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第07話 スカウトはディナーの後で

「本当にご馳走になっても?」

「年端も行かない子供を外で待たせながら食う飯を、旨いと感じる鬼畜じゃないしな。まぁ、俺の精神衛生の問題だから気にするな」

「……後になって別会計、他人顔して見捨てたりしない?」

「しねぇよ! 少なくとも保護者の立場である限りはホワイト央維さんだよ!」

「うん、央維さんは嘘をつかないと思う」

「だろ?」

「だけど甘い話には必ず裏がある、僕は下層に落とされてそう学んだ。世知辛い世の中をなんの力も持たない子供が渡って行くには、慎重すぎるくらいで丁度良いんだよ」


 さすが弱者に厳しいファンタジー世界と言ったところか。

 何処の世界でも弱者が強者に搾取される構図は変わらないが、スラムで最低限度の法にすら守られない子供は正しく底辺。徹底的に臆病に生きなければ、隙を見せた瞬間にやっと得た食料や小銭を容赦なく掻っ攫われてしまうのだろう。


「その考え方は嫌いじゃない。もしも無償を不安に思うのなら、一つ代価を支払って貰おうか。その方が安心できるだろ?」

「要求次第、かな」

「料理が届く間の時間潰しとして、ルアのプロフィールを聞かせてくれ」

「真実を語る保証は何処にも無いよ?」

「暇さえ潰れるなら捏造でも何でもいいさ。吟遊詩人の真似事の報酬は飯の食い放題、悪い話じゃないと思うが?」

「意外性の薄い、何処にでも転がっている話だよ?」

「仮に俺が居眠りをするような内容だろうと、最低限の仕事さえ果たせば文句は言わん。言っただろ、暇潰しってな」

「OK、雇い主の意向には逆らえない。恥ずかしながら弁士の真似事をさせて貰います」

「時にお前ってさ、何歳なんだ?」

「八つ」

「そうか……リィルさんや、お歳はお幾つですか?」


 返事は無い。彼女はメニューに首っ丈で、こちらの話を聞いても居なかった。

 なるほど、道理で静かな訳だ。


「リィル?」

「はっ、聞いてました聞いてました。リィルは断然お肉がいいと思います」

「それはそれとして、お前は何歳よ」

「んと、九歳です」

「……こりゃ期待薄」

「?」


 これは最早、爪の垢を飲ませてどうこうなる差では無い。

 果たしてリィルの頭が弱いのか。

 それともルアがずば抜けて賢いのか。

 おそらく後者。日本基準に照らし合わせてもルアの知性は高く、世間の荒波に揉まれたの一言で済ませられるレベルを超えていると央維は思う。


「ぼちぼち何か頼まんと店員の目が怖いから、世間話は一度打ち切る。続きは注文の後にゆっくりとしよう。ガキ共、遠慮せずに頼むがいい!」


 今更ながら央維が連れて来られたのは、小さいが小奇麗なレストラン。

 中は満席に近い状況で、しっかり固定客を掴んだ繁盛店と言ったところか。

 いまいちこの世界の標準が何処にあるのか分からない央維だが、店員の接客水準から察するに決して安い店ではないのだろう。

 全般的に身形の良い客も多く、下品に騒ぐ馬鹿も居ない。

 子連れが安心して落ち着ける良い店だと思う。


「なら僕は鳥の香草焼きと野菜のシチュー。後はライ麦パンを」

「リィルは厚切りベーコンステーキ! さらに良く分からないけど凄そうな魔法のオムレツもぷらすっ!」

「ふーむ、今日のお勧めは?」

「本日は滅多に顔を出さない料理長が来ていますので、得意料理の煮込みハンバーグは如何でしょうか」

「じゃあそれにパンも付けてくれ。飲み物はエール一つに、レモネードを二つ。ついでにお任せで直ぐ出せる前菜も人数分宜しく」

「ご注文承りました。料金は先払いとなりますので、頂けますでしょうか?」

「なら、とりあえずコレで」

「お預かり致します」

「一々出すのも面倒だからさ、追加注文もそこから宜しく」

「かしこまりました」


 央維が店員に放ったのは金貨。メニューを見る限り全力で飲み食いしても余る額だが、欠食児童ズの底力がいまいち読めない。毎度毎度財布を出すのもしんどいので、先手を打っておくに越したことは無い筈だ。


「着ている服の質から分かってはいたけど、やっぱりお金持ちなんだ」

「平民だがな。まぁ、豪商のボンボンとでも思ってくれれば概ね正解」

「央維さんと違って余計な詮索はしないから大丈夫」

「言うねぇ。じゃ、遠慮なく詮索するからサクっと始めてくれ」

「はいはい」


 会話の隙間を縫う様に運ばれてきたエールを一口。やや生温くもコクと旨みに満ちた味わいが空きっ腹に染み込み、思わず一気飲み。

 チビチビとレモネードを舐めるちびっ子達を差し置き、二杯目を注文しておく。


「僕の親は荷馬車であちこちを駆けずり回る、ありふれた行商人だった」

「過去形か」

「まあね。身内の贔屓目に見ても稼ぎの良い優秀な商人だったけど、商談で王都を訪れた先月の今頃に何処で感染したのか病でコロっと仲良く死んでしまったよ」

「で、残されたお前は遺産を食い潰しながらストリートチルドレンコースまっしぐら。絵に描いたような逆サクセスストーリが始まり今に至ると」

「一言で纏めるなら、そうなると思う」

「疑問なんだが、これだけ賢いにも関わらず現状に甘んじているのは何故だ? お前ならもっとうまく立ち回る事も可能なんじゃないか?」

「過大評価をありがとう。だけど、この街は僕にとっての新天地。頼れる大人も、身元を保証してくれる後見人も居ない子供が、たった一人で這い上がる事は不可能に近い。かと言って誰かを頼れば騙されて、お金を持っていることを知られれば暴力で奪われる」


 耳に飛び込む重苦しい言葉はフィクションでは無い証。平和な国で不自由なく暮してきた央維には否定することの出来ないリアルがそこにある。


「その証拠に最初に僕から遺産の大半を掠め取ったのは、父と長年取引を続けていた友人だった」

「マジか」

「さすがに騙されて暫くは悔しくて泣き腫らしたよ。でも、泣いても叫んでもお金は戻らない。だから今は高い授業料だったけど、人の善意を信じる愚かさを学ぶ為に必要な支払いだったと思うようにしてるんだ」

「世知辛い世の中だ……」

「そんな訳でお金も無く、背中を預けられる仲間も居ない。正式な市民でも無いから立場も弱い。出来ることと言えば、こうして日銭を稼いで暮すことだけ。ね、つまらない身の上話だっただろ?」


 言われてみて納得。金を持った保護者不在の子共なんて、鴨が葱を背負って猟師の前をうろうろするようなもの。まして一度は痛い目に遭ったのだ。近づくものは全て敵、そう判断するのも必然だ。


「リィルにも分かる話をして欲しいです」

「はいはい、子共は大人の会話に口を挟まない」

「ルアさんは子共じゃないんですかっ!?」

「お前よりは大人だ。ほれ、先付けでも食ってろ」

「扱いが酷いよぅ……あ、にんじん美味しい」


 追加のエールと一緒に運ばれてきた野菜のピクルスを与えてリィルを黙らせ、央維はどうしたものかと思案する。

 おそらく彼女は仲間にすることが可能なNPC枠。裏切る、裏切らないは別として、次に繋がるイベントチャートの入り口である可能性が極めて高い。

 ここはチャンスを与え、経過を見守ることが吉。央維はそう決断する。


「お待たせ致しました」

「待ってました」


 運ばれてきた湯気の上がる料理を前に、話はここで二度目の中断。

 続きは食後にでもと断りを入れ、さっそくハンバーグへ挑みかかる。

 肉汁は十分、デミグラスソースも本格的な洋食屋の味に不満は無い。

 しかし、一口運んだ瞬間に央維は固まっていた。



「……リィル、一口貰うぞ?」

「その代わり、ハンバーグ貰いますよー」


 確信を得る為にオムレツを咀嚼。チーズを加えられたコクのある味わいに、卵白を泡立てることで産まれるふんわり柔らかい食感はプロの手腕。果肉がゴロっとしたトマトソースがピシリと締めるこの構成は、やはり央維の記憶と一致するものがある。


「僕はとても美味しいと思うけど、央維さんの口にはあわなかった?」

「合いすぎて困るんだ」

「?」

「一応確認するか。おーい店員さん!」

「お呼びですか?」

「シェフにさ、央維とリィルが来たって伝えて欲しい」

「はぁ、かまいませんが」


 疑問顔で調理場へと戻ったメッセンジャーを待つことしばし。

 やはりと言うべきか、知った顔がセットになって戻ってくるから侮れない。


「キッチン伊藤、王都店へようこそ。お味は如何でしたか?」

「やはりコックは姉さんだったか」

「その様子だとわたしのお店だと知らずに来て、その上で味から判断したの?」

「いえす。ここに来たのは偶然、狙った訳じゃないんだ」


 そう、味の基本が食べなれた普段のソレと全く同じだった。

 特別な舌を持たない央維でも、これならさすがに分かる。


「ちなみにわたしがお店に出るのは週に一回だけ。普段は後進に任せてるので、このタイミングでやってきた央維君達はとっても幸運だよ。身内から御代は取らないから、家では出さないお金を取る為の料理を是非とも楽しんでいって下さい」

「ラジャ。聞いての通り、姉さんの好意に甘えてタダ飯になった。遠慮せずゴチになれ!」

「はーい!」

「お世話になります」

「聞きたい事や言いたいことはあると思いますが、それは全部お家に帰ってから。お姉ちゃんは忙しいので行きます。デザート部門は少し弱いけど、そこはご愛嬌。一通り食べて感想を聞かせてね」


 店名から何となく思惑は察したが、やはり本人の口から聞かせて貰うのが筋。

 今は特に追及することなく、一お客として食事を楽しむべきだろう。

 そう判断した央維は思考を放棄し、無心で舌鼓を打つのだった。






「次は何処に案内してくれるんだ?」

「本当は有名な芸人が来ているから、そこにと思ったけど」

「何だかんだと飯に時間をかけすぎたよなぁ」

「そうだね。この時間だと、飲む打つ買うの三拍子しか残されていない。如何しますか旦那様。いっそ遊び終えるまで、お嬢さまをお預かり致しますか?」

「うーむ」


 追加で諸々を食べた後にジェラートらしき氷菓で締めた一行は店を離脱。満腹の腹を揺らしながら、ぶらぶらとアテも無く歩き続けていた。

 空は星明りが映える黒一色。現代人の主観で言えば夜はこれからと言ったところだが、ちらりと足元を伺うと繋いだ手の先で舟をこぎ始める少女が居る。

 さすがに昼間にあれだけ歩き、たらふく食べれば眠くもなるのも道理。

 央維としては微妙に”打つ”に興味を引かれていたが、優先順位は変えられない。

 なら、今日はこれで店仕舞いだ。

 左手に荷物、右手に少女、人は同時に三つの物を掴む事は出来ないのである。


「夜の街に後ろ髪を引かれなくもないが、何事も欲張りすぎはいかん。今日は旨い飯屋を見つけただけで満足して、大人しく帰る事にするわ」

「そっか」

「悪いが最後に中央通までの道案内を頼む」

「中途半端な働きに、幾ら付けられるのやら。不安と期待で胸が一杯だよ」

「さてな?」


 いよいよ挙動の怪しくなってきた少女を背負い、央維は先導するルアの後を追う。

 ぶっちゃけ、もう道は分かる。

 欲しかったのは案内役ではなく、交渉の為の時間だった。


「そいや、お前の塒ってどんな感じよ」

「雨風だけは凌げる素敵な一戸建て。廃屋な我が家も住めば都だよ」

「で、これは冗談抜きの質問だ。残りの蓄えで後どれくらいもつ」

「蓄えも残り少ないし、正直……年は越せないと思う」

「対抗策は?」

「無いよ。正攻法で冬を乗り切るだけの収入を得ることは無理だし、かと言って犯罪にだけは手を染めるつもりも無いからね」

「教会がやってる孤児院が幾つか在るだろ。頼れないのか?」

「全てに定員一杯と断られたから無理。ま、座して死を受け入れるほど僕は無能じゃない。八方手を尽くしてどうにかするよ」


 ルアが暗に示しているのは、同情するなら金をくれと言うこと。央維の話にこれ幸いと便乗。情に訴えることで、報酬額上乗せを狙う作戦なのだろう。

 しかし、央維の考えはルアの埒外。予想の斜め上であることに気付けていない。


「それは好都合。つまり正攻法なら、何だってするってことだろ?」

「まあ、ね」

「しんどくても、辛くても、見返りが在れば耐えられるよな」

「……僕に何をさせるつもりだい?」

「聞きたいか?」

「うん」

「その前に覚悟を問いたい。あえて諸条件を伏せた上で聞くが、仮に這い上がるチャンスを与えると言ったなら受けるか?」

「当然さ」

「本当にいいんだな? 一度頷いてしまえば、後戻りは許さないぞ?」

「下がれば崖から転落する瀬戸際に僕は居る。目の前の道が細い糸だろうと、喜んで進まない限り飢えて死ぬだけ。二度は訪れない好機を見過ごす訳には行かないよ」

「それでこそ俺の見込んだ投資対象。未来の為に打つ布石に相応しい人材だ」


 央維の脳裏に描かれたプランは殆ど思いつきであり、現時点で穴だらけ。

 ザルで水を掬う諸行に近いが、これは一人で考えているからこその無茶だ。

 知恵が足りないなら補うだけ。頼れる”自分”の力を借り、三人集まれば文殊の知恵な格言を生かせば大概の不可能は引っくり返ると確信している。

 だから自信を持って告げた。端折り過ぎて誤解を招く一言を。


「よし。テストを受けさせてやるから、手始めに一晩付き合え」

「……は? 僕は男の子だよ?」

「いやいや、男装の無理やり感が見え見えだから」

「ひょっとして……最初から、気付いていたのかい?」


 露骨に狼狽して後ずさるルアに対し、極めて冷静な央維は追撃の手を緩めない。


「この業界じゃ良くある話だからな。どうせ女は舐められるからと、自己防衛も兼ねた変装だと俺は踏んでいる」

「いやその、ぐうの音も出ない見事な推測だけど……」


 栄養不足だけで片付けられない細い体、高い声質。他にもヒントは幾らでも転がっていた。

 つまり、最初から観察対象として見ていた央維に無抜けぬ道理もなし。

 俗に言う”お前のようなバアアがいるか!”の逆パターンだった。

 むしろ、どうして男物の服と帽子だけの偽装で誤魔化せると思っていたのやら。

 しっかり者に見えるこのルアと言う少女、実はうっかり属性持ちなのかもしれない。


「さあ、どうする? 無理にとは言わないが?」

「……リィルさんも、僕に向けるのと同じ目で見ているの?」

「うむ、お気に入りの玩具だぞ」

「……合格すれば、最低でも旬を過ぎるまでは面倒を見てくれる?」

「旬? よく分からんが、頑張り次第で人生大逆転も夢じゃないと思う」

「……最後の質問だよ。拙くても、精一杯奉仕すれば痛くしない?」

「俺は褒めて伸ばす主義。不必要な暴力を絶対に振るわない」

「……うん、それならいいや」

「なら、最後にもう一度だけ聞く。差し出したこの手をどうする?」


 子供と侮らず誠意を持って右手を差し出し、全てを本人に委ねて待つ。

 すると返ってきたのは振り払いではなく、力強い握り返し。

 体の震えは隠せていないが、決意の込められた瞳だけでも信用に値する。


「この話、是非とも受けさせて欲しい」

「存外に悩まなかったじゃないか」

「これで騙されたとしても、僕の目が曇っていただけのこと。小さい子好きは……まぁ、女の子狙いなら許容範囲と目を瞑るよ。値の付かない体が手付金になると思えばありがたい話さ」

「……あぁ、そう受け取ったか。こりゃ齟齬を指摘するより、放置する方が面白そうだ」

「ごめん、聞き逃した。何か言ったかい?」

「独り言だから気にするな」

「うん?」


 よいしょと、何も知らないリィルを動かして間を作る。


「じゃ、一先ず合否の判明までは雇用も継続。試験は俺の家で受けて貰う」

「了解」

「何はともあれ移動移動っと。さっさと、やることをやっちまうぞ」

「……初めてで全く知識は無いけど、とにかく犯られてみる」

「悲観する前にデカイ噴水のとこまで案内宜しく」

「はい、旦那様」


 本人主観でまさかの正体バレを受け、軽くテンパった少女は気付けない。

 彼女が旦那様と呼ぶ男の浮べる笑みの真意を読み違えていることに。

 下手な早熟の代償を支払う瞬間は、直ぐそこに迫っている。

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