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逸話:別れの挨拶

私はただ黙って夜叉王丸に抱き締められていた。


抱き締める力は強く抵抗は許されなかった。


だが、耳元で呟く声は抱き締める力とは対象的に弱々しかった。


まるで子供だ。


綺麗な蝶を掌に捕まえたけど、どうしたら良いか分からない子供。


私は何の抵抗もせずに静かに夜叉王丸の背中に手を回し優しく抱き締めた。


フレアが私にしたように母親のように優しく抱き締めた。


どれくらい抱き締め合っただろう。


いつの間にか眠っていた。


目を覚ますと私を抱き締める腕の力が緩んでいた。


上の方に目をやると夜叉王丸は静かに眠っていた。


その寝顔は母親の胸で眠る赤ん坊のように安心していた。


この寝顔をずっと見ていたい。


夜叉王丸の言った言葉が頭を掠めた。


“俺の傍から消えないでくれ”


私の決意を一瞬で鈍らせた言葉。


言葉通り、この男の傍を離れたくない。


だけど、私が傍にいれば無益な血が流れる。


私のせいで血が流れるのは嫌だ。


何より夜叉王丸が傷つくのを見たくない。


だから、消えよう。


人知れず天界に帰ろう。


帰れば殺されるかも知れない。


しかし彼が無事なら私の命なんて安いものだ。


そっと夜叉王丸を起こさないようにベッドから抜け出る。


「・・・さようなら。夜叉王丸様」


夜叉王丸の右手に口付けをして部屋の外にあった窓から飛び出した。


背中から白い翼を出して天界に向かい飛翔した。


私の部下達は夜叉王丸の部下が保護しているから無事だろう。


死ぬのは、私だけで良い。


他は誰も死ななくて良いんだ。


私は自分の胸が急激に痛くなったが我慢して飛び続けた。


もう来る事はない魔界を背にして・・・・・・


「・・・・行かせて宜しかったのですか?」


無感情の声でフレアがベッドで眠っている夜叉王丸に尋ねた。


「・・・・・・」


夜叉王丸はベッドから起き上がり開けられた窓を見つめた。


「あいつを、ここに置いても危険なだけだ」


「天界は危険ではないのですか?」


「・・・・・・・・」


夜叉王丸は無言だった。


天界に帰れば何の後ろ盾もないヴァレンタインは殺されるのは分かり切った事だ。


だが、ここに置いても暗殺者の影に怯え続ける事になる。


しかし、そんな事よりも夜叉王丸が恐れているのは・・・・・・・・・


「・・・・俺自身が、あいつを殺すかも知れない」


自分の手を見下し自嘲気味に頬を歪める。


「・・・・・・」


フレアは黙っていた。


この男は恐れているのだ。


ヴァレンタインに見せた残酷な笑み。


その笑みをいつか愛した女性に向けるのではないか?


大切にしている物を自分自身が壊す悲しさをフレアも知っている。


しかし、壊す前に蝶を逃がすのは愚の骨頂だ。


壊してしまう位に大切なら永遠に閉じ込めていた方が良い。


大切な物を手放して悲しんでいるよりも閉じ込めていた方が潔い。


このままでは・・・・・・また男爵は後悔するだろう。


「・・・・・彼女を追って下さい」


フレアは決意した。


この男にはもう後悔して欲しくない。


何よりも彼女も、ヴァレンタインも本当は男爵と一緒になりたいと思っている。


同じ女だから分かる。


「・・・ヴァレンタイン様は男爵様を好きでした」


「・・・・・・」


「このままでは男爵様もヴァレンタイン様も後悔します・・・・・・永遠に」


フレアはそれだけ言うと一礼して部屋を出て行った。


「・・・・・・・・・」


一人、部屋に残った夜叉王丸は床に落ちていた一枚の純白の羽を取ると握り締めて暫くの間、立っていた。


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