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第十四話:怪我の治療

私は男爵が怖くて堪らなかった。


あの蛇のような残酷な笑みが頭から離れない。


私は怖くて涙が止まらなかった。


「・・・・・・」


フレアは優しく私の背中を無言で撫でてくれた。


暫くして嗚咽が止まる頃合いを見計らってフレアは私に尋ねた。


「男爵様と何が合ったのですか?」


「・・・実は・・・・・・・」


私は男爵の事を話し始めた。


「・・・・なるほど」


フレアは納得したように頷いた。


「貴方が男爵様を怖がるのも無理はないですね」


冷静に淡々と言うフレア。


「誰だってそんな状況で見たら怖くて仕方がないでしょう」


「・・・・・・」


私は黙って聞いていた。


「だけど、男爵様は貴方を護る為にした事です」


フレアの言葉が胸を深く抉った。


男爵は私を護ったのだ。


刺客に刺されそうになった所を男爵は自分の左手を犠牲にして私を護ったのだ。


そして傷ついた私の治療までしてくれた。


それなのに、それなのに・・・・・・私は・・・・・・・・


“いやっ。触らないで!!”


拒絶してしまった。


男爵が怒るのも無理はない。


「・・・・・・・」


悲観に暮れる私をフレアは黙って見ていたが不意に口を開いた。


「・・・・男爵様に謝りたいならこれをお持ち下さい」


目の前に出されたのは救急箱だった。


「今、男爵様は自室に居ます。まだ治療をしてない筈ですから・・・・・・・・」


怪我の治療を口実に部屋の中に入れと言いたいのが解った。


「・・・・ありがとう。フレア」


私はフレアに礼を言うと救急箱を受け取ると駈け出した。


・・・男爵様。


・・・・・私が間違っていました。


私は走りながら罪悪感に苛まされたが構わず走り続けた。


男爵の部屋は東の外れにあった。


「・・・・・・・」


私は意を決してドアノブを叩いた。


コンコン


「・・・・・」


無言だった。


再度たたいたが答えは同じだった。


「・・・・・・」


私はドアノブに手を掛けてみた。


するとドアが開いているのに気が付いた。


そっとドアを押して部屋の中に入る。


部屋の中は薄暗くて視界が悪かった。


少しして視界にも慣れるとベッドで眠る男爵を見つけた。


「・・・・男爵様」


声を掛けたが男爵は無言だった。


「・・・・・・」


解っていたが悲しかった。


「・・・・・うっ」


男爵から何かに苦しむような呻き声が聞こえた。


男爵のベッドまで近づきよく見てみる。


「・・・ひどい汗」


私は慌てて男爵の額に手を置き熱を計る。


「・・・・・ッ!!」


あまりの熱さに驚愕した。


どうしてこんな熱を・・・・・・・


頭を巡らすと刺客の事を思い出した。


刺客のナイフに毒が塗られていたのだ。


左手に巻かれていた布を取ると毒々しく黒紫色になっていた。


私は急いで傷口から毒を吸い出そうと口を近づけた。


「・・・・・口で、毒を吸い出そうと、するな」


弱々しくも威圧的な男爵の声が耳元に聞こえた。


「・・・男爵様っ。起きたのですか?」


男爵は左目で私を見た。


「・・・毒は、抜いた。消毒をしてくれ」


「・・・どうやって、ですか?」


私は息を飲んだ。


事は一刻を争うのだから。


「・・・・・切っ先を焼いて変色している皮膚を、切り取れ」


悍ましい光景が頭を過ぎったが、すぐに行動を開始した。


蝋燭に火を点し男爵から渡された小刀の切っ先を焼いた。


「・・・・・」


私は震える手で黒紫色の皮膚に小刀を刺し動かした。


肉の焼ける音と腐った卵のような臭いがしたが気にしないように作業に徹した。


その間、男爵は呻き声を出さずに耐えていた。


十分くらいで皮膚を切り終えた。


「・・・・・次は、アルコールで消毒して包帯を巻け」


私は言われた通りにテーブルに置いてあった純度の高いアルコールを選ぶとピンを抜いて傷口に流した。


「・・・・グッ」


男爵が小さい呻き声を出した。


一瞬やめようとしたが男爵が眼で続けろ、と言っていたので続けた。


アルコールを流し終えると包帯を巻いて縛った。


「・・・・後は、手を洗ってフレアを呼べ」


それだけ言うと男爵は気を失った。


やはり堪えたのだろう。


私は言われた通り用意した水桶で手を洗うと急いで近くの使用人にフレアを呼んでくるように言った。


使用人は天使である私の命令に渋面を浮かべたが男爵の命が危ないと言うと脱兎の如く走った。


フレアは直ぐに来てくれて事情を説明すると直ぐに部屋に向かった。


「・・・・私は後片付けをするので、貴方は新しい服を着て下さい」


フレアは用意してきた服を私に渡すと小刀などの片付けを始めた。


私も血で汚れたドレスを脱いで服に着替えた。


着替え終えると同時にフレアも片付け終えた。


「・・・・私は何か栄養のある食べ物を用意してくるので男爵様を看ていて下さい」


フレアは私に後を任せると部屋を出て行った。


「・・・・・・」


私は椅子をベッドに持って行き座った。


男爵の寝顔はまだ苦しそうだった。


汗を掻き呻き声を出していた。


「・・・・・・」


私はフレアの用意した水桶にタオルを入れて濡らすと男爵の額に置いて彷徨う右手を握った。


何も出来ないけど、せめて男爵の気が休まれば良かった。


男爵は私の手を力強く握った。


骨が折れるかと思う位の力強さで手を握られた。


だけど、こんな痛みなど男爵の苦しみに比べれば遥かにマシだと思うと痛みが薄れていった。


「・・・・夜叉王丸様」


初めて男爵の名前を呼んでみる。


・・・・・飛天夜叉王丸。


馴染みのない名前だが良い名前だと思った。


彼の名を呼ぶ人々が皆、嬉しそうにしているからだ。


そんな彼を私は・・・・・


「・・・私の為に、申し訳ありません」


自分の無力さに止んでいた涙が再び溢れ出した。


私がもっとしっかりしていれば夜叉王丸様が毒で苦しむ事はなかったのだ。


すべて・・・・ぜんぶ私が悪いんだ。


声を押し殺して泣いていると不意に頬を撫でる感触がした。


「・・・泣くな」


夜叉王丸様が私の頬を包帯が巻かれた左手で拭ってくれた。


「・・・・・夜叉王丸様」


思わず名前で呼んでしまった。


「お前が泣く必要はない」


威圧的な声は変わらない。


だけど、優しさが混ざっているのは気のせい?


「でも、私のせいで・・・・・・」


「・・・・・お前が無事なら、それで良い」


「どうして?!」


私は我慢できずに叫んだ。


「どうして私みたいな天使の為に命を掛けられるんですか!?」


国の為でも部下の為でもない。


ただの一人の女の為に命を掛けるなんて・・・・・


「貴方は、私みたいな女の為に・・・・・死んではいけません」


私のせいだ。


私が何時までも魔界にいるから駄目なんだ。


私が消えれば、もうこの人が傷つく事はなくなる。


天界に帰れば良いんだ。


例え帰ってどんな屈辱や侮蔑が待っていようと彼が無事ならそれで良いと思った。


「・・・・貴方は、生きて幸せになって下さい」


私の言葉を夜叉王丸は黙って聞いていた。


「・・・さようなら。夜叉王丸様」


部屋から去ろうとしたが握られていた手が更に強く握られて引っ張られた。


「きゃっ」


私はバランスを崩してベッドに倒れ込んだ。


間を置かずに夜叉王丸に抱き締められた。


・・・・・え?


私は何が何なのか解らなかったが直ぐに理解して力の限り暴れた。


「や、夜叉王丸様っ。放して下さいっ」


しかし、夜叉王丸は解放しよとしなかった。


「・・・どこにも行くな」


震えるような声が耳元で聞こえた。


「・・・俺の傍から消えないでくれ」


弱々しく懇願するような言い方だった。


「・・・・・・・」


うわ言のように何度も呟くのを私は何も言わずに黙って聞いていた。

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