の準備もされず参謀長官の前に立たされた。
軍上層部から見られる中で私は死刑は免れぬと覚悟していた。
しかし、私の予想は外れて
「・・・死天使、第七十部隊隊長ヴァレンタイン子爵令嬢を禁固刑に処す」
何故?
死刑ではないの?
疑問が頭に浮かんだが質問を終える前に裁判は閉廷してしまった。
しかし、連行されている時に自分が貴族だから王族に叛旗を翻した反逆罪でも限りは死刑にならないと気づいた。
裁判が終わってから私は参謀長館が私用で建てた屋敷の一室で監禁されている。
窓には魔術で強化された鉄格子が嵌められていて扉の外には武装した二人の兵士が監視している。
部屋からは一歩も出れずに話し相手も居なかった。
「・・・・・・」
無言で溜め息を吐くと椅子に座った。
「・・・・何で、死刑じゃなかったのかしら?」
自分は捕虜になり、あろう事か自分の意志で魔界に行き暮らした。
軍人としても天使としても貴族としても最悪だ。
幾ら貴族だからと言って死刑じゃないなんて・・・・・・・
「・・・・父上と母上は何と出るかしら?」
政略価値もなく恥さらしな私を両親は簡単に見捨てるだろう。
元から両親は私を政略結婚の道具としか見ていなかったのだから。
だから、見捨てると思っていたのに・・・・・またしても予想は外れた。
前触れもなく私を訪ねて来た両親は私を引き取りたいと軍上層部と交渉した。
交渉は思いの外に成立して私は両親に引き取られた。何で急に私を引き取りたいなどと言ってきたのか。
「・・・何で私を引き取ったのですか?」
揺れる馬車の中で両親に質問した。
「・・・・・お前は知らなくて良い事だ」
父上の憮然とした声が返答した。
「・・・・・・」
反論したかったが許されずに終わった。
恐らく世間体で引き取りたかったのだろう。
屋敷に着くと自分の部屋に案内されて終わった。
「・・・・一体なにを考えているの?」
色々と考えたが結局は分からずに終わってしまった。
天界から帰還して一月が経った。
何もせず、ただ無気力に過ごす毎日が過ぎていった。
魔界に居た時はリアやフレアが話し相手になったし、暇さえあれば皇帝や将軍が話し掛けてきた。
・・・・・何より、魔界には・・・・夜叉王丸がいた。
私の命を賭してでも愛したいと想った夜叉王丸が・・・・・・
しかし、ここには夜叉王丸は居ない。
自分から彼の元を去ったのに、こんなにも身を焼かれるような痛みに悩まされるなんて・・・・・・・
「・・・貴方は、いま無事なのですか?夜叉王丸」
鉄格子は無いが堅く閉ざされた窓から私は魔界の方角を眺めた。
腕の傷は治ったのか?
リアと仲良くしているだろうか?
色々な事が思い浮かんだ。
その時、ドアを叩く音がした。
思考を中断した。
「・・・どうぞ」
入室を促すと数人の下女が入ってきた。
「旦那様からの命令です。城で開かれる舞踏会に一緒に出席せよ、との事です」
淡々と説明して何着かのドレスと宝石を差し出す下女に嘆息した。
「・・・・分かったわ」
質問しても答えは期待できないのを理解したため承諾してドレスを選び始めた。
青、赤、翠、紺、黄色などと様々なドレスを見た。
本当なら好きな相手の為に皆は選ぶが私の好きな人は傍にいない。
だから、ドレスも宝石もどうでもよかったので適当に下女に選ばせた。
下女が選んだのはシンプルな赤のフォーマルドレスと金の首飾りとエメラルドの指環だった。
それで良いと言って下女に支度をさせた。
「出来たか?ヴァレンタイン」
二時間後、父上が私の部屋を訪れた頃には支度を終えていた。
父上はちらっと私を一瞥しただけで母上と一緒に部屋を出て行き私も数歩下がって後を追った。
下男下女に見送られながら私と両親を乗せた馬車は城へと向かった。
「・・・・・・・・・」
馬車に揺られている内に夢を見ていた。
漆黒の鎧を身に纏った夜叉王丸の腕の中で私が微笑んでいる夢だ。
これが夢ではなく現実なら、どんなに喜んだ事だろうか。
武人らしい逞しい肉体、鋭くも優しさがある漆黒の瞳、腰まで伸びた闇の髪・・・・・・・全て私が望んだもの。
夜叉王丸と一緒になれるなら白い翼が黒く染まり“堕天”の汚名を付けられようと平気なのに・・・・・・・
馬車が止まるのと同時に馬車から降りた。
馬車の外では白銀の真新しい甲冑に身を包んだ騎士が出迎えてきた。
・・・・何の真似?
私が戸惑っていると
「ヴァレンタイン様に敬礼!!」
指揮官らしき男が敬礼すると他の騎士達も習った。
「・・・・・・」
私は訳が解らず首を傾げたか騎士達は気にしていなかった。
寧ろ納得するような顔をしていた。
「驚いても無理はありませんね」
指揮官は微笑んだ。
「ヴァレンタイン様は捕虜になりながら飛天夜叉王丸を倒し帰還した英雄です」
「今日、城で開かれる夜会はヴァレンタイン様の完治と天界への帰還を祝う夜会です」
一瞬、言われた事が解らなかった。
私が夜叉王丸を倒した?
そんな事がある訳がないのに・・・・・・・・・
疑問と同時に両親が私を引き取った理由が解った。
世間体柄、私を引き取って名を売りたいのだ。
何て貪欲な両親なのだろう。
自分の両親でありながら私は嫌悪感を滲ませた。
「さぁ、中にお入り下さい。ユニエール侯爵も首を長くして待っています」
ユニエールの名前を聞いて私は逃げたい気持ちになったが、両親が左右に立っている為に逃げる事ができずに、城の中へと足を進めた。
「おぉ、ヴァレンタイン。無事だったんだね」
ダンス会場に行くとユニエールが見え透いた演技で私に近づいて来た。
同時に周りの視点が一斉に私に注がれて孤独感と嫌悪感が湧き上がった。
私を殺そうとして利用価値が無くなると冷たく拒絶したのに、ころりと手の平を返してくるユニエールを睨んだ。
「心配してたんだよ。君を助けられずに天界に戻った時には・・・・・・・」
睨む私に苦笑しながらユニエールは近づいてきた。
私の頬に触れようと手を伸ばしてきた。
いや、近づかないでっ。
私に触らないでっ。
全身から寒気が走ったが足が動かなかった。
もう少しでユニエールの手が届きそうになった時だ。
「・・・・その娘、ヴァレンタインに触れるな」
低くナイフのように鋭く氷のように冷たい声。
「き、貴様っ。何でここに・・・・・・!!」
「・・・・・・・・・」
私は聞き間違いなのか確かめる為に後ろを振り返った。
漆黒の鎧に身を纏い黒の長髪を後ろで一本に結って左の黒の瞳は鋭く私に触れようとしたユニエールを睨んでいた。
あ、嗚呼・・・・・・・・
貴方様は・・・・・・
「・・・飛天夜叉王丸様」
私は震える声で愛しながら消えた男の名前を呼んだ。