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狗の話

ここからは番外編。よければお付き合いください。

現パロ、学パロ、サブキャラ達の過去など様々あります。

第1話目は将軍に仕えた主人公、金時のお話。

昇る月はただ明く。

日のない道を朧げに照らし出すものの、それはやはり不確かで、月見だなんだと呑気な声を尻目に、今、俺の視界には。

ただただ紅く、二つの頭が転がり落ちた。

「はぁ…終わり、か」

渡された帳簿には、今ここに転がる骸の名が記されていた。記憶を辿れば、この二人で最後のはずだ。必要に応じて、始末するものを増やしても構わないが打ち損ないは許されない。

「…とっとと帰るか」

血を払い、錆びた打刀をちらりと見る。帰ればもう捨ててしまうか。何も惜しくは無い、どうせ名も無い寂れた刀だ。これでもう、3本目だが。

重い足取りはけれど慣れたように城へと向かう。人を殺めるたび、重苦しく伸し掛かる重圧にももう慣れた。罪悪感やら良心やら、そんなもの、とうの昔に捨ててしまった。

無事誰にも見咎められることなく城に帰り着き、向かう先は最奥の部屋。大奥の開かれてい無いここは人寂しく静かに過ぎる場所だ。その中で一等良い部屋にここの主人が住まい、その隣、人一人が眠ればもう手狭というような広さの部屋が俺に与えられた檻だった。

「…帰ったぞ」

「ああ、お帰り。きちんと始末はできましたか、鬼神さん」

嫌味な笑みを見返しながら黙って頷き視線を落とす。主人の部屋に報告に来るのは当然義務だがそれに従うのには訳がある。

「じゃあ、今日のご褒美」

投げられた一枚の紙を受け取り、何も答えずにさっさと腰をあげる。一秒だって言葉を交わしたくなど無いと言うのに、主人は嫌味に声を上げて嗤い、可笑しそうな声音で声をかけてきた。

「女の一日なんて、そう毎日変わるものでも無いだろうに。お前も滑稽な男だな」


部屋を辞して、自室に帰り、敷いたままの布団に倒れ込むように横になる。薄い壁だ、声を出せば全て筒抜けなのは万一あの男が狙われた時、俺が守りに行けるためだと言う。きっとそれも嘘では無いが、俺の監視目的もあるのだろう。

「……」

もぞり、男の部屋から漏れた明かりに照らされるよう軽く身じろぎ、慣れたように褒美の紙に目を通す。一通り読み込み、もう一度上から読んで、さらに途中途中を何度か読み返す。満足すれば部屋の隅に置いた火鉢に投げ入れてまた灰の一つに堕とした。

報告書。

朝から飯の支度を手伝い、慣れたように洗濯を始める。食事の一品を任されるほどに市井に慣れた様子。近所の住民、店の常連とも上手くやり、何より仕立て屋と親しい。夕刻まで店を手伝い、本日は夕飯の買い出しを一人で行う。その度絡まれるも、岡っ引きが無事解決、怪我は無い。夜半から簪屋は本日も吉原に向かい消息不明、今朝同様、明け方近くに帰ると思われる。女は何事かを仕立て屋に相談していたようだが、内容までは掴めず。

すぐに想像がつく、いつも通りの何てことの無い日常。彼女は今日も、元気に過ごしているらしい。初めの頃は報告書を読むなり心配したものだが、銀や茜が色々と手助けをしてくれたのだろう。岡っ引きと言うのが彼かは解り兼ねるが、どうやら頻繁に岡っ引きの妻の店に行っているようだから、面識はあるのだろう。彼らの子も、順調ならばいいのだが。偶然見かけるには、俺が街に降りられる時間は少しばかり遅過ぎる。

「…蘭蝶」

他の男の気配はないが、俺を待ってくれているのだろうか。

帰られるあてはない。このまま一生涯飼い殺されたって可笑しくは無い。事実、その可能性が最も高いだろう。けれど、叶うことならば、お前もどうか待っていて欲しい、だなんて。幸せを祈れ無い、裁量狭い俺をお前はどう思うだろうか。

俺を忘れて、他の男と出逢い、恋をして、子を産んで。もしその子を見ることが出来たなら、きっと俺も幸せだと思うのだ。思いはするのだけれど。そう望むには、深く想いすぎてしまったらしい。

「おやすみ、愛し子」

花魁だった面影をなくしていくお前の姿を、市井に馴染み行くお前を、俺はとても、嬉しく思う。

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