大好きの嘘の嘘
恋人を一言で言うなら? と訊かれたら、皆はなんて答えるだろう?
『可愛い』?
『格好いい』?
『格好悪い』?
『賢い』?
『お馬鹿』?
『お洒落』?
『大人しい』?
『やんちゃ』?
きっと訊いた人の数だけの答えがあると思う。私? 私の彼女、リエちゃんは『嘘つき』だ。
リエちゃんは嘘つきだけども、なんでもかんでも嘘をつく訳じゃない。彼女のつく嘘にはちゃんとルールがある。嘘にルールっていうのも不思議な話だけど。彼女は自分の感情にだけ、正反対の事を言ってしまう。そして嘘をつく時は必ず笑うんだ。それはそれは楽しそうに。嬉しそうに。なんでそんなに嬉しそうなの、と訊いてみた事がある。だけど、その理由は彼女にも分からないらしい。分からないけれど、顔が自然と笑っているらしい。
そんなリエちゃんだから、私は一度も彼女に『好き』と告げられた事がない。抱きしめながら、キスをしながら、彼女は私に『大嫌い』だと囁くんだ。彼女の熱のこもった目から、割れ物に触れるような指先から、上気した頬から、私は彼女の感情を読み取る。その作業は確かに楽しいし、幸せだ。だけど一度でいいから彼女の口から好きだと言われたい。
「でも、どうすればいいんだろう……?」
意外に頑固者のリエちゃんはお願いしたって素直に気持ちを口にしてくれない。良い案が浮かばなくて無意味に部屋をグルグルと歩き回る。ふと壁に掛けていたカレンダーが目に入った。そういえば今日は三月三十一日。もう四月のカレンダーに変えても良いだろう。私はカレンダーをベリベリと剥がす。四月の絵柄は春らしい桜の写真だ。
「ん?」
一日の所に赤字で『桜満開』と書き込んである。その文字を読んだ時、妙案が浮かび上がってきた。これならリエちゃんの口から無理なく好きと言って貰える。私はスマホを取り出すと、彼女に送るメッセージを作成し始めた。
「いい天気だね!」
「うん」
時は少しだけ流れて、今は四月一日。リエちゃんと近所の桜の綺麗な公園に来ている。大きめの青いレジャーシートの上には昨日の晩から作ったお弁当が広げられている。桜は見事に咲き誇っていて、ゴツゴツした木の枝を薄ピンクのヴェールが覆っている。まだ午前中で少し風は冷たいが、お日様の光は暖かいし、空も透き通るように青い。なかなかのお花見日和だ。
リエちゃんが傍にいると、いつもドキドキしてしまう私だけど、今日はいつもと少し違うドキドキも混じっている。今日は四月一日、嘘をついても良い日だ。嘘つきのリエちゃんがそれに便乗しないなんて考えられない。嘘に更に嘘を重ねるということは、リエちゃんの口から『大好き』という言葉が聞ける事になる。
「リエちゃん、唐揚げあるよ。唐揚げ、好き?」
リエちゃんが唐揚げを好きな事は知っている。だからこれは確認だ。私の予想通りなら彼女は好きと答える筈だ。
「うん、好き」
リエちゃんはいつものように笑うと唐揚げを取り分けた。その様子を見て、私は心の中で大きくガッツポーズをする。これで遂に彼女から欲しい言葉を貰う事が出来る。高まった期待のせいでドキドキが更に大きくなってきた。
「あのね、リエちゃん」
「なあに?」
リエちゃんはモグモグと唐揚げを頬張っていた手を止めて私をまっすぐに見つめる。その目を見ていたらなんだか急に恥ずかしくなってきた。
「う、ううん、やっぱなんでもない!」
「変なの」
リエちゃんはそんな私を見て柔らかく笑った。彼女はやっぱり可愛い。でも、折角のチャンスを潰してしまった事が悔しい。まあいい。時間はまだまだあるんだから。
空が茜色に染まり始めた。夕焼け空と桜のコントラストも綺麗だ。でもリエちゃんからまだ言葉を引き出せていない私は焦りの方が強くて、景色に集中出来ない。
日が傾いた事でまた冷たくなった風がびゅうっと吹き付ける。寒さにぶるりと身を震わせた私をリエちゃんは見逃さなかった。もう帰ろう、と彼女は立ち上がる。
荷物をまとめて先を歩き出すリエちゃんの服の袖をぎゅっと掴む。
「あのね、リエちゃん。リエちゃんは、私の事……好き?」
リエちゃんは私の問いに目をぱちくりとさせた後、いつものように嬉しそうな笑みを浮かべる。
「…………大嫌い」
リエちゃんの言葉に頭が真っ白になった。なにも考えられないまま、私の両目から涙がぶわっと溢れる。
「な、泣かないで」
リエちゃんは私の反応にぎょっと目を剥くと指先で私の涙を拭い始める。
「だっ、だって、リエちゃっ……嫌いって……今日っ、嘘つくっ……日、なのに…………!」
途切れ途切れ、やっと捻り出した私の言葉を聞いて、リエちゃんは何故か安心したように溜め息をついた。彼女は私の腕を取ると引き寄せる。私は彼女の両腕にすっぽり収まってしまう。
「あのね、エイプリルフールで嘘をついて良いのは午前中なんだ」
「え? じゃあ……?」
じゃあ、リエちゃんの嘘はいつも通りの意味しかないの? 顔を上げてリエちゃんを見ると、彼女は優しく笑って私の額に唇を落とした。