第七話:ドス黒い欲望
「・・・・・男爵様」
怒りの気を放出しながら廊下を歩いているとヴァレンタインが後ろから声を掛けてきた。
「・・・・・・・」
俺は怒りの表情を見せたくなかったから振り返らずに尋ねた。
「・・・何だ?」
背後でヴァレンタインが怯えたのを感じ取った。
ちっ、女を怯えさせるなんて男のする事じゃない。
「あ、あの・・・・・申し訳ありませんでした!!」
いきなり頭を下げるヴァレンタインに俺は目を見遣った。
こいつは何を謝ってるんだ?
一瞬、首を傾げたが直ぐにピンときた。
ベルゼブルに何か吹き込まれたな。
「・・・・朝食の時に貴方のお義父上様から聞きました」
やっぱりあの義親父・・・・変な事を言いやがったな。
「男爵様が魔界の民衆を助ける為に挙兵したのを・・・・・・」
そして、と言葉を一度きった。
恐らく狸親父の所業も知ったのだろう。
「・・・私達、天界に否があった事も・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
切ない声を漏らすヴァレンタイン。
俺は黙っていた。
ヴァレンタインの声は洗練され汚れを知らない純粋な声色。
しかし、汚れを知らない声は男を知らない事を教えていた。
男を知っている女の声は妖艶な音が入っているが男を知らない女の声は純粋な音が含まれている。
辞めろ。そんな声を出すんじゃない。
その声を聞くと抑えていたドス黒い欲望が沸き上がってくる。
純粋な声を妖艶な声に変えたい。
その綺麗な身体をずたずたに、無茶苦茶にしてやりたい。
何を考えている。こいつは天界に帰る身だ。手なんか出せるか。
振り向いてヴァレンタインを抱き締めたい気持ちを必死に抑える為に腰に差していた刀から小柄を抜いて躊躇せずに左手に刺した。
一瞬、鋭い痛みが走ったが大して痛みはなかった。
そして欲望を抑えられる内に
「・・・・お前は何も知らなかったんだ。気にする事はない」
早口に言うと早足でその場を立ち去った。
くそっ。ベルゼブルが余計な事を言うからこんな目に会うんだ。
手から血が滴り落ちてきたが気にせずに歩き続けた。
「・・・・・・・」
男爵が立ち去ったのを見て私は黙って見ているしかなかった。
怒っているのが分かった。
だって、声がいつも以上に低くて、顔も合わせようとしてくれなかったから。
「・・・・・男爵」
私はポツリとその場に残されて立ち尽くしていた。